(1)故郷‐Der Junge kam zur Heimatstadt zuruck‐
どうも徒立花詩人です。
新章です。
何とか話が続いています。
いつ私も気づかないような失敗を指摘されるかと思うと怖いですが、これからも続けていきたいと思います。
応援よろしくお願いします。
リィラ、ルーナ、紙縒、康平、それにたぶん合流している鬼塚と別れてから6日後、俺とヘカテーはブラズヘルの国境警備基地を制圧してヴァニパルに入った。
マルタ城砦を出てからした話と言えばこのぐらいだ。
「あと、首都までどのくらいなのかな。アル君わかる?」
「首都っつーか実家のあるフラムって街だけどね。たぶん明日には着くと思う」
「クリスティアースの実家……って確かお医者さんなんだよね」
「自慢じゃないけど、僕には医薬と商売の才もないからね」
「あは、それホントに自慢じゃない」
こんな話だ。
結局、まだヘカテーの過去についての話はしてもらっていない。ヘカテーにも心の準備が必要だろうし、話してくれるまで待つつもりではいるのだけれど。
ヴァニパル南西部に位置する街フラム。
山が周りにあるため、林業と薬草で発展してきた街だ。
しかし、街と言うよりはむしろ町。居住区の規模の方は大したことはない。
そんな小国でもヴァニパルだけでなく近隣諸国、それどころか世界中でフラムのことを知らない者は数少ない。
200年弱前、商才に恵まれたクリスティアース家当主が莫大な資金を投じて作った学校、それがクリスティアース医薬学院だ。
世界で唯一、医薬に関する学校であり、入るだけで周りからの目が一新するほどの難関でもある。そんな学校だ。
アルヴァレイも最後の賭けとして一度は入学したものの、やはり才能がないと思い知り、自主退学ののちに両親のいるテオドールに来たのだ。わざわざテオドールに行く必要はなかったのだが。
「クリスティアースの名を持つアル君が入ったはいいけど才能がなくて退学~なんて外聞悪いどころか、クリスティアースの体面が保てないもんね」
「人の心を覗くな」
一応2番で入ってるんだ。ヘカテーに言われるほど馬鹿じゃない!
「妹に50点も負けたの?」
もういやだ。
「人の心を壊すな」
「いいじゃない。アル君の隣にいたいもの。もう私だけ除け者なんて嫌よ?」
「1週間だけティーアに帰ってくれないか? 慰安のために」
俺の。
ちなみに頬が死ぬほど痛い。何も本気でやることないと思う。周りの人も音にビックリして立ち止まっちゃってるじゃん。
フラムに入ってから30分経った。
アルヴァレイたちはただ談笑しながら歩いてた訳じゃない。むしろ俺だけはそんなつもりは毛頭ない。
元々広くない町の中、ただでさえ大きいクリスティアースの敷地を見つけるのは容易い。紙縒の話から推測しても皆はクリスティアース家にいるのが妥当なところだろう。
だがしかし、俺は遠回りをしていた。理由もなく徘徊しているわけではない。ただ避けているだけだ。
「おばあちゃんを」
この子嫌い。
「だから学校帰りの妹さん襲撃して一緒に来て貰おうとしてるんでしょ?」
「襲撃じゃないよ」
「土下座はさすがにやりすぎ……?」
「人の心中捏造して、物理的に距離を遠ざけようとするな!」
頭下げるだけだ!
