(11)事情‐Das Madchen redete uber alles‐
どうも徒立花詩人です
久しぶりの前書きです。
書く書くと言っておきながら書いてない自分に反省です。
そろそろ第五章も終盤なのですが、自分でも章の切り方に疑問を抱きます。
こんなので大丈夫なのでしょうか…。
話の中でもころころと登場人物の視点が変わるし、誰の視点から書いているのか明記することも少ないので、読者の方々には面倒をかけているでしょう。
本当にすいません。
「黄泉烏さまから……ですか?」
シャルルは全員が適当な場所に座ったのを見て、久遠とテーブルを挟む形で腰かけた。
久遠が他の誰よりも早く、シャルルに話を切り出したのだ。
「はい。あなたを探し……頼れ、と。貸しがあるから……と聞いています」
「はい、確かに黄泉烏さまには」
シャルルが席を立ち、部屋の隅に立てかけてあった巨大な杖を手にとった。
大きな宝石を抱き、守るような竜の姿をかたどる荘厳な杖だった。
「この神杖をお借りしてるです。半ば強引なお願いでしたけれど。あの……先ほどの、頼れ、と言うのは、何かあったんですか?」
シャルルがいつになく鋭い。いや、前から人の命に関わる類の話には鋭かったか。
久遠が膝に置いた手をギュッと握るのが見えた。
「シャルルさん……黄泉烏さまを、火喰鳥を助けて下さい!」
テーブルの上に身を乗り出す久遠に一瞬怯んだシャルルはその杖を握りしめて顔を上げた。
「この杖はどう使えばいいんですか?」
「えっ……?」
「お借りしたのはいいんですけど、使い方がよくわからなくて」
「ごめんなさい……、神杖は私も……見るのが初めてで使い方は黄泉烏さましか……」
「じゃあ、霧の森まで行きましょう。黄泉烏さまを、火喰鳥の皆さんを助けます」
ぐっと握った両手をテーブルの上に出し、胸の前に添えて立ち上がったシャルル。相変わらず大抵の挙動が子供っぽい奴だった。
「あ、その……この杖の使い方を知るために助けるんじゃなくて……あ、それもあるんですけど、そっちは主ではなくて……お助けするのは当然なんですが、その……ノウェアを助けてあげないといけなくて。そのためにこの杖が必要で……お返しする前に先にノウェアを助けてあげようと思っただけで、別にそちらのお願いを蔑ろにしてるわけでは……!」
相変わらず1人で勝手にテンパっていた。両手をわたわたと激しく振って、たぶん本人も何を話したいかはよくわかっていないだろう。
「ノウェアって誰だ?」
アルヴァレイの知らない名前だった。
「その……私の、夜の人格です」
「ああ、あの『ヤツザキ』だなんだと言ってた危ない奴か」
シャルルが頬を膨らませる。
「アルヴァレイさん、そんな言い方したらシャルルが落ち込むことわかってて言ってませんか?」
「あれ? わかったか?」
何で俺が責められてるんだろう……。
ってしまった!
つい本音が口から出てしまった。
「アルヴァレイさん、変わりましたね。ちょっとだけ……」
そう言って、シャルルはキョロキョロと部屋を見回して、なぜかヘカテーで視線を止めた。
そして、そのままじっとヘカテーの顔を見つめる。なんか睨んでいるように見えるのはたぶん気のせいだ。その視線に気づいたのかヘカテーが誇らしげな顔になった。
シャルルが唇を尖らせる。
「貴女ですか?」
「私かもね」
微妙な空気が2人の間に流れる。
今の2人に状況説明を求めてもたぶん黙殺されるだろう。というかこの2人、初対面のはずなのにどうしてこんなに仲が悪いのか、誰か教えてくれないもんかな。
「でも今から行くとなるとすぐにテオドールに向かわないと、船が出るまであと5時間もないぞ?」
「大丈夫です、任せてください」
良い方法が用意してあるのだろう。そう言ったシャルルの顔はとても誇らしげだった。1年前とは違う、自信に溢れている。任せても大丈夫そうだった。
「よしシャルル、お前に任せたぞ」
「はい」
嬉しそうに微笑むと、シャルルはルシフェルの前に立った。
「ルシちゃん、霧の森に行けますか?」
思いっきり人任せだった。
さすがのルシフェルも呆然としている。
そりゃそうだろう。
シャルルがあれだけ自信満々に言い切ったのだから、まさか自分の所に来るとは夢にも思わ……。
「何? そのルシちゃんって」
「そっちかい!」
「わ! アルヴァレイさんいきなり脅かさないで下さい」
「あ、すいません……」
「名前がルシフェルですよね? だったらルシちゃんで合ってます」
「そんな風に人に呼ばれたの初めてなんだけど……」
なんかわからないが、ルシフェルが多大なショックを受けているようだった。
「アハハ……シンシアに頼めば行けるかもしれないね。シャルロットって前はどうやって霧の森に」
シャルルが頬を膨らませたのを見て、ルシフェルの言葉が止まる。
「シャルルです」
「シャルロット=D=グラーフアイゼンだから」
「シャルルです」
「…………」
「…………」
「シャルルって前はどうやって霧の森に行ったの?」
「歩きました」
「じゃあ無理」
「すいませんアルヴァレイさん……。力及びませんでした……」
さっきまでのみなぎる自信が完全に消え失せていた。
「お前空間転移魔法使えただろ? あれじゃ無理なのか?」
「アルヴァレイさん、頭良いですね!」
お前がアホなんだ。
「じゃあ2時間ほど待っててください。何とかやってみます。」
「シンシアに空間転移魔法出させて、修正した方が速いんじゃないの?」
ヘカテーが至極合理的な意見を出した。
「ヘカテー、お前頭良いな」
「アル君がアホなだけです」
シャルルと……同じか!
