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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第四章『ヴァニパル戦線』
36/98

(7)到着‐Das Fort wurde angegriffen‐

「な、何があったの……?」


 ヴィルアリアがぽつりと呟いた。

 俺たちがローア城砦に着いた時、既に砦は焼け落ちていた。

 砦のあちこちから煙が上がり、一部が崩れている。敵の姿は無いようだったが、至る所で負傷した兵士たちの呻き声が耳に絶えない。


「あ、わ、私……手当てしてくるっ!」


 医薬学院首席のヴィルアリアは手近な負傷者に駆け寄って、何事か話し始めた。


「俺たちはリィラさんと鬼塚を探そう。リィラさんのことだからたぶん無事だとは思うけど、一応念のために」


 ヘカテーとルーナはアルヴァレイの言葉にこくりと黙ってうなずく。

 そして、ヘカテーは窓の外を指差して言った。


「私は外を探すから、アル君とルーナは1階と2階を探して」


 外に出ようとしたヘカテーの肩を掴んで引き留める俺。


「外は俺がやるよ。外の方が危ないだろうから。ヘカテーやルーナに怪我させるわけにはいかないし」


 少しいいところを見せようとした俺の目の前でぶんぶんと勢いよく首を振って見せるルーナ。


「いえ、私がやりますっ。……私は死ねませんから! その分安全です!」


 ルーナの頭を軽く叩いて、幼子をたしなめるように静かに首を振るヘカテー。


「それは安全って訳じゃないの。その代わりルーナちゃんは戦えないでしょ? やっぱりこの中で一番戦える私がやるべき」


 少し誇らしげに胸を張るヘカテーの目の前に鉤爪と短剣を掲げる俺。


「俺はこの武器があるけど、2人はないだろ? ここは武器がある俺が……」


 俺の前で自分の脚を叩いてアピールするルーナ。


「私、脚速いですから! いざとなったら逃げますっ!」


 このループがいつまで続くんだろうと他人事みたいに考えていると、ループを終わらせたのは意外な人物だった。


「久しぶりですね、お三方」


 振り向くとそこには1人の少女が立っていた。

 歳は俺よりも1つ2つ下に見える、綺麗な茶髪に赤い目を持つその少女は素直そうで利発そうで、どちらかというとルーナに似た雰囲気をまとっている。

 しかし、その表情にルーナのような子供っぽさはない。

 どことなく模造品を見る時の違和感のような感覚を受ける、というのが第一印象だった。


「いや、誰……?」


「あぁ、申し遅れた。アプリコット=リュシケーと申します。ってフルネームを言うほど名前を気に入っちゃいないけど」


「アプリコット……?」


 聞いたことがない。思い出そうとしても、そもそも知らないのだった。


「実際に会うのはこれが初めてですから当たり前ですよ。アルヴァレイ=クリスティアース、ヘカテー=ユ・レヴァンス、ルーナ=ベルンヴァーユ。既に記憶(メモリー)入力(インプット)済みです。あっちにいるのは妹のヴィルアリア=クリスティアースですよね。あはは、やっぱ写真通りだ、一生懸命で可愛いなぁ」


 おかしい……。

 初対面の皆のことを知りすぎてる。

 俺が不審に思った時、アプリコットはニヤリと笑った。


「いやいや、あまり警戒する必要はないよ。ボクが君たちのことを知ってるのは当たり前だから。衣笠紙縒特別遺失物取扱審査特例管理官のことは知ってるんですよね。ボクは紙縒とは別種の同類なんです……つってもどうせわかんないでしょうけど。知ってますか、結構貴方たちって有名なんですよ。『ラクスレルの人形師』、及び『ティーアの悪霊』などの異名を持つ『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』ヘカテー=ユ・レヴァンス。準不老不死の『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』ルーナ=ベルンヴァーユ。『真理』アルヴァレイ=クリスティアース。あれ? この時期はまだ薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)はいないんですね。あの人も『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』で『失理(ロストパーツ)』で竜乙女(ドラグメイデン)なんて珍しいんですよ? あはは、呆気にとられてる顔を見るのは大概好きですけど、貴方たちのは格別ですね。まあ、データベース化されてるってことですよ。理解して貰うつもりはないですが、むしろ理解してもらっては困りますけど、万が一理解しちゃった人は正直に言ってくださいね」


 ニコリと笑って見せるアプリコット。

 俺は案の定理解できていなかった。

 というより、あまりにも唐突すぎて話についていけず、話の後半は耳に入ってすらいなかった。


旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)のことを知ってるの……?」


 ヘカテーはルーナをかばうように前に出ながら、強い口調でそう言った。

 こんな時に何だが結構面倒見のいい奴なのかもしれない。

 ルーナはそんなヘカテーの行動に目を輝かせたが、アプリコットはそれを面白がるような表情になった。


「仲良しですね~」


 ヘカテーは突然赤面し、アプリコットと俺に視線をいったりきたり。そして、


「ルーナちゃんは私のオモチャだから、壊れないようにしてるの!」


 と叫んだ。

 ルーナが、へぅあっ、って涙目になってるじゃねぇか。なんか仕種が小動物みたいで可愛いけどっ。

 とかなんとか考えていたら、ヘカテーに横目で睨まれた。


「あはは、本当にボクのことは警戒しないでいいです。今、とある事情で衣笠紙縒管理官、略して『こよりん』を探してるんですよね。本当はもう一人ボロ雑巾みたいなのがいるんですけど、ここに来た途端ウザったいぐらいテンション上がっちゃって。そのまま銃器抱えてどっかいっちゃったんですよ。まじ危ないですよね」


