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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第五章『火喰鳥一族』
51/98

(10)魔女との再会‐Die Hexe eines schwarzen Waldes‐

「んーっ!」


 明るいはきはきとした声が、伸びに伴って口から出るように聞こえてきた。

 紙縒が起きたようだ。


「あれ、早いねアルっち」


「何だよ、アルっちって。それに早いんじゃなくて、どっちかっつーと遅い、な。他の奴には言うなよ」


「寝てないの? でも昨日私とヘカテーちゃんと一緒に寝に入らなかったっけ?」


「そうでもしないとヘカテーがずっと付き合って寝なかったからな」


「ふーん……で、何で?」


「見りゃわかるだろ」


「まあね。朝っぱらからそんなの着けてたら鬼塚でもわかるよ」


 いや、鬼塚を甘く見ちゃいけない。このぐらいの状況判断ができるようなら別に苦労しない。

 アルヴァレイの左手、そこには鉤爪が嵌められていた。

 そして、鞘からいつでも抜けるようにした短剣も近くに立てかけてある。


「ふーん」


 紙縒が四つん這いになって、まだ寝ている康平の身体を乗り越えて、歩み寄って、いやにじり寄ってくる。


「な、何だよ……」


「青春してるね~、と思っただけなのです、ふふ♪」


「意味わかんないけど、何語?」


 とぼけたわけじゃない。

 なんで単なる見張りが青春云々に繋がるのか、思考回路が読めなかった。


「いやいや、女の子達を守るために率先して人知れず見張りをつとめるなんて、なかなかできることじゃないって話だよ。康平なんか、まぁぐーすか寝ちゃってさ、情けないよね~」


「まぁそう言ってやるなよ。そいつも頑張ってたんだから」


 紙縒がきょとんとした顔になる。


「1時間ぐらい前だったかな。寝たの。それまではずっと、俺と見張り」


 紙縒がへぇ、と感嘆の声を漏らして、康平の寝顔を眺める。


「私にそんなひそかな頑張りばらしちゃってもいいの? 私はまあ嬉しいけどさ」


「康平が大事な人だからって言ってたしな。その頑張りを知られないのも可哀想だろ? 康平が寝たからこそ教えるってのもあるんだけど……」


「……」


「俺自身の理由としては、気安く話せる雰囲気をいっつも纏ってる奴だからな、紙縒ってのは」


 紙縒が康平に向き直ってうつむく。


「おのれ天然共め」


「ん? 何て言った?」


「何も!」


「……そうか?」


 紙縒が盛大にため息をついた。

 俺、今紙縒を不快にさせるような何か言ったっけ?

 紙縒が急に立ち上がった。


「ちょっと花を摘みに行ってくるね」


 花? 急にどうしたんだろう。


「何で?」


 紙縒が驚いた顔と、信じられないような物を見た顔と、可哀想なものを見る顔と諦めがあからさまに出ている顔の見事なコラボレーションを見せてくれる。


「……はぁ。トイレに行ってくるって意味なの! 無神経にもほどがあるって言うか……これぐらい常識なんだから、わざわざ伏せた言葉を言い直させないでよ……」


 はっきり言えば分かりやすいのに、なんでわざわざ……後で聞いてみるか。

 紙縒の姿が見えなくなった後、ヴィルアリアがもぞもぞと起き出した。その枕にされていたルーナも起き出してくる。


「おはよう」


 声をかけると、ヴィルアリアもルーナも同じ仕草で目をこすり、同じようにあくびをした。そして、同じようにアルヴァレイの方に顔を向ける。


「おはよう……お兄ちゃん」


「おはようございます……アルヴァレイさん。ふわぅ……」


 ルーナの耳がぴょこっと立った。

 というか寝てる時は耳も寝てるのかよ。動物としてそれってどうなんだ?


「あれ?」


 キョロキョロと周りを見回したヴィルアリアが首を傾げる。


「紙縒さんは?」


「花を摘みに行くんだってさ」


「あ、私も。紙縒さん、どっちに行ったの?」


 黙って指差すと、そのままその方向から90度違う方向に走っていった。


「そっちじゃないぞ~!」


「お兄ちゃんの馬鹿~」


 滅茶苦茶に失敬な言葉が何の脈絡もないまま返ってきた。


「ルーナ、気分はどうだ?」


「大丈夫ですけど……?」


 ルーナが不思議そうな顔をした。よし、この分なら大丈夫だろう。


「アルヴァレイさん……早いですね。もしかして見張りか何かをしてて寝てないとかじゃないですよね?」


 素晴らしく鋭い勘だった。

 その勘をしっかり伸ばして、精進に精進を重ねていってください。


「ちゃんと寝たよ。ついさっき紙縒と同じぐらいに起きたんだ」


「そうですか。それなら……いいですけど。体調には気を使ってくださいね」


 ルーナにだけは言われたくない! 何て言えるわけもなく。


「ルーナ、寝起きで悪いけど走れるか? テオドールまで」


 ルーナはコクリとうなずく。


「でも、店って開いてるんですか?」


 しかも、皆の朝ごはんを買いに行くことまでちゃんと察していた。


「あそこは商業都市だからね。店が開かなくても朝市は開く」


 紙縒とヴィルアリアが戻ってから他の人が起きない内に行き、起きる前に帰ってくることができた。正直そんな必要はなかったが、どうせなら朝起きたら飯がある、ぐらいの方が気が楽だろうからな。

