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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第三章『マルタ城砦』
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(9)殺意‐Das Madchen wurde erbarmungslos ermordet‐

「殺したい殺したい殺したいあの女を殺してやりたい何で私が何で私様がこんな目に私様が雑用しなきゃいけないどうして私様が」


 アプリコット=リュシケーは、隣でガチャガチャとキャタピラの(きし)む音を派手に鳴らしながらブツブツと呟く上司の姿に諦めの眼差しを向けつつ、ため息を吐いていた。もちろん内心で。

 と言うのもアプリコットはまだ死にたくないからだ。

 アプリコットの上司、チェリー=ブライトバーク=鈴音は現状誰が見ても明らかな異形の少女だ。

 右足は付け根の辺りから武骨な金属製の無限軌道、キャタピラに変わり、左腕はいわゆるロボットアームに変わっている。

 義手と言うには果てしなく物騒だ。なぜならそのアームの先に握られているのは対戦車ライフルPTRS1941、少なくとも現時点より遠い未来の世界では凶悪な破壊力を誇る銃だ。

 対するアプリコットは茶髪に赤い目という珍しい組み合わせではあるものの、見た目は誰がどう見ても普通の少女だ。

 ただでさえ外見の幼いチェリーの隣に立つと、けして高いわけではないアプリコットの身長が過剰な評価を受けてしまうほど、幼い上司。

 こんな外見で性格は非常に危険。日夜、理不尽を大量生産している。


「チェリーさんは半分自業自得みたいなものじゃないですかー。むしろとばっちりはボクですよ。何でボクまで飛ばされないといけないんですか?」


「うるさい、鈴音様と呼べ」


「わかりましたから、これをどけてください。チェリーさん」


 チェリーはアプリコットの側頭部に突きつけていたライフルの銃口を素直に下ろした。

 アームの関節が駆動音をフレームに響かせる。

 そして、その巨大なライフルはチェリーの腰の辺りに引っかけられた。吊るされた銃身が、その大きさと不釣り合いな少女の身体の横でぶらぶらと揺れる。


「つーか、そろそろ普通の人型に戻ってくれませんか? 金属音と言うかさっきから耳障りで鬱陶しいんですよね、だからせっかくしまったライフルをまた出してこないでくださいね。なんつーか邪魔ですから」


 口調こそやや丁寧だが、その内容は粗雑で投げやり。

 どんなことにも適当に接し、目上の者に対してすらあしらうような態度をとるアプリコットは周りからは"等号(イコール)"と呼ばれて、嫌われ、避けられていた。

 しかし、そんなアプリコットですら、拾ってくれたチェリーには少なからず感謝しているのだ。態度や言動には全く変化は見られないが。


「別にそれもいいんだけどね~、いつでも戦える状況じゃないと危ないから~。私様は死にたくないからね~」


「身体をばらばらにしても死なないくせに何言ってるんです、馬鹿が」


「出会い頭にバラバラにしたのはあんたでしょう~。一応痛みはあるんだから、やめてほしかった~」


 アプリコットは再度ため息をついた。


「身体バラバラと言えば~さっきの音聞いた~? アプリコット~」


 チェリーはにししっと笑って、アプリコットの顔を覗き込んだ。


「ええ、あの音からすると、腰の辺りでちぎられましたね。なかなか楽しい趣味の奴がいそうでしたが、めんっどくせえ誰かの尻拭いがありまして行けなかったんですよ。ねえ、チェリーさん」


