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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第四章『ヴァニパル戦線』
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(10)分割‐Die Madchen wurden zwei Leute‐

 戦場となる森の中、ルシフェルと仮面の女性の2人の間に互いの隙を狙って緊張が走る、なんてことは全く無かった。


「アハハ♪ 右足と左足、どっちから切り落として欲しい? 腕からでもいいんだよ♪ 好きな方から選ばせてあげる!」


 そう言いながらも、ルシフェルは答えを聞こうともせずに、女性との間合いを一瞬で詰めた。

 しかし、その女性も余裕の姿勢を崩さなかった。


「私としては足からがいいわね。腕さえあればまだ戦えると思うわ」


「アハ♪ 無謀(むぼう)だね~夢望(むぼう)だね~。いいよいいよ、右と左、どっちからがいいかな? 私って優しいよね~。何でもかんでも選ばせてあげるなんてさすがだよね~」


 理不尽な自画自賛で自己満足に浸るルシフェル。それに対してその女性はようやく剣の柄に手をかけた。


 ズン。


 人間用とは思えないほどだった。

 1メートルほどの長さの鞘から出てきたのは、その女性の背丈の2倍はありそうな長さを持ちながら長さに対して細身の大剣だった。


「なっ……」


 絶句したのは、ルシフェルではなくもちろん俺だ。


「おっと、ごめんね、縮尺を間違えちゃった」


 女性の剣が光の粒子をまとった、かと思うとその光は剣を包み込み、まばゆい閃光を放つ。

 視界が真っ白に埋め尽くされる。


「始めましょうか?」


 光が消え、そこに立っていた女性の手には、手頃な両手剣が収まっていた。

 しかし、形だけは全く同じ、華美な装飾の無い細身の剣だった。


「アハハハハハハハハハハハ♪ 右腕からだ、女!」


 ルシフェルの腕がかろうじて目視できる速さで女性の右腕に伸びる。


「そうね」


 女性の右腕がルシフェルの右の二の腕を掴んでいた。


「『世界を司るは理』……」


 女性は呟く。

 ルシフェルは目を見開いて、女性の腕を振り払う。


「『理を司るは知性』……」


 再び呟く。


「アハハハハハハハハハハハ♪」


 ルシフェルの手が女性の左足を掴む。


「『知性を司るは理性』……」


 女性の左足がはね上がり、ルシフェルを蹴り飛ばし、目の前の木の幹に叩きつける。


「『理性を司るは恐れ』……」


「っ……楽しい、楽しい……。アハハハハハハハハハハハ♪」


「『恐れを司るは影』……」


 ルシフェルの瞳が金色に変化する。


「『影を司るは闇』……」


 ルシフェルが木の幹を蹴り、まっすぐ跳躍し、女性の顔面に向かって手のひらを伸ばした。

 その指がピクリと動く。

 その時ゆっくりと紡ぐように、その女性は口を開いた。


「『闇を崩すは真理』……お前はいつまでたっても落ち着かないな、ヘカテー」


 その言葉が耳に届いた時、目の前には足を掴まれて逆さまに吊るされているルシフェルの姿があった。


「『リライト』」


 カチリ、と鍵が外れるような音が聞こえた。

 それに伴うようにルシフェルの身体がいくつもの立方体のパーツに分かれ、複雑なパズルがひとりでに解けていくように組み変わり始める。

 一瞬強烈な光と音に視界を遮られる。

 そして、当然のごとく意識が飛ぶのだが、その直前、その女性は素顔を隠していた仮面を外した。


「ガダリア=ロード=ブラズ……?」





「アルヴァレイくん」


 その女性、ガダリア=ロード=ブラズは俺の名前を呼んでいた。

 いや、違う。

 これは記憶だ。

 くわしく覚えてるわけではないが、ずっと前、まだ10歳に満たない時に一度だけ、ガダリアに会ったことがある。

 その時にどのようにしてガダリアと出会ったのかはまったく思い出せない。親と知り合いだったか、行きずりの関係だったか、よくわからない関係だったような気もする。


「率直に言うわね。私の大切な物を預かって欲しいの。アルヴァレイくんなら、アレを扱えてもおかしくないわ」


「大切なもの……?」


「そう。私が持つにはちょっと重すぎるのよ。外れすぎていると言ってもいいけどね。もしくは高すぎる」


「そんな大事なもの……」


「アルヴァレイくんならきっと大丈夫だと思う」


 今さらながら根拠はないのか……?

