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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第六章『桜花双刀』
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(4)死にたがり‐Ich will sterben‐

どうも徒立花詩人あだたちばなしいとです。


『桜花双刀』編にもかかわらず、アルヴァレイ達の方へ話が戻ります。

第五章の(12)で紙縒が飛び出していった後の話です。


この章は小話集と思っておいていただけると、助かります。

 気がつくと紙縒は、黒き森(シュヴァルツヴァルト)の中を目の前にそびえる山に向かって歩いていた。山に向かっている理由なんて無いが、見渡す限り木ばかりの景色に飽きて無意識にその方向を選んだのかもしれない。


「どうしよう……」


 つい、飛び出してきてしまった。

 さっきあのまま久遠を喋らせていたら、私の名前を出しても康平の名は出さなかったかもしれない。

 だって康平は人じゃないんだから。


「戻らなきゃ」


 康平の本質が何なのか。確かに私は知っているけれど、本当は知りたくなかった。

 それだけじゃない。

 魔法のことも、旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)のことも知らないまま過ごしたかった。私はただ、康平にそばに居て欲しいだけだった。世界にとって『特別な存在』にならなくたって、私にとって『特別な存在』になってくれればそれだけで良かったのに。

 ある日、紙縒の世界は突然変わってしまった。康平が人じゃないと知ってしまった。

 そして、紙縒は特別遺失物取扱課に関わるようになった。あの時は仕方がなかった。康平を、自分自身の世界を守るためだから。

 足を止め、振り返る。

 康平は心配している。今までに私がどんなわがままを言っても、黙って私のそばにいてくれた。

 『どこかに行っちゃえ』って言っても、怒った時につい『死んじゃえ』って言っても、困ったように笑って、それでもそばにいてくれた。

 こんな容姿のために腫れ物に触るような態度で接してくる他の人たちと違って、康平は自然に接してくれた。康平は『小さい頃からずっと一緒だったからね』と言うだろうけど、理由なんてどうでもいい。私にとって、重要なのは『そばにいてくれる存在』だったから。

 私の言うことに文句は言う。でもどんな無茶苦茶でもきちんと接してくれた。

それが私にとっての康平だったし、私が大好きな康平だ。

 人だろうが、人じゃなかろうが、関係なかった。知ってしまったからこんな悩みに発展してしまっただけで、知らなければそれまでと同じ日常を過ごすだけだったのだから。

 足を止める。

 そして初めて振り返った。

 うっそうと生い茂る下草に、引きずってきたメイスの跡がついて獣道のようになっている。それがずっと向こうまで続いていた。小屋も小高い丘も何も見えない。思っていた以上に遠くに来てしまったようだった。

 気づかない内に足が何かに引っ張られるように、歩けるだけ歩いてしまったみたいな感覚だった。


「康平、今度は追いかけてきてくれなかったな……」


 戻ろう。

 そう思った時だった。

 視界に入った金属質の何かに、とっさに身体が反応して横っ飛びに避けた。

 メイスを構え、襲撃者に向き直る。


「ごめんなさい名前も知らないお姉ちゃん。でも私は悪くない。お姉ちゃんがそんなものを持っているのが悪いんだから」


 目の前で姿勢を低くして紙縒のメイスを指さしている襲撃者。それは12,3歳ぐらいの少女だった。澄んだ青色の瞳に茶色の短髪、新品のような質素なワンピースを着たどこにでもいそうな普通の女の子。

 しかし、明らかにわかる異常。


「ガウルが勝手に殺そうとするの」


「キキキェークククィー!」


 少女の言葉に反応するように、彼女の身体にまとわりついている金属が、軋むような金切り声で唸る。


「それ、寄生型パラサイトタイプの金竜ね……?」


 ドラゴンには千を超える種類がある。

 そして、寄生型とは身体を小型化した代わりにその名の通り人に寄生して養分を吸って生涯を暮らす。宿主の死と共に自身も死んでしまうため、宿主を外敵から守る性質を持つ。基本的に、常に身体に巻きついていること以外は宿主に益をもたらす生物だが、その中でも金竜だけは異質だった。

 寄生した人の意思にかかわらず、ドラゴン自体が敵と認識したものを破壊しようとする。益どころか下手すると害になりかねない。しかも、金竜は生命力や身体性能だけで他の大多数のドラゴンを遥かに凌駕する。


