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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第一章『黒き森』
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(3)戦技‐Offensichtliches tagliches Leben‐

「で、シャルルはなんで来たんだっけ?」


 朝食を終えて、母さんが食器類を洗うカチャカチャという音に耳を遊ばせつつ、俺はなぜかカチコチに固まっているシャルルにそう訊ねると、


「怒りますよ、アルヴァレイさん」


 と強張っていた表情からプクーッと頬を膨らませた。

 いちいち仕草が子供っぽいな、コイツ。見た目はそこまで子供っぽくも見えないから、さらに子供っぽく見える。

 というか本当に忘れちゃったんだよ、なんでシャルルがここにいるのか。母さんが料理によくわからん薬でもいれたんじゃないかと――たまにあるから怖い――思うぐらいだ。


「恩返、じゃなくてお詫びです」


 返される恩はない。


「そういや、そうだったね」


「結局、私まだ何もできてないです」


 そんなこと言われてもな。


「私は何をすればいいでしょうか?」


 そんなことを聞かれてもな。


「別にお詫びなんていいって言ってるだろ。シャルルも気にしなくていいよ」


「そういうわけにはいかないです!」


 ガタンとテーブルから勢いよく立ち上がったシャルルは、


「ア、アルヴァレイさんにあんな事しちゃったなんて言いふらされたりしたら困るんです! なんでもしますから! 絶対に言わないで下さい! お願いします!」


 大声でそうのたまった。

 視線を感じる方に目を遣ると、洗剤水溶液のしたたるスポンジと洗っている途中だったらしく半分汚れの残った包丁を携えた母さんが、俺にジト目を向けていた。


「あんな事とは……?」


 声色が怖い。

 母さんの声に『アルヴァレイさんのお母さまがいたのを忘れてました……』みたいな顔をしたシャルルは、


「あの、えっと違っ、そのっ、アルヴァレイさんがっ、えとっ、乱暴、私っ、じゃなくて! そのっ、アルヴァレイさんがっ、じゃなくて、アルヴァレイさんをっ! ってあれ、どっちでしたっけっ、そのっ!」


 落ち着けシャルル。

 お前は『私がアルヴァレイさんに乱暴なことをしちゃった』と言いたいんだろうが、このままお前の言葉を無理に繋げていくと、一歩間違えれば『アルヴァレイさんが私に乱暴した』って解釈にもなりかねない。そうなると、母さんの手に持つ包丁が俺に向く可能性があるんだ。


「アルヴァレイさんは悪くないんです!」


「なんでこの最悪のタイミングでその台詞に戻ってくるんだ!?」


「アル。どういうことなのか、今すぐに説明しなさい。先ほど人道に反することはしていないと言っていましたね」


「だからそれは……」


「婦女暴行も犯罪ですよ」


 静かすぎて逆に恐怖を増長させる修羅の手の中で、ギラリと包丁が光る。


「ふじょ、ぼうこう……?」


 お前が首を傾げるな、シャルル。ちなみにお前はどちらかと言えば暴走婦女だ。


「俺は何もしてない!」


「犯人は皆そう言うんですよ、アル」


 息子の無実を信じるどころか犯罪者確定かよ。それでも親か。

 その時、シャルルがくいくいっと袖を引っ張った。


「アルヴァレイさん、ふじょぼうこうって何ですか?」


 なんでそんな単語の意味を無邪気な顔で聞いてくるんだよ。お前にはまだ早いと思うんだけどな。


「シャルル……」


 シャルルの両肩をガシッと掴むと、正面からまっすぐ目を見据える。

 そして、なぜか顔を真っ赤にして『ダメ……お母さまの目の前ですし……私たちまだ昨日会ったばっかり……』とよくわからないことをブツブツと呟くシャルルに、


「意味は知らなくていいからとりあえず否定しておいてくれ。頼むから」


 シャルルはきょとんとしてから、本当にわかってるのか心配になるような表情でこくんと頷き、


「アルヴァレイさんは『ふじょぼうこう』してませんから大丈夫です!」


 母さんにそう釈明した。

 母さんはまだ釈然としないといった感じで包丁を下ろし、怪訝な目を俺に向ける。そして、どこか気になるため息をいて、『遺伝ね……』と静かに呟いた。意味はよくわからないが。


