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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第五章『火喰鳥一族』
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(3)説得‐Die Dunkelheit, die aufgetaut wird‐

 突然の衝撃と土煙。

 黒き森(シュヴァルツヴァルト)の中、突然上から何かが降ってきた。


「な……何?」


 舞い散る砂塵にむせる暇もなく、シャルルは暴風にあらがえず尻もちをついた。

 土が目に入ったのか、目が痛い。

 思わず目をこすった時、辺りの土煙が完全に消えているのに気づいた。

 目の前には1人の少女が、いや少女の形をした何かがいた。

 銀髪に端正な顔立ちも綺麗な瞳の色も人と同じそれなのに、その他の部分で明らかに人じゃないとわかる。何しろ背中に生えた棒きれみたいな大きな何かに加えて、その太くて地についているほど長い両腕には見るからに固い鱗がびっしりと生え並んでいるのだ。これで人と言い張るのは無理がある。

 と思っていると、その少女の姿がぐにゃりと歪んだ。

 表面が波立ち、水を固めたようにゆらゆらと動く。そして、瞬く間に形が変わり、巨大な腕と背中の物は跡形もなく消え失せて、後には別の姿が残った。

 赤い髪に、薄い褐色の肌、魔族のような姿だったけれど、どことなく違和感を感じずにはいられない。赤い色の目はギラギラと光り、その表情は険悪なよろこびに満ちていた。


「初めましてね♪ シャルロット=D=グラーフアイゼン!」


 その少女が大声で叫んだ。

 シャルルは息を呑んだ。

 無理もない。

 初対面の人に教えてもいない名前、しかもフルネームを呼ばれるなんて思いもよらない。

 さらに、シャルルはただでさえ人との関わりを最小限に抑えている。どこかでシャルルの名前を知ろうにも知っている者なんて、早々いないはずなのだから。


「あれ? 驚いた? それならよかった♪ これで驚かなかったら、うん……アハッ♪ 殺しちゃうところだった♪」


 ゾクッ、と背筋が凍りつくのを感じた。

 ゆがんだ笑み。

 笑顔とは思えないほどの悪意と殺意を含んだ口元のゆがみ。

 これまでに見たことがない。邪悪を通り越して、どう形容すればいいのかわからないほどの凶々(まがまが)しさ。


「どうしたの? ねぇ」


「あ、あなたは誰ですかっ! 何で私の名前を!」


「うんうん、いい反応だね~。でもそんなことよりさ~。アルヴァレイ=クリスティアースって……知ってる?」


 ドクン。

 刹那的なイメージ。

 1年ほど前の思い出が記憶に蘇る。


「何……て?」


「アルヴァレイ=クリスティアースを知ってるかって言ったんだけど? ねぇ『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』。シャルロット=D=グラーフアイゼン」


「あなた……誰ですか!? アルヴァレイさんとはどんな……!」


「私はルシフェル=スティルロッテ。ゴミクズみたいな人類には『ティーアの悪霊』って呼ばれているけど。アハッ♪ 以後お見知りおきをって言っていい?」


 性格が破綻はたんしている気がする。


「…………」


「え~関係ぃ? ん~さぁね~。シャルルちゃんにはそんなん関係ないと思うよ? あの男は今、ヘカテーとくっついてるし」


 何となくではなく確実、に心中に湧き出る嫌悪感。

 何て言えばいいのか、人の神経を逆撫でする……いや、それどころかなたのこぎりでまとめて削り取っていくような嫌悪感、とでも言えるのか。

 それほどに、初対面のシャルルが怯むほどの悪意。


「安心していいよ? あの男は、シャルルちゃんの望み通りに綺麗さっぱり忘れてるから。アハハハッ♪ よかったね、忘れて貰えたよ? シャルルちゃんがそう望んだんでしょ? もっと嬉しそうな顔すればいいのに」


「アルヴァレイさんが……そんな!」


「いや~本人も苦しんでたんだよ? でもねえ、『シャルルちゃんに会ってフラレた』んだって。可哀想にね。それで私の家族『だった』ヘカテーを紹介したんだ。ヘカテーがあの男を好いてたこともあったんだけどね。ん~何? その顔?」


「私、そんな……っ!」


 会ってすらいない、忘れられたくなんてない、と叫ぼうとした瞬間、目の前に立っている人影を見て、再び息を呑んだ。


「わ、たし……?」


 そこには私が、シャルロット=D=グラーフアイゼンが立っていた。


「面白いでしょ♪」


 口元に歪んだ笑みをたたえて。


「この姿で近づいたんだぁ♪ あの男、最初はめちゃくちゃ喜んでたけどね。探してたらしいから? でも、『シャルル』ちゃんがさぁ。『私はもうアルヴァレイさんのことは何とも思ってません。私のことは忘れてください。』って言ったんだけどね。あの男、何を勘違いしたのか語り始めたから鬱陶うっとうしくなって、顔をはたいてやったの♪ そしたらビックリしてね。そのままよろよろ帰ってった。あの時の顔。見せてあげたかったなあ」


 アルヴァレイさんに……。

 この私じゃなくて……。

 あの、『私』が?