 ねぇっ、と同意を求めてくるアプリコット。


「こんな戦争中に1人で出歩くのは確かに危険だな。そっちも探した方がいいかもしれない」


「いやいや、危ねぇのはゴソゴソとゴキブリみたいに徘徊(ウロチョロ)してるチェリーさんの方ですよ。あ、その雑巾の名前はチェリー=ブライトバーク=鈴音(りんね)っつーんですけどね。人を解体するのが趣味ですから」


 との返答がきた。

 1拍2拍と深呼吸。


「いやいやいやいやっ!!」


 人を解体するのが趣味とか危ないとかいってられる次元じゃないよ!?

 つかそんな奴がこんな場所にいるのかよ!

 本能とは無関係な分、アルペガよりも性質(たち)悪いじゃねえか!


「別の意味で早く探さなきゃいけないじゃねえか!」


 どうもこうも俺はお人好しらしい。


「ちなみに使うのは大きな(サイス)だから安心だよ」


「何が安心なんだよ」


「いやいや、こう言っとかないとバレた時にバラバラにされるんだ」


「死にますよ!?」


 いやはやどうして。

 初対面の奴とこんなに打ち解けているのかはまったくわからない。

 シャルルの時の理屈によるとボケとツッコミを交わしたらそれはもう友達なのだから。

 地味に面倒な理屈だったようだ。べつに適当に言っていたつもりはないけれど。


「いやいや、ボクの場合は壊れるだけど、ボクの場合は壊れないんだね、これが。ふっふー、これでも最新型なのです」


「何の話だよ……」


「アルヴァレイの知らない話だよ。あと、ちょこっと気になるんですけどね。さっきから頭の中でノイズが激しいのはヘカテー=ユ・レヴァンスの仕業かな? どうあがいてもボクの中は見れないよ。ボクはいわゆる特例種。君の能力の範囲外」


 ニコリと笑うアプリコット。

 これ以上周りに人外を増やしたくないので冗談だと受け取っておこう。

 何となくヘカテーの機嫌が悪いような気がするが、気のせいだと思っておこう。


「アル君……。やけに親しげだけど、ほんとに初対面なんだよね。幼なじみとか昔付き合ってたって訳じゃないんだよね。許さないよ。今のアル君は私のものなんだから。誰にも渡さないんだから」


 返事をしたつもりは全く無いんだけど、なんて思ってても口に出すと酷い目に遭いそうなので黙っておこう、とか思っててもヘカテーに対しては全く意味がなかったと気づいたので心中で土下座と言うものを試してみます。


「…………」


 ヘカテーは唇を尖らせて、ルーナのほっぺたで遊び始めた。拗ねたガキか……。


「っとリィラさんを探さないと、そんな殺人狂(あぶないの)がウロチョロしてるんなら早く教えないと」


「いやいや、ウロチョロじゃなくてガサゴソなのさ。あれ……? ゴソゴソだっけ? ねぇ、ゴキブリってどっち?」


「知ら」


 ザクッ、ズバアアァァァッ。


「ん……?」


 目の前。

 さっきまで話していたはずのアプリコットの姿に。

 黒い筋が通り抜けたように見えた。


 ぶしゅあああぁぁぁぁ!!


 アプリコットの身体から血柱が吹き出し、上半身が拳大の多数の肉片に変わるのが見えた。ぐらりとゆれる下半身は、べちゃっ、と生々しい音をたてて血溜まりに沈んだ。


「誰がゴキブリですか~、誰が~」


 その血溜まりの中に躊躇(ちゅうちょ)なく足を踏み入れてきた人物はまだ幼い少女の姿をしていた。しかし、その右手には身に余る大きさの黒刃の大鎌(サイス)を携え、左手にはアプリコットの頭部を持っていた。


「ひ、ひゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 その惨状に1人の兵士が叫んだ。

 当たり前だ。

 目の前で人間を解体されて平然としていられる人間なんていない。


「何と言われても、お仕置きですよ~。私をゴキブリと言っていたもので~」


 その少女の姿をした何か――恐らくアプリコットの言っていたチェリーという殺人狂――は返り血に染まった口元を歪ませた。


「お、お前……」


 周りが騒がしい中、ようやくアルヴァレイは言葉を取り戻す。


「……何でだよ。何で……何で」


 言葉が出てこない。


「何で殺……!!」


「いやいや、さっきも言った通り死にはしないんだな、これが。この程度で壊れもしないしねー」


「……何で?」


 返り血なんかなかった。

 血溜まりなんかなかった。

 細かな肉片なんかなかった。

 噴き出す血柱なんかなかった。


 上半身のなくなった人の身体なんかなかった。

 そこにはただにこりと微笑むアプリコットの姿があった。

 似たような感覚を前にも感じたことがある。マルタ城砦でルーナが一度殺された時だ。

 あの時のルーナは致命傷の域を超えた直接的な死から生還した。

 のちにそれはルーナの『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』としての能力だとわかったけれど、アプリコットもそれと似たようなものだろうか。


