(2)本家‐Die Sache, die der Junge nicht mag‐
どうも徒立花詩人です。
同じく二話です。
私の小説、読んでくれる人がいるのかな?楽しんでもらえるかな?といつも頭がめぐりますが、ずいぶんインパクトが強かったためか、油断すると頭の中に筋肉神が映像化されてしまい、ちょこっと妙な気分になってしまうのです。
残念ながら。
リィラさんや鬼塚(もとい筋肉)など面白いキャラも多いから読んで読んで♪と自負(もとい自画自賛)してしまいますが、これからもよろしくお願いします。
霧の森。
ミッテ連邦共和国、ミリア皇国、ウェレヘパス共和国の国境をまたいで南北に広がる森だ。
この森もナトゥーア自然保護区同様、立入禁止区域に指定されている。
ラクスレルの森とは違って危険なだけが理由ではない。
確かに霧の森はその名の通り霧が深く、一度迷うと何日も迷うことになる。
しかし、今までにこの森から帰ってこなかった者はいない。
ここが神聖なものとされている理由がそこにある。
何故だか昔から、霧の森では、確率や可能性すら意思持つ者の願いに応えるようにねじ曲がる現象が多々見られる。
つまり、いわゆる奇跡が他の場所に比べて異常なほどに起こりやすい。
その奇跡の量産を管理するため、立ち入り禁止となっている、という訳だ。
そして、今、その森にひとつの人影があった。
「……はぁっ……はぁっ」
息を荒くして、深い霧の中で走る少女。
ローブマントを羽織り、頭からフードをかぶったその少女の姿は一介の探検家や研究者に見えなくもないが、少女のその外見の幼さがとてつもない違和感を形成している。さらにその両手に抱えられた、少女の身長ほどもある巨大な杖。
銀白色の光沢を放つ柄の部分、先端は大きく歪曲して尖り、中心にある光輝く白い球状の何かを守るように変形している。
鋭く複雑な形はまるで竜を模したようだが、先端以外に華美な装飾は控えめ、それなりの気品を感じさせる。明らかにただの儀礼用の杖でないことは確かだ。
その少女は目の前すらろくに見えないと言うのに、不規則に並ぶ木々にぶつかることなく、木々の間を縫うように進んでゆく。
チリーン。
その時、森の中に響いた音は鈴の音に似ていた。
その音にビクッと身体を震わせる少女。
そのフードがバッと大きく揺れる。その様子はさながら、小動物のようだ。
「はっ……はっ」
少女がくるくると指を回す。その指にはまる指輪が光り、懐がぽぅと明るくなる。
その瞬間、少女が加速する。
指輪と魔法陣の書かれた紙を共鳴させ、一時的に俊足を得る魔法だ。
リーン。
リーン。
すでに限界まで速度を出しているというのに、どんどん近づいてくる鈴の音。
「小娘」
前方からした厳かな女性の声に反応し、少女は急停止した。
「小娘。妾の杖を返せ。如何に旧き理だとて容易に扱えるものではない。これでも貴様の身を案じておるのだ。悪いことは言わぬ。その杖は諦めよ」
木の陰から現れる黒衣の女。
その姿は外見こそかろうじて人に見えなくもないが、異形を感じずにはいられなかった。
「嫌です! 私にはどうしてもこの杖が必要なんです。黄泉烏さま! 私にこれをお貸しください!」
「ならぬ! その杖は使い方を間違えれば道を踏み外すことになる。妾がそれを見過ごせるわけがなかろうて」
「それなら……仕方ありません。ごめんなさい。黄泉烏さま」
少女の足下が紫色に淡く光る。
「待て、小娘!」
黄泉烏が腕を、いや、腕があるはずのところに突如現れた黒い翼を大きく振る。
その瞬間、吹き荒れる凶暴な突風が、少女の身体に襲いかかった。
カッ!
