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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第四章『ヴァニパル戦線』
35/98

(6)襲撃‐Der Showpfropfen des Madchens‐

 俺が気がついた時、何故か息苦しかった。別に高山に登ったわけでも閉じこめられたわけでもなく、周りは変わらず山道の風景だった。

 空気は澄んでいて、静けさに包まれている。そんな中、皆の足音が聞こえてくる。

 と少しだけ山の自然に浸ってみたところで、背中にかかる重圧にそろそろ疲れてきたので、現実を見直すことにする。


「あのーすみませーん、ヘカテーさーん。何ですか? この状況は?」


 俺はルーナの背中に荷物のように担ぎ上げられ、その俺の上にヘカテーが座っている。


「おはよう、アル君。よく寝てたね」


「自分でもびっくりするぐらい寝つきが良かったからね。痛みを感じるひまもなかったよ。ところでアリアはどこ? 1発(はた)いてやらないと」


「ここだよ、お兄ちゃん」


 声がした方を見ると、予想外にルーナの隣で歩いていた。

 しかも、昨日まで俺が背負っていた荷物を持っている。

 目に見える疲れようからすると結構な距離を歩いてきたのだろう。


「まあいいか。ヘカテーどいてく……」


「いや」


 きっぱりと断られた。


「何でだよ! 理由を言え、理由を!」


「どうせもう公認の仲になっちゃったんですから。もっと一緒にいたいです」


 昨晩のアレ、夢じゃなかったのか。

 というかなんでですます口調なんだろう。あまりにも久しぶりだ。


「その公認の中には俺の意思が含まれていないと思うんだけど……」


「しっ……アル君、誰かいる」


 ヘカテーが突然呟いた。


「えっ? 誰かって一体だ……」


 ヒュッ。


「れ?」


 顔の横を何かが掠めていった。

 光を放つ何か。

 まるで魔弾のような。


「気をつけろっ!」


 アルヴァレイが叫ぶと同時に、いくつもの魔弾が俺や皆に向けて飛んでくる。ヘカテーはルーナから飛び降りると、袋からとりあえず短剣を抜く。


「くっ」


 魔力のみで構成され、実体を持たない魔弾は、金属の通常の武器で受けることができない。

 そのため戦争では最も多く用いられる攻撃魔法だ。


「っ……!」


 俺は魔弾を避けて、ルーナから飛び降りると、呆然としているヴィルアリアを荷物ごと抱き抱えた。


「お兄ちゃっ!?」


 重い、なんて口には出さない。


「乗れっ」


 ヴィルアリアをルーナの上に押し上げると、再び飛んできた魔弾を避ける。


「先に行け! すぐに追い付く!」


 ルーナはその声に一瞬躊躇うような素振りで首を振ったが、すぐに地面を足で叩き、信じられない加速度で地を蹴り、瞬く間に小さくなった。


「追い付けるかな……」


 今さらながらルーナの俊足を思い出し、呟いてみるが、今はそんな暇はない。

 森からの何者かからの攻撃、俺とヘカテーでどうにかしないとルーナたちにも危険が及ぶかもしれない。

 ヘカテーは草むらを睨み付け、そして大きな声で叫んだ。


「ブラズヘル第一師団所属第28小隊隊長、エルフリード=メルチェ! 普段騎士道を名乗っておいて小娘と小僧1人に奇襲を使うなんて。こそこそ隠れてないで、出てきなさい! 名ばかりの騎士道女!」


 草むらの向こうで何かを噛みちぎる音が聞こえたような気がする。


「貴様」


 男のようで女のような、低音と高音の中間のような声だった。


「貴様、なぜ私の本名を知っている?」


 草を踏みしめながら木陰から出てきたのは、抜き身の刀のようなたたずまいの銀髪碧眼の女だった。

 余計な防具をつけておらず、簡素なフルレザーに金属製の胸当てをつけた姿は騎士と言うよりもむしろ傭兵に近い。

 しかし、その顔つきは精緻で繊細、高貴な血統を感じさせる。

 その身体から発せられるのは気品は貴族を彷彿とさせた。

 その手に握られた細身の両刃剣は透き通った輝きを放ち、武具に詳しくない俺ですら一目で業物だと推測できる。


「貴女をよく知ってるからよ。エル。胸の傷はもう癒えた? 背中の傷は残ってしまったようね」


 ギリッと歯を噛み締める音が聞こえた。


「貴様……何者だ!」


「私? 憶えてないの? エル。名門貴族のメルチェ家が没落したのは誰が原因だったのか忘れたの? 貴族だった貴女が奴隷として売られて、メルチェと反目し合っていた貴族の家に買われて、人扱いされずに苦しい思いをしたのは誰のせい? そんなことも忘れちゃったの? エルフリード=ルパス=メルチェ」


