(2)本心‐Eine unerwartete Begegnung‐
どうも徒立花詩人です。
この話から大きく展開が変わります。
応援よろしくお願いします。
「俺はどうすればいいんだろうね」
場所はフラム内、クリスティアース本家の屋敷の縁側に腰かけていたアルヴァレイは突然そう呟いた。
今現在、アルヴァレイが呟いた原因が周りにいる人にある訳じゃない。
ヘカテーにからかわれているわけでもなく、リィラに理不尽なことを要求されたわけでもなく、ツッコみたくないボケを鬼塚が無意識に連発しているわけでもない。
ただ少し。
思うことがあって、そう呟いた。
「どうかしたの? アル君」
今いる中で一番精神的に身近なヘカテーが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「何かあるって訳でもないけどさ。シャルルのことなんだ」
「あっそ……」
急に不機嫌顔になるヘカテー。
「ヘカテーってさ、なんかシャルルに冷たくない?」
「別に」
ヘカテーはそう呟いて、そんな話よりさっきの話に戻りなさいよ、と言った。むしろ吐き捨てた。
何でそんなに不機嫌なんだ、気に障ることでも言ったかな、と疑問を抱きつつも、話を元に戻すことにする。
「あのアプリコットって子もシャルルに会ったって言ってたし。場所を聞きそびれちゃったけど。この家にも一時期いたらしいし、たぶんシャルルは色々と動き回ってるんじゃないかと思ってさ」
ヘカテーは話が長くなりそう、と思ったのか、アルヴァレイと同じように縁側に腰かけた。そんなに長くするつもりはなかったんだけどな。
「だから下手に入れ違うよりは、何処かに当たりをつけて、そこで待ってた方がいいんじゃないかって思って」
「じゃあ、どこで待つの?」
そこまでは全く考えてません、とは言えない。心を読まれていたとしても、口には出したくない。
「アル君?」
ヘカテーが首をかしげる。
「うん。いや、まあ……つまりそういうことだよ。残念ながら」
「1人で納得されても全然わからないよ……。アル君、アル君。人らしくコミュニケーションしようよ」
人外に人らしくって言われた!?
ってあれ……?
浮かんだ疑問をアルヴァレイが口に出す前に、ヘカテーは何かを察したらしく、ぽんと手を打った。
「アル君。言うのを忘れてたからどちらかと言えば悪いのは私だけど、今の私にアル君たちの心を読む能力は残っていないの。あれはルシフェルから借りてた能力だからね。今の私は呪われていて、長い間を生きていた元『旧き理を背負う者』の可愛い神族の女の子ってこと」
「理解に時間がかかりそうだから、助けてくれるとありがたいんだけど、つまり何が変わるの?」
深いため息を吐かれた。
再び深いため息を吐かれた。
三度深いため息を吐かれた。
「私はもうアル君の言う人外じゃない……。確かに呪われてるから普通の人とは違うだろうけど、今の私は非力な存在なの。歳も普通に重なっていくし、死んでしまったらそれで終わり。アル君を守れる力はもう私には残っていない」
やっと理解できた。
あまりにも外見の変化がなかったし、態度も分かれる前後で同じだったから忘れていた。
いや、考えていなかった。
適応力という物は時に恐ろしい。思考そのものを中断あるいは停止させてしまう。
「勘違いしないでね、別に重い話をしてるつもりはないから。それで……どうするの? どこで待つの?」
無理やり話を元に戻すヘカテー。
お言葉に甘えて、まずはシャルルのことから考えよう。
「別にそれほど知ってる所が多いわけじゃないけど……」
「確かアリスの能力の効果範囲は半径100キロメートルぐらいだったよ。地形とかでも上下するらしいけど、そんなに狭いわけでもないから役に立てるんじゃないかな。気分が乗ってれば、ね」
最後の一言で役に立つかが五分五分になった。
アリスってそんな気まぐれな奴だっけ? いや、まあ一度しか会ったこと無いんだけれども。
「っつーか今はどうなんだろ。この近くにいたりしないのかな」
「ルシフェルに頼んでアリスを出してもらおっか?」
「そうするか」
これでシャルルが見つかるに越したことはない。
ヘカテーは勢いよく立ち上がり、縁側から一歩中へ入る。
「鬼塚さん、ルシフェルどこにいるか知りませんか?」
手近にいた鬼塚に声をかけるヘカテー。人選を間違えてなければいいけど、こういう時鬼塚は本当に期待通りだからな。たぶん知らないだろう。
「ロード=ブラズなら『行くところがある、数日は帰れない』とかほざいて、早朝旅支度をまとめて出ていったぞ」
「人の話を正しく理解しろ」
無理な相談かもしれんが。
というかガダリアさん、姿が見えないと思ってたらいないのか……。なぜかこのクリスティアースに帰ってくるつもりらしいが。
「ルシフェルだよ、ルシフェル。どう聞いたらガダリアになるんだよ」
「ティーアの悪霊ならコイツの中にいるのではないのか?」
それ以前に現状すら把握していなかった。
ヘカテーもニコリと笑顔を取り繕って、鬼塚から1歩後ずさる。
