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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第六章『桜花双刀』
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(2)迷子‐Ein sanftes Lacheln‐

 リィラ=テイルスティングは急に名前を呼ばれて、仕方なく身体を起こした。

 その声が子供の声だったということもあるが、それ以前に今までにあったこともないようなほど殺気を感じさせないものだったのもある。

 人恋しいのか、そう思うと自分が滑稽で笑えてくる。

 その声の主はリィラの目の前にいた。銀髪に紫色の瞳の幼い女の子が座り込んでいた。

 正直驚いたのも事実だが。

 何かが動く気配を全く感じなかったのに、気がついたら目の前に幼女が座っていたのだから。


「お前は誰だ?」


 首をかしげる幼女。

 言葉が通じていないわけではあるまい。


「かんな。くぎじゅうじ、かんな」


 そう言って、その幼女は砂浜に指で『釘十字神流』と書いた。


「この文字はくぎじゅうじかんなと読むのか。で、私に何の用だ? なぜ私の名前を知っている?」


 幼女、神流はうつむいた。


「どうした? 早く言ってみろ」


 神流は、手に抱えていた黒い兎のぬいぐるみをギュッと強く抱きしめた。


「言っちゃだめなの……」


 何だそれは。

 意味がわからなかった。


「ただ私の名前を呼んだだけなのか? なぜ私の名前を知っているのか、それぐらい教えてもいいだろう」


 ふるふると無言で首を振る神流。


「黒乃がどこかに行っちゃったの……。どこにいるのかわかんないの」


「迷子か」


 ようやく首を縦に振る神流。


「ふむ」


 不安そうな表情の神流を眺める。

 黒いひらひらとしたドレスに、その腕の中に黒兎のぬいぐるみ。

 顔も綺麗で、爪もきちんと揃えられている。

 黒い服や靴ばかりなのが少し気になるが、どれもけして安い物ではなさそうだった。どこかの貴族が観光に来て、この子がいなくなってしまったとかその程度のことだろう。


「……」


 何で泣きそうになっているんだろう、まあでも親とはぐれた子供なんてそんなもんか、と思考を巡らせ、神流の様子を観察する。

 目の前の神流は目をうるうるさせて、じっと見つめてくる。

 貴族の子供なら、謝礼で船代ぐらい出してくれるだろう。

 それ以前に、この子はほっとけないと、そう思った。何となく、危なっかしい感じだ。

 余りにも無防備過ぎる。おそらくさっき気配を感じなかったのも、無邪気で殺気を全くと言っていいほど感じさせないからだろう。というか、邪気や殺気に溢れる幼女なんていないと思う。

 リィラは立ち上がった。


「わ」


 どこまで怯えてるのか、立った瞬間に神流は驚いて尻餅をついた。

 自分が女らしさを感じさせないということは重々自覚しているが、子供にここまで怯えられると、少し陰鬱な気分になる。

 この喋り方だって小さい頃からやんちゃをしていた名残だし、周りの連中は父の職業柄女らしさが無い私にとやかく言うことなどなかったから、別に着飾ろうだの女らしく振る舞おうだの思ったことはない。

 あの男グレイはそれを笑ったが、それを不愉快に思ったこともなかった。

 むしろ、あの男の前では女らしくなくとも女ではありたかった。

 しかし、それだけだ。

 グレイが死んでしまった今、そんなモノは必要ない。

 あの夜、私は恐れに負けた。敬愛する父だけでなく、信頼し合っていた仲間たちだけでなく、愛する男すら見捨てるような、本能的な恐怖に折れた。

 ただ、今だけは。


「探してあげるわ」


 無垢な少女にまで、恐れを抱かせるつもりはない。

 かなりむずがゆいが、グレイとの初対面の場以来ずっと使っていない『女らしい言葉遣い』とやらを頑張って装ってみるか。幸い、従軍の時とは違い、最近はヘカテー=ユ・レヴァンスやルーナと、女らしい女と過ごした時間もある。