少女が手に持つ杖の先端の珠が光ったかと思うと、暴風がかき消える。
ローブマントが余波でバタバタと翻り、吹き飛んだ。その下からふさふさとした尻尾が現れる。
そして、少女は叫んだ。
「忘れないでください、黄泉烏さま! 貴女から宝具を奪った者の名は、シャルル! シャルロット=D=グラーフアイゼンです。必ず、必ずお返しに参ります。どうか今しばらくお待ちください!」
少女の身体が光に呑み込まれ、消えた。
「阿呆な小娘が。忠告を聞かなかったこと、後悔するようなことにならねばよいが。妾には願うことしかできぬというに……」
黄泉烏は本当に心配そうな顔をして、木の上に跳躍した。
吹き荒れる突風。
そこに現れたのは流れ星を黒く塗りつぶしたような塊。
全体が刺々しい輪郭、たった1人でこの世の全てと戦っているようなその暗闇は、森の木々をさざめかせながら深い霧の中に消えた。
クリスティアース本家――。
「石平、帰ってきてるんだろう? 何してんだい、早く来なーっ」
広い屋敷の廊下にしわがれた声が高らかに響く。
その声に反応し、どこかの部屋から滑り出してきた男は、その声のしたと思われる部屋に飛び込んでいった。
「おうよ、婆さん! 今度は何だ?」
「また忘れたのかい? 何回言わせる気だい。これらをギルドに運んでおくれ」
しっかりパシられていた。
「任せろ! 俺の筋肉に不可」
「いいからさっさと行きな」
宙を舞い、床と平行に飛ばされて壁に叩きつけられた男は起き上がると、『むうっ!』と叫んだ。
そして、続いて飛んできた何やら大きな木の箱を右手で受け止めると、それを肩にかつぎ廊下を走っていった。
「やれやれ、後58回って所かねぇ」
部屋から出てきたしわがれ声の老婆は、部屋の中に目を遣って溜め息をついた。
部屋の中に所せましと積まれた大きな木の箱。
それらは時折ガタンと動き、老婆の一喝で再び動かなくなる。
その箱の個数はこの一週間にクリスティアース本家に不穏な目的で入った人数と同じだった。
いつもならギルドの人間に金を払って運んで貰うのだが、客人の1人、体格のいい筋骨隆々の男がいたので任せてみたのだ。すると、しばらくは人を雇わなくても済みそうだったので色々と雑用を任せてある。
「あの男、なかなか使えるじゃないか」
顔を綻ばせた老婆の名はヴェスティア=クリスティアース。
アルヴァレイ=クリスティアースの父の母、つまりアルヴァレイの祖母だった。現在、少なくともフラムでは最高の医術と薬術を持つ医者であり、クリスティアースの現当主だ。
「おばあちゃん」
ヴェスティアはその声に振り向いた。
「ん? ああ、ヴィルアリア。何だい?」
ヴィルアリア=クリスティアース。
紙縒と康平にアルヴァレイらの救出を頼んだ張本人であり、アルヴァレイの妹だ。
現在クリスティアース医薬学院の首席であり、現状クリスティアース次期当主にもっともふさわしい人物である。
「ルーナちゃん知らない?」
「ルーナ? いや、見てないねえ」
「じゃあ、リィラさんは?」
「リィラなら今はギルドじゃないかね。暇つぶ……おっと、旅費を稼いでくると行っていたよ」
ふーん、と子供のようにうなずいたヴィルアリアは再びルーナの名前を呼びながら、廊下の角を曲がっていった。
「ふぅ。よいしょ……」
ヴェスティアは手近にあった大きな木の箱を持ち上げると、玄関に向かって歩き始める。まったくもって大したご老体だ。
「ん? おやおや、こりゃまた最近見なかった顔だねぇ」
玄関でちょうど扉を開けたまま立っていた少年は、苦笑いのようにピクピクと口元を引きつらせていた。
「クリスティアースにおかえり、アルヴァレイ。元気だったかい?」
少年のため息は妙に静かに響いた。
客室。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
違和感を感じさせない程度の笑顔でそう言ったものの私は戸惑っていた。
声色が少し硬くなったのはそのせいだ。
お兄ちゃんが家に帰ってきた時、私は祖母以外の誰よりも早く玄関に到着した。
数年ぶりにお兄ちゃんが帰ってきた、と喜んだのもつかの間、お兄ちゃんの様子を見て私は呆然とした。
誰なんだろ、この女。
白くて綺麗な銀髪に、線が細く整った顔だち、透き通るようなキメこまやかな肌、優しげな表情で緩やかに微笑むその少女は、同性の私ですら見とれてしまうほどの繊細な美しさを持っていた。
「お隣はどなた?」
気になったことを素直に口に出してみる。
その言葉に何事か言おうと口を開いたお兄ちゃんが突然固まった。口元をひきつらせたまま、隣に並んで座る人の顔を何かを含んだような表情で見つめた。
その瞬間、隣に座っていた人がにこりと微笑んだ。
「可愛いわね♪ こんなとても可愛いらしい娘が義妹になるなんて♪」
理解に時間がかかった。
「理解に時間がかかるようなこと言うな! っていうか親類全員に言うつもりじゃないだろうな!」
「お幸せにね」
口をついて出たのはそんな言葉。声は震えていない。
ちょっと冷たくなっちゃったかもしれない。
でも、何で突然そんな大事なことを。私には教えてくれてもよかったのに。
そういえば、ここ1年ぐらいお兄ちゃんから手紙もらってなかった。
お兄ちゃんの、『お幸せにね!?』の声を背中で聞き流して私は部屋を出た。
自分勝手で悪いとは思っているが私は怒っていた。
廊下をブツブツと呟きながら歩き回る私は端から見ればかなり危ない人だっただろう、と後から思い出して少しばかり反省を余儀なくされるのだが、そんなことは歯牙にもかけないくらい怒っていたのだ。
「わかんない……」
お兄ちゃんがわかんない。
変わった様子はなかった。隣にいたあの人も幸せそうな顔をしてた。
だからたぶん今でも人を知らない間に幸せな気分にすることも変わっていないんだろう。
「お兄ちゃん……天然だからなぁ」
本人が気づいていない事実でも、妹である私にはわかっている。
むしろ気づいていないことがあらゆる場面で厄介なのだが。
「……」
どんどんと派手な足音を響かせて、自室に逃げ込む。本当はその音で見に来てくれることを望んでいたかもしれない。でもその期待に反して、部屋の戸が開くことはなかった。
「何だい? せっかくの広い部屋に並んで座って……結婚の報告かい?」
アリアが出ていってすぐ部屋に入ってきたヴェスティアの第一声はそれだった。
「っつーか、婆さんといい、アリアといい、母さんといい、父さんといい、どこから俺とヘカテーがくっつく話が出てくるんだよ。ヘカテーだってきっと迷惑してる……?」
隣を見ると、ヘカテーが緊張した面持ちで身体を強ばらせ、真正面に座ろうとするヴェスティアの一挙手一投足を凝視していた。そして、何処からか1冊の本を取り出してきた。
ってちょっと待て!