「さて、今日の鍛練でもしてくるよ」


 急に気まずくなってしまった空気から逃れるようにそう切り出すと、有言実行。すぐに立ち上がる。


「たんれん?」


 そしてすぐに袖引きシャルルさんに捕まった。

 シャルルってまさか頭の方が弱いのか? 理解力がないと言うよりは無知なだけみたいだけど。

 少なくとも強そうな印象はない。


「えっと……戦技って言ってわかる?」


「戦技、ですか。昔、傭兵の方々が使ってたのを見たことがあります」


「え、えーっと、まあ、それかな」


 そうか、本物を見たことがあるのか……。俺のは何だかんだ我流だからな。たぶんシャルルが見た奴とはかなり違うと思う。


「見せて貰ってもいいですか?」


「えっ? いや……まだまだだしな……」


「いい、ですか?」


 なんでそんな真剣な目つきなんだ……?

 さっきまでのどこかふわふわした雰囲気は何処に行ったんだよ。


「見せてあげればいいじゃないの、減るものじゃないんだし」


 たぶん減るんだよ――自信が。





 母さんの鶴の一声(?)で、シャルルに俺の戦技を見せることになってしまったんだが……この状況はなんだろう。


「おい、シャルル」


「どうかしましたか、アルヴァレイさん」


「その……確か『戦技を見せる』って話だったよな……」


「はい、いつでもいいですよ」


 俺と共に裏通りに出てきたシャルルは、なぜか俺と対峙するような位置に立ち、見たこともない構えをとっていた。

 要するに、鍛練をただ見ているだけ、ではなく――。


「戦技を見せて貰うならこうするのが一番ですから」


 だそうだ。


「いや、でも俺の戦技は武器使うし……」


「当たり前です。無手試合以外で武器を使わない戦技なんてありません」


 正論で言い返すこともできない。


「どんな武器でも使っていいですよ」


「シャルルは武器持ってないじゃん」


「私は素手なんです。それに、戦技にはちょっとだけ自信ありますから」


 それ以前にシャルルみたいな女の子と戦うわけにはいかないと思うんだが。

 いくら自信があるとは言ってもシャルルはおそらく俺より年下だし、俺は始めて7年になる。


「シャルルは戦技を始めてどれぐらい?」


「さんびゃ……3年くらいです」


 俺の半分以下じゃねえか。それなのに野試合に誘うなんて。もしかしてシャルルって好戦的バトルマニアなのか? トロそうに見えるのに。


「アルヴァレイさん?」


 気がつくといつのまにか間合い、もとい至近距離に近づいていたシャルルが心配そうな顔で俺を見上げていた。

 確かに誰かもしくは何かと戦って、実力を試したいと思ってはいたけれど、なんでよりによって年下の女の子なんだよ。確かに妹の友達――つまり年下――と戦ったこともあるけど、彼女あれは俺より強いから完全に別モノだし。