ちくしょう……ヘカテーなんか大嫌いだ。
俺は目の前にそびえる建物を見上げた。白い壁面に緑色の屋根。
白い羽根と植物の芽を模したシンボルマーク。
そのシンボルはクリスティアースを示し、すなわちその建物は学校だった。
「本当はここにももう来たくなかったけどね。あの方よりはましだよ」
あの方=……。
「おばあちゃん♪」
せっかく伏せたのに、台無しだよ。
「お前がどんどん嫌いになるよ……」
その時だ。
「アル?」
突然名前を呼ばれた。
ヘカテーじゃない、聞き覚えのある声。
「アルヴァレイじゃねえか!? 久しぶりだな、オイ」
「……エリアル=ライダー?」
「惜しいな、レイダーだ。っつーかわざとだろ、お前。唯一無二の親友に対して随分じゃねえか、オイ」
「俺はガキの頃から本名を教えない親友なんて知らん」
それに俺にも親友ぐらい5,6人いる。たぶん……。
「いや、あれは恥ずかしいんだよ。というか頼むから、今さら本名聞き出そうとすんなよ、オイ」
『電光石火』。
エリアルは子供の時からそう名乗っていた。
もちろん、子供の時はずっとそれが本名だと思っていた。
偽名を使うガキがいるなんて微塵も考えなかったからだ。
偽名なんて存在すら知らなかったしな。
『アル君、アル君』
頭の中に響くヘカテーの声。
その声の抑揚は、悪戯を考えている子供のそれだった。
どうやら面白い方に話を持っていこうとしているようだ。
『厄介なことになるからやめろ……』
『本名ミアハートだよ♪』
『は……?』
『ミアハート=リベル』
『……そういうことか』
まさか心中で会話が成立しているとは夢にも思わないエリアルは不気味に視線を交わしあう2人を訝しげに眺めている。
『どういうことなの?』
『ミアハートって言ったら女の子に多く使われる名前だからね。なんでそうなったのかに特に興味はないけど、エリアルのためには黙っていた方が良さそ……』
「ミアちゃん」
忠告したそばから本人の前で明言した。
もちろん、エリアルは呆気にとられたようにその言葉の意味を斟酌し理解して。
凍りついた。
「どうしたの、ミアちゃん。私だよ? ヘカテーだよ?」
「えっ、えっ……あ?」
「……憶えてないの?」
涙目になるヘカテー。
「あ……いやっ。憶えてる、憶えてる! 久しぶりじゃん、ヘカテーちゃんも!」
『チョロいわ♪』
『ひどいな……』
ミアハートか……めんどくさいし、今まで通りエリアルでいいか。
エリアルは今さらだがヘカテーに見とれている様子だった。ヘカテーは性格さえ知らなければ、本当に可愛い女の子だ。これで猫を被ることなく、普通に素直だったら俺も好きになっていたかもしれない。
なんかヘカテーの顔が赤い気がする。
そういえばずっと日向に立っていた。
陽射しも弱くはないから具合が悪いのかもしれない。
なんとなく足取りがおぼつかないように見えなくもない。
断言はできないが危なっかしい感じだ。
「とりあえず木陰に入ろう。少し暑いからね。俺はともかくヘカテーが心配だし」
そう言って俺が学校の前庭を指さすと、ヘカテーはうつむいて、うん、と小声で呟きについてくる。ヘカテーが木にもたれるように腰を下ろすと、エリアルは呼びもしないのについてきて、その隣に陣取る。
ヘカテーはそんなエリアルにニコリと笑いかけつつ、エリアルに気づかれないようさりげなく少し間を空ける。
『私に気があるみたいね』
頭の中に響く呟き。ヘカテーはエリアルと俺を見比べるように見て、なぜか勝ち誇ったような顔をしていた。
『少しは自分の容姿を考えろよ、道に立ってるだけで10人中5人が振り向くぞ』
『残り半分は立ち止まって私という神の与えた芸術品を愛でてしまうの?』
バレてた。いや、そこまで形容するつもりは無かったけどさ。
『まあ、そうかな……』
曖昧に誤魔化そうとした結果、曖昧に肯定してしまった。
『アル君はどう思う?』
『……何が?』
『あ、え? わ、私可愛い?』
『可愛いんじゃない?』
素直にそう言った。
間違いなくそう思っているからだ。
『あ、あとで覚えときなさい……』
わからない。
なぜ……?
