(8)竜殺し‐Der Junge traf ein seltsames Duo‐
どうも徒立花詩人です
自分でもびっくりするぐらいアプリコットとチェリーの性格が破綻してきました。
読み返してみると、結構前からそんな感じでしたね。
ところで今、『黒き森の掟は何処に』の略し方を考えているのですが、なかなか思いつきません。
選択肢は結構少ないはずなのですけれど……。
と言うわけで読者の方々に絶賛募集中です。よろしくお願いします。
世界はどこから間違ったのだろうか。
私はずっとその事ばかりを考えてきた。
世界の根幹は崩れ、そこに住む住人たちの心は腐敗して、世界は滅びへと向かっていく。
私は警告した。
腐りきった世界に軌道修正の機会を与えた。
それを無視したのは、広大な世界の中で小さな国土にこだわる支配者層に属する愚かな者たちだ。
滅びを回避するために融合という手段をとった世界。
世界が自然にのみ支配されていたならば、それで破滅の道は回避できただろう。
しかし、世界は気づいていなかった。
住人たちは強大な力を求めて理を歪めるような力に手を出した。
その力は世界の安定を容赦無く蝕み、新たな融合へと世界を追いやる。
これまでの研究から現在の世界は16の旧世界が融合を重ねてできたことがわかっている。
最初に3つ、次に1つ、さらに1つ。2つ、1つ、1つ、2つ、1つ、1つ、と世界はどんどん融合していき、世界の理は狂っていった。
しかし、私の仮説が正しければ、その過程のどこかまでは正しい道を歩んでいたはずだ。
否、正しくなければならない。
ならばどこで外れてしまったのだろう。
それがわからないのだ。世界が狂ってしまう原因になる出来事があったはずだ。
既に世界の崩壊は始まっている。
たとえいずれここが滅びたとしても、その原因を突き止めなければならないのだ。
私に何ができる。
考えろ。
考えろ。
私にできることを。
世界にとって最良の選択を。
今さら人類を滅ぼしても滅びの道は避けられない。
ならば、そうか。
「誤りは正さなければならない……」
刻々と時間は過ぎてゆく。
砦全体が大きく揺れる。
何かが崩れるような音が唸るように響き、それと共に地響きが足元から伝わってくる。
まるで地震のような感覚だった。
「人が焼ける匂いですね。外に何かいます。火の力を持つ飛獣か、魔獣か。もしくは」
化け物か、とアプリコットがニコリと笑って言った。
まるで、飛獣や魔獣では化け物と形容するに値しないと言うように。
「どーします、チェリーさん? これってボクたちが手ェ出していい感じですかね? ボク的には火は苦手なんで、壊される前に殺したいですが」
「私様的にはどうせ怒られるの黒乃ですし~、少しばかり苛立ちを覚えてしまうのですよ~」
チェリーは口元を歪めた。
ちなみに俺は腰を抜かしている。
いえいえ違いますよ。こんな揺れで立ってられるアプリコットとチェリーが異常なんですよ。
と思って振り返ると、ヘカテーとルーナも立つのがやっとの様子だがしっかり立っていた。
これでは自分の情けなさが異様に目立つ。
「これだから人外は……」
ぼやいたらヘカテーに後頭部を叩かれた。
「アル君……アル君がどんなに負け犬みたいでも私はアル君のこと好きだからね」
わざと惨めになるようなことを言って、とどめをささないでください。
揺れが収まった。
「ほっ……!」
勢いをつけて立ち上がる。
ここまで目立たないと、さすがに不安になってくる。何がとは聞かないで下さい。
「負け犬さん。戦えますか? ボク的には貴方がいなくても変わらないですが。いやいや、貴方が弱いとかそういうことは言ってねぇですよ」
泣いていいかな……。
アプリコットは言葉の棘を言い残して、チェリーと共に屋外に出ていった。
「早く早くアル君。また目立つ機会無くなっちゃうよ」
……泣くよ?
人目もはばからず大声で泣きますよ? いや実際には体面もあるし泣かないけどさ。
「さぁアル君、私の膝で! それとも腕の中? まさか、アル君……もしかして胸の中?」
「誰が泣くか!」
えーっ、と本気で残念がっている様子のヘカテーを残して、俺も砦の外に出る。
もちろん右手には短剣が、左手には鉤爪が鋭い光を放っている。
いつも数々の戦場を共に駆け抜けてきた――実際そこまで役に立った相棒、と言うわけでもないけれど。
が。
そんな物は役に立たないということを数秒後に思い知った。
グォオオオオオオオオオオオオ!!
