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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第六章『桜花双刀』
59/98

(6)誇張‐Ein Spiel auf dem Sand‐

遅れたわりに内容はかなり薄いです。

申し訳ありません。

 リィラ=テイルスティング、アプリコット=リュシケー、チェリー=ブライトバーク=鈴音、宵闇黒乃、釘十字神流、それに1人の幼女を加えた6人は、ヴァニパル共和国沿岸に延々と広がる砂浜を歩いていた。


「どこまで連れていく気なんだ?」


「ちょっとそこまでじゃな」


「もう3時間以上も休み無しで歩いていると言うのに、何がちょっとそこまでだ!?」


「さっきからうるさいのぅ、金がないと言ってワシに任せたのは主じゃろうが」


 いちいち正論ぶったことばかり言ってくる。リィラが一番苦手とする相手だ。


「っつーか、それならどこに向かってるのかぐらい教えてくれませんかね? さっきから似たような風景が続きまくってるものでウチの性格と頭悪い方の上司のイライラがピークに達しつつあるんですよ」


 アプリコットの問いかけにチェリーの耳がピクリと反応する。


 斬!


「うおぅ!」


 隣を歩いていたアプリコットが一瞬で細切れの肉片になった。リィラも思わず飛びのいたが時既に遅し。レザーや顔に血しぶきが飛び散っていた。

 振り返るとルシフェルのような笑みを浮かべて、血に濡れた大鎌を愛おしそうに撫でているチェリーがいた。その表情は恍惚として、頬が淡い朱色に染まっている。

 間違いなく危ない奴だろう。


「今回はまた一段と細かくしやがりましたね。痛いとか思う暇もなかったんで別に気にやしませんが」


「うおぅ!」


 いつのまにかすぐ隣でアプリコットが復活していた。


「っくそ……未だに慣れんな」


 明らかに死んでいる者が元通りになる。

 そんな普通じゃないことが身近で起きているのを目の当たりにすると、平衡感覚を狂わされた気分になってしまう。そうそう死なない奴なら身近にいるが、そいつらですらせいぜい普通の大怪我までだ。

 細切れになってすら生き返るなんて、見ていてただただ気分が悪い。


「リィラ。こいつらは構わない方がいい」


 黒乃が、抱きかかえる神流の頭を撫でながらそう言った。


「奇遇だな。私も今ちょうどそう思っていたところだ」


 それにしても神流は本当に可愛いなぁ。


「主ら主ら。ワシも外見年齢は同じくらいなのじゃが」


「何が言いたい」


「愛でて愛でて♪」


「お前はとりあえず黙ってろ」


 いくら子供だからってそんなことを言う奴が可愛い訳ないだろう。

 リィラはおねだりしているような無邪気な姿に不覚にも一瞬可愛いと思ってしまった心を圧し殺し、ごまかしたところでふと気づいた。


「そう言えば賢者殿」


「なんじゃ?」


 構ってもらえるのが嬉しいのか、目を輝かせて可愛く小首をかしげて見せる賢者に、一瞬ドキッとしてしまった。


「け、賢者殿の名前を聞いていない」


「んむ? そうじゃったか?」


 よく思い出せ。


『日常会話からの自然な導入で掴みは上々と思っていたのじゃが……それ以上にお主らアホじゃよな。ワシと自然に言葉を交わしておいて今ワシに気づいたとか言うのではあるまいな』


 出会い方があまりにも強烈だったために最初の自己紹介を逸してしまったのだ。

 その後もチェリーやアプリコットと一緒にからかったりしていただけだったのでぐだぐだとタイミングを逃してしまった。


「ワシの名はな……あれ?」


「『あれ?』じゃねえよ」


 一瞬アルヴァレイのような口調でツッコミを入れてしまった。

 ツッコミを口に出すなんてはしたない。


「忘れたのか?」


「いや、忘れてなどおらんぞっ!? 大丈夫っ、今思い出すからの!」


「忘れてるんじゃねえか」


 人の身体に勝手にずかずかと入ってくるアルヴァレイの亡霊がそろそろ鬱陶しくなってきた。


「言葉のあやじゃ、馬鹿者」


「じゃあ名前を覚えているんだろうな」


「……………………えへっ♪」


 思わず神流方式に抱き上げてしまった。

 どうして言動がこんな可愛いんだろうな、子供って。

 ついだつい。

 私に子供を可愛がるのが好きとか言うそんな女らしい一面があるなんて――神流に会うまでは思ってもみなかった。

 いや、神流はただのきっかけなのだろう。

 昔の私なら自分のことなど考えもしなかったはずだ。

 単純に必要が無かったのと余裕が無かったからだろうが、ここ1年ほどで私は大きく変わった。

 それが自覚できるほどの変化だ。

 となると、やはり私を変えたのはアルヴァレイなのだろう。

 父や仲間の死すらきっかけと言える程度の余裕を、アルヴァレイは与えてくれたのだと思う。

 父や仲間のことをないがしろにする気はないが、アルヴァレイとの出会いはもっと普通が良かったと思う私がいる。

 『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』など関係なく、父や仲間のことも関係なく、テオドールで普通に出会って気の会う友人になりたかったと思ってしまう。