せっかく歩き通しで溜まった疲労感がある程度和らいできたのに、その代わりに精神を責めるとてつもない敗北感が精神的に責めてくる。休まる時間がない。
シャルルはさらに二言三言ルシフェルと言葉を交わすと、その手を引っ張って小屋から出ていった。気がついたように、その後をついていく久遠。
稲荷はしっかりルーナに預けられていた。
「シャルルちゃんってあんなに明るかったっけ?」
「あの様子だとルシフェルと仲良くなったみたいだからな。友達ができて嬉しいんじゃないか? 俺みたいな奴が友達になっただけで大喜びしてた奴だからな」
「アル君との再会よりも友達ができた方が、嬉しいのかな?」
痛いところを容赦なく刺してくるヘカテー。やっぱり性格悪いなこいつ。
「あ、でもでも。あのシャルルちゃんの様子だと、たぶん照れてるだけだと思いますけどね。何せ一年ぶりですから。それにすごい別れ方してますし、気まずいんだと思いますよ? ほら、シャルルちゃん、あんな性格してますし」
ヘカテーがそう言うと、そんな気がしないでもないから不思議だ。
そう言えば、ヘカテーの話し方はよくわからない。今みたいに適度な丁寧語でまとめられる時もあれば、もっと砕けた言い方をしている時もある。
「何で?」
「何が?」
ほらこのように。
そうか、今はルシフェルがいなかったんだった。
ヘカテーに読心が不可能な今、『何で?』と言われれば『何が?』と答えるのは至極当然だ。
「何で丁寧な話し方と砕けた話し方が入り乱れてるんだろうと思って」
「誰の話し方が?」
「ヘカテー」
「変なこと言わないで下さい」
ここまではっきりしていることを、無自覚とは言わせない。
「私の話し方のどこがおかしいのか、納得いくように説明してください」
「丁寧だったり、そうじゃなかったり。さっき言った通りなんだけど」
「私アル君が大好きです」
考えうる限り最悪の方法で説明を誤魔化そうとしている。
まったくそんな誤魔化しが通用するとでも思ってんのかね、コイツは。
っつーかヘカテーの場合、今までに結構な回数聞いた台詞だからな。
もう耐性がついたから、この程度の言葉では動揺しない。
「私とえっちなことしましょう」
いつのまにかアルヴァレイの耳元に口を寄せていたヘカテーがそう囁いた。思わずヘカテーを見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべている。まさにしてやったりという感じだ。
「いいよ。やった嬉しいな。そう言ってくれるのを待ってたんだ。さぁどうする? ここには皆がいるから森の中でも行くか? 俺は別にどこでもいいから、ヘカテーが場所を決めてくれ」
若干棒読みっぽくなった気がするが、ヘカテーが呆気にとられているので、平然と言っているように聞こえたのだろう。
「えっ……その、えっ……やっぱり、むり、です……」
そりゃ予想外の反応だろう。
時期が悪かったな、ヘカテー。
残念ながらその台詞は1度ルーナから聞かされてる。その上、あんな表情まで見せられたら、こんな状況に対する少しくらいの耐性がつくのは当たり前だ。
というかヘカテーは何百年も生きているならこのぐらいの耐性はついてるだろうと思っていたが、案外そうでもないようだ。
顔を真っ赤にして、唇を尖らせて頬を膨らませている様子が、さっきのシャルルにそっくりだった。何だかんだ世俗離れしてるからな。案外似た者同士なのかもしれない。仲良くすればいいのに。
「じゃあまた後でだな。やっぱり皆もいるし、どこか2人っきりになれる所があったら、その時によろしく」
ここまで言う必要はないかとも思ったが、今までの全部の仕返しがこの1回に集束されていると考えれば、妥当な線だろう。
ヘカテーがこんなに焦っている所を見るなんて久しぶりだし、この辺で許してやるか。
「ヘカテー……」
「わかり……ました」
