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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第四章『ヴァニパル戦線』
32/98

(3)哀愁‐Der Junge redet mit einem Ritter‐

前書き

すいません書くネタがないです。

 憔悴(しょうすい)

 ヴェスティアの部屋で説教を受けること3時間。その戦果はシャルルは今何処にいるかわからない、ということだけだった。

 夕日は沈み、いまだわずかに残る夕焼けの赤色が闇に塗りつぶされてゆく。俺は屋根の上に寝ころがって町の様子をぼんやりと眺めながら黄昏ていた。


「はぁ……」


 漏れるため息。

 よく考えれば、マルタを出てから落ち着ける夜はこれが初めてだ。

 ヘカテーにからかわれ、アルハングに追い回され――またかよ――、ブラズヘルの駐屯地に出くわして、夜通し歩き、国境を越えるために無茶したり。

 この数日間はいろいろなことがあった。


「アルヴァレイ」


 下から声がした。

 起き上がって、身を乗り出すと、そこには買い物の紙袋を抱えたリィラがいた。

 一瞬誰かわからなかったのは、いつもの鎧姿ではなく、簡素なシャツにレザーパンツという珍しい姿だったからだろう。

 いつもは後ろで一本に束ねている髪も下ろしていたのも相まって別人のように見えた。


「すぐ行くから、待っていろ」


 そう言って、リィラは屋根の下へと消える。

 祖母が何事か言っているのが聞こえたが何を言っているかまでは聞き取れなかった。

 屋根に上るな、でなければいいが。俺は再び寝ころがった。


「お帰り、アルヴァレイ」


「うわっ!」


 心臓に悪い。

 隣にリィラが座っていた。それらしき音が全く聞こえなかった。気づいたらリィラがそこにいた。


「人の顔を見て、何だそれは。次言ったらここから突き落とすぞ」


 何も言ってないのに、落下まで残り指3本。

 久々だけど、この人は自分の言葉を守ろうとしない。


「そこで何をやってる? 懸垂けんすいか?」


 指3本で懸垂をできるほどには鍛えてない。

 というかできる奴いるのかと頭の中に筋肉がよぎった瞬間視界に入ったのは、指1本で倒立している鬼塚の姿だった。

 突然だがため息には全身の筋肉の緊張をほぐす効果があるのを知っているだろうか。

 緊張がほぐれるということはすなわち脱力を意味し――


「いっ……()っ」


 受け身もとれず、腰を強く打ち付けた。

 直後、屋根の上から聞こえてくるリィラの笑い声。

 人の不幸をそこまで笑わなくてもいいと思う。友達少ないだろうな。


「はぁ」


「アルヴァレイ。何してる。早く上ってこい」


 自分で落としておいて罪悪感はないんだろうか、ないんだろうな。

 積まれた箱に足をかけ、壁の窪みを蹴って上に上がる。

 その瞬間、さっき打った腰に激痛が走ったが何とか2度目の落下は食い止めた。