「ルシフェル、どこなんだろ?」
探すために立ち上がろうとした時、ちょうどリィラが視界の端に入った。
「リィラさん」
「どうした、小僧」
なぜお前が返事する、鬼塚。
そうツッコむ前に鬼塚の身体が縁側を落ちて、地面に叩きつけられ土煙を立てる。
「いつお前はリィラ=テイルスティングになったんだ?」
「む、すまん。ついな」
「つい、で私を貶めるな。で、改めてどうした。アルヴァレイ」
鬼塚の背中がミシミシと音をたてて軋む。保証も根拠もないが、大丈夫だろうか。
「いえ、ルシフェルを見なかったかと聞こうとしてたんですが……」
「ルシフェル? 『悪霊』なら今朝、門のところでボーッと突っ立っていたのを見ただけだな。あいつがどうかしたのか?」
「……!?」
ヘカテーが突然走り出す。
廊下を通って角に消える。
そっちにはヘカテーとルシフェルとルーナがヴェスティアから借りている部屋があるのだ。
すぐに駆け戻ってくるヘカテー。
「私とルシフェルの分のお金がない。もしかしたらルシフェル……ここから出てったのかもしれない!」
「朝出ていったのなら、今から追いかければ……!」
「待てアルヴァレイ。それは相手が人の時だけだ。この中にあいつの足に追いつける奴はいない。何処に行くかがわかっていなければ追いつける訳がないだろう」
何処に行くか、ルシフェルの行きそうな所なんて、アルヴァレイにはティーアぐらいしか思いつかない。
ヘカテーも首を傾げている。
出ていく理由がわからないからか、何処に行ったかわからないからか、どちらにしろルシフェルを探すならまずはティーアに行くしかないのか……。
「遠いって……ティーアは……」
ため息を吐く。1つ。深く。
「と、考えるわけだよ。あの男は」
『ティーアの悪霊』ルシフェル=スティルロッテは1人呟いた。
「忘れてもらっちゃ……っても別に困りもしないけどさ。こっちにはシンシアがいるんだから♪基本的にどこでも行けるってこと、ここに来るのは初めてだけど」
辺りを見回すルシフェルは自分好みの張り詰めた森の空気に胸踊らせていた。
「ティーアほどじゃないけど、なかなか良い所だね~、アハッ♪黒き森ってさァ」
ルシフェルは黒き森の中央にそびえ立つ|(と言うほど高くもないが)ハクアクロアの中腹辺りから、黒き森を見下ろしていた。
視界の右端に『黒き森の魔女』シャルロット=D=グラーフアイゼンの住んでいたらしい小高い丘、前方奥の森の向こうにテオドール、さらにその向こうにパクス海が見える。
「今度はここにしようかなぁ。邪魔なヘカテーもいなくなったことだし」
アルヴァレイ=クリスティアース。
あの男がヘカテーの前に現れてから、ヘカテーはおかしくなった。
あのヘカテーが、人に気を許し、角がとれて丸くなってゆく。
あの男はその程度で調子に乗って、私にまで何の警戒も無しに近づいてくる。
調子が狂う。すでに気が狂いそうだった。
挙げ句の果てに身体を分けられて、ヘカテーは人になり、私はさらに人から離れる。
あのヘカテーが、今さらただの神族に……。
あの時の警告も聞かずに、あの男はまだ私に近づいてくる。
変わりたくない。
変な気分だった。
私に変なモノを植え付けるな。
いくら消しても、消えないコレを。私にどうしろと言うんだ。
私にはこんなもの要らない。
安らぎなんて感じたくない。
「……だから……逃げたのかもね……」
ルシフェルは何だかんだヘカテーが大好きだから。友達として、家族として、自分を必要としてくれたヘカテーが。
ヘカテーの迷惑になるようなことはしたくないから。
あのぬるい環境から距離を置くことしかできなかった。
「やっぱり気に入らない……あの女……」
ガダリア=ロード=ブラズ。
あの女はヘカテーとルシフェルを分けたのではない。
ヘカテーからルシフェルを切り捨てたのだ。ルシフェルとヘカテーの契約を勝手に破棄させた。
何がしたかったかもわからないし、理解しようとも思わない。
「あんな力は人外でもありえない……」
あの女は世界を書き換えた。あんな短時間で、簡単に。
考えても答えの出ない問いを延々と考えても、そもそも答えは出ないのだから。そんなことをいつまでも続けるほど、ルシフェル=スティルロッテは愚かじゃない。
すぐに考えるのをやめて、再び森を見下ろした。
「……?」
違和感。
不和感。
さっきまでは感じなかった気配。
どこかで感じたような、知っているような気配を感じた。内に意識を向けるまでもなく、ルシフェルは自分の中から目当ての人格を引きずり出す。
「……ってなわけでアリスですが何か文句がありますか? って他には誰もいないんかい! ってあれ? ここはどこ?」
――アンタは一度来たんでしょ。黒き森よ、アリス。
「御姉さまですか。えっと、名前なんでしたっけ。すいませんアリス。シンシア姉さまとエヴァ姉さまとティアラ姉さまとミーナ姉さまとヘカテーお姉さまとシャルルしか名前を覚えていないので」
――アンタ作ったの誰だったかぐらい覚えときなさい。ただの暇潰しで消してあげてもいいのよ?