冗談だよ、なんて言ったら間違いなく殺される。
どうしよう。まさかそんな返事が返ってくるなんて思ってもみないから、完全に油断していた。
ルーナの時みたいに、またそれとなくはぐらかす方法を考えなきゃいけないのか。いや、2人っきりにならなきゃいいだけの話だ。ドジを踏まなきゃ大丈夫なはず。
「できました」
シャルルが突然扉を開けてそう言った。ヘカテーの肩がピクンと跳ねる。
そんなヘカテーの様子を見て、シャルルがまたまた頬を膨らませる。
「アルヴァレイさん、こっちですっ」
つかつかと歩み寄ってきたシャルルはアルヴァレイの手を握って引っ張る。
「あ、ああ。ほら、ヘカテー行こう」
「あ、うん」
手を引っ張られつつ、小屋の外に引きずり出されるアルヴァレイの後ろをついて歩くヘカテー。
「あの……」
久遠がその3人を呼び止めた。
「霧の森最奥部には人が立ち入ることはできないんです。ですから……アルヴァレイさんとヘカテーさん……それに」
ガッ。
久遠の後頭部が扉に強くぶつけられ、言葉が途切れる。
「……?」
紙縒が、何の警告もなく久遠の口を塞ぎ、壁に押し付けていた。
「それ以上言ったら貴女を殺してさしあげます。霧の森には貴女とシャルルさんだけでお行きなさい。堕ちし神、貴女に私の日常を壊す権利などありません。お分かりですの?」
久遠が苦痛に顔を歪めても、それを意にも介さず、ただひたすらに睨み付ける。
「返事がありませんわね」
紙縒の左手にメイスが出現する。
「……元々私と……シャルルさんだけで行くつもり……でしたから……」
声を絞り出す久遠。
「何やってるんだよ、紙縒!」
稲荷が怯え、他の皆が呆気にとられている中、誰よりも早く紙縒に駆けよって、無理やり久遠から引き剥がしたのは康平だった。
解放された久遠が床に座り込み、涙ぐみながら激しく咳き込む。
「……ごめんなさい」
康平の腕を振りほどき、紙縒はメイスを携えたまま小屋を出ていった。
大きな音を立てて閉まる扉は誰の干渉も受け付けない、拒絶を示していた。
「……大丈夫? くーちゃん」
ヘカテーが久遠に駆けよって、そこにしゃがみ込み久遠の背中をさする。
「いったいどうしたんだろう……紙縒」
康平がぽつりと呟く。
たぶん知られたくないことがあったのだろう。この中の他でもない狗坂康平に。
話の流れから察するに、康平が人じゃないということなのだろうが……またか。
詳しいことは、紙縒の様子から触れない方がいいことはわかるから、これ以上の詮索や思考は控えておこう。
「紙縒と康平ってなんか訳アリっぽいけど……どこの誰なんだ?」
かなり外した質問を、康平に投げかける。
康平はちらりと紙縒の出ていった扉を一瞥して、ため息を吐いた。
「僕も詳しく聞いた訳じゃないけどね。世界の変化に影響する可能性があるらしいから、多くも言えない。それでもいいなら。僕と紙縒は、未来人みたいなものだよ」
なんで俺の周りにはこう、ぶっ飛んだ話しかないかなぁ。
もう少し大人しいカミングアウトは無いものか。
「ある意味では異世界人だけどね。アルヴァレイくんは世界の融合云々の事情を知ってるからわかるだろうけど」
何の事情も知らないヴィルアリアが容量不足でフリーズしている。
「この世界は、この後も他の世界と融合する。第3世界って言ってもわからないだろうけど、僕らは神界・魔界・人間界の他に4つの世界が融合した世界から来たんだ。事故だけどね。今は助けが来るのを待ってるみたいな状況かな」
何となく理解できなくもないけど、あまり理解したくない内容でもある。にわかに信じられない話だからな。
「僕も訳がわからないんだけどね……。未だに世界の融合って何? 旧き理を背負う者って何? 紙縒はいったい何をしてるの? って感じに混乱してる」
康平にとっては、切実だろう。
それはどちらかと言えば部外者寄りのアルヴァレイにすらわかることだった。