「その言い方~喧嘩でも売ってる~? 殺るか~?」


「殺ろうか?」


 二人はニコニコと笑い合った。

 カシュンと音がして、ロボットアームがチェリーの身体の中に格納された。







 薬袋はルーナの上半身の上に下半身を投げ捨てた。

 肉が潰れるような音がして、アルヴァレイの中で何かが弾ける。


「可愛さ余って憎さ百倍とちゃうよ? 今でも可愛ええ思うとりますに。なんや、そうやな……まあ、ことのついでですえ?」


 アルヴァレイの短剣が薬袋の顔面、額に向かって垂直に飛んだ。


「あら危な」


 余裕の笑みを口元にたたえて、薬袋は顔の前で優雅に腕を振った。


「……くもなんともないけどなぁ。残念さんや。少年にはウチは殺せんえ?」


 アルヴァレイの短剣は薬袋の手に収まっていた。

 殺気に満ちていた鋭い刃からはそれに類する気が全て抜けきり、薬袋の手に従順に弄ばれていた。


「ちっ」


 こんなので死ぬような相手じゃない。

 そんなのはわかっている。だからこそ投げた直後には鉤爪を手に着けていた。


「ルーナを……返せええぇぇぇっ!!!!」


 アルヴァレイは咆哮した。


「殺す殺す……殺してやるっ」


 薬袋は怯むこと無く、顔を綻ばせた。

 アルヴァレイは前に跳んだ。

 地を蹴り、体勢を低くしたまま鉤爪を振りかざし、薬袋との間合いを詰める。

 薬袋はそんなアルヴァレイの目の前で、身体をブルッと震わせ、恍惚の表情でその一瞬を堪能していた。


「ええわぁ。その表情。大切なものを奪われて憎しみを覚えたその目。可愛ええわぁ、ほんに可愛ええわぁ。ゾクッとしてたまらんくなるわ」


 薬袋は、挑発するように執拗にアルヴァレイをけしかける。


「ルーナ」


 アルヴァレイの鉤爪が薬袋を間合いにとらえた。

 ヒュウッと空気を切り裂く音がして、鉤爪が薬袋に襲いかかった。何の躊躇いもなく、ただ目の前の悪魔を殺すために。


 ザクッ。


 鉤爪が食い込む音。しかし、それは薬袋の身体にではなかった。

 薬袋の足元、薬袋の立っている地面に、その爪先は刺さっていた。薬袋は鉤爪を避けようともしなかった。


"あんさんらを助けるために、『外した』だけ。おもしろかろう?"


 船上での薬袋の言葉が脳裏によみがえる。

 崩れて沈んだ商船に、崩れも沈みもしなかった甲板。

 甲板に遮られること無く、日の光は海面に降り注いでいた。

 まるでそこには何もないかのように、全ての事象に干渉しない。アルヴァレイの鉤爪は薬袋の身体を透過して、薬袋のいる空気を切り裂いて、勢いのままに地面を抉ったのだ。


「おもしろかろう?」


 薬袋はアルヴァレイに顔を寄せてくる。

 しかし、たじろぐように視線を泳がせたアルヴァレイの視界の端におびただしい量の血溜まりが映ったとき、アルヴァレイの中で再び何かが弾けた。

 ルーナが死んだ。

 死んでしまった。

 大切な友達が、殺された。

 シャルルの家族を、守れなかった。


「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 再び咆哮。

 鉤爪が空を裂く。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 叫びながら、鉤爪を着けた左腕を振るう。紙縒や康平の姿は視界に映らなかった。

 意識に入れようともしなかった。

 ただ目の前にいる薬袋を、殺したかった。

 ルーナのかたきをとるなんて高尚なことを考えていた訳でもない。

 怒りに身を任せ、八つ裂きにするのを望んでいた。

 そして、振るう度に。

 当たっているのに傷つけられない、通っているのに殺すこともできない、そんなどうしようもない無力感を募らせていった。


「いくらやっても少年にはウチを傷つけられへんよ。諦めることも必要ですえ? とは言えがっかりやわぁ……。少年は『あの真理』を知ってるはずや思うとったけどなぁ」


「黙れ!」


 深く考えること無く振るう鉤爪は在るはずの虚空を虚しく薙ぎ払う。

 なんで。理不尽だ。

 どうしてルーナが殺されなきゃいけないんだ! ルーナは何もしていないのに!