 ヘカテーが追いつめるように、言葉を紡ぐ度に、エルフリードの目は見開かれ、その瞳は憎悪に染まっていった。


「貴様があのイビルだと言うのか? そんな小娘の姿を借りている、貴様がイビル=メビウスリングだというのか!?」


「この娘も元は貴族よ。エルフリード、貴女と同じ運命を辿る可哀想な娘。今は私の人形と言ったところね」


 得意気に胸を張るヘカテー。


「ヘカテー? 話が見えないんだけど」


 小声で聞いてみると、『ただのハッタリよ』との返答が頭の中に返ってきた。


『なんのために?』


『このエルフリードって人、結構強そうだから頭に血上らせてるの。挑発しやすい記憶を持っててよかった』


『記憶を読むのはシンシアを出さなきゃいけないんじゃなかったの?』


『最初に名前を呼んだ時に、色々と自分から思い出してくれたの』

 

 見るとそんなヘカテーの策略に期待通り引っかかったエルフリードが剣を中段に構えていた。

 その顔は怒り一色に染まり、先ほどまでの気品は完全に消え失せて黒々とした殺気に塗りつぶされていた。


「その娘を解放しろ……」


「アハッ♪ まだ他人を心配する余裕があるの? 冷静だね~励精だね~。で? その剣をどうするの? この子もろとも、私もろともこの子を殺すの? いいよ、いいよ~試す権利が貴女にはあるんだから」


