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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第一章『黒き森』
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(2)朝‐Das Madchen kam plotzlich‐

続きです。

 翌朝目が覚めると、ベッドの隣にやけに可愛いけど見慣れない顔があった。


「おはようございます」


 いやいやよく考えろよ。おはようございますじゃねえ。心臓に悪いだろうが。

 そもそもここはウチがテオドールから借りている土地であり、両親の店だ。

 さらに正しく言うなら、今いるのは店舗スペースじゃない。店の2階に作られた、いわゆる居住区間だ。

 さらに正確に言うなら、家族で共用の居住区間の中でも、アルヴァレイだけの個人空間プライベート、要するに俺の部屋。

 昨日の夜もちゃんと窓には鍵を閉め、ドアノブに鈴がくくられているため、誰かが入ってくれば必然的に目が覚める。元々眠りは浅い方だしな。

 それなのに――今朝は鈴も鳴っていないし、見ると窓の鍵もかかったままなのに。


「なんでお前がここにいるんだよ……」


 半ば脱力気味にその少女――シャルルにジト目で訴えかけると、クイッ。

 不思議そうな顔で小首をかしげられた。俺が何を言いたいのかわからないといった感じで『なんで……お前が……ここに……いるんだ……よ?』と、なぜか指折り指折り俺の言葉を反芻している。ちくしょう、なんか可愛い。普通の男ならこれ以上何か言うと悪い気になるだろう。

 だけど残念だったな。俺は非常識は好まない性質たちなんだ。


「はいちゅうもーく。まず……どうやって入った?」


「あ、えっとえっと……空間転移魔法テュア・シュトラーセって知ってますよね」


「見たことはないけど、下手すると移動先に悪影響を及ぼす可能性のあるヤツ?」


「あ、はい。それです」


 グリグリグリ。


いたッ。痛いですッ、アルヴァレイさん!」


 頭を両の拳で挟んでかなり弱めにお仕置きをすると、非常識娘シャルルは両手を上に挙げて痛がりながら降参した。


「ちょっと間違えたらこの部屋めちゃくちゃになってるじゃねぇかっ」


「大丈夫ですッ」


 やけに自信満々にそう言うと、シャルルは俺の手を振り払って逃れた。


「今日は失敗しませんでした!」


「結果論かよ!」


 昨日会ったばかりとは思えないほど自然にツッコミを入れてしまったことに微妙な自己嫌悪を覚えつつ、


「で……なんで来たの?」


 本題に入る。

 すると再び不思議そうな表情で小首をかしげられた。


「アルヴァレイさんは昨日、また来てもいいと言ってくれました」


 いや確かに言ったけれども。なにこの俺がおかしいみたいな空気。

 俺であろうがなかろうが、まさか部屋まで来るなんて思うヤツが何処にいる。忘れて欲しくないのはシャルルが昨日初対面ってことだけど、昨日の今日でこれですか?


「それでその……お詫びのことですが……その……」


「あー……いいよいいよ面倒だし。そもそも何に対するお詫びなのかもいまだに理解できてないしね……」


「そういう訳にもいきませんッ、このお詫びには口封……じゃないっ、その……口止めも兼ねてるんですから」


「今口封じって言わなかったか?」


「言ってないですっ。口封、までですッ」


 言ってるじゃねえか物騒な。


「とにかくお詫びさせてください! 昨日の、その、ちょっと、あの、ああっ、えっとっえっとっ……」


「落ち着け」


「はっ、はひっ。その……ちょっとおかしくなっちゃった時の私のことは誰にも言わないで貰えませんでしッ!」


 ホント、よく噛むなぁ。というか自分から朝早くに押し掛けてきたくせにまだ俺のことが怖いんだろうか。さっきからどうもオドオドビクビクして、おっかなびっくり喋ってるみたいな感じだし。