 あいつらの真似をしてやるだけだ。

 何も難しいことはない。


「神流のお母さん、くろのさんだったっけ? どこではぐれたの?」


 思った以上にかゆかった。


「あっち……」


 小さな手で指差したのは街の南西の方向だった。

 それにしても、立ってみるとわかるけど、この子、本当に身体小さいな。


「よし」


 神流の脇に手を添えて、一気に持ち上げる。やっぱりかなり軽かった。


「あわわ……」


 びっくりしている顔だ。


「行きましょう」


 神流はやっぱり抱かれ慣れているのか、リィラの腕の中に腰を落ち着けている。


「神流のお母さんってどんな人なの?」


「……人じゃないの」


 この歳の子供に人でなし扱いなんて、そうそうあることではない。


「黒くてね、うーっと……黒くて、んっとね……黒いの」


「手がかりが黒しかわからないんだけど……他には何か無いの?」


「いつも影乃ちゃんと一緒」


「カゲノ? 友達なの?」


 ふるふると首を振る神流。


「うっとね……ながくて、ほそくてね、かたくてね、とがっててなんでも切れるの。影乃ちゃん……すごいの!」


 それは刀剣の類だろう。

 剣の名前にちゃん付けで呼ぶなんて、危ない人じゃないことを祈るしかない。


「チェリーちゃんとアプリコットちゃんが、よく斬られてるの」


「お前の母親は殺人鬼か何かなのか?」


 ついつい女らしい言葉遣いがどこかに行ってしまった。


「う~う、すごく優しい」


 黒くて帯刀で、優しい人斬り。

 どんな人なのか想像できない。

 とかなんとか思いつつ、とりあえず歩き始める。

 何人かとすれ違い、ふと気になることが出てきた。

 傍目にはどう見えているのだろうか。

 自分で言うことでもないが、私は背が高い。大抵の男より間違いなく高いし、従軍時代に私の身長より高かったのは、父上、アルベルト=テイルスティングと鬼塚、それに数えるほどの数人だけだった。

 そんな高身長の女が小さな女の子を抱きかかえて歩いている。

 どう思われるのか気になる。

 やはり迷子を助けていると映るのか。

 それとも母親のように映るのか……。


「私は何を考えている」


「んぅ?」


 紫色の瞳がリィラの顔を見上げていた。

 今の独り言が聞かれてしまったのだろう。不安げに黒兎を強く抱きしめていた。


「何でもないわ。大丈夫よ」


 ニコッと笑顔を作り笑いかけてやると、神流もほわっと表情を和らげる。

 動物に例えると羊みたいな女の子だった。見た目とかではなく、ふわふわとした雰囲気や、どことなくぎこちない所作、そして怯えたり不安がる様子がそんな印象を与えてくるのだ。

 というかむちゃくちゃ可愛かった。

 自分が意外と子供好きだったことには驚いたが、むしろそれは心地よい。

 やはり心の中の理想の自分像には女らしい自分も含まれているのかもしれない、そう考えると若干自嘲気味の笑いが堪えられない。口元が自然と緩むのを感じ、神流を抱く腕に少し力を入れる。


「こんな私もいたのね。ずっと……」


 それはさておき。

 問題は神流の母親探しだ。

 いつまでも神流に癒されていても埒があかない。早く見つけてやらなきゃね。







「本当にいるのかしら?」


 首都とはいえ、小国ヴァニパル共和国の首都ヴァニパルは広くはない。そのヴァニパルを三周しても、神流の母親、くろのとやらには会えなかった。


「どこではぐれたかわかる?」


 再び南西を指さす。

 確かあっちには商店街があったはずだ。

 まさか買い物に夢中になって、子供を置き去りにしてどこかに行ってしまうようなどうしようもない母親なのか、と神流の将来に不安を抱きつつ、足先を商店街に向ける。

 3周ともちゃんと商店街に行ってはいたが、すれ違いという偶然も無くはない。


「くろの……」


 突然神流が呟いた。


「どこ? 見つけたの?」


「う~う、声がするの」


 お決まりのようにふるふると首を振り、手を上げた神流はそのままある方向を指さした。

 華やかな商店街の陰に隠れるようにひっそりと口を開ける、貧民街。


「嘘でしょ……」


 こんなところに貴族は好んで入らない。

 むしろ近寄りたくない、見たくないは常識の範疇なのだろう。

 テイルスティング家は貴族というわけではないからただの憶測に過ぎないが、貴族なんて大抵そんなもんだ。

 今まで会ってきた貴族は人を見下すのが仕事のような奴らだったから、そもそもいい印象はない。

 しかし、その貴族が貧民街にいるとしたら、それは貧民による犯罪の被害者になった時だ。こうなると貴族も庶民も関係ない。元、とは言え騎士であるリィラは助ける以外の選択肢を選ばない。

 悪人が得をするなんて理不尽はこの世にいくらでもはびこっているが、それはそれこれはこれ、善人が損をする道理はない。

 当然、リィラは走っていた。

 神流を置いていこうかとも思ったが、それでは次に神流が標的になりかねない。


「……たよ、チェ……丈夫で……?」


 少し貧民街を奥に進んだところで、声が聞こえてきた。

 内容までは聞き取れなかったが、少女であることはわかる。


 ずずううぅぅぅぅん。


 次の瞬間、地震と間違えそうな程の地響きがリィラの耳に入ってきた。同時に地面が微かに揺れる。


「いったい何なんだ!」


 音がしたのは貧民街の奥の方だった。

 すぐに走り込み、路地を回って袋小路に……飛び出そうとして後ずさり、角に身を潜めると、再びおそるおそる顔を出す。

 その路地の光景に思わず息を呑む。

 リィラの身長より直径のはるかに大きい巨大な金属球がリィラの視界を完全に塞いでいた。確かに貧民街にこんなものがある時点で明らかにおかしいが、問題はそんなことじゃなかった。