「こう見えてボクは機械ですから。驚かせてすみませんでした。うちのバカ上司なんですがこう見えてもゴキブリ、いやいやだからわざわざそんな凶器を首に突きつけるとか意味ねぇことしないでくださいね。どうせ壊れやしないですから」


 チェリーはため息のように嘲笑を漏らし、アプリコットの首から黒刃を離す。

 自分の異常な適応力が怖い。

 精神的な余裕ができてくると、周りが見えるようになってくる。

 ヘカテーは目を輝かせながら、ルーナのほっぺたを弄り倒していた。

 さっきの惨状を見ていなかったわけではないはずだから、たぶん死体に慣れているのだろう。

 誉められることでは全くないが、ヘカテーというかルシフェルは数えきれないほどの人を殺しているのだから。


「アル君?」


 怒りの混じった声色。

 いつのまにかヘカテーはアルヴァレイの背後に立っていた。


「いや……」


 ぎゅっ。


 後ろから首に腕を回されて抱きつかれた。ヘカテーの吐息が耳をくすぐる。


『この際だからもう1度言っておくけど、私はアル君のことが大好きなの。いつもアル君のことばっかり考えてしまうの』


『それで何が言いたいので……?』


 背中を伝う冷や汗は恐怖100パーセントだ。


『アル君が何を考えてるのかは私には筒抜けだけど、アル君が私のことを考えてくれてるのはとっても嬉しいけど……』


 ヘカテーは腕に力を込めた。


『さっきみたいな『思い』方はちょっとつらいから、できるだけしないようにしてくれるともっと嬉しいかな……。逃げてるだけだってわかってはいるけど、やっぱり自分のことでもそれだけはアル君の心《ヽ》から聞きたくないから……』


『ごめん。気を付けるよ』


 ヘカテーはクスッと笑った。


『ありがとう。やっぱりアル君のそういうとこ好きだよ。心の中では嘘はつけない。そんな中でも迷いがないもの』


 ヘカテーの腕が解かれる。

 振り向くと、ヘカテーは何事もなかったかのように、ルーナのほっぺた弄りに戻っていた。

 それといい加減やめてやれよ。

 ほっぺたが真っ赤になってるし、ルーナも泣きべそかいてるだろうが。

 ヘカテーの指からルーナのほっぺたを取りあげつつ、ヘカテーを前に押し出した。ヘカテーはとたんに仏頂面になり、不機嫌そうに口を尖らせた。


「誰か探してたんじゃないんですか? こっちのバカ上司は見つかったんで、手伝いますよ」


 アプリコットが隣のチェリーを横目でちらりと見て言った。


「黒乃がいるのですか~?」


 キョロキョロと辺りを見回すチェリー。


「ボクの上司にバカはチェリーさんしかいねえと思うんですけどね。まぁこんなゴキブリはほっといていいです……ああもう、腕が鋭く痛い。で? 誰を探してるんです? シャルロット=D=グラーフアイゼンですか?」


「いや探してるけど今はちげぇよ。リィラさんって言うんだけど。ていうかなぜシャルルのことを……」


「リィラってかっこよくて理不尽な赤毛の女の人のことですかね?」


「一目でそうと気づくあなたの洞察力は素晴らしい才能です」


 理不尽な会話でも聞いていたのだろうか。それでもかっこいいと思わせるリィラも大したもんだ。


「いやいや、見てはいないですが。データベースにのってるだけです。リィラ=テイルスティングですよね。『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』の裏人格『ノウェア』によって父親を殺され、その復讐のためにアルヴァレイ=クリスティアースと共にテオドールを出る。合ってますかね、チェリーさん。あ~すみません。格納庫にはまともな記憶媒体(メモリー)は入ってませんでしたね。ブレインすら腐ってますもんね」


「壊すわよ~」


「乞わせますよ?」


 命を、と付け足すように笑う仲が良いのか悪いのか全くわからない二人だった。

 というか何を当たり前のようにこの2人を受け入れてるんだ、アルヴァレイ。

 かたや身体がバラバラにされても死なない人外、かたや殺人狂だぞ。

 落ち着いて考えなくても、頭の中から警告音が鳴りっぱなしだ。

 なんだかよくわからないことも言っているし、離れた方が……。


「まぁ黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女については最近会ったばっかだったからすぐ出てきたんですけどね」


 ……いい?


「どこでッ!?」


 舌噛んだ。

 口の中に広がる鉄の味に顔をしかめながらも、アプリコットの返答を待つ。


「そりゃもちろん……」


 ゴウッ!


 アプリコットの言葉が遮られた。

 突如鳴り響いたその音は、巨大な炎が燃え盛るような音だった。

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