 ここから先は記憶が曖昧で思い出せなかった。





「アル君、大丈夫?」


 気がつくと目の前にヘカテーの顔があった。心配そうな顔で俺の顔を覗きこんでいた。


「大丈夫、ありが」


 絶句。

 唖然。

 驚天動地。

 面倒だから好きに形容してくれ。

 俺が上半身を起こすと、ちょうど目の前に、不機嫌そうに眉をひそめて腕組みをしながら木にもたれかかるようにして座っている小さな人影。

 燃えるような赤い髪に、ギラギラとした鋭い眼光を放つ紅い瞳。その場にいるだけで、圧倒的な存在感を大量放出する。

 『ティーアの悪霊』ルシフェル=スティルロッテがそこにいた。


「……あ?」


 我ながら間抜けな顔だろうよ。

 首をかしげざるを得ない。


「驚いてもらえて本当に殺したくなるほど嬉しいわー」


 ルシフェルは平淡な棒読みでそう呟いた。

 照れ隠しにしてはいささか激しい気がするからおそらくそうじゃないだろう。


「気がついたのね。良かった」


 見ると、ヘカテーの背後にガダリア=ロード=ブラズが立っていた。

 既に剣を納め、仮面も着けておらず、頭から被っていたフードも背中側に下ろしている。


「ガダリアさん」


 そう呼ぶと、ガダリアは目を丸くした。


「思い出してくれたのね」


「はい、預かり物の内容以外は」


「それは気にしなくてもいいわ。それより、びっくりだわ。どうしてアルヴァレイくんとヘカテーちゃんが一緒にいるの?」


「色々と面倒な事情と面倒な性格が色々と災いしまして」


 ヘカテーに殴られた。

 ヘカテーがさっきから妙にそわそわして落ち着かない。


「どうなってるんですか、コレ……」


 そう言って、ヘカテーとルシフェルを交互に指さす。


「分けただけよ」


「そうではなくてですね。この2人は身体を共有してたのになんで身体まで分かれてるんですか!? さっき何をしたんですか?」


「話せば長くなるわ」


「ここは戦場ですからできるだけ短く話してください」


「短くならないから場所を変えましょう。『四天の星の玉座より、我が知る者の知る影の、知りたる地へと引き返せ』」


「何を……」


 言葉が途切れる。

 視界が歪む。

 周りの音が遠のいていく。

 というかなんか吐き気がするんだけど!?

 ちょ……気持ち悪い。

 頭がぐるぐると回っているような感覚、むしろ脳髄を振り回される方かもしれない。

 最近、自分から意識的に寝た回数が少ない。そんなことを考える。

 意識が飛ぶ寸前、その感覚は消え失せて、驚くほど気分が良くなった。


「楽しかったでしょう?」


「どの辺がですか?」


 ガダリアが子供のような悪戯っぽい目で俺を見た。


「ここ……って」


 ルシフェルが呟いた。


「ティーア」


 ヘカテーが呟いた。

 そう言われてみると、と周りを見渡してみても、森だけでわからなかった。

 空間転移。

 シンシアも前に使っていたが、ガダリアのそれは一般的に言われる魔法とは明らかに違っていた。

 細かい違いを置いといても、隠しきれない大きな違いが残っている。

 ガダリアはシャルルのように魔法陣を描くこともなく、シンシアのように展開することもなく、魔法陣を使わずに魔法のような力を行使していた。

 ありえない。

 そんなことは理論上できないはずなのだ。


 この世界の魔法と言えば、魔法陣によって行使する魔術と、道具によって行使する魔弾の二つに分けられる。

 魔術については、魔法陣を描くことで魔術を定義し、魔法を行使することで魔法陣を定義する。

 複雑な魔法陣もあれば、単純な魔法陣もある。

 種類ごとに決められた魔法陣があるわけではなく、その理論に従って描きさえすれば、誰でも使うことができる。自分が描く必要もなく、街には紙に描かれた魔法陣を売る専門店もあるくらいだ。

