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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第五章『火喰鳥一族』
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(9)判明‐Die Paarungsjahreszeit des Madchens‐

 ルーナの先導で森に入り、歩くことたぶん10分程度経った。

 高速で走るための身体を持つベルンヴァーユにとって、ゆっくり歩くことはどうやら速く走るより体力を使うようで、途中から康平たちを下ろして、人の姿に戻っていた。

 むしろ正しく言うなら成っていた、だが。忘れがちだがあくまでルーナはベルンヴァーユが元々の姿だ。

 本人の話では人の形をとれるようになったのは旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)になってからのようだし。

 ちなみに久遠も降りてきて翼を休めながら稲荷の手を握って歩いている。

 どうも木が邪魔で高いところしか飛べない上に、森の中にいるアルヴァレイたちを見失ってしまうらしい。


「ルーナちゃんはどこ向かってるの?」


 紙縒がアルヴァレイの肩をポンと叩いて言った。


「たぶんシャルルが住んでた家があったところだと思うけど……」


 あの丘が『星見の丘』と呼ばれていることを知ったのは最近だ。

 この前、偶然ルーナと星を見上げる機会があって、その時に教えてもらった。

 動物たちとシャルルの間で通用するように、黒き森(シュヴァルツヴァルト)の中の色んな場所に名前を付けたらしい。

 この話を聞いた時、シャルルらしいとつい笑ってしまった。


「それとルーナちゃんが時々アルの方チラチラ見てるのは何で? なんかしたの?」


「さあ……」


 まさか言えるわけがない。

 アルヴァレイが適当にはぐらかしたのがわかったのか、紙縒はふーんと相づちを打って話を切り上げ、すぐにヘカテーと話し始めた。紙縒に悪い気もするが、今考える最優先事項はルーナのことだろう。

 ちょうど歩く時間は長い。

 ルーナがその……なんだ、あんなことを言い出したのには理由があるはずだ。

 確かにルーナが自分になついていることは重々承知だが、そんな関係に発展するほど親密になるようなことを言った覚えもした覚えもない。

 いや、でも同じく言った覚えもした覚えもないヘカテーがあんなんだから可能性が無きにしもあらず。

 その仮定が正しいなら、確かに嬉しいことは認める。

 ルーナは確かに可愛くてか弱くて、守ってやりたくなる大切な存在ではあるけれど……ちょっと待て何を考えてる……俺の人生がそんな勝ち組なわけあるか。

 まったくどうかしてる。シャルル、ヘカテー、ルーナと3人の可愛い女の子に好かれるなんてあるわけが……なんで普通の人類が1人もいないんだ?


「ルーナちゃん。後どのくらいかかるかわかる?」


「わからないです。私の足なら5分かからないんですけど……人の足では」


「そっか……」


 そろそろルーナ以外は疲れてきた頃だろう。気づけば休みなしで数時間歩き通しだ。疲れない方があり得ない。


「少し休むか」


 率先して木の根に腰を下ろすと、やはり全員が腰を下ろした。


「シャルルさん……いるでしょうか?」


 久遠が呟く。


「シャルルがこの森にいたのはかなり長いって聞いてるし、その黄泉烏(よみがらす)……さまと会ったのがずっと昔じゃなかったら、会ったのは、ここ1年ってことになるから、あり得ない訳じゃないけど」


 一度は遠ざけた場所だから。


「……まずいな」


「どうしたの? アル君」


「すっかり忘れてた……」


 アルヴァレイの言葉に、そこにいた全員が怪訝な顔をする。


「今からあの丘に向かったら、着くのは夕方頃だから、下手すると『夜のシャルル』と鉢合わせになるかも」


 夕方、太陽が地平線に完全に隠れるのと同時に、シャルルは『夜のシャルル』になってしまう。いざとなった時、今のメンバーでは太刀打ちできない。


「明日の朝出直した方がいい、かも」


「え~、ここまで来て?」


「こ、紙縒。危ないって言ってるんでしょ? ならやっぱり引き返した方が……」


「そうね……」


 紙縒の様子に胸を撫で下ろす康平。


「ここで野宿するか……」


「なんでそこまでしてシャルルって人に会いたいの!?」


「会いたいって言うか……いじりたい?」


「突然そんな欲求を暴露されても対応できないんだけど」


「文句あるの、康平?」


「野宿するって言ったって、食べ物も何も、何でもないです」


 途中から謝罪のように坦々とした口調に変わる。ちなみにアルヴァレイは変な争いに入らないよう沈黙を守っていた。


「ここでも危険に変わりはないんだろうけどね。結局どうするの? 皆が戻るって言うなら戻るし、ここで野宿って言ったら野宿してもいいけど。俺が止めるのはこのまま進むことだけ、それ以外は付き合うよ」