「私とじゃ……ダメですか……?」


 シャルルは涙ぐみながら、弱々しい調子でそう言った。

 そこまで野試合がしたいのかよ。


「わかったわかった……。だけど武器は使わないからな。怪我なんかさせたら」


「使ってください」


「……は?」


 シャルルは、訳のわからない発言に混乱していた俺が手に持っていた袋――短剣と鉤爪の入った袋のことだ――を指さした。


「それ、武器なんですよね。大丈夫ですから、使ってください」


「いやそんなこと言われても……」


「使ってください」


 シャルルがいっそう強い口調で同じ文末を繰り返す。もう何を言っても揺るぎそうにない、どうあっても自分から退くことはなさそうだった。


「はぁ……」


 ため息ひとつ。

 俺は袋を開けると、中に手を突っ込んで無造作に短剣と鉤爪を取り出す。


「それ……爪、ですか?」


 驚いたような顔で、シャルルが静かに呟いた。ご近所さんや親以外に見せたのは初めてだから、結構期待通りの反応に思わず口元が緩む。してやったりって感じだ。

 でももう子供じゃないし、わざわざ見せびらかしたりはしない。

 シャルルに頷いてみせると、無言で左手に鉤爪を装着する。細長い棒を握り込んだ拳の手の甲に付属のベルトで固定するのだ。

 そして、短剣を鞘から抜いた。


「アルヴァレイさんからどうぞ」


 どっちから先に動けば怪我がないように動けるかと真剣に考えていた俺はシャルルのその言葉に逡巡迷い、


「シャルルから来て」


 女性優先レディ・ファーストというつもりではなく、ただ単に経験が4年ぐらい違う俺の方が反応が速く、加えて上手く攻撃を捌けるんじゃないかと思っただけだった。


「……わかりました」


 シャルルが再び見慣れない構えをとる。

 両手を身体の横に自然に垂らし、足はわずかに前後に開いただけで、一般的な戦技の型のように大きく開いてはいない。重心は低く、しかし攻めにはあまり向いてなさそうな構え(スタイル)だった。


「あ、そうでした。お願いします」


 突然シャルルが構えを解き、そして一礼した。大きく頭を下げる慣れない仕草もどこか子供っぽい。

 シャルルにならって俺も頭を下げる。

 そして、頭を上げた時だった。


「もう始まってます、アルヴァレイさん」


 声がするのに、目の前からシャルルの姿はなくなっていた。


「あれ?」


 背中に小さくて柔らかな何かを感じた途端に世界が反転した。


「え?」


 ドスンッ。


 肺がッ――潰れるかと思った、いや実際に肺から空気が全て押し出されていた。


「嘘……だろ……ッ」


 シャルルが俺をひっくり返したっていうのか!? 身体の大きい俺を!? しかも一瞬で背後に回って!?


「大丈夫ですか? アルヴァレイさん」


 仰向けにひっくり返ったままの俺の顔を見下ろすように、シャルルが俺の頭の隣でしゃがみこんでいた。


「シャルルは……戦技を始めて……どれぐらい……だったっけ……?」


 『……』1回ごとに荒くなった息を整えようと息を吐きつつ、気づけばさっきと同じことを訊ねてしまっていた。


「あの、えっと、たぶんその……20年ぐらいですっ!」


 17年分増えてんじゃねえか。


「シャルル今何歳(いくつ)?」


「えっ!? えっとっ、あっ!」


 ガサゴソ。パッ。


 シャルルは突然、例の『恋人とその周りの人に好印象を与える日常会話80000選』を取り出して、目の前でパラパラと大急ぎでめくり始め、


「おっ、女の子に年を尋ねるのはよくないわよー」


 違和感通り越してシャルルとしてはむしろ普通か、というぐらいの棒読みだった。


「で、何歳?」


「はうぇあっ……じゅ、16です?」


 どうして疑問形なんだよ。それとわずか10秒ちょっと前の言葉と明らかに矛盾してることに気付こう。


「気を使わなくていいからさ。戦技始めてどれぐらい?」


「さんびゃ……3年くらいです」


 結局そうなのか。

 というか今のって本当に戦技なのか?

 シャルルは空間転移魔法テュア・シュトラーセを使えるって言ってたし――習得まで平均して10年以上かかると言われる結構高等な魔法で、一説では才能も関係しているらしい。そう考えるとこの年で使えるシャルルは天才の類なのかもしれない――、もしかしたら戦技と言っておきながら魔法を使ったのかもしれない。

 ていうかそう信じたい。


「アルヴァレイさん……今、何か失礼なこと考えませんでしたか?」


「断じてッ――」


 ――考えていないとは言い切れない。


「ところでシャルル」


 ジトっとした目で見下ろしてくるシャルルに何気なく、それとなく話を切り出す。


「なんですか、アルヴァレイさん」


 首を傾げるシャルルの無邪気な表情が眩しくて、俺は一言心の中で謝って、


「ローアングル」


「ロー、アングル?」


 俺の言葉を繰り返し、意味を斟酌するように視線をあちこちにさ迷わせ……最後に視線を下に向けた時――ボッ!

 俺の言葉の意味を完全に理解したのだろう。シャルルの桜白色だった顔が一瞬にして真っ赤に染まった。

 シャルルは丈の長いローブの下に当然服を来ていたのだが、その腰巻き(ガードル)はローブとは別方向にサイズが合っておらず、つまり比較的短めだったのだ。元から短い上にしゃがんだりしたものだからさらにたくし上がり、言葉通り『低位置視点ローアングル』にいた俺からは真っ白な下着が――ゴスッ。


 ゴスッ?