「ノ……」


「ん?」


「ノウェア……」


「ノウェア?」


 憎い。

 ただそれだけの感情が。

 殺す。

 ただそれだけの願いが。

 夜でもない今この時に、眠っているはずのノウェアを目覚めさせた。


「それが中身かな? ノウェア……ああ、『no where』。アハッ♪ 古い言葉だね♪ 存在すら拒まれたくせに図に乗るな!」


 例え理性があったとしても、この一言のせいでノウェアが抑えられなくなる。そして、ノウェアが目覚めると共にシャルルの意識は一度途絶えた。







「魔女ごときが悪霊に勝てるとでも?」


 黒い何か、シャルルの中から出てきたノウェアの、理性を容赦無く削り取る。


「コロス……ヤツザキニ……」


 ルシフェルは内心焦っていた。


 ノウェア。

 初めて聞くその名。

 アルヴァレイの記憶には"裏のシャルル"としかなかったからだ。

 それに何となく感じる力は、ただの旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)で済まない気がしていた。旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)だけじゃない。他の何かまで付随している。

 あの薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)のように。


「ヤツザキ……『ナナチギリ』!」


 ルシフェルの中で長い間眠っていた動物としての本能が、ルシフェルに警告する前に体を無理やり動かした。

 無理な駆動で身体が軋む。

 が、ルシフェルは目の前で切り裂くように動いた黒い何かに口をつぐんだ。


 「アハッ♪ シンシア! ……久しぶりのシャバだ~。ってわけですが、捕獲完了です。あなたに恨みはないんですけど。まぁ本当にすいませんでした」


 光輝く巨大な(いばら)がノウェアの身体を絡めとる。


「これはですね。昔々あるところにルシフェル=スティルロッテを捕まえて封印しようとした愚か者がいました。その馬鹿は魔法で光のいばらを出してルシフェルの身体を拘束しました。ルシフェルは動けませんでしたが、天才シンシアさんにはそんなこと関係ありませんでした。目の前で喜ぶ馬鹿を同じ魔法で拘束して、じっと待ちました。その馬鹿はその内動かなくなって餓死しました。天才シンシアさんの中には光のいばらの強力な拘束魔法が残りました。これはそんなめでたしめでたし的な代物なんですけどお気に召しましたか? 召されても困るんで、とっとと天に召されてしまってください」


 間合いを詰める。

 てのひらに展開する魔法陣は人の身体を貫通し、確実に心臓を止める近接魔法。

 これをくらえば、意識が残ったとしても確実に肉体は滅ぶ。

 その瞬間、再び本能が働きかけて、身体が勝手に後ろに跳びすさる。


「ゴウモン、『ムサボリ』」


 噴き出す闇。

 ノウェアの身体中から立ち上る黒い煙が、光のいばらに群がるように食い尽くした。


「サツガイ、『カマイタチ』」


 切り離された闇が、シンシアの首筋を掠めた。

 危険を感じたルシフェルはシンシアが痛みを感じる前に入れ替わる。

 シンシアを、かばうために。

 あの男に会うまでは、そんなことはしなかっただろう。どんなに変わっていないつもりでも、いつのまにか変わっている。そういう意味ではルシフェルも、わずかながら人に近づいていた。


「何……コイ、ツッ!?」


 ザクッ。

 ゆっくりと、首の肉が割れる。

 そして、一瞬の間をおいて。


 ブシュアアアアアアアアッ!!


