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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第五章『火喰鳥一族』
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(8)異変‐Eine abnormale Situation‐

「皆さんは……霧の森(ネーベルヴァルト)という森を知っていますか?」

 久遠はゆっくりとした動作で腰を下ろし、静かに呟くように問いかけてきた。

「あの『奇跡の森』?」

 そう言ったのはヴィルアリアだった。

「はい……。私たち、火喰鳥の一族が暮らしていた森です。あの森には元々黄泉烏よみがらす様が住んでおられたのですが」

「黄泉烏……?」

 ヴィルアリアが首を傾げる。その時、紙縒がポンと手を打った。

「『渡世(とせい)詠者(えいじゃ)』ね。前に文献で読んだことがあるわ」

「紙縒、知ってるの!?」

 ヘカテーが驚きの声をあげる。そりゃそうだ。

 こと学問で負け知らずのヴィルアリアですら知らず、長く生きているヘカテーも首を傾げている。ルーナは……既に話に参加する気がなく稲荷くんと部屋の隅に行って何やらぶつぶつ話し合っていた。

「確か『人でありながら本質は異形であの世とこの世をわたる存在』……だったかな。あ、あと『神杖(しんじょう)の管理者』。知ってるのはそんだけだけど」

 久遠は目を丸くしてあからさまに驚いていた。

「紙縒さん、でしたか……? よくご存じですね……」

 話についていけていないのは数えられるだけで六人。

 ヘカテー、ヴィルアリア、ルーナ、康平、そして稲荷と俺自身だった。

 というかむしろ紙縒と久遠だけだよ。わかってるの。

 ヘカテーに初めて旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)について教えられた時のことを思い出させるような光景だが、あの時は鬼塚とリィラだけ。理解できそうなのが自分だけだったから仕方なくだったが、今回は何しろ人数は多い。

 紙縒に後で説明してもらおうと1人妥協した。甘いと笑うなら笑え。

その神杖(しんじょう)って何なの? それも聞いたことないけど」

 ヴィルアリアが興味津々のようだった。

 それでなくても、ヴィルアリアはフラムから出たことがない、らしい。離れてた期間が長いから、その間のことは詳しく知らないが。

「もっとわかりやすく言えば『奇跡杖』。奇跡を司る能力を持った杖らしいわ。もっと正確に言うなら、『存在する可能未来の決定時に故意に確率を100パーセントに、あるいはひとつの可能性を除いて他を起こらなくする』チカラがあるってことだけど、たぶん細かいことは理解できないと思うから『自分の望んだことが実現する』くらいで考えておけば大方あってると思うわ、そうでしょ? 名前なんだっけ? そこの和服着た黒髪の女の子さん」

 久遠はいまだに目を丸くしたまま、無言でコクリと頷いた。

「話を遮って悪いけど自己紹介がまだだったよね。私は衣笠(きぬがさ)紙縒(こより)、こっちが狗坂康平(くさかこうへい)ね。あなたは?」

火喰鳥(ひくいどり)……久遠(くおん)です……。こっちは稲荷いなりくん……。あれ? 稲荷くん?」

 隣にいたはずの稲荷がいないことに今さら気づいたようで、部屋の中をきょろきょろと見回す。

「後ろ後ろ」

 なぜか早々と泣きそうになっていた久遠は、アルヴァレイの助け船に後ろにいた稲荷を発見し、安堵の表情を見せた。

 稲荷はその事に全く気づいていないようにルーナと顔を付き合わせて何かを話している。

 ルーナの顔が時おり真っ赤になっているのが気になるが、精神年齢も近そうだし、たぶん問題はないだろう。

「コホン……細かい事情は省かせていただきますが、『神杖』は今……そのシャルロットという旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)が持っていると、黄泉烏よみがらすさまに言われて探しに来たんです」

「ちょっと待った」

「……何ですか? アルヴァレイさん」

「シャルルは今、黒き森(シュヴァルツヴァルト)にいるのか?」

「わかりません……。黄泉烏よみがらすさまが知っている手がかりは……そのシャルロットさんが黒き森(シュヴァルツヴァルト)に関係がある……ということだけで……詳しくは何も。だからとりあえずその……黒き森(シュヴァルツヴァルト)に行ってみないことには……すみません……」