 その時、アルヴァレイは急に違和感を覚えた。頭に上っていた血が身体中を巡り、何故か突然、意志に反して身体は冷静さを取り戻し、腕が自然にだらりと下がった。

 わからない。

 何かがわからない。

 そして、違和感の正体に気づいた。


「アル……ヴァレイさん……やめて…ゴホッゴホホッ! ……はぁ……やめて……私は、大丈夫ですからっ」


 身体を真っ二つに裂かれ、おびただしい血があふれ出しているにも関わらずルーナは生きながらにしてそうつぶやいた。


「ルーナ……!!」


 アルヴァレイは薬袋をほっといてルーナに駆け寄った。


「戦いのさなかに背中を見せるのは子供のすることやよ、少年?」


「動かないでね、おばさん」


 紙縒の挑発的な声。

 何かがブチキレる音がしたような気がするけどたぶん気のせいだ。

 後ろを振り返ること無く、ルーナの近くにしゃがみこむ。


「大丈夫なのか!? ルーナ」


「痛いです、けど……大丈夫です。私は……死ねませんから……」


 ルーナは痛々しい笑顔を浮かべた。


 ズルッ。


 ルーナの下半身が大きく動いた。

 何も触れていないはずの肉塊。

 それは瞬く間にルーナの身体の断裂部を隠していたローブの残骸の中にひとりでに潜り込んだ。


 ビクッ。


 ルーナの顔が苦痛に歪む。

 飛び散った血や噴き出す汗がルーナの頬を伝う。ルーナは唇を噛み、ブルブルと震えていた。


「あっ、くっ……」


 悶えるように呻く。

 それからしばらくの間、その場に聞くに堪えない呻きや悲鳴が続いた。


「はぁ……はぁ……」


 ルーナは生き返った。というより死ななかった。


「面白い力やねぇ。可愛ええだけの娘やと思うとったけど、アンタもえらい外れとるなぁ。お姉さん、びっくりや、フフ。確実に殺したはずやのに」


 薬袋は下唇に人差し指を軽く当て、舌なめずりをする。


「まあええわ……。興も冷めたところやし? 時間は稼いだ。この砦にももう用はあらせんし。ウチはもう一度ヘカテーちゃんに会ってくるとします」


「ヘカテー?」


 ローブの残骸を身体に巻き付けさせつつ、ルーナを助け起こす。そして、再び薬袋と向かい合った。


「ヘカテーに何をする気だ……」


 アルヴァレイがそういうと薬袋はプッと吹き出した。

 それはすぐさま抜けるような高笑いに変わる。

 薬袋は口元に手を当てて、空に向けて笑う。

 ひとしきり笑う。それはアルヴァレイのまとはずれな言い方に対して笑っていた。


「なにもせえへんよ。ウチがあの子ォに何かするわけないやないの」


 意味が分からない。


「少年、ヘカテーちゃんに信用されとらへんねぇ。聞いてないんか?」


 残念ながらまさしく。


「まぁ、あの子ォがあんなことを言うわけないか……。あの子は昔『ラクスレルの人形師』と、呼ばれてたんよ。『ラクスレル』ぐらいは聞いたことあるやろう?」


 ラクスレル。

 中央大陸の端にあるナトゥーア保護区に広がる原生林だ。

 その面積はただただ広く、同大陸にある3つの共和国、ヴァニパル共和国、ウェレヘパス共和国、ミッテ連邦共和国の総面積よりも広い。

 さらに危険指定や保護指定の動植物が多く生息していることから、世界規模の共通保護区と称し、立ち入り禁止措置を強化している。

 薬袋は突き出されていた紙縒のメイスを細腕で押し返し、クスリと笑ってアルヴァレイを複雑な想いのこもった瞳で見た。


「あの子は呪いを受けとるんよ」


 いつになく真剣な眼差しに、芯の通った言葉。

 薬袋はこれまでの彼女とは全く違う、薬袋と言う人物の根本に関わるような、そんな姿をアルヴァレイたちにさらけ出していた。

 敵も味方も関係のない。

 ヘカテーと言う共通の人物を挟んでいる。アルヴァレイはそんな予感を感じていた。







 マルタ城塞某所――。


「鬼塚……流! うおおおおぉぉ!!」


 一人の男の孤独な戦いは熾烈を極めていた。