 それならば、もっと早くにこの内面にも気づけたはずだ。あるいはこの内面の変化を安らぎのみが存在する心で見つけることができただろう。

 リィラはバランスを崩したりしないように、腕の中の少女の栗色の髪を撫でる。それが気持ちいいのか、少女は頬をほんのりと染め、表情を綻ばせる。

 その様子を、神流を抱きながら見ていた黒乃はハハと笑った。


「そうしているとリィラはその子のお母さんみたいだな」


「な、何を言うか。私が母親などと!」


 恥ずかしさと気まずさと嬉しさが程よく入り交じったような感情にわずかな戸惑いを覚えながらも、腕の中の少女をそっと降ろし、立ったのを確認して手を放す。


「ワシの方がはるかに年上じゃがな、って主らワシの話を聞く気は全く無いんじゃな。ここまで無視されるとさすがに悲しく、聞いとるかー?」


 扱いの不当さを両手をばたばたと振ることで表現している少女を視界から外し、自他ともに認める幼さを誇る神流に目を遣った。

 いつものように左腕で黒兎のぬいぐるみを抱えて、大人しく黒乃の腕にしがみついている。


「神流は今いくつなんだ?」


「人化してからはまだ1年ほどだから、1歳程度じゃないか?」


「年齢の割には成長しているのはやはり人ではないからか。宵闇、貴様も似たようなものなんだろう?」


「ん、否定はしないが……ああそうか。リィラ、私のことは『黒乃』と呼んでくれ。私の記憶の中のリィラもそう呼んでいたんだ。もちろん影乃のことは『影乃』で頼む。『宵闇』や『闇桜』と言うのはどうも人の名前らしくないからな」


 唐突に不思議に思った。

 確かに人の名前らしくないものだが、どうも腑に落ちない。彼女らは別に人である必要はないのだから。


「貴様らは刀なのだろう。なぜ刀である貴様らが人を振る舞う必要がある」


 別におかしな事を言った自覚はない。当たり前の基準で当たり前の判断を下し、それをそのまま言葉にしただけだ。

 それなのに、黒乃はきょとんとした顔になった。そして、すぐに笑い出した。


「ハハハハ、その物言いも懐かしいな。やっぱりリィラはリィラだ」


「突然なんなんだ、く……黒乃。何かおかしいことでも言ったのか?」


「懐かしかっただけだよ。それと今この時を再認識して、嬉しかったんだ。この人の形でリィラと共にいることができるからリィラが私たちを使っていた時期、私たちは意思こそあったもののそれを外に伝えることだけじゃなく、人の形になることすらできないただの刀だったからな」


「お前はさっき私がお前のことを『黒乃』と呼んでいたと言っただろう」


「ああ。その名をつけたのもリィラだ」


「……私は刀に人の名前を付けたのか?」


「ああ、その時言ってたのは何だったかな……そう、『ヨイヤミだのヤミザクラだの馴染みの無い響きの上に読みにくくて敵わんからな、クロノとカゲノのほうが言いやすい』だったな。酔った勢いだったようだが」