「決まりね。じゃあ康平、ちょっと食べられる物買ってきて」


「僕だけ来た道を戻らせる気!?」


「いいじゃないそれぐらい」


「軽い言葉で済む距離じゃない!」


「何よ、康平ってば。ツッコミしかできないの? さっきから黙って聞いてれば、そんなんばっかりじゃない」


「紙縒がっ、いつっ、黙ってたってっ、言うんだよっ!」


「もう康平には頼まないわよ。アル、お願いしてもいい?」


 なんで僕には命令でアルヴァレイくんにはお願いしてるのさ、という康平の切実な呟きに同情しつつ、少し考える。


「どっちにしたって戻るには苦しい距離だと思うけど」


「大丈夫、ルーナちゃんに乗せて貰えばいいのよ」


「それなら康平だってできるよね」


「康平じゃテオドールの勝手がわからないでしょ。それにアルなら住んでたぐらいだから何がおいしいかも知ってそう」


 じゃあなんで先に僕に言うんだよ、という康平の切実な呟きに同情しつつ、とりあえず納得した。確かにそういう意味では一番適任だし、ルーナと一緒ならそんなに時間もかからな……ルーナと一緒?


 まずい。

 何がまずいって色々と。


「じゃ、じゃあ紙縒も一緒に来るか?」


「え? あ~ごめんね、さっきヘカテーちゃんと約束があって……」


 一番来てくれそうな2人が共倒れした。


「じゃあアリアも行こうぜ」


 よくもまあ言葉が震えないもんだ。我ながらこんな状況に慣れがあるのかと思うと複雑な気分だ。


「さっき、父さんと母さんとゆっくり話もできてないだろ?」


「うーん、そうだね。じゃあ行こっかな。なんかルーナちゃん走りたそうな顔してるし。もう1回高速の世界を体験したい」


「もう1回? 1回目はいつだ?」


「ほら、ローアに向かう時に突然魔弾が飛んできて……」


「ああ、あの時か」


 俺がエヴァのせいで死にかけた時な。まあ、なんともなかったけど。


「じゃあ行こっ。お兄ちゃん。日が暮れる前に帰ってくるね。ルーナちゃん、お願いね」


 用意のいいルーナは既にベルンヴァーユの姿に戻っていた。ヴィルアリアがその背中によじ登る。アルヴァレイもその後ろに飛び乗る。


「ちゃんと角につかまれよ」


「うん。わっ」


 ルーナが走り出す。1分もしない内に森を出て、すぐにトップスピードまで加速した。

 最後にこの速さを出したのがあの時だとすると2週間以上全力で走っていない計算になる。それだけ楽しいのだろう。


「ルーナちゃんすごい! 速い速いたたっ」


 口を閉じていなかったらしいヴィルアリアが舌を噛んだようだ。


「大丈夫か?」


 テオドールに入ったところで、ルーナから降りて、口を押さえたままのヴィルアリアに聞く。


「うん、だ、大丈夫」


 あまり大丈夫そうじゃない発音だった。


「もう少し先までルーナに乗るから気を付けろ」


 ヴィルアリアが無言で首を縦に振ったので、もう1度ルーナに乗る。


「ルーナ、俺んとこの薬局まで頼む」


 ルーナはぶるんと首を回すと、再び走り始める。

 下の街道のレンガに遠慮してか、スピードはかなり落ちていたが、あまり気にするほど遅くもない。

 その証拠にあっという間に薬局についてしまった。


「アリア、俺らで買ってくるから」


「う、うん」


「後で迎えに来る」


「また後でね」


 ヴィルアリアはすぐに店の中に入っていった。アルヴァレイもルーナから降りて、ルーナの前に出る。


「このままで行くか?」


 首を横に振るルーナを誰もいない路地に誘導して、ルーナのローブ等着替えをそこにあった木箱の上に置く。


「外、見張ってるから早く着替えてね」


 そう言ってルーナに背を向け。


 ぎゅっ。


 肩ごしに腕が前に伸びてきて、アルヴァレイに後ろから抱きついた。

 もちろんルーナが。


「あ……」


「アルヴァレイさん……」


 俺の馬鹿野郎!

 なんでこっちに来る前に懸念して、予防策としてヴィルアリアを連れてきたのに着いた瞬間にはもう忘れてんだよ!? ていうかよく考えたらヴィルアリアじゃ予防策になってないじゃん!