お久しぶりです、ドラゴンだよ。
1頭や2頭じゃない。見えるだけでも10匹以上の成竜がいる。
地上を闊歩し、空に滞空して、砦全体を囲むような圧倒的な存在感で場を支配していた。
「ブラズヘルに竜族がついてるのか!?」
気がつくと、既に外で待機していた兵士たちは赤黒い何かにまみれて、動かなくなっていた。
「……うっ」
酷い光景だった。
怪我人も、軍医も、警護兵も。
皆、『竜の息撃』によって焼かれていた。面影も残さず、ただ赤黒いだけの何かになった。
胃が絞り上げられるような感覚に、思わず前屈みになり、こみ上げる吐き気を必死で抑える。
「アル君。見ないで」
ヘカテーの声。
いつになく真面目な声と共に頭にあてがわれた手が抵抗できないほどの力で俺の頭を押し下げてきた。
「エヴァ。竜族だよ」
一言聞こえたヘカテーの呟きののちに聞こえてきた音。
硬い何かを引き裂くようなザクリという音。
叩き折られた骨が悲鳴を上げるキシキシという音。
何かが潰れるようなグシャッという生々しい音。
グギャアアアアッとつんざくような断末魔。
巨大な何かが落ちるようなズシンという地鳴り。
時折響く何かの破裂するようなガァンという重い音は何の音だろうか。
どちらにしろ、好き好んで見るような光景ではないはずだ。
最後の地鳴りの後、その場は不自然なほど静かになった。
「……?」
アルヴァレイが顔を上げると、そこには短髮の快活そうな少女、エヴァが立っていた。
ルシフェルの人格の一つで確か最初に創った人格だったと言っていた気がする。
正式名は『祝福の鎮魂歌』。
どの辺が名前なんだろうなんてことは思うことすら許されない。
なぜならルシフェルが結構気に入ってつけた名前だからだ。
それに文句をつけようものなら殺されてもおかしくない。
「おぉ、久しぶりじゃねえか!」
どこかで聞いたような台詞を吐いて、手を差しのべてくるエヴァ。
その笑顔をじっと見ていると、照れたように頬を染めた。
しかし、その後ろ。
さっきまで飛んでいた幾頭のドラゴンが身体をバラバラに引き裂かれて、その残骸が山のように積み上がっていた。
しかし、そんな惨状を気にも留めない様子で、エヴァは首を傾げた。
「名前なんだっけ? ほら! カマボコ! いや……カツオブシ?」
「今のところお前から名前を賜った覚えはねぇよ! 海産物の加工食品がそんなに好きか?」
「じゃあカツオブシムシ」
「地味にマイナーな選択ご苦労様ですが、お前の予想に反して俺は人類だよ」
なんでこんな気分の悪くなるような光景を見ながら、お前のボケに突っ込まなきゃいけないんだ。
そうこうしてる内に、いつの間にかアプリコットがすぐ隣に来ていた。
「いやいや、『竜殺し』とかボクの出番アンド二つ名をとらないで欲しいですね。むしろとるなら許可を求めて欲しいですね」
「すんませんしたっ!!」
エヴァ、ノリノリ……。
「許可します。っつーかボクの出番など好きなだけ持っていってください」
いいのか。
そんな疑問を感じ取ったようにアプリコットは悪戯っぽく微笑んだ。
「だってボクだけにとどまらずチェリーさんとか、『ティーアの悪霊』、『黒き森の魔女』、ルーナ=ベルンヴァーユとかの『旧き理を背負う者』でしょう?リィラ=テイルスティングも十分人から離れてるし、『筋肉』鬼塚石平だってなんかもう……筋肉だし、薬師寺丸薬袋なんて『旧理』に加えて『失理』ですよ。この時代のその辺りの人っていわゆるチート無限のバグキャラみたいなもんじゃないですか。わざわざ出番作らなくてもいるだけで目立つんですね。わかりますか?」
鬼塚だけ説明になっていない気もするが、ちくしょう、俺の周りはバグキャラばっかか……。
で、バグキャラって何?
