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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第六章『桜花双刀』
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(9)逡巡刹那‐Zwei Herzen, um darüber zu zogern‐

 目の前には岩壁のずっと先まで続く巨大な穴がぽっかりとあいていた。


「おい……城には見えないが?」


「何故いきなりキレそうなのじゃ!? 普通に目立つ城なら、さすがのワシでも思い出すじゃろう」


「いえいえ、どっちにしたってこんな大きな洞窟なら普通に目立つんじゃねぇかと思いますけどね」


「それはこの結界の認識阻害によるものじゃな。誰かが迷い込んできても、出る時には忘れておる」


「なら城だって同じではないか」


「うぐ……それはじゃな、そのぉ……あれじゃ。ほら、の?」


 インフェリアが言葉を濁す。

 どうやら結局思い出せないようだ。


「ふん、まあいい。この中に飯があるのは確実なんだろう。なら入るだけだ」


「安全なのは、この洞窟の最奥にあるワシの家だけじゃから、気を付けないと……この面子メンツなら大丈夫そうじゃな」


 リィラはインフェリアの言葉に頷いて、腰に差してある剣を抜いた。


「気を付けるに越したことはないからな。私が先に出るべきだろう」


「ちょっと待ったリィラ。それなら私が前に出る。代わりに神流を守っていてくれ」


 黒乃の提案に、黙って首を横に振ったリィラは黒乃、神流、アプリコット、インフェリア、チェリーと順を追いながら流し見て、そしてため息をついた。


「この中なら私が一番強いからな。先頭に立つのは当然だろう」


 そう堂々と言ってのけた。胸を反らすように立ち、勝ち誇った顔で笑った。

 その宣言に、神流以外の4人が口をぱっくり開けて唖然としていた。


「リィラ、私たちは人ならざる者だぞ」


「ワシは一応人じゃがの」


「それは知っている。だが、別に人外だからと言って人より強いとは限らないだろう。例えばそこのお前。確かアプリコットだったか。物理攻撃を受けないとは聞いているが、弱点はある。お前は反応速度が遅い。実際、お前がチェリーの攻撃を避けないのは、主な理由がそれだろう。避けないのではなく避けられない。目の動きを見ていればわかるが、相手の動きを確認してから身体が反応するまでのある程度隙があるだろう。見ていて気がついたのはそれぐらいだな。他はあまり確証がないから今は省くが」


 アプリコットの目が丸くなっている。


「嫌み無しに純粋に驚きましたね。どうしてわかったんですか?」


「見ればわかる」


「アプリコット、本当なのか?」


 黒乃が怪訝な顔をして、アプリコットに窺うような視線を向ける。


「まあほぼ当たりです。ボクの場合、本体を動かしてるシステムが『知恵の実エデンズシード』ネットワークで構成されてるので。これがあるから、ボクは試作型プロトタイプって扱いなんです。チェリーさんや黒乃にも気づかれてねえようだったんで安心してましたが、まさかただの人間にバレるとは思ってませんでした」


「大口叩いておきながら、実は無理だった~なんて爆笑モノです~。ぷぷ~」


「チェリー、貴様もだ」


 アプリコットを馬鹿にして見下すように笑っていたチェリーの表情が固まった。


「貴様で目立つのはやはりスピード不足だ。多くは身体が小さいからだろうが、それにしても遅すぎる」


「わ、私様は飛び道具があるので問題ないのですよ~」


「それだ。『じゅう』というのはよくわからんが、全体的に武器の扱いが雑だ。それも主に身体の大きさに起因している」


「ぜ、全部あのクズのせいだ……私様が、私様が侮辱され続けてきたのも、みんなあの変態の趣味のせいだ……」


 その場に鬱々とした重苦しいオーラをばらまきながら、チェリーはうつむいてぶつぶつ言い始めた。


「相変わらずすごいな、リィラは」


「黒乃、お前にもある。たぶん影乃もなんだろうが。お前たちは硬すぎる。確かに傷もつかないのは誇るべきことだが、圧倒的に硬すぎるんだ。あれでは1つ間違えると力を受け流せずに折れてしまうぞ」