 本当に考え無しだな、私。

 となると『黒乃』は『クロノ』の当て字と言うわけか。何処の言葉かは知らんが、直線が多い記号みたいな字だ。


「……今ここでお前のことを知っていたから、そう付けたんじゃないだろうな」


「一概にそうじゃないとは言いきれないが、リィラの性格を考えればたぶん大丈夫だろう。ほら、あれだよ。鬼づ、何でもない」


 リィラが腰の両手剣を抜くと、黒乃は口をつぐんだ。


「貴様今私のことを馬鹿と言ったか?」


 本当に腹立たしい。

 他の奴ならともかく、あの筋肉馬鹿おにづかと比べられるなんて屈辱以外の何者でもない。

私が鬼塚と同格だなんてあり得ない。

言葉の上でも並べられたくない。

恐らくどんな美辞麗句を並べようとそのどれとも確実に無縁で疎遠な鬼塚と私が比較対称なんて論外だ。そんな馬鹿なことがあるわけがない。なぜならあの鬼塚だからだ。


「喧嘩を売っているなら貴様が動かなくなるまで斬り続」


「落ち着けリィラ。そうだ。ちょっとの間、神流を抱いていてくれ」


「任せろ」


 リィラは力一杯うなずいた。

 剣を砂浜に落とし、籠手を外す。

 そして、黒乃に急に下ろされたためか、黒乃とリィラの間で不安そうに2人を交互に見上げている神流を抱き上げた。


「居心地はどうだ、神流」


 黒乃がそう訊ねると、神流はリィラを見上げて、こくりとうなずいた。


「抱き心地はどうだ、リィラ」


「最高だな」


 可愛い。

 その一言に尽きる。

 軽くて、小さくて、小動物のようだ。


「ああ、腹立たしい。本当に腹立たしい。なあ黒乃。ところで私は何に腹を立てていたんだ?」


「何だったかな……」


 黒乃が曖昧な答えを返してくる。気になる案件ではあるが、忘れる程度なら放置しても大した影響はないだろう、と思考放棄して神流の柔らかそうな頬を軽くつまんでみる。

 なんというか、そう。

 むにっ。

 って感じだ。


「ああぅ~」


 狼狽えながら甘えたような声を出す神流の片頬が黒乃の指に捉えられる。神流はリィラと黒乃に両頬を弄られ、うぅぅと唸るような声をあげた。


「お主ら、何を立ち止まっ……何しとるんじゃ、寄ってたかって子供を苛めおって」


 冷静に考えれば、大の大人2人が幼い女の子の頬を弄り倒しているのだから、むしろそうとられない方が少ないだろう。


「やっと思い出したのじゃ」


「名前をか?」


 痛い指摘に神流から指をはなすと、ようやく解放された頬がすぐさま膨らんだ。

 どうやらちょっと怒っているようだが、その仕草も可愛らしくて、再び衝動的に手を伸ばしかけたのは黙っておこう。


「そこを突かれると痛いのう。そうではなくて、ワシが探していたのがどこにあったかを思い出したと言ってるのじゃ」


「なんだ目的地なんてあったのか」


「お主は何を聞いておったのじゃ……。金を稼ぐために来たのではなかったのか?」


 言いながら、少女は砂の上を歩く。


「昔と変わっていなければじゃが、もう少し先に大きな洞がある。そこが今回の目的地というわけじゃな」


「つまり飯か」


「大雑把に言えばそうなるの」


 最初からそう言えば分かりやすかったものを、妙な言い方をするから理解に時間がかかってしまった。


「となると……問題はあいつらか」


 リィラの言葉に、黒乃が小声で『すまない』と呟いた。

 さっきから、より正確に言うなら黒乃が『リィラ。こいつらは構わない方がいい』と言った辺りから目を背けていた事実がある。それはどう転んでも面倒なことになりそうだったからずっと放置していたが、どうやらそのままにしておくわけにはいかないらしい。

 リィラと黒乃が話しながら歩いている背後で、アプリコットとチェリーが凄惨な壊し合いを繰り広げていたのだ。


「チェリー、アプリコット!」


 黒乃が不機嫌さを前面に押し出して叫んだ。それと同時にチェリーとアプリコットの動きがピタリと止まる。


「どうかしましたか~、黒乃」


 チェリーは鈴の鳴るような声でそう言って、アプリコットの頬に突きつけていた小太刀を横一文字に凪ぎ払う。


「どうもこうもあるか。お前らは何でいつもいつも、そうなるとわかっていながら無駄に殺し合おうとする?」


「ボクは手を出してないので、チェリーさんが一方的に悪いんですよ」


 顔の刀傷を何事もなかったかのように元通りにし、チェリーの持っていた小太刀の刃先を指でねじ切りながら、アプリコットは黒乃にそう言った。


「鈴音様と呼べと~いつも言っているじゃないですか~。次言ったら壊しますよ~」


「壊せるもんなら壊してみろってな感じでチェリーさんって言ってみたけど、黒乃が『闇桜』を抜いたんでそろそろやめませんか。っつーかボク的には疲れたので積極的にやめたいんですけど」


「殺るか~?」


「やりましょうか?」


 第2ラウンドに突入しようとしたところで、黒乃が『闇桜』と『妖刀化した右手』をまっすぐ2人の頭に振り下ろした。

 アプリコットが何の抵抗も感じさせずに、真っ二つになった一方、チェリーはねじまがった小太刀の先端でそれを受け止めた。


「いい、加減に、しろ、馬鹿、共」


 黒乃の声は怒りに震え、口元はひきつっている。


「はいはーい、わかりましたよー」


 再び復活したアプリコットが棒読みでそう言うと、チェリーもフンと鼻を鳴らして持っていた小太刀を海に投げ捨てた。


「換装」


 チェリーの言葉に呼応するように、血の赤と布地の紫が重なってどす黒くなったローブマントが、鮮やかな黄色の渦模様があしらわれた新品に変わった。


「いいですねチェリーさんはそれができて。ボクはこのまま放置ですよ?」


「お前と私では性能(スペック)が違うんです~。オーケーですか~」


「お前らは何がしたいんだ……」


 黒乃ですら呆れている。

 どうしようもない2人から視線を外し、前を歩いている少女に視線を戻す。


「誰だ?」


 少し目を離しただけで、1人で歩いていたはずの少女の隣にメイド服を着た15,6歳程度の女の子が立っていた。

 無表情で、『自演の輪廻(デッドエンド・パラドックス)』の少女の話をうなずきながら聞いている様子だった。


「む? すまぬすまぬ。紹介するとするかの。こいつはヒルデガード=エインヘルヤ。ワシの侍女と言ったところじゃな」


「元、ですが」


 薄い青がかった銀髪を肩にかからない程度に切り揃えたその女の子は、目を閉じて背すじを伸ばし、淡々とした口調でそう言った。その言葉に苦笑いで返した少女は、リィラや黒乃に向き直る。


「ヒルデガードがワシの名前を覚えていてよかった。改めて名乗らせてくれるかの」


 少女は1拍置いて、口を開いた。


「インフェリア=メビウスリングじゃ。よろしくの、リィラ」

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