『ちょっとだけルシフェルに花を持たせてあげたんだけど、久しぶりに外に出たからノリノリみたいね』


「お前たちは手を出すな!」


 エルフリードは背後に控えているだろう誰かに向けて言い放つ。

 その言葉にルシフェルはプッと吹き出した。


「アハハ♪ そこにいる……9人かしら? 貴女1人じゃ相手にならないし……そうだ! 加勢してもらったら? 私はいいよ? 所詮ただの雑魚ざこ集団だし?」


 残った理性を鋸や鉈でまとめて削り取っていくような言葉。

 『ティーアの悪霊』ルシフェル=スティルロッテは最初に会った時から全く変わっていなかった。


「貴様ァーッ!」


 エルフリードは中段に構えた剣を振り上げ、思いきり地面に突き刺した。


「私はもう! あの頃の私ではない!!」


 『あの頃の私』を知らない2人の目の前で、その剣を中心に広がる魔法陣。

 よく見ると、やけに幅広の柄部分にはいくつもの魔法陣が刻まれていた。


「フラメグランデ!」


 ボゴッとその剣の周りの土が隆起する。

 次の瞬間、その岩は赤熱しドロドロとした溶岩に変わった。

 そしてその溶岩は、剣を這い上がるように刀身を覆った。


「死ねェッ!!」


 ドサッ。


 ルシフェルもとい99パーセントの確率でヘカテーの身体が崩れ落ちた。

 その突然の光景にエルフリードの動きがピタリと止まる。


「なんか既視感を覚える……」


 冷静さを欠いた目の前で態度を一変させる、明らかにどこかおかしい雰囲気を作り出し、相手に無駄な警戒をさせ、そのために直前までにストーリーを捏造する。


「おやおや、このエルフリードとかいう人には親近感を覚える」


「あ……あ……」


 か弱げな声で何事か呟くヘカテー。

 もうわかるだろう。

 ヘカテー=ユ・レヴァンス、現在『誰も知らない没落貴族の娘』モード。


「あ、私は、どうして……?」


 無垢なその表情は見る者を確実に(あざむ)く。

 明言するのは久しぶりだ。ヘカテーは性格が悪い。むしろひどい。

 面白いと思うものはとことん面白くして、面白くないものは面白いと思える方に持っていく。

 その計算高さは類を見ない。むしろ見たくない。関わりたくない。


「お前は誰だ?」


 ビクッ。


 凄んだエルフリードに対して、俊敏かつ正確に怯えた表情を作るヘカテー。


「あ……え、えっと、ヘ、ヘカテー=ユ・レヴァンス……」


「レヴァンス……?」


 (いぶか)しげな表情になるエルフリード。

 しかし、その両手は剣を握る力を緩めること無く、切っ先をヘカテーに向けたままだった。


「……申し訳ありません、メビウスリング様! お許しを!」


 エルフリードは、何かに怯える(演技をしているだけだが)ヘカテーの腕を掴んで無理やり立たせ、その首筋に煮えたぎる溶岩の剣を近づける。


「卑怯者め! その娘から出てきて、正々堂々と戦え!!」


「やだ」


 ボキッ。


 ヘカテーもといルシフェルは首筋に突きつけられた剣を叩き折った。

 溶岩の中に無造作に手を突っ込み、神経が熱を感じる前に叩きおり、手を抜く。

 言葉にしてすら普通なら不可能だ。


「ごめんね~? 誰かの形見だったぁ? 違うの? 良かったね♪」


 えげつない。


「貴様ァッ!」


 頭に血が上って、恐らく冷静な判断もできていないだろうエルフリードは懐刀(ナイフ)を抜いて、そのままヘカテーに斬りかかる。

 その時だった。


「落ち着け! エルフ!」


 誰かの声が俺やヘカテーの背後から聞こえた。


「保証はないが、そいつはお前の仇じゃない!」


「保証がないなら黙っていろリクルガ! 貴様から切り捨てるぞ!」


「いや、ちょっと待て!」


 どうでもいいけど、(かたき)の前で武器を味方に向かって投げるのはどこかおかしい。

 突然現れて叫んだのは、どこぞの船の上で鬼塚と仲良く海に消えた敵将、リクルガだった、と思う。

 あの時は、赤い騎士甲冑があったためわかりやすかったが、目の前のリクルガは銀色のナイトアーマーを着けていた。


「そいつは前に見たことがある! おそらく『ティーアの悪霊』だ!」


「ならば、私の過去を知っている理由が説明できん!」


「保証はないが、たぶん勘だ!」


「ロストッグランデエェェェ!」


 突如現れた地面の穴にリクルガの姿が吸い込まれていった。


「あ~あ、バレちゃった~。でも楽しかったでしょ? 楽しかったよね♪ 私が『ティーアの悪霊』……カマボコ!」


 入れ替わり立ち替わり。


「久しぶりだなエヴァ」


「逃げるぜ、ヴァ!」


 その略し方をしたのはお前が初めてだよ。

 何だよ、ヴァって。お前と被ってんじゃねーか。エヴァに対してヴァってどうよ。


「うりゃっ!」


 エルフリードの目には地面を蹴る少女の姿は映らなかっただろう。

 爆発のような音と共に突如舞う土煙。

 エルフリードは暴風に吹き飛ばされ、地面を転がった。

 しかし、すぐに起き上がり土煙を凝視する。

 そして、そこに落ちていたリクルガの宝剣を拾い上げると、土煙の中に猛突した。


「っ!」


 突然足の下の地面が低くなったため、エルフリードはバランスを崩して前につんのめった。

 そして、顔をあげたエルフリードはいまだに立ちこめる土煙の中で息を呑んだ。


「何だ……これは!?」


 穴。

 くぼみ。

 呼び方はどうでもいい。

 大砲を何十発と撃ち込んだような直径6メートルほどの大きな穴。円状に広がるその穴は整地したように滑らかだった。

 そこに2人の姿は無く、ただ何かの跡が残っていた。


「化け物か……」


 あの女が特に何かを使ったわけでもない。魔力の反応もなかった。

 地面の土を思いきり蹴りつけただけだ。その瞬間、暴風がそこにいた全てを吹き飛ばし、そこにありえない大きさの穴を作った。







「逃げれた!」


 なんて誇らしげなVサイン。

 エヴァは土煙の中、吹き飛ばされた俺の腹にラリアットをかましたあげく、そのまま勢いに任せて数百メートル先までノンストップで走り抜けたのだ。

 いや、死ぬよ?


「エヴァ……無自覚は人を殺すって格言知ってるか?」


「知ってるよ」


「予想外だ」


「とりあえずぶちかませって意味だろ? あれ? 違ったか?」


「ゴホッ、ゴホッ、ゲホッ……」


 口の中で血の味がする。

 大丈夫なのか? 俺の身体。


「ヘカテーです。アル君、大丈夫? 怪我はない?」


「お前の妹に身体中ズタズタに」


「元気そうね♪ 早くルーナちゃんたちと合流しましょ」


 人の生死に関わる話をあっさり流すな。生死に関わるかもしれない話だぞ。


「死んだら殺すわ」


 死体に鞭打つ気か。


「愛の鞭」


「お前が言うとしゃれにならんっ」


「アル君、早くっ!」


「また流された!?」


 ヘカテーはさらに向こうの山の山頂付近を指差した。


「ルーナちゃんたち、たぶんあの辺にいるから。急ごう? もしかしたら待ってるかも。ね?」


「はいはい……」


 逆らうと命に関わる。

 俺は深くため息をついた。

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