 そして、魔弾は普通に生活している人は、使う機会が極端に少ない、いわゆる攻撃用の魔法だ。

 宝石や紙、特別な液体や剣などに付与させることで効果を発揮する。

 しかし、基本的には消耗品でできることも限られてくるため、本当に手慣れた者は攻撃にも魔術を使ってくる。

 シンシアのように、だ。


「ヘカテーちゃん、どこかで水を汲んできてくれないかしら」


「うん。わかった」


 あれ? ヘカテーが素直だ。

 ヘカテーはガダリアに子供のような笑顔を見せると、森の中に入っていった。とたんにルシフェルが舌打ちする。


「それで何でこんなことになってるんですか……?」


 ため息混じりにそう言って、ルシフェルを指さした。


「魔法の一種よ。あなたたちは知らないかもしれないけどね。勝手だけどヘカテーちゃんとあの『旧き理(エンシェントルール)』を分離しただけ。深い意味はないわ」


「意味もなく分けたんですか……? ルシフェルの性格見たでしょう? ヘカテーがいないと制止がきかないんですよ? どうなるか想像できるでしょう?」


「きっと大丈夫よ。ほら、ルシフェルだっけ? 彼女、アルヴァレイくんのこと見てるわ。心配そうな顔で」


「そんなわけないでしょう……」


 振り返ると、ルシフェルの視線は完全に他に向いていた。少しうつむいているせいか、揺れる前髪が顔にかかって、表情が見えにくい。


「あの娘も可愛いところあるわね」


 ガダリアが意味深な発言をさらりと流し、ため息をつく。そして隣に腰を下ろした。


「預かっていた物って何でしたっけ?」


 ガダリアの表情が固くなる。しかし、すぐに柔和な笑顔に戻った。


「あのことはとりあえず忘れなさい。その方がいいわ。それよりヘカテーちゃんとはどこで?」


「ここです。知ってるでしょうが、『悪魔の山(トイフェルベルグ)』ティーアです」


「あの子、『ラクスレル』を出たのね? よかったわ。あのまま『ラクスレル』にずっといたら可哀想だもの。本当は私が連れていってあげられれば良かったのだけれど」


「ガダリアさんはヘカテーとどんな風にであったんですか?」


「残念だけど出会ったなんてロマンチックなものじゃないわ。私は最初、付近の村から頼まれて、あの子を殺そうとしてたの。この剣でね」


 腰にさしてある剣に視線を落とし、剣の鞘を撫でる。

 そしてアルヴァレイの考えに先手を打って、再び口を開いた。


「殺せなかったのよ。あの子が村の人たちの言うような加害者じゃなくて、理不尽に呪われた被害者だってわかったから。まだ小さな子供だったし、私が剣を見せただけで、泣き始めちゃうし、あの時は気まずくてね。まあ、あの時あの旧き理(エンシェントルール)が入ってたら間違いなくヘカテーを殺しちゃっていたでしょうから。その点は感謝しなくちゃね、神様の采配に」


 ガダリアはフフと笑った。


「あの時はびっくりしたわ。なかなか剣をしまえずにいたら、『アヤメ』の竜乙女(ドラグメイデン)に襲われてね」


「ドラグメイデン……?」


 聞いたことがない。

 S級の危険指定生物か何かだろうか?