「っぇ!」


 シャルルは慌てた様子で立ち上がり、思いっきり俺の顔を踏みつけたのだ。


「あ、わ、あわわっ、あわわわっ」


 気が動転しているのか、うまく言葉が出てこないようだ。


「ご、ごめんなさっ! な、なんで言ってくれないんですか!? い、痛かったですよね、み、見られちゃった、見られ……そのっ、ごめんなさい! アルヴァレイさんはひどいですっ!」


「落ち着け」


 蹴ったことを謝りたいのか、下着を見られた俺を罵倒したいのか、どっちもごちゃ混ぜになってて訳がわからんことになってるぞ。今、自分でも何言ってるのかわかってないだろ、お前。

 ちなみに、立ち上がるとさらに全体像が見えてしまっていることにも気づけ。お前の足に踏みつけ(スタンプロック)されたままの俺は顔を背けようにも背けられなくて困ってるんだ。


「見られちゃった……もうお嫁に行けない……ううん、行くしかない」


 ローアングル晒しながら、ブツブツと何かを呟き続けるシャルルにわずかな心配と大いなる戦慄と心ばかりの疑問をいだきつつ、俺は目を閉じて握っていた短剣を手放し、空いた右手でシャルルの足首のあたりをトントンと叩く。


「シャルル、とりあえずどいてくれ」


 目を閉じた真っ暗な視界の中で、シャルルの足から解放され、気配が少し遠ざかる。おそるおそる目を開けると、シャルルは少し離れたところに立っていた。

 そしてシャルルは、俺が身体を起こすのと同時に、


「あ、あのっ! 結婚してくださいっ!」


 なぜそーなる。


「見られちゃいましたから! 全部見られちゃいましたからっ! もうアルヴァレイさんのところしかお嫁に行けませんっ!」


「いつの時代の理論だよっ!」


「そんなに昔じゃないですっ! お年寄り扱いしないで下さい!」


「してねぇ!」


「じゃあ800歳扱いしないで下さいっ」


「そんな人類いねぇっ!」


 ゴィンッ!


「っぇっ!」


 突然の後頭部の激痛に振り返ると、背後の地面にはガランガランと音を立てる――フライパン?

 そして視線を上げると、そこには母さんが立っていた。


「いきなり何ッ――」


「うるさい」


 文句のひとつもぶつけてやろうとした瞬間、正論で遮られた。欠片も言い返せない。

 言い返せない?


「母さん、口で言えばいいのになんで投げたの……?」


 母さんはスタスタとフライパンに歩み寄るとそれを拾い上げつつ、


「何の話をしてたかは知らないけどね。熱くなってるみたいだったから」


「じゃあなんで俺だけなんだよ……」


「シャルルちゃんは可愛いじゃないの」


 なんて理不尽な……。それでも親か。


「で、あなたはなんで地べたにへたり込んでるのよ。戦技を見せてあげるんじゃなかったの? シャルルちゃんに」


 い、言えない。シャルルに引き倒されたなんて、絶対に――。


「あの、それですけど……」


 話すのかよ、シャルル。


「わ、私が……その……ごめんなさい!」


 シャルルはなぜか顔を真っ赤にして母さんに頭を下げ、ローブをひるがえして駆け出した。


「シャルル!?」


 シャルルがものすごい勢いで走り去った後、母さんと俺は目を見合わせ、互いに首を傾げた。


「アル、あなたシャルルちゃんにまた何かしたんじゃないでしょうね」


「またって何だよ」


強制猥褻きょうわい


「してねぇ!」


 ゴィンッ!


「アル、うるさい。ご近所の迷惑を考えなさいよ」


 声よりもフライパンの金属音の方が大きく鳴ってるのに!?


「店開けるわよ、手伝いなさい」


「……シャルルは?」


「あれは大丈夫よ。ただ恥ずかしがってるだけだから」


 そう言い残して、母さんはスタスタと店の中に入っていく。

 俺はシャルルが駆けていった裏通りの奥の方へ視線を向けると、


「ま、いっか」


 そういえば結局鍛練ができてないな。

 また後でやり直すか。

 それにしても、シャルルはなんであんな丈の長いローブを着込んでるんだろう。もう春なのに、暑くはないのだろうか。

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