「でしょうか!」


 そこだけ言い直したか。

 それとあの様子、おかしさはちょっとじゃなかったぞ。


「お願いしますっ、お願いしますっ」


 ペコペコと倒木をつつくキツツキのように頭を上下させるシャルルが早々(はやばや)不憫ふびんに思えてきて、


「わかったわかった。シャルルが何かしてお詫びしたいって言うなら早く済ませよ」


「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ!」


 キツツキシャルル状態モードから変わってないんだけど。変わる気配もなければ、そもそも人の話を聞いていたかどうかすら疑問に思えてくる。


「で、何してくれるんだ?」


 シャルルは首をパッと上げた。一応聞いていたみたいだな。


「そ、それじゃあっ部屋のお掃除をっ」


「昨日の夜やった」


 掃除するほど汚くないしな。


「えっ!? えっと……じゃっ、じゃあ朝ごはんを作りますっ」


 チラッ。


「時間的にもう下で母さんが作ってくれてると思う」


「ふぇっ!? えっとえっと……じゃあ空間転移魔法テュア・シュトラーセで下までお連れしますっ」


「下の階ぐらい普通に行くわっ! どんだけ怠け者なんだよ俺は!」


「えっ!?」


「そこで驚くな!」


 ビックゥッ、て感じにシャルルの肩が跳ねる。いや確かにちょっと大声になっちゃったけどさぁ。あーもう、なんか目が潤んできてるし。俺が泣かせてるみたいだ。

 こんなところを誰かに見られたら間違いなくそう判断されるだろうな。


 チリーン。


 うん、今の音何かな。鈴の音に聞こえなくもなかったけど、なんでだろう。振り返るのが怖いや。


「アル。説明」


 たった2文節に含まれた計り知れない恐怖と緊張に、アルヴァレイは昨日今日と2日連続で戦慄した。

 おそるおそる振り返るとそこにはいつも通りお玉を持って――なぜか直らない癖だ――俺を起こしに来た母さんが、ってなんで今日に限って包丁なんですか!? その刃先、なんかこっち向いてないか……?


「あなたはこの可愛らしいお嬢さんに昨晩何をしましたか?」


 最悪の事態だ。これは恐らくとんでもない方向に勘違いしてらっしゃる。

 ちなみに命の危機(こんなとき)になんだけど、どんどん口調が丁寧になるのは母さんがキレたときの癖だ。ウチの両親は腹を立てると揃いも揃って外面丁寧な容赦ない言論で相手を論破しようとする、厄介な似た者夫婦なのだ。この2人が喧嘩しようものなら目も当てられない。今回の場合、あまり関係がない上に俺が圧倒的に不利なんだけど。


「か、母さんが想像してるようなことは何ひとつッ……」


 包丁を中段に構えたままの母さんの視線が、俺の斜め後ろに立ってるだろうシャルルの方に向く。


「その子はあなたが昨日店の前でぶつかった子ですよね」


「はい……」


「それではその子がなぜこんな朝早くにあなたの部屋にいるのですか? 見たかぎり泣いているようですが」


 後ろでシャルルが『あっ』と小さく声をあげる。振り返ると、シャルルは慌てた様子で目元の涙を袖でぬぐっていた。

 なんか見られちゃいけないところを見られた子供みたいな反応。


「な、なんでもないですっ。悪いのは全部私でっ、アルヴァレイさんは何も悪くないですっ。ホントに何もしてませんからっ」


 俺は本当に何もしてないのに、その言い方だとなんかやらかしてそれをシャルルがかばってるみたいじゃねーか。

 ほら、なんか母さんも胡散臭そうな目を向けてくるし。特に俺に。


「アル。人道にもとることだけはしていないと誓えますか? 命とクリスティアースの名にかけて」


「してません!」


 後ろでシャルルもコクコク。


「ハァ……。それならばとりあえず信じましょう。それは置いとくとして、ご飯よ。冷めちゃうから早くね」


 やれやれと言う感じで首を振り、母さんは廊下に消える。


「はぁ……」


 朝っぱらからこんな騒ぎか……、とため息をいた時、


「あ、そうだ」


 ドッキーン!