 そんな俺の顔がよほど疑問の相を呈していたようで、ガダリアは再びフフと笑った。


「彼女たちは竜族の中でも一番知能の高い種なの。人類と同じかそれ以上の知能と理性だって言うから反則よね。世界でもラクスレルにしか住んでいないし、今はもう、知ってる人は少ないかもしれないわね」


「彼女たち……?」


「ええ、竜乙女(ドラグメイデン)には雌、というか女しかいないのよ。彼女たちは人類に限りなく近い外見をしていて、昔は人類として認めるって話もあったくらいなの。本人たちは竜族であることに誇りを持っていたから断ったそうだけどね。」


「アヤメ、っていうのは……」


竜乙女(ドラグメイデン)には個体毎に1つずつ植物の名を冠する習慣があるのよ。その植物の力を得られるからね。その代わりに植物の弱点として夜は力が半減してしまうらしいわ。っと、話が逸れたわね。ヘカテーの話はその竜乙女(ドラグメイデン)から聞いたのよ。呪いのこととかね。ヘカテーに抗う術がなかったことも。その竜乙女(ドラグメイデン)も見た限りでは呪われているようだった。ずっと目隠しで目を隠していたからたぶん間違いないわ。名前は確か……そう、ミーナよ」


 ミーナ?

 ミーナって確か……?


「ルシフェル! 確かミーナって人格があったよね!」


 木にもたれかかっているルシフェルに向かって声をかける。

 しかし、ルシフェルの頭がゆっくりと上下に揺れていて、反応がなかった。


「ルシフェル」


 俺が近寄って肩を揺すると、ルシフェルのまぶたがうっすらと開いた。


「ミーナって……」


「ふわ……。ミーナ?」


 あくびをして半分だけ開いた目で、ぼんやりと視線を交える。


「そう。ミーナ」


「それがどうかした?」


 どことなく不機嫌そうなルシフェルの声。寝起きだからだろうか。


「そんな人格がいたよね」


第4人格(フォース)は元々ヘカテーのために作った人格だからね。ヘカテーの記憶を元にして作った育て親の記憶の人格。それがミーナよ。ヘカテーの記憶のミーナに関する部分は凍結したから、ヘカテーにはわからないけど。能力だって戦いの上ではまるで役に立たないけど、ヘカテーは喜んでくれたから」


 ルシフェルは淡々と、つまらなそうにそう言った。そんなことはどうでもいいと吐き捨てるように。


「ところでガダリアさん」


 話をそらすように、ルシフェルを視界から外す。

 ルシフェルがどんどん不機嫌になっていくのを感じたからだ。

 まあ無理もないとは思う。

 自分が望んでもいないのにずっと一緒だったヘカテーと分けられたのだ。

 動揺も入っているだろうが、ルシフェルの性格を考えれば気にくわないはずだ。

 ……基本が子供だからな。


「アル君♪ 子供は嫌い?」


 たまに忘れてしまう。ルシフェルは心を覗けるのだった。


「ガダリアさんはどうしてこの戦争に参加してるんですか?」


 話をそらした。

 後でどうなるかはわからないが、ルシフェルもフンと鼻を鳴らして再びうつむいてしまったから、今すぐどうこうなりはしないだろう。


「私は成りゆきみたいなものかな。別に参加する理由はなかったけど、他の人に任せるよりは犠牲者の数も減るかなと思ったから。どんな国にも戦争狂ってのはいるものだし、そういう殺したがりは私が相手になれば他の人は死ななくて済むわ。今のところ58しかいなかったけど」


 58人もいたのか。世も末だな。


「でも気をつけてくださいね。中にはルシフェルみたいな人外もいるかもしれませんから。これ以上あまり増えてほしくはありませんが。なんかまた俺の周りに集まりそうな嫌な予感が否めなくてですね」


「フフ、ありがと。でも人数だけなら今日だけで2人も増えちゃってるわね」


 笑いながらルシフェルを指さす。


「あれは慣れてますから数えなくても……え? 2人?」


 ガダリアは不思議そうな顔で俺を見つめた。

 そして右手を胸の辺りまで上げ、人差し指以外を折り曲げて、その人差し指の先で自らの顔を指し示した。


「私も人じゃないもの」


 失念。

 そう言えば、1000年以上も生きてるヘカテーが子供の時に金の鎖を貰ったって言ってたよな。やっぱり俺の周りは人外ばかりだ。

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