(12)終戦‐Das Ende vom Krieg‐
どうも徒立花詩人です。
ついに第四章『ヴァニパル戦線』編最終話です。
「戦争が……終わった?」
2日後、何も知らされずにフラムに帰されたアルヴァレイ、ヘカテー、ルシフェルは数日ぶりにルーナやリィラ、鬼塚やエリアル、そしてヴィルアリアと再会しつつ、ヴェスティアから詳しい話を聞いていた。何故かガダリアも一緒についてきているが。
ヴェスティアの無駄に長い話を要約すると、優勢だったブラズヘルは攻撃をやめ、停戦を宣言。
劣勢だったヴァニパルは何もしないまま何故か生き残っていた、ということらしい。
さっぱりわからなかった。
「ブラズヘルは突然どうして?」
ヘカテーが当たり前の疑問を口にする。
「私が聞いた話では原因は3つあるようだねぇ」
ヴェスティアはおもむろに指を三本突き出した。
「ブラズヘルの最前線の兵士全員、軍上層部全員、そしてブラズヘル皇族全員。コイツら皆が行方不明になったらしいのさ。直前にマルス王国とミリア皇国に動きがあったみたいだけど、関連はわからないそうだよ」
「どこかからの武力的な介入があったとしか思えんな」
リィラが額にしわを寄せて、思案顔になる。
筋肉関係か、と真面目な顔で呟いた鬼塚が庭の方に蹴り出された。
「難しい顔をするこたないさ」
ヴェスティアがゆっくりと椅子から立ち上がる。
「私たちみたいな一般庶民は勝ち負けにこだわらずに、生きて帰れたことを喜べばいいのさ。みんなよく帰ってきてくれたね」
ヴェスティアはニコッと笑うようにくしゃっとしわを寄せる。
「まあ頭数が2人増えているようだけどねぇ」
最後の言葉には棘が含まれている気がする。だってヴェスティアが俺の方をずっと睨んでいるから。
なんで自分のせいになるのかヴェスティアの思考が全く理解できない。
「ヘカテーとルシフェルを分けたのはガダリアだし、ガダリアと一番関係あるのはヘカテーじゃん、俺ほとんど関係ない」
とは口が裂けても言えるわけがなく、ごまかし90パーセントその場しのぎ10パーセントの言い訳をヴェスティアの前で並べ立てる。
「さっきから思っていたのはそれだ」
リィラが腰の剣に手をかける。少しは自重してください。
「なぜこいつらが分かれている。アルヴァレイ、お前説明できるんだろうな。できなければ鬼塚の首が飛ぶぞ」
思わぬ飛び火にまあいいか、と思った。
「何だそれは。アルヴァレイ、お前鬼塚の親類か何かか?」
「さりげなくもねえ一言で人を貶めないでください。そこまで落差が激しいと一生かけても取り戻せないだろ」
「「じゃあ人外になれば?」」
ルシフェルとヘカテーの言葉が一字一句違わずに重なる。ルシフェルの方は語尾が下がり、ため息混じりだったが。
「じゃあでなれるモンじゃねえだろ」
そんな世界は嫌だ。
「「「実はそうでもないけど」」」
ガダリアまで言葉を重ねてきた。
「こんな世界は嫌だ!」
これは別にツッコミじゃないから口に出してもはしたなくない。
世界に良識な常識を求める魂の叫びだ。
「え? なれるの? すげえすげえ! 俺、人外になりたい!」
鬱陶しいほど目を輝かせてそう言ったのは、エリアル=レイダーだ。
「通称ミアハート=リベルちゃんだ」
「それを口に出したな、アルヴァレイ。そんなにぶん殴られたいか、オイ」
「ヘカテー助けてくれ。ミアハートが俺を殴ろうとするんだ」
「ミアちゃん……、昔はそんな人じゃなかったのに……」
ヘカテーがどうすれば面白いと思うか、最近わかるようになってきた。
涙目のヘカテーに詰め寄られて逆に泣きそうになっているエリアルを見ているとなんとも愉快な気分になってくる。
……あれ? 俺ってこんなキャラだっけ?