 なぜ謝る。

「じゃあとりあえず黒き森(シュヴァルツヴァルト)に行ってみるか?」

「賛成ー」

「うん」

「どうせ暇だからね、ね、康平」

「あ、うん」

「《コクリ》」

「《コクリ》」

 ルーナがいるから、数人は何とかなるとして他の数人には歩いていくことになりそうだが。

 そして、次々と部屋を出ていく面々。

「アルヴァレイさん……」

 他に誰もいなくなった後、残っていたルーナに呼び止められた。

「どうかしたか? ルーナ」

 妙にもじもじしているルーナの表情は何か言いたげながら真っ赤に染まっていた。

「その……私と……」

 そこで口ごもる。

「どうしたんだよ、急に」

「わ、わひゃ、いえ私と……その」

 いつも結構な頻度で噛んでいるルーナだが、こんなに口ごもったりするのは珍しい。

「私と……えっちなこと、して下さい」

「…………………………は?」

 ためたわけじゃない。

 ただ単純にフリーズしただけ。

「私に……えっちなこと、して下さい」

 ルーナの額に手を伸ばす。

 払い除けられた。

「え……?」

「だめ……ですか?」

「いや、だめとかそういうんじゃなくて、え?」

 我ながら語彙が少ないと猛省を余儀なくされる。

「今からじゃなくてもいいです……。その……後ででも……私と……恥ずかしいんですから何度も言わせないで下さい。でも……もう我慢しても我慢できなくて」

「いや、意味がわからな!?」

「それでは!」

 顔を真っ赤にしたルーナは、駆け足で部屋を出て、ドタドタと大きな音をたてながら階下に降りていった。

 1人残されるアルヴァレイ。

「何あれ……?」

 理解が追いつかない。

『もう我慢できなくて』

『えっちなこと、して下さい』

 ルーナの言葉が頭の中で反復する。

 顔を真っ赤にして、大胆すぎる事を言ったルーナの姿が頭にちらつく。

「えええええぇぇぇぇぇ!!」

 1人残された部屋の中で、どうしようもなく絶叫した。

 ルーナがおかしくなった。

 何で?

 まさか稲荷との会話でそうはならないだろう。あっちも子供で、こっちも子供。そんな話題が出る取っ掛かりすらないだろう。

 ならどうして?







「なんでアル君はそんなに疲れた顔してるの? 何かあった?」


「いや……何も」


 声が裏返らなくて、本当に良かった。


「というか本当にルーナに乗せて貰わなくもいいのか?」


 ベルンヴァーユの姿に戻ったルーナの背中には、ヴィルアリアとその腕の中に稲荷。

 そしてその後ろに康平。

 この中でも一般人よりも体力の無い3人が乗っている。


「一応、ルシフェルの身体能力の残滓ざんしって言うのかな……。普通の人よりは動けるみたいだから。それに走れるのにルーナちゃんに乗るのも悪いし……ア、アル君を走らせて私ばかり楽するのも気まずいですから」


 ヘカテーのそんな態度と言動に、槍、いやむしろもう筋肉神でも降るんじゃないかと思った。


「なんか失礼なこと考えてませんか?」


「いや……何も」


 今現在ルーナの隣を走っているのは、ヘカテーとアルヴァレイ、そして、紙縒の3人だ。

 そして久遠は、背中の翼を広げて、ルーナのはるか上の方を飛んでいるはずだ。太陽が眩しくて見えないだろうから、おそらく誰の目にも止まらないだろう。


「久遠って本当に飛べるんだな」


「背中に羽生えてるよ」


「いや、飛ぶって言われても実感わかないからさ。やっぱり気分いいのかな?」


「後でくーちゃんに聞いてみたらいいんじゃないかな」


 ちなみにルーナは全力では走っていない。

 結構遅い、普通の馬や鹿が軽い調子で走ると大体このくらいになるんじゃないかと思える程度の速さしか出していない。全力で走ったら、アルヴァレイたちが追いかけられなくなってしまうからだ。


「ルーナちゃん大丈夫かな」


「な、何が!?」


「なんでそんな慌ててるの? ルーナちゃん最近の調子が悪そうなんです」


 不思議そうな顔に、ジトッとした疑いの眼差しに、思わず目を逸らしかけた。


「……どういうこと?」


「なんかボーッとしてたり、熱っぽかったり、話をたまに聞いてなかったり……まるで……」


 意味ありげな視線をアルヴァレイに向けてくるヘカテー。


「元からそうだったような気がしないでもないけど、一応気にしとくよ」


 テオドール市街を抜けて、通用門を出る。そして、躊躇いなく北西の方角の道を選ぶ。

 普通の商人たちならそのまますぐに北東のエルクレス国内に向かう道を選ぶ。黒き森(シュヴァルツヴァルト)になんて誰も好んで行こうとは思わないからだ。それだけが理由ではなさそうだが、道行く人々の中でもアルヴァレイたちは異様に目立っていた。


「アハハ、なんか嫌な視線だね。そんなにおかしいかなぁ、私たち」


 紙縒が周りの人に普通に聞こえるような大声で笑った。途端に隠す気もなく顔ごと目を逸らす大多数。


「紙縒っ、目立つってば」


 康平がそう言いながら身をすくめ、周りを控えめな挙動で見回す。

 紙縒はそれを聞いて康平の膝の辺りをはたいた。


「何言ってるのよ、人をジロジロ見るなんて失礼でしょ。それにもう十分目立っちゃってるじゃない。今さら何したって同じなんだから、堂々としてればいいの!」


「あれ? 前に人に見られるのは嫌いじゃないって言ってなかったっけ? なんか自分に自信が持てるとかなんとか……」


「あの時とは状況が違うじゃない、馬鹿! あの時は康平が! ……ううん、何でもないわ。忘れて」


「気になるなぁ」


「気にしないでって言ってるでしょ」


「言ってないけど……ごめんなさい」


 紙縒に再びはたかれたふくらはぎの辺りをさすりながら、紙縒に謝る康平。


「何で康平が乗ってて、私が走ってるのよ。普通、レディーが乗れるでしょ?」


「紙縒って別にレディーって感じじゃ落ちる落ちる! 引っ張らないで!」


 そっぽを向いていじけたような態度になる紙縒をなんとかなだめようとご機嫌取りをし始めた康平と、そのあからさまな態度にさらに不機嫌になる紙縒を見ていると、そういえばたまに両親もこんな夫婦喧嘩してたなあ、としみじみと思い出される。