 ちなみにルーナは別に何ともなかった。一応、念のため食後にまた1錠飲ませたが。


「これ……何の薬なんですか?」


「美容強壮……」


 突然訊ねられたせいで、結構大変なミスをしてしまった気がする。


「そうなんですか」


 躊躇いなく疑いなく薬を飲むルーナ。

 あまりにもいい子過ぎて将来が不安になる。少しは疑うことも覚え…無理だな。


「……苦いれす」


 いつまでもこの感想のままだろうな。


「そろそろ行くよー」


 紙縒は全員が揃ったのを確認したのか、少し離れたところにいたアルヴァレイとルーナに声をかけた。


「あ、うん。今行くよ」


 薬の箱をヘカテーに返す。

 ヘカテーは黙り込んで箱をじっと見る。


「どうかした?」


「ううん。何でもない。行こ、アル君、ルーナちゃん」


 ルーナの手を引いて歩き出すヘカテー。その後ろをついていくアルヴァレイ。


「やっほーヘカテー。元気してた?」


 その後ろから、聞こえた声の心当たりがアルヴァレイの頭に浮かぶ前に、アルヴァレイの身体は下草が茂る地面に引き倒された。

 そのひっくり返った視界に映る赤い髪、赤い瞳。


「ルシフェル!?」


「お、何だ。いたの? アルヴァレイ=クリスティアース。というか結構勘いいね♪ 私がここにいるってどうしてわかったか、後でじっくり聞かせて貰いたくない」


 相変わらず性格も言動も破綻していた。


「どこにいたの? ルシフェル! 皆探したんだよ!」


「さっきも言った通り、黒き森(シュヴァルツヴァルト)だけど。それにヘカテー以外は探されても嬉しくない。そう言えばあの女は? ガダリアとかいう極物きわものの化物♪」


「ガッドのことを悪く言わないでよ。来てないよ、なんかしばらくは用事があるからって、どこかに行っちゃって」


「まぁ別にどうでもいい。そんなことよりアル君、アル君♪ レジス……えっと、ティアラが会わせたい人がいるんだって」


「……?」


「まあまあそんな警戒しないで♪私じゃなくてティアラなら信用できるかな♪ いいよいいよ♪ 今はちょうど気分がいいし、ティアラの方を出してあげるよ」


 なんかテンションが異常に高くないか?


「その前に1つ愚痴聞いてくれるかなぁ。アルヴァレイ=クリスティアース。私がお前を嫌いな理由はヘカテーがお前を好きな理由と同じだって言いたいんだけどね♪ ……ルシフェル御姉様、話す、長い、前置き」


「……」


「私、呼び名、ティアラ。私、残念、貴方、不可能、区別」


「いや、話し方でわかるから」


「私、会う、シャルロット=D=グラーフアイゼン」


「…………は?」


「私、導く、貴方、シャルル」


「シャルルがこの森にいるの!?」


 シャルルが、『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』シャルロット=D=グラーフアイゼンがここにいる?


