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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第三章『マルタ城砦』
24/98

(5)投獄‐Der Junge wird inhaftiert‐

「気分はどうです? しょ~ねん」


 目の前に薬袋が立っていた。


「身体中がなんかベタベタします」


「水をかけて、起こそう思たら間違えたようやわ。これ、ハチミツ……」


「ただの嫌がらせですよねぇ……」


 場所は冷たい石牢だった。

 俺は腕と足を縄で縛られ、その縄は、壁と地面から伸びる鎖と繋がっていた。

 鉤爪と短剣は無いようだが、それ以外はあまりなにもされていないらしい。

 俺と薬袋以外に人の姿は見えない。どうやら牢番すらいないようだ。


「油断はあかんえ、少年?」


「いや、まさか助けてくれた人にやられるなんて思いもよりませんでしたから。というより他の皆は? リィラさんやルーナはどこにいるんですか? ここはどこなんです?」


「質問が多いわ。ん~マルタ城砦ゆうてもわからんやろう? それに捕虜をどう使おうがウチらの勝手や……って言いたいとこなんやけどなぁ。まだ海に飛び込んだ可愛ええ旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)が見つかってないんよ。そやからお楽しみはお預けや」


「じゃあ、何で俺のところに?」


「せっかちやねぇ、アルヴァレイ=クリスティアース」


「どこで俺の名を?」


「あの耳の生えた可愛ええ娘に聞いたら、教えてくれたんよ。あの娘、えらい素直やねぇ。『散歩したい』ゆうから、あまりの可愛らしさに出しちゃった♪」


 出しちゃった♪ ……ってずいぶん適当だなおい。そんなに害がないように見えたのか、甘く見られてるのか。どっちにしても、ルーナが無事ならよかった。


「リィラさんは?」


「あの理不尽娘なら、牢壊しよってなぁ。今探させとるんよ」


「捕まってるの、俺だけかよ!」


「おや? あのえらいごつい人は気にならへんのかえ? 仲間なんやろう?」


「鬼塚は仲間ではなく、筋肉ですから。何となくわかります。どうせ、とっくに逃げてるんでしょう」


「さっき牢に人集めて、腕相撲大会を開いてたのを見たなぁ」


「捕虜の扱い、案外フリーですねえ、この砦! しかも、俺以外!」


「いやいや、アルヴァレイ君にはウチが付きっきりや。こないな美人のそばにいられるんやから、少しくらい不自由なくらいで、あまり愚痴らんことや。少年」


 なんかもう、いいです。目が隠れてて、美人かどうかなんてわからないし。

 この世界は理不尽だ。

 特に俺にだけ理不尽だ。


「ところで、話があるんやけどなぁ」


「それを聞く代わりにこの縄ほどいてください」


「ええよ」


「ええの!?」


「その代わり必ず承諾してくれるんやな? 約束ですえ?」


「いや、このままでいいです」


「あぁん、いけず~。まあ、ええわ。ほな本題に入らせていただきますえ。アルヴァレイ君……ウチのトコに来る気はない?」


「……はぁ?」


 我ながらよくもまあこんなに間抜けな声を出せるもんだ。


「どうか承諾しておくれやす」


 薬袋は俺の目の前に、かがみこみ、猫のように四つん這いになって、顔を俺に近づける。

 その上目遣いは色っぽい大人の魅力を醸し出していて、ヘカテーの上目遣いで多少の耐性はついているかなと思っていた俺でさえ、目を逸らそうとすると大きく開かれた胸元に目がいってしまう。


「……どうして、ですか? 何で俺を部下になんて」


 理性が残ってる内になんとかしないと、色々な意味でやばい。


「言ったやないですか……ウチは旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)を2人も連れてる少年に興味があるんどす。その内のおひとりが、あの悪名高き『ティーアの悪霊』……『ラクスレルの人形師』って呼ばれてた時代に比べるとえらい丸くなっとるみたいやったけど。なあ少年。旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)は人とは相容れんのや。あんさん、どんな奇跡を使ったんや? ウチ、それが知りたいんよ。旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)を落とす方法、よければ聞かせておくれやす」


 薬袋はそう言ってにこりと微笑んだ。優しい大人のお姉さんの微笑みだった。


「…………」


 何で俺……違うな、旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)にこだわる?

 旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)が何人いるのかは知らないが、少なくとも簡単に会えるものではない。

 まさかヘカテーやルーナ?

 旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)を従わせる方法なんてあるわけない、例えそうだとしてもあの2人がそう簡単に薬袋に服従することはないはずだ。

 となると、あと残っている可能性としては、他の旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)がいるか、何かの口実の2つだ。

 ただし後者の場合、薬袋が旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)のことを知っているのが説明できない……。

 情報が足りないっていうのもあるだろうけど、ここは前者に仮定した方が良さそうだ。


「あなたの隠している旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)に会わせてください。そうすれば教えます」


 薬袋の眉がピクッと動いた。


「自分の立場をわきまえた物言いをせんとあかんえ? 少年」


「なら絶対に教えられないです」


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続く。

 相手は恐らくこちらの目を、こちらは布に隠されたあちらの目を、ジッと見たまま、時間だけが過ぎる。牢の外の喧騒が遠く聞こえていた。


「あかんなぁ」


 突然薬袋の口に妖艶な笑みが浮かんだかと思うと、薬袋はそう言って半歩下がった。


「少年の緊張した息遣い聞いとったら何や可愛ゆう思えるわぁ。健気な表情想像して抱き締めとうなるねぇ? ほんにこの目隠し外して可愛ええ顔拝みたいわぁ」


「見えてないのかよ」


「そら、見えてへんよ。なんや勘違いしとるかもしれんけどねぇ。ウチかてただの人間ですえ? 目ぇ瞑ったまま物が見えるわけないやないの。ウチは目ェの見えない中苦労して子供らの面倒見とるんや。そう考えると可愛く見えてくるやろう?」


「アンタ何歳ですか」


「女の子の年齢と体重と本心は聞かないのがマナーどす」


 最後のが若干気になる。

 確かに目の前にいるのが、シャルルやヘカテー、ルーナみたいな年の近しい見た目の女の子だったらまだ年齢の予想をたてられる。

 つまりそれがたたないということは結局のところ薬袋がそうは見えないということだ。

 俺は別にあらゆる年齢の女性を間近で見てきたわけじゃないが、薬袋はどう見ても三十路、いいとこ20代後半といったところだ。


「ん~、まあ少年になら教えてもええか。ウチは今年で13や。可愛かろう?」


 俺にならっていう判断基準がわからねえよ、とか思いながらツッコミを決行。


「実はこうでしたみたいなしたり顔で堂々と嘘を吐くな! 本心どころか建前通り越して既に反応するのが……はぁ疲れた」


 薬袋が口元に手を添えてクスクスと上品に笑う。


「冗談半分や。今は26かねぇ」


 冗談で半分にしてやがった。それにしたって思ったより若い。というか年齢よりも大人びてではなく老けて見える。


「えらい失礼なことを考えている目やねぇ、少年。その目はリクルガのあんさんがたまにウチに向ける目ェや。考えてることは何となくわかります。悪かったねぇ少年。でも老けて見えるのはウチのせいやない」


「……」


「うん? 少年、別に怒ってるんと違うよ……。まぁええか」


 さっきから2人のテンションが下がり続けている。

 牢の床も、最初に感じたときより格段に冷たく感じる。

 石のごつごつした感触と無機質な冷たさが俺の身体を震わせる。身体中に未だ被ったままのハチミツも体温で温まり、外気にその熱を奪われ、つまりそろそろ寒くなってきちゃったんですよ。