ヘカテーやルシフェルやリィラの影響を強く受けているのかもしれな…ちくしょう…俺の周りはこんなんばっかだ。
「ミアハート?」
ヴィルアリアが首をかしげる。
「いや、何でもないから!」
声が裏返っている。
ヴィルアリアにもそろそろ教えてもいいんじゃないかな、とも思う。
「ミアハートっていうのは……」
「ほんともうすいませんでした! 勘弁してください。お願いします!」
「棒読みに聞こえるんだが……」
「ごめんなさいで……ゲホッゲホッ!」
何がしたいんだコイツは。
「もういいからお前帰れよ」
そろそろエリアルの相手をするには疲れてきた。いや、そもそもエリアルの相手をするには疲れすぎていた。
「いやだね。まだ人外になってないからな。ヘカテーちゃん、よろしく」
「別にいいけど……いいの?」
「ん? もちろん……だよ。うん……」
エリアルの決心が揺らぎ始めた。
「本当にいいの?」
ヘカテーはさらに一押しする。
「え、あ、うん……」
間違いなく引き返せなくなってるな。
「じゃあ……。ルシフェル~」
ヘカテーはルシフェルを呼んで、エリアルを再びちらりと見る。
ルシフェルは不思議そうな顔で立ち上がり、思ったより素直にこっちに来た。
「もう一度、聞くね?」
「ん……?」
「本当に……いいの?」
ヘカテーが真面目な顔になる。ルシフェルがヘカテーの隣で笑っている。
最悪の組み合わせの2人はたぶん心の中で何かを話して笑っているのだろう。
「アハハ♪ わかった。連れてくるね」
「誰を?」
なんとなく不安になってきたようだ。
「え、っと……」
「ぬるああぁぁぁぁぁあん!!」
不気味な雄叫び。
その声の主は考えるまでもなく鬼塚石平だろう。というかこの状況はあの時の伏線でも拾おうとしているのだろうか、と結末を予想していると、鬼塚が走ってきた。
「ところで、ミアちゃん。ミアちゃんにあげた二つ名は何だったっけ?」
「えっと……『筋肉の敵』?」
「え? 何? ちょっと聞こえなかった」
「『筋肉の敵』」
「ごめんね、もう1回」
「『筋肉の敵』!」
「それを皆に教えてあげて?」
「俺は『筋肉の敵』エリアル=レイダーだ!」
ゆらり。
「ほう、貴様が」
「はい?」
身を強ばらせて、背後からした鬼塚の低い声に振り向くエリアル。
その先には満面の気味の悪い笑みを浮かべる鬼塚。
「フフハハハハハハハハ! ティーアでは一歩逃したが、貴様の顔は覚えたぞ! 貴様、この俺と勝負だ! 我が敵は筋肉の敵! 貴様に垣間見せてやる。俺と、我が友の筋肉の証を! たぎる肉体の素晴らしさを! そして貴様も改心するがいい。目覚めるのだ! 筋肉に!」
エリアルは口をパクパクさせながら、1歩後ずさる。怪しげな宗教団体の勧誘の謳い文句のような台詞を満足げに語り、エリアルに詰め寄る鬼塚。
「どうしよう……自分でやっといてなんだけど思った以上に暑苦しい……」
そう小声の呟きが聞こえた。
ヘカテーを見ると最初より3歩ぐらい後退している。
「いや、ちょっと待った!」
「逃げようなどと思うなよ?」
「あんなところに『筋肉の敵』が!」
鬼塚はピクリともせずにエリアルを凝視し、拳を握る。
「『筋肉の敵』は貴様だろう! 騙されんぞ!」
エリアルが唇を噛み、落ち着かない。
「あ、あんなところに! ギャラクシー・エクストリーム・パーフェクト・マッスル・カイザーDXがぁ!」
「カァァァイザァァァァァァー!!」
『鬼塚<エリアル』。
鬼塚は全力疾走で走っていった。
どこに? 知るか、そんなもん。
「殺されるかと思った……」
「惜しいな、お前は鬼塚をまったくわかっていない」
エリアルの額に汗がにじむ。
「鍛えられるだけだ」
どちらが苦しいかは言うまでもない。
エリアルの顔色が悪い。
「そんなことよりどうしてくれるんだよ、ミアちゃん。シューティング・ギャラクシー・エクストリーム・スーパー・インフィニティ・パーフェクト・エターナル・マッスル・ゼロ・カイザーDXなんて言ったらまたそんなのが出てくるじゃねえか!」
「なんか2倍ぐらいに伸びてんぞ、オイ。適当に言ったんだぜ、んな偶然ある訳無えって」
筋肉神の前例がある以上間違いなく出てくると予想。
この世界の人種には神族、魔族、人間、筋肉がある、のではないかと最近思うようになってきた。今のところ筋肉に当てはまるのは鬼塚と筋肉神だけだったのに。
「お前のせいだよ!」
とりあえず殴ってみた。
「何すんだ、オイ!」
頬を押さえて、さえずるエリアル。
「すまん、ハエが止まってたんだ。悪い、許してくれ。俺たち親友だろ?」
「許すに決まってんだろ、バカだな。俺たち親友だもんな」
ハッハッハと笑って見せるエリアル。
たこ殴りにしても許されそうな気がする、と危ない思考回路を辿った末に我に帰って自己嫌悪に浸るも、エリアルなら仕方がないか、と妥協の道を作り自分を納得させる。
実行?