 次は間違いなく腰が砕ける。


「ドジな奴だな」


 さも優しげに言うリィラ。一度、突き落としてやろうか。


「遅れましたが……ただいま」


 何となく照れくさい。リィラは微笑んだ。その時だけは、優しい表情だった。


「ああ。お帰り」


 リィラは静かに町を見下ろした。俺も雰囲気に逆らうことなく、寝ころがって町を眺める。

 夕方だというのにいまだ賑やかな広場。商人たちが店じまいを始めた市場。中央に立つ時計台。

 数年前に出た時と、全く同じ変わらない光景だった。まるで時間が経っていないような錯覚さえする。


「いいところだな、ここは」


 リィラはつぶやいた。


「こういうのを見ていると、心が休まるというか。いつも戦場で感じていたようなはりつめた緊張感を少しずつだが解きほぐせる」


「リィラさん、熱でもありますか?」


「どういう意味だ?」


「珍しく高度な話題を饒舌(じょうぜつ)に話してたものですいませんでした」


 相変わらず、仲間に剣を向けることを躊躇ためらわない人だ。

 というか、さっきまで剣なんか持ってなかっただろう。


「ふん、相変わらず失礼な奴だ。まあいい。アルヴァレイ、お前はどう思う?」


 唐突な上に答えようにも答えられない。


「何がですか?」


「その、何だ……こう簡単に言ってしまえば私の復讐のことだ」


 話がかなり唐突だ。


黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女シャルロット=D=グラーフアイゼンのことだ。私の仇であり、お前の友だ。私はあの魔女を殺したいと思っている。そうすれば、仇をとれるからな」


「……はい」


「ただ私は……迷っている。いや、迷うと言うよりは悩んでいる。父のことを、仲間のことを思えば立ち止まることなどあり得ないはずだが。私にかたきをとる資格があるのか、とな。アルヴァレイ、お前はあの晩見ていたはずだ。私があの時何をしたのかを」


「……あの夜」


「そうだ、私は逃げた」


――逃げたんだよ――


 リィラの声は不思議なほどに透き通って聞こえた。


「思い上がるつもりはないが、あの時私が逃げなかったら。父や仲間と共に戦っていれば。皆は死ななくても済んだかもしれない。皆でなら切り抜けられたかもしれない。命だけは助かったかもしれない。父や仲間の死はあの時逃げた私への罰なのかもしれない。なれば仇を討つなど筋違いだとは思わないか?」


 大切な人を失っても、冷静な考え方ができてしまうというのはどんな気分なんだろう。

 リィラの考え方は今まで会った誰よりも高尚で、冷静で、自分に対して辛辣だ。


「騎士らしからぬ振る舞いで、仲間を見捨て、無様に私だけ生き残ろうとした。そんな私を父は、仲間はどんな目で見たのだろう。死ぬ直前に、皆は私をどう思っただろう。私は裏切り者だ。皆の期待と信用を裏切った。私は皆が死んで今さら仲間面して、復讐なんて考えて。私はどうすればいい」