 水分が減ったからか最初よりベッタベタになってるし。


「少年……もしかして寒いんか?」


「もしかしなくても寒いです」


「ウチがあっためてあげるわ、じっとしとき?」


 いきなり抱きつかれた。

 冷たくなっている身体が突然の温もりに反応し、ビクッと震える。背中に回る腕にギュッと力が入り、薬袋の心臓の音や落ち着いた息づかいが間近に聞こえてくる。


「なんやベタベタしとるなぁ。甘ったるい匂いもこうまですると鼻につく……。少年、何やのこれ?」


「アンタに頭からハチミツをかけられたんだよ。キレるぞ、おい。というか船の時といい、今といい、誰かに抱きつくの好きですね、アンタ」


「誰かに……ってそれじゃウチは変な人みたいやなぁ。違う違う、今のところ少年一筋ですえ? 一途なウチも可愛かろう?」


「どうでもいいですけど、さっきから自分の可愛さアピールが多いですね」


 本当にどうでもよかった。


「ずっと前から待っとる子もいるようやし、そろそろウチはおいとまさせていただきますえ」


 薬袋が俺から身体を離す。

 粘性の高まったハチミツが薬袋との間に糸を引く。

 薬袋は煩わしそうに口元を歪めると、ハチミツを振り払うような動作と共に。消えた。虚空の中にかき消えるように何処へともなく消えた。

 空中に残った琥珀色の物体。その特定種の虫により集められた不特定多数の花の蜜の集合体は次の瞬間には重力に逆らうことなく落下して床の染みに立場を変えた。


「はぁ……」


 俺がため息をついて再び身体を震わせ、自分の足元へと視線を下げた時だった。

 ヒュー、と何かが空気を切り裂く音がしたかと思うと、その音が何度も周囲に響いた。

 そして、次の瞬間。


 ドゴオオォォォォォォン。


 轟音と共に建物全体が大きく揺れた。

 後から後から響く重い衝撃音。

 直前の音と合わせれば、それが何なのか自ずと候補が絞られる。

 大砲の発射音か物理的攻撃魔法。どちらにしろ、今この城砦は何らかの攻撃を受けているのだ。


「勘弁してくれ……」


 こうなるとさっきまで特に気にも止めなかった鎖で拘束されているということが恨めしい。

 自身の安全もそうだがそれよりも気になるのはルーナだ。他の皆はこの程度ならむしろ面白がるぐらいの事態だろう。

 でも、ルーナはたぶん違う。怯えてる、はずだ。

 本当にそうかどうかは旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)だとわかった辺りから疑問符がつくようになったが、それでも俺はルーナはか弱い臆病な子だと信じたい。


 ずずううぅぅぅぅぅん。


 再び地響き。

 それに伴うように、外の方が人の叫び声だかで騒がしくなってくる。

 この牢が砦のどの辺りにあるのかはわからないが、既に2,30回命中しているにもかかわらず被弾していないことからおそらく海側ではないだろう。


「ふっ! ……ううっ」


 リィラやヘカテーのように都合よく人外の力が出せないかと思ったが、人間である以上は不可能らしい。というか冷静でなくても考えれば不可能だと誰でもわかる。


「ふっ!」


 それでも試してみる自分に悲しくなってきた。

 依然として床と壁に俺の手足を拘束する鎖は、今まで見た鎖の中でも一際目立って大きかった。


「ダメか……」


 近くに仲間が来てはいないかと、目を閉じて耳に全神経を傾ける。

 聞こえるのはおそらく雑兵の指揮系統の不備への不満を愚痴る声と爆発音。

 それと『筋肉神……再び貴様とあいまみえる時が来るとはな! これは貴様の企てか! いざ尋常に、来いやぁ!!』

 あれ? なんかついてきてる……。


「筋肉~!!」


 と叫べど応答無し。

 再び叫んで、即座に耳を研ぎ澄ます。


『てぇい!』


 完全に気づいていなかった。

 役立たずにもほどがある。

 とりあえず、この状況は俺にはどうしようもない。ため息をつきつつ、筋肉神以外の神々にルーナの安全の約束を強引に取りつけて壁にもたれこんだ。

 その時だった。


 どがあぁっ!


 鉄檻を挟んだ向かいの重厚な壁が突然割れ、濃い土煙を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 一瞬だけ見えたその衝撃の原因。それは無骨な金属球のように見えた。


「ゴホッ、ゴホゴホッ」


 舞い散る粉塵が気管に入り込み、思わず咳き込む。

 目が微かに痛いのも土煙のせいだろう。海側じゃないという予想はどうやら外れのようだ、と思ったのに……。

 射し込む光が立ちこめる煙を通して人の輪郭を映し出した。


「ほら、早く」


 聞こえた女の子らしい高い声。それに応えるように壁の穴からもう1つの人影が姿を現した。


「何だ!」


 扉が開いた。

 音を聞いた兵士が様子を見に来たのだろう。しかし狭い部屋の中、二方向を開けたらどうなるか、そこには必ず空気の流れができる。


「うっ。何だこれ!」


 運悪く風下になってしまった兵士は空気中に立ちこめていた粉塵をもろに顔面にくらって思わず目を押さえる。


「うぐふっ……」


 侵入者はその隙を好機と見て、軽々と兵士の意識を奪いにかかる。

 重鎧に拳がめり込んだ。

 大きくへこむ鎧に胸を強く押され肺が潰されて、カエルの鳴き声のような音を口から漏らして、その兵士は瞬く間にのけ反るように気を失い、その場に倒れこんだ。


「あれ?」


 侵入者の少女は檻の中にアルヴァレイの姿を認めて、すっとんきょうな声をあげた。

 その少女はヘカテーやシャルルに勝るとも劣らない見目よい美少女だった。印象的にはヘカテーに近いかもしれない。

 芯の強さとか弱さを併せ持っているような、そんな印象の少女だった。


「あなたがアルヴァレイ=クリスティアースね。あなたを探してたの」


 ニコッと天使のような微笑みを浮かべたその少女は2メートル近い柄のついた、巨大なメイスを華奢な右手に携えていた。

マルタ城砦……名前は適当です。

       ブラズヘルが領内に秘密裏に建設した砦です。

ルーナ……女神の名前から取りました。英語でもLunar『月の』です。


次は少し別の視点からの話になります。

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