 ルシフェルの首筋から鮮血が噴き出した。


「…………」


 何度でも言えるが、ルシフェルは人じゃない。

 特にヘカテーの身体から分かれた後のルシフェルには人たる要素は1つたりとも残っていない。

 つまり、今さらこの程度の傷でどうこうなりはしない。しかし、今はそんなことはどうでもよかった。

 思っていた以上に危険。思っていたよりも異常に危険。

 首から噴き出す血を無理やり手で押さえて、皮膚を再生する。元々人格毎に身体を作り替えているルシフェルには造作もない。


「ちっ!」


 荒い舌打ち。


「"鳴けない小鳥(レジストハート)"!」


 白い髪に灰色の瞳の小柄な姿、"鳴けない小鳥(レジストハート)"が数百年ぶりに形どった"鳴けない小鳥(レジストハート)"固有の姿だった。


「否定、私、"鳴けない小鳥(レジストハート)"。私、名前、……ティアラ」


――ティアラ? ああ……あの男に貰った名前ね。気に入ってるみたいで結構だけどね、今は戦いなさい"鳴けない小鳥(レジストハート)"。予想が正しければあるいは……。


私の鳥籠(マイン・ケッテ)……?」


――死ぬわよ。


 ティアラはノウェアの瞬撃を紙一重でかわし、両手を前に出した。

 まるで透明な剣の柄を握っているかのように。


「構成抜刀『十六夜月ブラッディに舞い散る紅蓮シックスティーン)』」


 ティアラの手には余るほどの大太刀がその小さな手に出現する。

 まるで最初からそこにあったかのように自然に、不自然さを感じるほど自然に、ティアラの手の中におさまっていた。


「フウイン、『カゲヌイ』」


 ノウェアの身体から離れた数片の闇が大きく形を変え、鎖となってその大太刀に絡みついた。

 その闇に、驚きで目を見張ることもなく、恐怖で刀を取り落とすこともなく、ティアラは冷ややかな目でその闇を見下していた。


「闇……似る、私」


 鎖が伸び、地面にどんどん食い込んで、刀を固定し、刀身が見えなくなるほど後から後から闇が巻き付き、絡み付く。


「感じる、不安、常に」


 誰かにすがっていないと、その存在すら保てなくなり、やがては完全に消えてしまう。

 それはティアラだけにとどまらず、『ティーアの悪霊』の主人格『ルシフェル=スティルロッテ』以外はみんなルシフェルによって作り出された人格。

 作られなければ痛みを感じることも孤独を嘆くことも無かったのに。

 でも、作って貰えて良かったと思いたい。大切な誰かのそばにいて、傷つかず孤独も感じないでいたい。嬉しさや幸せや安らぎだけを感じていたい。

 それは闇だって同じはずだ。

 例えそれが幸せを感じられないから、痛みしか感じられないから"闇"と呼ばれているのだとしても。

 闇を助けるつもりがあるわけでもない。ただの惨めな仲間意識だ。

 ティアラが刀に目をやると、巻き付いた鎖の塊は驚くほど肥大し、既にまともに使えないことは一目瞭然だった。


「鳥籠、発動」


 その瞬間、ぴんと張っていた鎖が緩む。

 鎖は刀身をすり抜けるように地面に落ち、乾いた金属音がその場に響く。


「存在する、貴女、人、大切?」


「…………?」


 ノウェアの動きが止まる。


「許可、貴女、安心。理由、お姉様、否定、する、アルヴァレイ=クリスティアース、何もかも」


「…………」


 うかがうように、じりじりと間合いを詰めるノウェア。全く警戒心を解く様子はなかった。ティアラは短くため息をつく。


「私、否定、………。私は貴女に危害を加えるつもりはない。私のお姉様、ルシフェル=スティルロッテもアルヴァレイ=クリスティアースには何もしていない。さっきのはほとんどが嘘だから。話がわかるシャルロット=D=グラーフアイゼンの方を出して。ノウェア」


 ノウェアがピクリと震えた。


「信じるとは期待していない。それでも貴女が、シャルロットがアルヴァレイ=クリスティアースに会いたいと言うのなら案内する。お姉様が何を言おうと、私は嘘はつかない。私は貴女が好きだから」


 正確に言えば『シャルル』と触れあう内に好きになったのだが、元があるなら『シャルル』もシャルルも同じことだ。

 ノウェアの身体から闇が消える。いや、吸い込まれるように戻っていった。

 そして、シャルルに戻る。


「貴女は、誰ですか……?」


 手にした大きな杖をティアラに向けて、シャルルはおそるおそるといった様子で問いかける。

 ティアラの持つ『十六夜月ブラッディに舞い散る紅蓮シックスティーン)』と同様に、持ち主の身体の大きさに対してアンバランスなほどの大きさだった。


「私、名前、"鳴けない小鳥(レジストハート)"。私、呼び名、ティアラ。私、誓約、貴女……」


 1拍置いてティアラは微笑んだ。


「私、同行、貴女、目的、アルヴァレイ=クリスティアース」


 そう言った瞬間、ティアラの意識はルシフェルに押し退けられ、姿もそれに伴って変化した。

 思わずシャルルが1歩下がる。


「は~ぁっ」


 ルシフェルは大げさに大きいため息をついて、手を前に突き出した。


「めんどくさいことになった……」


 その手は、まるで握手を求めるかのように差し出され、顔を上げたシャルルが見たのはルシフェルのゆがみからほど遠い笑み。

 その表情はまるで、妹の約束を仕方なく守ろうとする姉のような顔だった。

 何だかんだ、こと妹人格に対しては甘く、面倒見のいい奴なのだ。矛盾するようだが、残虐で残酷な性格の『ティーアの悪霊』ルシフェル=スティルロッテという奴は。


「自分でも何でだろうって疑問を感じずにはいられないよねぇ」

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