 突然戻ってきた母さんが顔を出して、心臓が喉から出るかと思った。医学的に考えれば人体はそんな芸当ができるような構造になっていないが。


「あなた、お名前は?」


 シャルル、お前をご指名だぞ。

 なんかボーッとしているシャルルを揺り動かして起こす。


「あっ、えっ、えっと……シャルロ……い、いえ、シャッ、シャルル……です」


 今のつっかえつっかえで無駄に長い台詞で言いたかったのは結局『名前はシャルル』。それだけだった。人見知りとは言え、どんだけテンパってるんだよ。


「そう。じゃあシャルルちゃん。あなたはもう朝ごはん食べた?」


「あ、えっ? えっとっ食べてっ……いえ! 食べました!」


 くううぅぅぅぅ。


 今のは俺じゃない。シャルルのお腹が鳴ったのだ。その証拠に、気まずくなった空気の中シャルルの顔が真っ赤になっている。


「シャルルちゃんの分も急いで用意するから、食べていきなさい」


 どこか楽しげな表情になった母さんが、また廊下に消えた。そしてすぐにトントンと階段を下りていく音が聞こえる。


「はぁ……。じゃあまぁ食べていけよ」


「だ、ダメっ。ダメですっ!」


 ハッとしたように息を呑み、手をバタバタと振る。


「……なんで?」


「ご飯食べる時は……帽子を取らなきゃいけませんから」


「え? 帽子?」


 そう言われてみると確かに、シャルルは今も帽子を被っていた。白の質素な服と対称的な黒。円錐状の先は折れ曲がって右後ろ側に垂れている。くたびれてはいるものの、一目で上質な生地で作られているとわかるそれは、えっと……そう、なにかで出てきそうな典型的な魔女の被るとんがり帽(ヘキセンフート)だった。

 明らかに見てとれる特徴としては、シャルルのサイズに合っていないこと。斜めに被ってはいるが頭の半分近く、耳から上が隠れてしまっている。つばも幅広で、正直すごく邪魔そうだった。


「取ればいいんじゃないのか?」


「ダメですっ、これは……これだけはダメなんです!」


 ここまで拒否されると、悪戯心にも似た好奇心が取ってみたいと訴え始める。


 がし。


「あひゃう!」


 とんがりの先っちょを掴んだ俺の手に即座に気づき、シャルルは帽子のつばを両手で握りしめ、大きな帽子に頭を埋めた。もう頭の上から3分の2ぐらいまで隠れてしまっている。そんなに入るのかよ。

 ていうか思ったより力強いなシャルル。

 疲れるのも嫌だし、俺が手を離すとシュバッと素早い身のこなしでシャルルが俺との間合いをとる。


「怒りますよ、アルヴァレイさん!」


 シャルルはちょっとだけ頬を膨らませた。たぶん『怒ってるぞ』という自己主張のつもりなのだろう。なんか可愛いけど。


「何やってるのよ、あなたたちは」


 ドギクッ。


 振り返ると、お玉を持った母さんが戸のところに立っていた。とりあえず今度はお玉という安全圏内の調理道具エモノであることに感謝しつつ、


「なんかシャルルが帽子を取りたくないから、食べないって……」


「帽子を?」


 俺と同じ常識的な反応。怪訝な顔でシャルルに視線を移す。


「アルは馬鹿ね」


 なんで俺……?

 母さんを見ると、なんか残念な視線が向けられていた。


「女の子はくせっ毛を男の子に見られたくないものなのよ」


 1人納得したらしい母さんはシャルルに歩み寄ると、


「帽子のことは気にしなくてもいいわよ。そういうことにうるさい人はちょうど今いないから」


 ちなみに父さんのことだ。俺と違い、クリスティアースの後継ぎとして最初から最後まで教育された父さんは礼儀作法などに少しうるさい。残念なことに、大抵母さんの『いいじゃないそのくらい』で一蹴されることが多いのだが。