いやいや、しないよ。だってそれじゃ危ない人じゃん。
まだやる必要は感じられないから、またいつかね。
「カイザーは何処だあああぁぁぁ!」
鬼塚が帰ってきた。
「やべ! じゃあな!」
さすが『電光石火』。
瞬く間に家を飛び出して、街道に消えた。還った、もとい帰った。
その後、鬼塚がうるさい、ということで近所から苦情が来たためヴェスティアの鬼塚討伐令が発令、逃げたルシフェル、面倒くさがったヘカテー、戦闘力を持たないと言うよりもむしろ鬼塚に近づけるにはか弱すぎるヴィルアリアとルーナを除くアルヴァレイ、リィラ、ガダリアが鬼塚を捕獲。
ガダリア特製の鎖で首を縛って、空き部屋に放り込んで固定した。
「あっけない……」
玉座に座るマルス王国国王リオダラの背後で『狂悦死獄』は呟いた。
「我が国の被害は皆無だと聞いております。ありがとうございました」
リオダラが恭しい口調でそう言う。
「図に乗るな、傀儡。貴様の望みで国民が死ななかったのではない。国民を使うまでもなく崩れるような相手だというだけだ。貴様の仕事は残りのブラズヘルの領地を侵食し、支配し、蹂躙すること。我は貴様にそれのみを求む。全精力で叩き潰せ」
「御意に」
リオダラが立ちあがった。
段差を降りる足音が聞こえ、続いて扉が開く。重厚な音を響かせて扉が閉まった。
「貴様何を考える」
一拍と置かずに、問いかける。
「あら? バレてた。なんや最近はヘカテーちゃんやらアンタやら外れたウチを見つけられる子ォが多くて敵わんわぁ」
薬師寺丸薬袋。
『狂悦死獄』にとって、現在最も気にくわない女だ。
何を考えているかがわからない。
腹の底が知れない。
人を小馬鹿にするような物言い。
ふざけた態度。
何もかもが気にくわなかった。
「その瞳、ええなぁ。ウチが気にくわないって目ェや。クスクスクス。そんな怖い顔せんといてな。ウチ、クスクス、切なくなっちゃうやないの」
「何の用だ」
「なんも? ウチはちょっと忠告に来ただけや、あとお礼やな。クスクス……ヴァニパルを手伝うてくれてありがとうなぁ。おかげで助かったわぁ」
「なに……?」
「最初に会うた時からウチのこと嫌いやったろう? なぁんもかも全部否定するからなぁ。ウチはこの前、『ブラズヘルに味方してヴァニパルを滅ぼせ』言うたやろう? アンタは全部ウチの思惑通りにヴァニパルの味方をした。ウチが本当に助けたかったのはヴァニパルなんよ? 逆のこと言うたら思惑通りに動いてくれるなんてなぁ。『狂悦死獄』の名を出しただけで、本体に対抗意識燃やして冷静な判断ができなくなるなんてまだまだ子供ですえ?」
「貴様……」
「今さらヴァニパルに手ェだそうとしても無理、諦めることや」
「この『狂悦死獄』。知らぬ者には知らしめ、知る者には死を与える。貴様とて例外では……」
「ここからは警告や。ウチは『櫃』を見つけた。何をしても無駄ですえ? アンタには絶対に見つけられないところに隠した。今回は自信あるんよ? これでウチはアンタを自由に使える。覚悟しとき」
「貴様のような女に使えるわけがない。やるなら試してみるがいい。貴様に我は使えないし、我は貴様に仕えない」
「口だけは達者でよろしいことや♪ 楽しみにしとき」
薬袋は薄らぐように姿を消した。
「ふん、貴様には無理だ。『櫃』自身が望まなければ、な」
『狂悦死獄』は目隠しの下で瞬きした。