「ちょっと待ってください。思いだしました! ルーシー大姉さま!」
――ルシフェルよ。覚悟はいいよね、アリス。遺書ぐらい書かせてあげてもいいけど……まあいいよね。
「私の大切な意思表示の機会を簡単に流さないでください、ルシフェル大姉さま! すいません、謝りますからお許しください! ってなんかテンション低くないですか? ルシフェル大姉さま。いつもならすぐ語尾に♪がつくぐらい楽しそうなのに」
――アンタも2回も連続でテンション高いなんて何百年ぶりだっけ?
「怖いです、ルシフェル大姉さま! 語調に怒気が含まれておりますよ! ところで私はなぜここに?」
――今さらそんなことを聞く? アンタのその『目』で森の中を見て。もしかしたら面白いことになるかもしれない。
「森を?」
アリスは目を閉じ、呼吸を整える。
そして、ゆっくりとまぶたを開いたアリスの眼球を黒い闇が覆っている。微動だに、呼吸すらしないアリスの目にかかる影が光を浴びた闇のように消えた。
よろけるアリス。
しかし今回は、隣にあの男はいない。支えてくれたアルヴァレイはいない。
無防備なまま固い地面に頭や腕、膝を強く打って倒れた。
――どうだった?
「旧き理を背負う者を……確認……できました……」
痛みに呻くアリス。
――戻っていい。その……。
「っつ……。この痛みは私が引き受けてあげる。それにしても……」
ルシフェルの口元が歪む。
ルシフェルの目付きが『見下ろす』から『見下す』に変わる。その目は悪戯を考え付いた子供のように輝きを帯び、正確な旧き理を背負う者の気配を探していた。
「面白くなってきた♪」
ルシフェルはその身体を空中に投げ出した。
そして、落下。
崖すれすれの場所を重力にしたがって落ちてゆく。
「アハッ♪ フィーア!」
赤から銀に変わった髪が風になびく。
空中で宙返りしたルシフェルもといフィーアの背中がぐぐっと盛り上がり、弾けるように巨大な何かが広がった。
それはフィーアの翼だ。鳥のものでも、コウモリのものでもない異形の翼。
枯れた木の枝の表面に樹脂を塗ったように不気味に光るそれは、羽ばたくこともなく揚力を生み出していた。
――旧き理を背負う者がいる所まで飛んで。
「……………………はい」
虚ろな目。
表情には光も陰りもなく、人形を見ているような感覚を受ける。
赤と黒の不自然なオッドアイに、エヴァほど大きくもなくルシフェルほど小さくもない背丈。
背中に生えた無機質な翼。しかし、妙な翼という特徴すら気にする暇を奪いとっていく圧倒的な異形。
第11人格『フィーア』の両腕は、ドラゴンの腕をそのままくっつけたようで、明らかに少女のモノとは不釣り合いな大きさ。
均整のとれた身体や顔、両足と絶大な違和感を覚えさせるほどバランスが悪い。
瞬間的で爆発的な加速。
足場にした崖があっけなく崩れるほどの反動。
まるで弾丸のような速度で螺旋を描くように、森の上を行ったり来たりする。
「……………………いました」
目まぐるしい高速の中、わずかな時間で方向転換し何の躊躇いもなく森の中に突っ込んだ。
必然的に巻き起こる破壊。
木々は風圧だけで薙ぎ倒され、衝撃波によって身体をボロボロにされた動物たちは息絶え、着地だけで地面を大きく抉りとる。
「……………………確認」
土煙を暴風で吹き飛ばした後に残った人影。フィーアにはそれが誰かわからない。
――やっぱりね♪
フィーアを押しのけて表に出たルシフェルは、高らかにその名前を呼ぶ。
「初めましてね♪ シャルロット=D=グラーフアイゼン!」
その人影、シャルルが息を呑む音が聞こえた。