「そういや、なんでフラムに来たんだ? やっぱブラズヘルとの戦争がらみか? 婆さんに呼び戻されたか?」
エリアルはそう切り出した。
「別件だ。詮索はするなよ。俺たち親友だもんな。言わなくてもわかるよな」
これまた棒読みでわざとらしく言ってやったのだが、エリアルはその言葉にニカッと笑って、腕組みをした。
「おう、詮索はしないぜ! 俺たち親友だからな!」
うんうんと満足げに笑うエリアル。
会話の対応レベルを鬼塚と同レベルまで下げたのだが、会話が普通に成立してしまった。
「そんで今はアリアを待ってる」
「なるほどな」
「どこにお前が納得する場面があったのか教えてくれないか」
「まだ婆さんが怖いのか」
「入試合格最下位のクズ野郎にしてはいい洞察力じゃねえか、コノヤロウ」
「喧嘩売ってんのか、オイ」
ニコニコと不気味に笑うエリアルに、ニコニコと不気味に笑いかけてやる俺。
はたから見て嫌になるくらい不気味な冷戦はヘカテーの一言で収束もとい崩壊した。
「2人とも、せっかく涼しい木陰で暑苦しく喧嘩しないで」
そう言ったヘカテーはからかいを含むようには見えず、姿勢を崩して本気で暑がっているように見えた。
「アル君。妹さんはまだ来ないの?」
ヘカテーは気だるそうに俺をちらりと一瞥して言った。
「そうだった。エリアル、中でアリア見なかったか?」
「そうだった。アルヴァレイ、アリアちゃんなら今日は来てないぜ」
とりあえず1発殴ってみた。
1発と言わず2,3発。もちろん容赦などしない。
手加減は相手への侮辱と同義だからね。俺は誰かを侮辱するなんて考えたくもない。
「テメェ! 何すんだ、オイ!」
顔を赤く腫らしたエリアルが身体を起こす。
その傷は痛々しくも、エリアルの勲章となりうる傷に……。
「なるか!」
珍しく心を読まれた。
「いやいや、これ以上殴ってもバカにはならないかと思うと、つい」
バカの最上級はこれで2人目だ。
「なんで来てないって言わねえんだよ! 無駄な時間過ごしちまったじゃねえか」
「忘れてたんだよ! っつーか言う機会がなかったんだよ!」
「おい、ミアハート=リベルちゃん。何で来てないのか理由を知らないか?」
「だからそっちで呼ぶなよ! っつか何でお前が知ってんだよ!」
「いいから質問に答えろよ、ミアハートちゃん。本名ばらまかれたくないだろ?」
「っく……親友を脅迫するか!? 普通!」
むしろ脅迫してるのにまだ親友だと思ってるお前にビックリだよ。
「今、クリスティアースに客がきてんだよ。えっと、可愛い女の子と強そうな美人の姉さんと、筋肉が」
ルーナとリィラと鬼塚だろう。しかし、初対面どころか一度見かけた程度だろうエリアルに筋肉と形容させる鬼塚もさすがだ。
「それにけっこう前に来た女の子1人だな。今はどっかに出てるらしいけど……って聞いてるかー? おーい……」
エリアルは最後の言葉を華麗にスルーされ、不機嫌そうに舌打ちした。
「仕方ない、行こうかヘカテー」
立ち上がりつつ、だるそうに目を細めるヘカテーに手を差し出した。しかしその手はいつまで経っても掴まれることはなく、アルヴァレイはため息をついて手を引っ込めた。
「……すぅ……すぅ」
とたん静かになると寝息が耳に聞こえてきた。
アルヴァレイは再びため息をついて、ヘカテーを木から預かって背負う。耳元で聞こえる寝息はとても穏やかで安らかで、寝顔はあどけない少女のそれだった。
校門を抜け、坂を降り始めても、案の定エリアルはついてきた。
「アルヴァレイ、お前なんて羨ましいイベント起こしてんだよ」