「シュネー。いきなり襲うなんて野暮なことしたらあかんえ?」


 どこかで聞いたことのある声。


「私じゃない。ガウルが勝手に」


「キククウェェェー!」


「やかましいわ、黙っとき」


 とたんに静かになるガウルと呼ばれた金竜。シュネーと呼ばれた少女の背中から頭を出し、もたげるように肩に頭を乗せる。


「あの時のおばさんね」


「誰がおばさんや、誰が。これでもウチ、外見年齢は26ですえ?」


 外見年齢を誇られても困る。


「私は今16よ。10も違えば十分おばさんじゃないっ。10だけに」


 木の裏からおもむろに姿を現したのは薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)だ。着物を着崩したような格好も真っ黒な布でできた目隠しもマルタ城砦で見た時と変わらず、京都弁のようなしゃべり方も同じだった。


「まぁええわ。こっちから呼んだんやから、多少の失礼は多目に見る。だからアンタも発言には気をつけや?」


「ちょっと待ってよ。呼んだって何? 匿名の依頼はあなただったの?」


 メイスを掲げる。


「そんな驚かんでもええよ。ウチはそれっぽい言葉並べて依頼を出しただけや」


「何が目的!」


「フフフ……そう急かさんといて。1つはこの子、シュネーのことや」


 そう言ってシュネーの頭を撫でる薬袋。金竜のガウルが一瞬ピクリと動いたが、何事もないかのように頭をシュネーの背中に引っ込めた。


「この子をアルヴァレイ=クリスティアースに預ける、とそう伝えてくれれば十分や。後はこの子が勝手に説明する」


「どうして私がそんなことを」


「アンタは気にせんでええよ。ただ私の言う通りに『運べ』」


「『はい』」


 今、自分が何を口走ったかはわからなかった。

 なぜ自分が薬袋の言葉に従うような返事を返しているのか。なぜ薬袋の言葉に、強い拘束力を感じているのか、まったくわからなかった。


「もう1つはアンタにもある程度関係するけどなぁ。『狂悦死獄(マリスクルーエル)の櫃』こう言えば大体わかるはずですえ」


 何も考えず、構えていたメイスを薬袋の頭に振り下ろす。


 ズシャアァッ。


 メイスがめり込んだのは、地面だった。


「康平に何かをするおつもりでしたら、あなたをここで殺害いたしますが、よろしくて? 薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)


 薬袋には紙縒の情報はない。でも紙縒には薬袋の情報がある。

 それが未来から来たというアドバンテージであり、薬袋の力を知ってなお、いまだに強気な姿勢を崩さないでいられる理由でもある。薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)は物理的魔法的干渉を全く受けないことができる。それはこと戦闘においては、攻撃が当たらないという最強クラスの能力だ。

 しかし、紙縒はその薬袋に攻撃を当てることができる。裏道のような方法だが薬袋を完全に無力化できる。


「何を考えてるかは全部お見通しですえ? ウチの中にいるアイリスを出したところでそうそう変わるもんやあらしません」


 正直驚きしかない。

 背中を嫌な汗が伝うのを感じた。

 逃げようかとも思ったが、それ以前に足が動かなかった。足が釘付けされているような感覚、別に痛みがあるわけではないが、自分の身体が自分以外の何かに支配されているような気持ち悪さがあった。


「そう緊張せんでもウチは何かするわけやない。今まで以上に気いつけて『櫃』を守り。それだけや。ほな、ウチはこれでおいとまさせていただきますえ」


 クスリと微笑んだ薬袋の姿が薄らぐように消えてゆく。

 気がつくと声も出なくなっていた。喉が押し込まれているような感覚に、吐き気すら覚える。

 薬袋の姿が完全に消えると同時に紙縒の足は動くようになった。


「…………」


「…………」


 長く続く沈黙の中、紙縒とシュネーは互いに睨み合っていた。

 そして、紙縒は口を開いた。

 正しくは、紙縒の口が開いた。


「『ついてきなさい』」


 言うつもりの無い言葉が口をついて出る。薬袋の言葉の拘束力に、無意識の内に従っている。そんな感じだった。

 シュネーが無言でこくりと頷くと、金竜は再び金切り声で鳴いた。







「シュネーとガウル」


 飛び出していった紙縒は、急に戻ってくると扉を開けてそう言った。

 その紙縒の奇行に唖然としている面々の前に姿を現したのは1人の女の子だった。


「そこで……拾ったの」


 そう言った紙縒は直後に首を横に振った。ヘカテーが怪訝そうな表情を見せ、1秒もたたない内に紙縒は頷いた。

 それがヘカテーが読心で話しているのだと気づいたのは、ルシフェルがニヤニヤと笑っているのを見た時だった。


薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)から預かったんだって。どちらかと言うと、押しつけられたみたい」