「痛い」


 ティアラの呟きで、自分が思わずティアラの両肩を掴んでいることに気づき、慌てて手を離す。


「ごめん、つい」


「アル君、よく"鳴けない小鳥(レジストハート)"の言葉が解読できるね……」


 ヘカテーがいつにもまして、変な物を見ているような目付きで睨んでいた。


「そんな目じゃないし睨んでもいないってば」


「お前本当に心が読めなくなってるのか!? にわかに信じられんぞ!」


 ツッコミを口に出すなんて。


「やだなぁアル君。ツッコミを口に出すなんてはしたないよ?」


 絶対読心できてるだろ。


『近くにルシフェルがいるからね♪』


 そういうことか。

 いや、話が逸れた。

 見ると、ティアラが頬を膨らませ、唇を尖らせていた。子供か、と思いつつ、なんか可愛い、と頭によぎる。


『アル君。ティアラに手を出すなら、私に手を出してね』


『意味がわからん』


「じゃあティアラ。シャルルの所に案内してくれ」


 コクリと頷いたティアラは、そのまま振り返り歩き始めた。

 シャルルが、いる。

 あの勘違い好きの大馬鹿にやっと言いたいことを言ってやれる。

 どっかの『悪霊』のせいで余計なところで言ってしまった言葉を再使用するのは気が引けるけど、あの最悪の『悪霊』のせいだから許してもらおう。


『聞こえてるって気づけばいいのに、アルヴァカ』


「主に高地に生息する哺乳類綱偶蹄類目ラクダ科の生物と被る可能性が出てくるからやめてくれ」


 忘れていた。

 ちぃっ、性悪め。


『わざとだったら殺してやりたくなるけど、今のアル君はどっちかな?』


『不可抗力だ』


 はっきり言ってシャルルが見つかったのなら、ルシフェルなんてどうでもいい。


『なんて思ってないから安心しろ、ルシフェル。ヘカテーを悲しませたり、心配させたくなきゃ、お前も戻ってこいよ』


『私はお前のそういうところが大嫌いだよ。人に安らぎなんて植え付けて楽しい? 自己満足ならやめてくれないかな』


『別に楽しくはないけど、っつか安らぎなんて与えてるつもりはねえよ。何だよ、そりゃ。というか安らぎを受け取った奴は少なくとも"安らぐ"んだろ? ならいいじゃねえか。損するわけでもないだろうし』


『アハ♪ いつになく。饒舌じょうぜつだね~情説じょうせつだね~。いいよいいよ~いつか教えてあげるよ。そのご高説が色々な人を不幸にするってことを』


『それが証明されたらその時はせめてお前だけでも幸福にしてやるよ』


『うっさい死ね』


 なんでここに来てありきたりすぎて笑えてくるような安っぽい悪意が出てきたんだろう。ルシフェルらしくもない。

 それっきりルシフェルは黙ってしまった。

 別に話があったわけではないが、ルシフェルらしくない。

 いつものルシフェルならこんな程度じゃ済まないはずだ。敵味方問わず軽口に乗せて悪意を振り撒く、それが彼女の趣味であり、志だったはずだ。

 最近はその悪口もちょっとした毒舌程度に聞こえるようになったのは、ヘカテーだけでなくルシフェルも角がとれて丸くなってきたからか、アルヴァレイに耐性がついてきたからか、はたまたルシフェルの性格の全容を理解できるようになったのか。

 前者なら最高だが、中後者でも悪い気はしない。どれにしろ、彼女が自然体でいること以上にいい状況などありえないのだから。

 なんて考えている内に『星見の丘』に到着した。

 心臓の鼓動が自然に高鳴る。

 その少女は、その丘の中央に立っていた。

 フードも被っていない。

 ローブも纏っていない。

 幼げながら綺麗に整っている横顔も、風にそよぐ黄金色の髪の間から出る耳も、お尻の辺りでくるくるとよく動く尻尾も、1年前と変わらなかった。

 アルヴァレイが声をかける前に、相手からこっちに気づいたようで、彼女の顔がこっちを向いた。どことなく怯えたような、固い笑顔だったが、アルヴァレイは笑い返す。


「アルヴァレイさん……。えへへ、お久しぶりです」


「たったの一年だろ、シャルル」


 ただいまとおかえりが完全に重なる。

 シャルルは嬉しそうに、恥ずかしそうに顔を綻ばせた。

 この時、本当にシャルルかどうかが不安になり、こっそり隣に立っていたティアラに目を遣ったことは、誰にも気づかれていなかった。


「だいたいお前酷いよなぁ!」


 からかいを交えて無駄な大声で叫ぶ。

 その言葉にシャルルの細い肩がピクンと跳ねた。そしてうなだれるように耳が垂れる。


「せっかく人が探し出そうと頑張ってたってのに、勝手に帰ってきやがって。どうしてくれるんだよ。これからあるはずだったアルヴァレイ=クリスティアースさんの冒険たんも見れなくなっちゃったよ」


「ごめんなさい……」


「やばい……久しぶりすぎてこいつがこの手の冗談通じない奴だって忘れてた。どうしようヘカテー」


 ヘカテーに助け船を求めると、何かを耳打ちするような仕草で顔を寄せてくる。


「アル君、土下座土下座」


「そうか、その手が……ねぇよ。なんで久しぶりに会ったってのにすぐ土下座しなきゃいけないんだ」


「じゃあ……まぁいいや。お好きに」


 選択肢が酷すぎる。


「シャルル……その、冗談だからな?」


「そうなんですか? アルヴァレイさんひどいです……。そんなことしてアルヴァレイさんは楽しいですか?」


「楽しい」


 なんで俺が責められてるんだろう……。

 ってしまった!

 つい本音が口から出てしまった。

 シャルルの視線が痛い。

 頼むからそんな目で見ないでくれ。


「とりあえず皆さん。その……あがってください」


 その言葉に目を泳がせて、初めて気がついた。

 見覚えのある木造の小屋。

 あの夜に壊され、次に来た時は片付けられていたシャルルの家は元通りになっていた。


「元に戻せたのはこれだけです」


 シャルルが視線を送った先、小屋の隣には真新しい盛り土があった。


「さあ、どうぞ。皆さん」


 無邪気な笑顔で手招きするシャルルの後について歩く。

 そういえば、用意してたティーアで『シャルル』に言ったような言葉、何も使わなかったな。

 まぁシャルルが自分をそういう目で見なくなったのならいいことなんだろうが……。

 なんとなく拍子抜けだった。

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