「突然何だ、意味がわからねぇよ」
「ヘカテーちゃんの胸が背中に当たってるだろうが!」
大声で叫ぶようなことじゃねえ上に、ほっとくと気持ちよく寝ているヘカテーを起こしてしまいかねないので、この辺でエリアルを排除しなくてはならない。
「エリアル、親友として1ついいことを教えてやるよ」
「んだよ。ヘカテーちゃんの胸が柔らかいってか?」
たまにというかいつでもぶち殺したくなるな、コイツ。
まあ、ヘカテーが起きてたらとっくに死んでると思うが。
「違う。いや、まあ確かに柔らかいことは柔らかいが」
「だろ? 男ならやっぱ触りたいと思うよな! そうだよな!」
やたらテンション高い。
同意を求める発言をしたにもかかわらず無言の俺を前にうんうんと納得したように何度もうなずく。
後ろに女の子背負ってる奴にこんな話をさせるなと言いたいが、もう口に出すのも億劫だ。
「はぁ……そっちじゃなくてさっき庭でお前を熱っぽい目で見てた女の子はほっといていいのかなっ……て」
『電光石火』。
まさに稲妻のごとき速さだった。気づいたらいなくなっていた。
「アホだな、アイツ」
実際のところ、熱い視線で見ていたのは妙に角ばった筋肉質の野郎だったわけだが、親友のよしみで黙っていてやることにする。
1人呟くと、違和感に気づいて再びため息をついた。
「起きてるのか? ヘカテー」
背中でヘカテーがもぞもぞと動く。
「おはよう……アル君」
「いつからだ?」
「2人が私の胸の話で盛り上がってた辺りから……ずっと」
勘違いするな。盛り上がってたのはエリアルだけだ。
何となくまだ寝ぼけてるような口調だから、歩かせるわけにもいかないだろう、と姿勢を直す。
その時、ヘカテーの柔らかな膨らみがアルヴァレイの背中に一瞬押しつけられた。
その弾力に、心臓の鼓動が1度だけ大きくなる。
あんな話をしていたからか、どうしても意識してしまうのだ。
「何で起きてるってわかったの?」
「人の身体ってのは意識がある時と無い時で身体に入ってる力が違うからな。意識が無い時の方が基本的には重く感じる」
「ふ~ん」
ヘカテーは眠そうな声で相槌を打つ。
自分で振った話題のはずだがすでに興味は無くなっているようだった。
「アル君……」
「ん?」
「アル君もやっぱり思うの? その、私の胸でも……触りたいって……」
2人揃ってなんでそう公言しにくいような話題を振ってくるんだろう。
というかなぜヘカテー限定?
「だって……ううん、ちょっと気になっただけ」
ヘカテーには心が読める。
どうせ嘘を言ったって、本心はバレてしまう。
何も答えなかったとしても、再び話を振られた時に答えが頭に一瞬でも出てこない保証はない。
「そりゃ、ね……」
だから正直に答えた。明言しないように気を付けながら。
「そうなんだ……」
ムニュ。
ヘカテーの胸がこれまで以上に強く、俺の背中に押しつけられた。
「ヘ、ヘカテー!?」
「……すぅ……すぅ……」
再び寝息をたて始めたヘカテーに再びため息をつく。
ヘカテーの右目はうっすらと開き、顔を真っ赤にして目の前のアルヴァレイの横顔を眺めていたが、本人はそれに気づくことはなかった。
フラム……ドイツ語の『女性』はFrauフラウなのですが、それをもじりました。
エリアル……英語の『航空機の』です。
レイダー……英語の『侵入者』です。
ミアハート……ミアは響きで、後ろは英語の『心』です。
リベル……英語の『自由主義』リベラルをもじりました。
ブラズヘル……英語の『炎』をもじり、『地獄』とあわせました。