 ただしうちの両親はテンションは異常に低い、冷静な2人だったけど。


「アル君、どのぐらいで着くの?」


「そういえばこの中で黒き森(シュヴァルツヴァルト)まで走っていったのアルだけなんでしょ? どのぐらいかかるの?」


 紙縒が何でその事を知ってるんだろう。ヘカテーが話したのか、と無理やり納得して記憶の糸を手繰り、およその時間を計る。


「大体四,五時間くらいだよ」


 アルヴァレイの言葉に目を丸くする紙縒。


「そんなに!? 私そんなに走れないよ?」


「でも紙縒、持久走とかマラソン得意じゃなかったっけ?」


 康平はたぶん何も考えていないだろう。ただ単に紙縒の言葉に対して素直に反応しているだけだ。


「康平は何でそういうこと簡単に言うかなぁ……。1人だけ楽してるくせに」


「痛い痛い痛い!」


 墓穴を掘った康平の膝に紙縒の細い指がかかり、みしみしと軋んだ。尋常じゃない痛がり方だったから、握力は並じゃないだろう。


「ちょっと皆止まって」


 紙縒が急にスピードを落とし、息を整えながら立ち止まった。

 少し遅れて、全員がその場で立ち止まり、紙縒を振り返る。


「康平、ボールペンとかシャープペン持ってない? 私の壊れちゃって」


「僕、チェリーとか言う子が来た時には、携帯しか持たなかったって言わなかったっけ……?」


「そうだったっけ? じゃあ携帯でいいわ。貸して」


「携帯で代用できる筆記用具の用途っていったい……」


 康平はため息をつきながらポケットから何かよくわからない黒い小物体を取り出した。ちょっと見ただけだが、何かのケースの類だろうか。

 前面と背面が上下にスライドして分かれた。

 どうやらケースのようだと思った瞬間、妙に明るくなる前面。

 スライドして現れた部分には数字が1から9まで並んでいる。その下には『0』、そしてその両隣にはよくわからない記号が描かれていた。しかも予想に反して別に中には何も入っていなかった。


「はい」


「ありがと」


 その謎な物体を受け取った紙縒がその数字の部分に指をかけた。

 そのまま指が高速移動する。


「何で電話帳に登録してるのが男子より女子の方が多いのよ!」


「向こうから渡してくれるから、断るのも悪いかなって……ってどこ見てるんだよ! 何か書きたいんじゃなかったの!?」


「メールボックスの中の受信メールも女子からの方が多いじゃない!」


「ちょっと待って、何で8桁もあるパスワードロックを既に通過して、そんなところまで入ってるの!?」


「私の生年月日なんか使ってる康平が悪いの! しかも来たメール全部に返してるじゃない! 私からのはたまに帰ってこないことあったのに!」


「それは紙縒が返事しにくいようなこと送ってくるからじゃないか! それにその数字が一番覚えやすいんだよ! 数字4つしか使ってないし!」


「使用料払いなさいよ」


「いや、意味わかんないから」


 そんなこんなで黒き森(シュヴァルツヴァルト)の入り口まで来た。結局紙縒が何をしたかったのかわからないまま、再び走り出してから2時間弱後のことだ。

 3時間で着いたのは自分の体力が前より上がっているからと自信を持っていいのだろうか。

 その間、紙縒と康平はよくわからない会話をずっとしていた。ちなみにヘカテーとの会話は言いたくない。何となく、命の危険を感じるから。


「ここがそうなの? なんか想像してたより普通じゃない」


 げんなりしている康平に対して、心なしか顔色が良くなっている紙縒が思わずといった表情で呟く。


「ここが近寄られないのは『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』つまりシャルルがいたことが主な原因だからね。他には魔獣類が他に比べて少し多いってぐらいなんだ。あとやっぱり広いからね、迷って出られなかった人もいるって話だし、その辺が色々と1人歩きしてるだけで基本的には普通の森だよ」


「ふーん、じゃ、入るんでしょ。早く行きましょ。あ、康平。はい、携帯」


 話題になっていたらしい小物体を康平に投げる紙縒。


「データ容量が著しく減ってるのは何でかな、知ってる? 紙縒」


 顔色が悪い康平はさらに鬱々とした表情でつぶやいた。


「知らない」


「はぁ……もういいよ」


 とてつもなく切なそうだった。

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