 わざわざ溜めた理由も雄叫びに流派を付ける意味も分からないが、それはあまりにも別次元過ぎて一般人にわかるわけもないのだ。

 無論、本人にすらわかっていない。


「ふはははっ、やるではないか筋肉神! 今のは微塵だが効いた。やはり貴様と殺り合っている時間は至福の瞬間だ!」


 ちなみに男が戦っているのは、前代未聞、空前絶後の気味悪さを誇る巨大なイカ的生物だ。

 筋肉神などと呼ばれているが、本気でそう呼んでいるのはこの男くらいの者である。

 この世界の人的な存在は主に5つに分けられる。人間、神族、魔族、人外、そして筋肉である。

 そして筋肉を筋肉で筋肉たらしめる鬼塚石平はそこに唯一属する人類である。

 しかし、この筋肉神もといイカは、海産物でありながらその鬼塚と肩を並べる唯一の個体だ。

 鬼塚と筋肉の面で渡り合えるのは、世界中を探してもこのイカしかいないだろう。

 とまあここまでこんな馬鹿な話を中途半端に長々としてきた訳だが、結局ただの筋肉の話題であって、今日の多くの人類にとって鬼塚だろうがイカだろうが基本的に会うことはないので、安心してもいい、と言う話だ。

 ちなみに会ったらご愁傷さまです。







 マルタ城塞別某所――。


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 狂ったように笑い続ける上司を横目にアプリコットはため息を吐いていた。

 そんな2人の目の前でバタバタと倒れ、地面の染みと同列に扱われるヴァニパルの兵士たち。


「殺さないでくださいよ。歴史の改変として始末書で済まない事態になったら嫌でしょう? わかりますか馬鹿」


「手足ハジいたぐらいじゃ死なねーわよ、バーカバーカ! あははははははははははははははははははははははは!!」


 ガァン、ガァン、ガァン。

 ガァン、ガァン、ガァン。


 盛大な音がすぐ近くで連発し、三半規管をイカれさせる。嫌いではない感覚だが、それは自分が発砲している時だ。

 『快感乱射(トリガーハッピー)』。

 アプリコットが百と六番目に周りから賜ってやった二つ名だ。今まさにそのアイデンティティーを奪われそうになっているが。


「片付いたわ~」


 空気に満ちる呻き声。

 狭い港には手足に重傷を負ったヴァニパル兵が溢れかえっていた。


「やっとですか? おせえですね。この程度30秒で片せよ」


 ちなみに記録は2分28秒だ。


「連射力を求めるなら、他の子を使うわ~。私様はこの子が好きなの~」


 対戦車ライフルPTRS1941。以下は略すが、人に対して撃つものじゃない。

 チェリーは、想像を絶する痛みに呻く兵士たちの間をぬって歩き始めた。


「早く早く~アプリコット!」


 ザクッ。


 チェリーの視線が下がる。

 胸に突き立った剣。

 それを握る手甲の右手。

 倒れ伏す兵士の腕だった。

 チェリーのライフルのせいで左腕の肘から先が無くなっている。そんな明らかな重傷の上で、最後の力でチェリーの心臓を貫いたのだった。

 そう、普通なら。


 ガァン。


 銃口を飛び出した金属弾はその兵士の頭を直撃し、瞬時にただの肉塊に変えた。


「何コイツ!?」


 ガァン、ガァン、ガァン、ガァン。


 連発された弾丸は原型をとどめていない兵士の頭部を容赦なく消し飛ばす。兵士は断末魔さえ残さず死んでいるというのに。


「殺すなっつったばっかなのに、もしか馬鹿ですか?」


 アプリコットは再びため息を吐いた。

 日はそろそろ暮れ始める。

アプリコット=リュシケー……英語の『杏』に、後ろは響きだけです。正直この二人、現代の銃器を出したくて出しました。


ラクスレル……100%響きだけです。

ナトゥーア……ドイツ語の『自然』です。そのまんまです。


銃器の名前は漢数字だと具合が悪いので、算用数字です。

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