 黒乃は目を丸くした。

 そして目を伏せて、唇を噛んだ。


「どうかしたのか?」


「いや……参ったな。こんな風に切り出すつもりはなかったんだが……」


 黒乃は髪の毛をかきあげると、急に真剣な眼差しでリィラをまっすぐ見据えた。


「私たち『桜花双刀(リヒティーリューゲ)』は壊れないんだ。そういう風に呪われている」


 黒乃はゆっくりとした動作で、腰に差していた『闇桜』を抜いた。


「どういうことだ? 『のろい』とはあの呪いのことか?」


「ああ。私たちは、刀として多くの者に振るわれ、多くの者をこの刃にかけてきた。長い間人を殺してこの世界を転々としてきた。いつしかその伝説は人々に知れ渡り、私たちを呪った。ごくわずかな呪いだ。しかし、小さな呪いは集まって1つになり、私たちを壊れることができない身体にしてしまった。死という妥協を、逃げ道を、2度と選べなくなった。まあ、選ぶべくもないが、私たちは呪われている。しかも永遠に解けないはずのモノだった。私たちは壊れない。もっと正確に言うなら……」


 黒乃の視線が泳いだ。


「『リィラ=テイルスティング本人以外には壊されない』だ」


「何?」


 リィラが眉をひそめる。


「私と影乃がリィラに使われていたことは話しただろう。私たちを使ったリィラは、良くも悪くも伝説になった。そのせいか『リィラ=テイルスティング以外の持ち主を殺す』という妖刀として扱われてしまったんだ。不幸にも私たちを手にした者は、力だけを求めた下衆ばかりでな。人の恨みを買って、早々に殺される者ばかりだった。そして、持ち主は殺した者に変わる。後はわかるだろう、リィラ。最悪の連鎖だ。私たちはいつしか『人を喰らう刀』として扱われ、そこに呪いが生まれた。笑えるだろう。何の力もない、人知れず意思を持っていただけで、外界に何かをできるわけでもない私たちが『持ち主を選ぶ妖刀』なんだよ。リィラも知っている通り、呪いは容易く生まれてしまう。それが勘違いであっても、周りからの恨みや妬み、願いすらそれは時に呪いへと姿を変える。私たち『桜花双刀(リヒティーリューゲ)』は、六千年もの長い間、大量の血を流させてきた」


 そこまで言い切ると、黒乃は一息つくように周りを見回した。

 アプリコットは興味無さげに振る舞いつつも、神流の頬をつねって涙目になる神流を笑いながら眺めて、やめい。

 チェリーも同じく興味無さげに振る舞いつつも、泣きかけの神流の頭を撫でながら、アプリコットの頭を神流の目の前で撃ち抜き、さらに怖がる神流を笑いながら眺めて、お前もやめい。

 インフェリアは黒乃の言葉を真摯な態度で受け止めつつ、部外者であると割りきって一定の距離を保っていた。

 神流は、言わずもがな。

 そして、リィラは黙りこくったまま腕を組み、脇に抱えた剣をもて余していた。


「本題だ。本音と言い換えてもいいくらいだが。リィラ、私と影乃を壊してくれ」


 黒乃の言葉に、鎧を叩いていたリィラの指がピタリと止まる。


「なにっ?」


 リィラは思わず聞き返した。


「今言った通りだ。私たちは壊れない故に苦痛を強いられ続けてきた。何度も何度も、壊れてしまえたらと思った。だが、この忌々しい呪いのために、たった1つの願いすら許されなかった。私たちはもう休みたいんだ。この機を逃せば私たちはこのまま恒久の時をずっと縛られ続けるだろう。だからもう終わりにしたい。リィラ、私たちを叩き折り、この呪縛から救ってくれ」


 黒乃の懇願を聞いたリィラのこめかみがピクリと動いた。


「黒乃。貴様は……私に人殺しをしろと言うのかっ!」


「私たちは人じゃない。刀だ。どう繕ってもただの道具なんだ。だからそれでリィラが気に病むことはない」


「貴様は、私にその姿を晒しておきながら、なお殺せと言うのか! 私が意思を持つ貴様を壊しても、何も思わない冷徹な女だとでも言うのか!」


 リィラは叫んだ。

 目の前の馬鹿を説得するなんて、考えていたわけではない。

 ただその馬鹿は、全てが見えていない可能性がある。それをわからせるためにリィラは声を張り上げる。


「私は貴様を壊すつもりはない! 私が殺さなければ、貴様らは死ぬことはないのだろう? それならば私は何もしない! 私は罪無き者を手にかけるぐらいなら、自分の首を斬り落とす!」


「私たちは何千人も殺してきた! それが私たちの呪いであり罪だ!」


「それは貴様の罪ではないだろう! 貴様は殺したいと願ったのか? 善人であろうと、悪人であろうと、貴様は殺したいと思ったのか!? 違うだろう! そんなはずはない! 貴様がヴァニパルのスラム街で見せた正義はなんだ? あれは貴様の本心であり本質の一部なのだろう? その貴様を選んだ未来の私は、貴様が壊れるのを認めると思うか?」