「ル、ル、ル、ル、ルーナ!?」


「アルヴァレイさん……もう……私、我慢できないんです」


 ルーナの熱い吐息が首筋を悪戯にくすぐる。呼吸は荒く、体も熱っぽい。


「えっちなこと……しましょう?」


 ペロッ。


「うっ」


 ルーナの舌が首筋を這う。


「ちょっ、ちょっと待っ」


 腕を振りほどき振り返って、息を呑んだ。同時に振り返ったことを後悔した。

 考えるまでもなく当たり前だが、ルーナの着替えはまったく手つかずで。

 ルーナは何も着ていなかった。

 その頬はほのかな桜色に染まり、目は艶っぽく潤み、その視線はずっとアルヴァレイを見つめていた。射抜かれたように手が動かない。頭の中では、後ろを向くなり、手で顔を覆うなりの命令が出ているのに、なぜか身体は動かなかった。

 アルヴァレイが1歩後ずさる。

 それに伴って、ルーナも1歩前に出る。

 その瞬間、すばやく伸びたルーナの腕が、アルヴァレイの後頭部に添えられた。


「っ!」


 果物のような、甘い香りがした。

 気がつくと、ルーナの顔が目の前にあり、その唇がアルヴァレイの口を塞いでいた。ヘカテーとの唇を触れ合わせるだけのキスじゃない。ルーナの舌が、アルヴァレイの舌を捕えている。


「ん……」


 口が離れる。


「アルヴァレイさん。私に……その……して下さい。アルヴァレイさんしかダメなんです。最近……おかしいんです。アルヴァレイさんを見ると、変なことばかり考えてしまって、最初は我慢してたんですけど……昨日くらいから欲しくて欲しくてたまらなくて……」


 あのルーナがこんなことを言うなんて、絶対におかしい。

 何かが決定的におかしいはずだ。

 ただでさえ内向きな性格のルーナがこんなことまで口走るような何か……。

 そこで1つの可能性に思い当たる。


「ルーナ!!」


 ルーナの肩を掴んで、力任せに引き倒す。

 ルーナは何か勘違いしたようだが、仕方がない。ルーナに頭からローブを被せて、立ち上がる。


「そこで待ってろ!」


 返事も聞かずに路地を飛び出す。そして、すぐに『クリスティアース薬局(アポトーククリスティアース)』に駆け込む。


「どうしたの? お兄ちゃん」


「いきなり何? アル」


 ヴィルアリアや母さんが口々に言う怪訝な表情そのものな言葉を聞き流し、商品棚の一角に向かう。

 そして、その中から1つ掴み取る。


「金は後で!」


 店を飛び出して、すぐに路地に戻る。

 ルーナはまだそこにいた。


「アルヴァレイさん……?」


 ローブを被ったままのルーナ。一応言葉通り待っていたようだ。


「ルーナ、口を開けて」


 不思議そうに首を傾げ、素直に口を開く。やっぱりルーナはいい子だった。


「これを飲んで」


 さっき店から持ってきた薬をルーナの口の中に投げ入れる。ルーナは疑いもなく、その薬を飲んだ。


「……苦いれす」


「気分はどうだ?」


「……?」


「大丈夫そうだな、早く着替えろ。皆のご飯買って帰るぞ」


「あ……はい。ちょっと待ってて下さい。あ、恥ずかしいので外で」


 どうやら薬は効いたようだった。

 というかやっぱり原因はこれだったのか。ルーナでも気づきそうなもんだけどな。

 アルヴァレイはため息をついて、薬の入った箱をポケットに入れた。







「えっ!? じゃあ最近ルーナちゃんの様子がおかしかったのってそういう時期だったんですか?」


「ああ、まぁ発情期って奴だな。本人は気づいてないみたいだ」


 森に戻って食事を済ませた後、とりあえずヘカテーを呼び出して、事情を説明しておく。

 後でばれたら面倒なことになりそうだったからだ。


「しばらくは様子を見つつ、この薬で抑えることになりそうだから、気を付けといてくれ。薬は渡しておくから」


 アルヴァレイが買った薬は動物の発情を抑える薬だ。

 あの時は効き目を度外視して即効性の方を重要視したから不安ではあったが、どうやらある程度はこの薬で間に合いそうだった。


「ルーナちゃんと何をしたんですか?」


「神に、いや、もうヘカテー=ユ・レヴァンスに誓って何もしてない」


 キスだけ。

 言えるわけがない。


「勝手に私の名前に誓わないで下さい。変な気分になります」


「じゃあその薬を……」


「嫌な気分になりました」


 いきなり鳩尾を攻撃するなんて卑怯極まりない。

 咳き込んだせいで息が苦しい。

 基本的には知らない人の方が多いだろうが、鳩尾ってのは強い力で殴られるより、中途半端な力で殴られる方が苦しい。

 すぐに気絶するか、苦しみが持続するかの違いだが少し考えれば気絶する方がましだとわかる。

 どっちにしても身体に悪いことに違いはないからできるだけ多くの人がそんな苦しみを味わうことのないよう祈っておこ……う……。

 ちなみに今回の俺は前者だった。

 痛いからね?

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