「えっと、初めまして、私はヘカテー=ユ・レヴァンスといいます」
ヘカテーさん?
その手に持っている新品にしか見えないのに、どっかで見たことのある本は何でございますか。
それとその台詞はシャルル同様にその本を見ながら言っているような気がするのですが、私めの勘違いでございましょうか。
こんなことを2度もやらせる気かよ。
「……ふつつか者ですがこれからもよろしくお願いします。お祖母さま」
頭を下げて、本を抱え、嬉しそうに微笑むヘカテー。
既視感。
いや、どころか普通に既視だった。
頭がくらくらする。
『シャルルちゃん、初々しい感じで可愛いじゃない。私おばあちゃんにやったらどうなるかいつか試したかったの』
『そんな好奇心で俺の周りを引っかき回すな!』
シャルルが天然なのはわかるけど、ヘカテーはわざとやっているから面倒だ。
「これはご丁寧にどうも、ヘカテーさん。アルヴァレイ、お前は後で部屋に来な」
「ちょっと待て! これはシャルル……じゃない、ヘカテーがふざけてるだけでっ」
「シャルル?」
ヴェスティアは呟く。
「別に俺とヘカテーは何でもないし、結婚もしない! ヘカテーもいい加減悪ふざけはやめて白状し……っ!」
ヘカテーはショックを受けたような表情で硬直していた。
その頬を伝う一筋の涙。
ヘカテーはプルプルと身体を震わせ、その涙にたった今気づいたという風に頬に手のひらを当てて目を丸くする。
涙で濡れた指先を見て、涙腺がゆるむ。
後から後から流れ出てくるそれを子供のような仕草で袖で拭う。
そして、俺の顔を涙目で見つめ、うつむいてギュッと膝の上の手を強く握り、唇を噛んで、黙り込んでしまった。
要するに。渾身の演技だった。
「アルヴァレイ……」
その様子を見ていたヴェスティアは、ため息をつくように言った。
「先に行ってるから、ヘカテーさんを落ち着かせたらすぐにおいで。すぐにだよ。お前には色々と教えないといけないようだからね。覚悟しな」
そう言うと、ヴェスティアは俺の言葉も聞かず、さっさと部屋を出ていった。
後に残された俺とヘカテー。ヘカテーはしばらくの間小さくしゃくりあげていたが、急に静かになったその空気に気づいたのか顔をあげた。
「可愛い?」
ほんとイラつくなコイツ。
「……」
「あれ、怒った? アル君?」
「……」
「いいこと教えてあげるから、機嫌直してよ~」
「……」
『アル君のおばあちゃん。シャルルちゃんのこと知ってるみたい』
「……は?」
何でそんな話になった。
『さっきアル君がシャルルの名前出した時、おばあちゃんの頭の中覗いてたんだけどね。シャルルちゃん、この本家にいたらしいね。頭の中にねシャルルちゃんの姿がイメージで浮かんでた』
シャルルが家に……?
「他に何か手がかりになるような物は見えなかったか?」
「ううん、何も。必死だね、アル君」
「友達だからな。それにルーナと約束した。必ず見つけるって」
『おばあちゃんの所行ってくるんでしょ? シャルルちゃんのこと聞きに』
俺がうなずくと、ヘカテーは満足そうな顔で微笑んだ。
「じゃあ私はアリアちゃんのトコとか行ってくるから。あ、そうだ。ルーナちゃんとかリィラとか筋肉とかってここにいるんでしょ? 顔見てこようっと」
ヘカテーはそう言って立ち上がると、すたすたと足早に部屋を出ていった。
ネーベルヴァルト……ドイツ語でそのまま、『霧の森』です。
ミッテ……ドイツ語の『中央』です。
ミリア……響きです。
ウェレヘパス……whereを無理やり読んで、へパスは響きだけで付け足しました。
ヴェスティア……響きでヴェスを英語のtear『涙』です。
ちなみに今さらですが、クリスティアースは英語の『キリスト』『涙』『地球』の三語をあわせたものです。