 リィラの瞳がまっすぐに俺の目を見つめてくる。


「リィラさん……」


「ふ、ふふふ、ははははは。すまんな。お前に聞いても仕方がない。私の仇はお前の友だ。お前は殺さないでくれ、というだろうな。いや、復讐なんてやめろ、か……」


 くく、とリィラは笑いをこらえるように唇を噛んだ。

 それは直後から嗚咽へと変わっていった。何がきっかけかはわからないが、唐突に思い出してしまったのだろう。いや、深く考えてしまったのだろう。

 俺は静かに腰を上げると、屋根から飛び降りた。

 着地したと思った瞬間、腰がゴキリと派手な音をたてて激痛が走るが、気にしない。


「父上、グレイ、皆……すまない、すまない……」


 リィラの呟きが屋根の上から聞こえてくる。

 這うように屋根の下に入る。祖母に、地べたを這いずり回って何やってんだい、と地味にひどいことを言われたがそんなどうでもいいことより、リィラの方が気になった。

 どうやら家の中までは聞こえていないようだ。今はとりあえずそっとしておくのがよさそうだった。

 ちなみに腰の痛みは気にしないようにしても気にならざるを得なかった。







「そんなに長い間離れてた訳じゃないのに、何だか懐かしいな……」


 シャルルは黒き森(シュヴァルツヴァルト)の小高い丘にいた。

 あの日が嘘だったかのように、静かな森。

 だけどやっぱり、そこには長年過ごした小屋の残骸すら残っていなかった。

 ずっと大好きだった森。

 ルーナがいて、皆がいて、あの人も来てくれてた。

 でも、もう前のようにはならない。

 シャルルはここで色々な大切なものを失ってしまった。

 家族を、家を、そして何より。あの人を。


「アルヴァレイさん……」


 口に出すと胸が苦しくなる。

 無性に会いたくなってしまう。

 まだテオドールにいるのかな。

 忘れてくださいと言ったものの、忘れられていたらつらい。

 でも、仕方ない。

 私は魔女で、化け物だから。


「ダメです。私はあの時を、あの時間を取り戻す、ううん、やり直すためにこれを借りてきたんだから」


 手に持つ杖はずっしりと重みがある。

 奪ったとは言わなかった。

 借りたということで罪の意識から逃れようとしているだけだけれど、私はあの時間のためなら何だってしたい。


「もうすぐ日が暮れる」


 また、あの子が出てきてしまう。

 あの子は、何かを破壊することしか、誰かを殺害することしかできない悲しい存在。

 あの子も、シャルル自身も、そんなことは望んでいない。望むはずがない。

 大切なものを守れるのが望まれる力なら、大切なものを自ら壊す力など望まれない力、この世界に行き場はない。


「待っててね、ノウェア。私が、助けてあげますから」


 シャルルは一人呟いて、杖を握る手にぎゅっと力を込めた。次の瞬間、シャルルが闇に包まれた。


「セカイナンテドウデモイイ。コノセカイナンカイラナイ!! ゼンブコワシテ、ゼンブコロシテ! マモルモノナンテイラナイ。ホカノモノナンテイラナイ! ゼンブコワシテシマエバ、コンナ!」


 コンナニクルシマナクテモスムノニ……。

 ノウェアは獣のように咆哮した。

 悲しい。

 苦しい。

 壊したい。

 殺したい。

 壊したくない。

 殺したくない。


「自身を殺せばいいんじゃないですかぁ~。黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女、シャルロット=D=グラーフアイゼン」


「あはははははははっ、ひっひっーあーっおかしい。遅れて登場みたいな? ぷっ、あははははっ」


 突如、耳に入る嘲るような声と笑い声。

 自身を殺す。

 つまり死ぬ。

 嫌だ、死にたくない。


「浅ましいですねぇ~、貴女この時間までに殺した人数知ってますか~、五百六十八万人以上ですよ~」


「あははははっ」


 振り返る。


「断罪兵器『戦々狂々(ドッペルシュナイデ)』のチェリーちゃんですよ~」


 少なくとも右足と左腕が生物のものでない異形の少女とその隣で腹を抱えて、その異形の少女を指さして笑う少女がそこに立っていた。


「ぷっ、あはっあはっ、チェリーちゃん、まじあり得ねぇ。あはっはーっはーっ……やば、呼吸が」


「うるさいわ!」


 一閃。

 二閃。三閃。四閃。五閃。六閃。七閃。

 異形の少女チェリーの持つ大鎌が抱腹していた少女の身体を瞬く間に細切れにした。


「いやいや、いきなり身体バラバラとかまじ正気ですか?」


「お前なんでついてきてんのよ。うざいったらないわ」


「バラバラにしてやりましょうか?」


 肉塊と話す異形の少女。

 その異常に異形たるシャルル、いやノウェアが思わず後ずさっていた。

 瞬きの一瞬、肉塊は消え、先程の少女が再び姿を現した。


「っつーか、何でわざわざ海越えてまでこんな危ないルーラーと接触してるんですか? 上からは何も言われてませんが。始末書の種類をコンプリートしたい気持ちは全くわかりませんが、やめてくださいね」


「私に意味不明の嗜好をつけるな。暇潰しに遊んでやろうと思っただけです~」


「調子ぶっこいて遊ばれてくれませんか。このボロ雑巾」


「アプリコット~いい加減にしないとキレてもよいとみなしますが~?」


「キレるもなにももうキレてるじゃないですか。一応痛いんですから、照れ隠しに人斬るのいい加減やめましょうよ」


「私がいつ照れたか。もういいからアンタはそこで大人しく見てなさいよ~。黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女。私にかかってきなさい~」