 黒乃は押し黙った。


「貴様らが1度でも殺人を快楽に思ったなら、言われずとも貴様らをこの手で叩き折る。だが貴様らは違うだろう。まだ貴様をよく知っているわけではないが、これでも貴様のことは買っているんだ。貴様の思想は私の理想そのものだからな」


「……それはおそらく私の人格形成における基礎に当たる部分は、リィラが基準になっているからだ……。私の人格は……リィラのまがい物のようなものだから……」


「それがどうした。私は貴様なのか? 貴様は私なのか? そんなわけがないだろう、気持ち悪い。そもそも貴様がここにいる理由は何だ? いや、貴様がここに来た理由は何だ?」


 リィラは全てわかっているというような口ぶりで、黒乃に向けて右手の人差し指を突きだした。

 黒乃は逡巡した後、躊躇いつつも淡々とした口調で、


「……チェリー、アプリコットの監視と衣笠管理官及び狗坂康平の保」


 言葉が途切れる。


『チェリーに会いたい?』


『どうする? 行こうか?』


『行く』


『今から申請してくるから、おとなしく待っててね』


『うん』


 黒乃の視線は、自然と神流に向いていた。チェリーの袖を掴んでこわごわと黒乃を見上げる神流と、黒乃の視線が交錯する。


「神流はどうなる? 貴様は、こんなに貴様を慕っている神流を捨てるのか?」


「捨てるんじゃない……、他の奴らに任」


「同じことだ。神流は貴様を信頼している。誰が貴様の代わりになれると言うか。大切なものは、代わりがないから大切なんだ。感情的になるな、冷静になれ。利己的になるな、野性的になれ。貴様を本心から欲しているのは、貴様ではなく神流だ。貴様を縛るものは、呪いごときルールではない。貴様を縛っているのは過去だ。過去を捨てろ。私を捨てろ。貴様は、お前は……お前らしく生きればいい。この期に及んで、自分は人ではないとか下らないことを言うなよ。いくら堅物のお前でも、神流の母親になってやれる。お前はここで過去を捨てろ、今からお前は神流に縛られて生きろ。そして万が一にも、神流がお前を捨てた時は、もう1度ここに来るがいい。その時は何も言わん。貴様を叩き折ってやる。まあ……捨てられたら、だがな」


 リィラはにぃっと笑って、神流に悪戯っぽい目を向ける。それに気付いた神流は、首をぶんぶんと強く横に振った。


「いい返事だ」


「リィラは……卑怯だな。まったく卑怯だ。6000年の悲願を、一番効果的な方法で打ち崩してくる」


「はっ、貴様は最初から未練たらたらの顔だったからな」


「そうか……。私はまだ縛られなければならないのか。不思議だ。あんなに楽になりたかったのに、なぜ私はこんなにもホッとしているんだろうな……」


「まったくだ。貴様のせいで無駄に時間を費やした。腹が減っている時にこんな話をさせるんじゃない」


「テイルスティング~、その台詞で色々と台無しですよ~?」


 リィラはチェリーの媚びてるような声と呆れ顔のミスマッチを鼻で笑うと、砂に突き立っている剣を抜いた。


「飯のために、もう一働きだ! 貴様らは後ろからついてこい!」


 リィラは高らかに叫ぶと、洞窟の中へと走り出した。その後を追うように、アプリコットは神流を抱き上げて走っていった。黒乃に親指を立てた右手を突き出して。


「アプリコットの奴……」


「これで本当によいのですか~?」


 チェリーが鈴の鳴るような声で鳴く。


「………………ああ。そうする。結局私は最初から迷っていたのかもしれない。神流だけじゃない。お前や、アプリコットと会ってからずっと……。過去の数千年と引き換えにしても、捨てるには惜しいぐらい楽しいからな。お前たちと普通に過ごすのは」


桜花双刀(リヒティーリューゲ)も丸くなってしまったようでとても残念ですね~。昔はもう少し面白おかしくねじ曲がってて心地よかったのですが~」


「お前は本当に性格が悪いな」


 2人ともが口元をつり上げ、楽しそうに洞窟の暗がりに消えていった。


「ふむ……」


 残されたインフェリアが思案顔で呟く。


「何じゃ。思ったより浅い傷だったようじゃな。ほぼ塞がっているようじゃし、まあ安心じゃの」


 そして、気がついたように5人の後を追って走り出した。

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