「薬袋から!?」


 どういうことなんだ、と言おうと口を開いて1歩前に出た瞬間、頬に鋭い痛みが走った。

 直後、残像のような銀色の筋が目の前を払う。それが目の前の少女の身体に巻き付いていた金属の拘束具のようなものだと気づいたのも数瞬遅れてからだった。


「アル君っ。それは拘束なんかじゃない! ドラゴンなの! 近寄ったらダメ!」


 ヘカテーの声に反応したのか、その拘束がガチャガチャと震える。

 そして、少女の背中から竜の頭のような刺々しい塊が姿を現した。


「クウェェエエゥゥ、ギイィィ」


 金属坂を釘で強くひっかいたような、耳障りな音がした。


「ダメ。ガウル」


 少女の言葉に何の反応も見せず、大きく口を開いて威嚇し続ける竜に、ルシフェルは舌打ちした。


「黙らせようか♪」


 誰の同意を得るでもなく、立ち上がるルシフェル。


「ちょっと待って、ルシフェル!」


 ヘカテーの声を涼しげに聞き流し、ルシフェルは少女の前に立った。

 そんなルシフェルに、威嚇の体勢を崩さず金切り声で鳴き続ける竜。


「鳴きわめけ」


 そう呟いたルシフェルの腕がぶれて見えた。

 そして次の瞬間には少女の肩から出していた竜の頭がゴギンと音をたてて折れ曲がった。同時に必然的に金切り声が止み、静かになる。


「うん? アハハ♪  結構丈夫じゃん。首を引きちぎるつもりでやったのに」


 ゴキッ、バキン、と嫌な音がしてさらに竜の腕や胴体が明らかにおかしい方向に折れ曲がる。


「ケエェェゥゥウウイイイィィィ!」


 竜は突然鳴いたかと思うとバキン、ゴキッ、ゴギンと外れた関節を入れ直したような音を響かせて、何事もなかったかのように折れ曲がった箇所を再生した。


「グギィィイイィィウェエェェ!!」


 怒りの鳴き声をあげてルシフェルを睨み付けた竜は、少女の背中に頭を隠した。


「ルシフェル!」


 ヘカテーはルシフェルの二の腕を握って、少女の前から引き離した。


「っぷは」


 紙縒が息を吐いた。そして、まるで今まで息を止めていたかのような深呼吸を幾度となく繰り返す。

 その隣で死んだように虚ろな目をしている少女は、唇をきゅっと結んでいた。

 歳は10歳超えた辺りだろう。肩にかからない程度に伸ばされた茶色い髪は毛先がくるっと外側にカーブしている。


「死にたい」


 少女の姿と様子を見ていたアルヴァレイの耳に信じられない言葉が入ってきた。


「……は?」


「お願いします。私を殺してください、アルヴァレイお兄ちゃん」


 年端もいかない女の子から、『殺してください』と言われたら、俺はどうすればいいのだろう。


「何を言ってるんですか?」


 椅子に腰かけているシャルルが目を丸くして立ち上がって言った。


「アルヴァレイお兄ちゃんなら私を殺してくれる、って薬袋お姉さんが言ってた。お兄ちゃん、私を殺してくれる?」


「何て言わせてるの、アルお兄ちゃん?」


 急に温度の下がったヘカテーの声が、理不尽に突き刺さる。


「それは明らかに意味と意図が違うだろ、ヘカテー。初対面で、話したわけでもない子にそんなこと言わせる訳ないだろ」


「じゃあ打ち解けた子には言わせるんだね? お兄ちゃんとか」


「言葉のあやだ」


 そのぐらい考えて分かれ。


「はいはい、わかったよ、アルヴァレイお兄ちゃん」


「おいなんか呼び方が変わってるぞ」


「はいはいお義兄にいちゃん」


「変わってな、いや、変わってるか? でもやっぱり根本的なところが間違ってる」


 ヘカテーとの他愛もないやりとりを経て、本題に戻ってきた。


「まず君は誰なんだ?」


 薬袋から預かった、という部分が非常に気になるが、さっきの不穏当な発言の理由共々全部話してもらわないといけない。

 それにはまず名前から知る必要があるだろう、と放り込んだ1つの小石は。

 思った以上に大きな波紋となって、返ってくることになる。


「私の名前はシュネー……シュネー=ラウラ=ブラズヘル」

シュネーと言うのはドイツ語で雪のことです

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