 思わず神流を胸に押し付けて視界を奪い、立ち込める血の匂いに顔をしかめる。

 金属球の真下。

 地面の石畳を容易に割り砕くような一撃に、ぐちゃぐちゃに潰れている人の身体があった。

 どう見たって助かる助からないの問題じゃない。

 圧力に耐えきれなかったせいか、背骨や腕骨などが肉を突き破って露出していた。

 間違いなく即死している。


「からして~、あなたの手足も弾きますので~覚悟をよろしくお願いします~」


 金属球の向こうから聞こえる声は、幼い少女のそれだった。

 その時、リィラは本能的にとっさに身を隠した。次の瞬間、巨大な金属球が消えた。よくは見えなかったが、何かに吸い込まれるような感じだった。

 そこには2人の人物が立っていた。

 1人は、黄色と紫色の2色の服を着た幼女。

 表が紫、裏地が黄色のマントローブを着ていて、その表に描かれた黄色いぐるぐるの渦巻き模様が違和感にも似た気持ち悪さを覚えさせる。

 その下には黄色と紫色の横縞模様が覗いている。ただし、その服は奇妙なまでにボロボロだったが。

 そして、もう1人は黒髪黒目の女性だった。

 見たことの無い黒ずくめの服を着ていて、太刀を腰に携えている。しかも、殺気が普通じゃない。

 まさに抜き身の太刀のようなたたずまいだった。


 ガチャン、ギ、ガチャ、ジャキン。


 次々と響く、軋むような金属音。巨大な黒々とした細長い物体がその幼女の肩から生えてきて、右腕が外れるようにその幼女の肩に消える。

 ありえない。

 少なくとも人ではない。

 その時、黒ずくめの女性がその少女の左肩を掴んだのが見えた。


「後にしろ。それより、衣笠紙縒の場所の特定は済んだのか?」


 衣笠紙縒きぬがさこより

 確か、マルタ城砦で会ったあの可愛らしい少女はそう名乗っていた。少女といって差し支えるぐらいの年ではないと思うが。

 その瞬間から思考が追い付かなくなった。できるのは現在の事実の羅列だけだ。

 到底理解できるものではない。

 ぐちゃぐちゃに潰れていたはずの人は、何事もなかったかのように涼しげな顔で立ち上がっていた。

 人外決定してほぼ間違いないだろう。


 その時、ガァンと大きな音がして立ち上がったその少女の頭が千切れ、吹き飛んだ。

 かと思うと次の瞬きの後にはすでに何事もなかったかのように涼しげな顔で笑っている。


「いいえ、さっぱり」


「この1ヶ月、何をしてたーっ!」


 黒ずくめの女性が腰にさしていた太刀を鞘ごと引き抜き、幼女の頭に振り下ろす。盛大な打撲音と共に幼女の姿勢が崩れる。

 見渡す限り、気持ち悪くて吐き気を催すほどのイレギュラーの数々に頭を押さえて、視線を落とす。

 そして、気がついた。


「神流、ここに座って目を閉じて、200秒数えられたら美味しいものを買ってあげる。だから……待っててね」


 不安げに頷く神流を下ろすと、神流は言われた通り手で目を覆って、いーち、にーぃ、と数え始める。

 リィラはそんな神流を見つめて、そして息を吸った。

 そして、袋小路に飛び出した。


「貴様らは罪を犯した。その償いとして死を選べ!」


 目の前にいた黒ずくめの女を殴り飛ばす。

 悲鳴もあげずに吹っ飛んだ女は奥の壁に頭を強打し、呻いた。

 他2人が状況を理解する前に幼女を背中側から蹴り飛ばし、残りの少女の方に吹っ飛ばした。重なるように、一緒に宙を舞った後に地面に叩きつけられて転がる。

 そして、リィラはすぐに足下のそれを抱き上げる。

 暴行を受けたと思われるその少女は、既に息絶えていた。身体中アザだらけになり、右腕と左足が不自然に折れ曲がり、その肌は蒼白で生気がなかった。


「酷いことを……」


 身を起こした、黒ずくめの女を睨み付ける。女がハッと息を呑むのを感じた。


「許さんぞ、貴様ら! 人だろうが、無かろうが罪の無い命を奪ってただで済むと思うな! 私が貴様らを殺してやる!」

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