その時。
「怪我のない者は来い! ブラズヘルの奴らに目にもの見せてくれる!」
隊長らしき男がそう叫んだ。
ここからは本格的に戦場だということだ。
命の危険のみがそこにはあり、生きたまま帰れる保証はない。
今までにも、かなり多くの危険な経験をしてきたが、今回は次元が違う。
そもそも目の血走り具合が違う。
国同士の争いという極めて大規模な殻を被った殺し合い。
まさに血で血を洗うような惨劇をこれから目にせざるを得ないだろう。
ヴェスティアには生きて帰ると約束した。
しかし、そんな約束をしてきたのは俺たちだけじゃない。
間違いなく、戦場にくる者全員が友達や家族、恋人など大切な人に約束してきたはずだ。
しかし、大抵の場合、その約束が守られることはない。
守りたくても守れない。それが戦場、戦争というものなのだろうから。
「ん?」
先ほどの隊長が何かに気づいたように、俺たちに歩み寄ってきた。
「そこのお前」
そう言って、おもむろに指さしたのはヘカテーだった。
「何ですか?」
少し強気なヘカテーの声。
「お前、さっき竜族を片付けただろう。感謝する。あんなものが相手では勝ち目などなかった。その若さでその力とは少しばかり興味が湧くが今は言うまい」
無表情だったヘカテーが照れたように笑った。自然と頬が緩む。
その様子に男は、が、と否定的な言い方をした。
「誉められた行動とは言えんな」
ヘカテーの顔が引きつる。
「竜族を相手にするなど無謀だ。ブラズヘルがあの時お前を見ていたらどうするつもりだった? 真っ先にお前は狙われて、誰よりも早く屍に成り果てるだろうな。いくら力が強くとも、子供が考えるべきは命だ。戦争の勝ち負けなど、とはこの立場で名言はできんが、お前たち子供は命を最優先で考えろ。お前たちが生を感じるのはこんな所じゃないはずだからな」
「ただの人間が……」
「何か言ったか?」
後ろからヘカテーの口を押さえる。
「何でもないです、わざわざありがとうございましたっ」
俺の言葉に満足したのか、隊長は背を向けて、走っていった。
「もがもが……」
手を振りほどこうと暴れるヘカテーを全力で押さえ込む。
そして、隊長の姿が見えなくなってからヘカテーの口を覆っていた手を放すと、ヘカテーは不服そうにアルヴァレイを振り返った。
「人間の分際で偉そうに私に説教してたんですよ! なんで邪魔するんですか!? 私の方が数十倍長く生きてるのに!」
あり得ない、という表情で叫び散らす。
「落ち着けって」
ヘカテーの肩に手を置く。
「とりあえず、早く行こ……」
「さっきから思ってたんですけど、2人って男女同士の恋愛的関係とかになってるんですかね? それとも肉体関係だけのお付き合いだったりしますか?」
俺の言葉を遮って、アプリコットが無邪気に声をあげる。
その言葉にヘカテーは赤面し、俺は凍りついた。
「ボクには愛とか恋とかってわかんないですけど、なんか見てて楽しいですよね……ってどうかしました?」
ヘカテーも俺も最初以降の反応がない。
「えっとぎこちない感じっつーか、初々しい感じですね。ねぇチェリーさん。あれ? チェリーさん? おっかしーな、さっきまでいたと思ったのに、どこに行ったんですか? ったく、世話が焼けるなぁ。ボクは保護者って訳じゃないのに……」
そして、硬直状態のヘカテーを一瞥する。
「人探し手伝えなくてすみません。また後で会いましょう、っつーか会いに来ます。ではまた」
アプリコットは雷のように走り去った。
そんな中ヘカテーと俺の周りを落ち着かない様子でうろうろしているルーナは周りに他に誰もいなくなっていることに気がつき、涙目になって俺の肩を揺すった。
「ん? あぁ、ごめんルーナ。って何泣いてるの? 頭ぶつけた?」
違う違う、とでも言いたいのか無言で可愛らしく首を横に振るルーナは、潤んだ瞳で俺の目を見つめた。しかし、すぐに真っ赤になってうつむいて、ボソボソと何か呟いた。
「そうか。ヘカテー、早く行くよ。もう皆表に出てるみたいだから」
ヘカテーの肩を揺する。
ぼんやりしていた彼女は気がついたように身を震わせる。
「ただいま、アル君」
心がどこかに出かけていたような口ぶりだった。
「行くよ。ヘカテー」
先に立って手を差し出すと、ヘカテーはちょっとうつむいてその手を握った。
「戦争だ」