「さ、冷めちゃうって言ったでしょ。行きましょ、シャルルちゃん。アル、あなたも早く来ないとここから突き落とすわよ」


「階段の下まで!?」


「違うわよ。裏通り(うら)まで」


「窓からかよっ!」


 ツッコミを口に出すなんてはしたない。

 そんなこんなで食卓についたわけだが。

 母さんの手によって次々と手際よく並べられる料理や食器類を落ち着かない様子で見つめていたシャルルが、ポンと手を叩いてローブの下で何やらごそごそやり始めた。

 どうやら何かを探しているようだ。


「父さんはまた?」


「うん、仕入れ。朝早くの船でお祖母ちゃんのところに行ったわ」


「ところでこの食器って3セットだけ買ったんじゃなかったっけ?」


「シャルルちゃんのために今買ってきたのよ、そんなこともわからないの?」


 いつもは金を無駄遣いするな節約しろとか言うくせになんてことを……。しかもこれを買った4軒隣の店ってまだ開いてない時間だよね! ご近所の噂になるような迷惑行為してたりしないだろうね!

 シャルルを見ると、ちょうどローブの中を覗き込むような感じでゴソゴソしてたかと思うと、ぱぁっと表情が明るくなった。

 そして、ローブの中から取り出した本をテーブルの下の膝の上に広げた。一瞬だけ見えたタイトルには、『80000』と大きく入っていた。それ以外は一瞬のことでよくわからなかった。

 ガタンとやや乱暴に椅子が引かれ、用意を終えた母さんが食卓に向かう。


「さ、食べま」


「あ、あのっ!」


 突然シャルルが母さんの言葉を遮った。そしてビックリして唖然としている母さんの前で、チラッと下に広げた本を見て、


「えっと……初めまして、私はシャルルといいます」


 シャルルさん?


「え、ええ。それは知ってるわよ」


 何が言いたいんだ? と俺は机の下で広げられた本を覗き込む。開かれたページには大きく『初めまして、私は◯◯◯といいます』と書かれている。その横には小さな文字で『◯◯◯にはあなたの名前、特にそう呼んで欲しいという呼び名を入れてネ♪』と書かれていた。なんだこれ。

 続きには『ふつつかものですが……』と書かれている。どうやら色々な台詞をパターン化して整理したもののようだな。


「ふつつかものですがこれからもよろしくお願いします。お、おかっ……お母さま」


 ページの上に会話文のタイトルが書かれているようだ。なになに……。


『朝早く相手の男性の家に行って、相手の母親に挨拶をするとき☆』


 『朝早く』→まあそこまで早くでもないけどあってる。

 『相手の』→何の相手だ? 意味不明につき保留。

 『男性』→普通にあってる。

 『家に行って』→あってる。

 『相手の』→これも同様に保留。

 『母親に』→あってるな。

 『挨拶をするとき』→何の相手かはともかくとして初対面の人に対する礼儀としては常識だろう。

 『☆』→無性に腹立つ。

 つまり人見知りのシャルルが人間関係構築のための足がかりにしようとしているわけだな、この本は。


「今、アルヴァレイさんとお付き合いさせて頂いてます」


 うん、なんか台詞おかしくない? 読んでるページが違うんじゃないかな?


「これからもよろしくお願いしますっ」


 そう言い切ったシャルルは満足そうな微笑みを浮かべて、本を胸元に抱えた。

 そのタイトル。


 『恋人とその周りの人に好印象を与える日常会話80000選』


 明らかに何かが間違ってますよね、人見知りのシャルルさん! 特にタイトルの最初の辺りが!

 母さんは絶句していた。

 たぶん今、母さんの頭の中では今朝の俺の部屋の光景がフラッシュバックしているだろう。母さんはしっかりしているように見えるが、結構勘違いが多い。間違いなくおかしなシナリオが頭の中で組み立てられているだろう。つまり俺ピンチ。

 何も知らない傍観者はシャルルだけを見て幸せそうな光景だと思うだろうが、シャルルの言動を母さんに釈明しなきゃいけないのは俺なんだからな……。

地の文が主人公の一人称になったりならなかったりしてますが、

深くは考えないでください。

感想・意見などあったらよろしくお願いします。


ハクアクロア、ベルンヴァーユ、アルペガも響きと合成で決めました。

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