 ノウェアは言われなくとも動いていた。

 殺したい、その気持ちに逆らうことはなく、闇に身も心も任せていた。


 グジャァッ。


 異形の少女、ではなくアプリコットの首が飛んだ。もぎ取った首を地面に投げ捨て、そのまま背中から心臓をもぎ取る。

 チェリーを狙わなかったのは何ということもない。

 ただ単にアプリコットの方がチェリーよりも2,38ミリメートル近かったというだけだった。

 首から噴き出す鮮血。それは間違いなく、むごたらしい殺人を意味している。

 ただし普通なら。


「容赦ねーなぁ。いてえっつっただろ~? ったく何でこっちなんだよ……もしかしてえっと? 2,37……いや38のせいかな? それともボクの心拍数がチェリーさんより1回多かったから? チェリーさんよりアドレナリンの量が1,21マイクログラム多かったからボクから攻撃すると思ったのか? それともあれか! 脳波を一瞬わざと乱したのに気づいたか? それだったら嬉しいなぁ」


 ちぎりとった首がしゃべってる訳じゃない。

 すでにその首は元の場所に収まっていた。再生なんてものじゃない。いつのまにか戻っていた。


「あーあぁ、ボクの心臓こんなんにしてくれちゃって」


 アプリコットは足元に落ちた潰れて裂けた心臓をひょいっと拾い上げる。そして、血に濡れたそれを顔に近づけて、くっついた土や草を乱暴に手で払って。


 ゴクン。


 呑み込んだ。

 普通の人なら吐いてしまいそうな光景。こんなものを見慣れている奴なんていない。

 ノウェアは1歩下がって身構える。


「ん? ああ、アンタはボクについては警戒する必要ないよ。ボクは手を出さないから。こっちにしか」


 そういって鈴音を指さす。


「アプリコット~? 貴女はどっちの味方なの?」


「ん? こっち」


 そういってノウェアを指さす。


 ガァン。


 ノウェアの目がかろうじて捉えた何かの金属塊は、チェリーの左腕の先の穴から高速で飛び出し、アプリコットの頭を貫通した。

 噴き出す鮮血。

 飛び散る脳漿(のうしょう)

 次の瞬間には、何事もなかったかのようにアプリコットは笑っていた。


「ボクのは最新式だからね。そう簡単には壊れないよ」


 気のせいかもしれないが、ノウェアとチェリーよりも、チェリーとアプリコットの方が戦っているように見えた。


「ヤツザキ……」


 ガァン。


 ノウェアの右胸を、さっきと同じ形の金属塊が貫通した。


「ア?」


 ノウェアは右胸をチラリとだけ見た。


「ヤツザキ……『ナナチギリ』!」


 瞬く間に、チェリーの身体を大小八つに分解した。ヒュウッと傍観していたアプリコットが口笛を吹く。


「なんか、データベースと違うようだねぇ。身体だけは人間と大差ないってあったのに。何で死なないのか興味はあるね。なにやったの?」


「サツガイ……『テンメイ』!」


 ノウェアの身体を離れた小さな闇が、アプリコットの右胸をすり抜けた。


「お。心臓止まった……。すげぇな。それって『闇の眷族』か? 弾が通り抜けたとき、一瞬だけ闇と同化したのか……。情報処理課の奴ら帰ったらバラバラだな。嘘教えやがって。ってあれ? 自己修復が効かない……。あぁなるほど、寿命をずらしたのか! どんなものも寿命で滅びたら戻らないからな」


 アプリコットは倒れ込んだ。


「とどめささないでくれたらいいこと教え」


 グシャッ。


 アプリコットの身体が地面に陥没する。

 それ以降はただただ沈黙だけだった。


「ヤツザキ……」


 ノウェアは闇に紛れて消えた。


「あー。一度帰るか?」


 アプリコットは、沈黙するチェリーの隣で呟いて息を殺した。

ノウェア……英語のno whereです。

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