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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第三章『マルタ城砦』
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(4)薬師寺丸薬袋‐Ein Muskel fallt von der Spitze des Schiffes‐

「そこの筋肉ダルマ!」


 俺たちが敵を一撃で薙ぎ倒しつつ、甲板に着いた時。

 侮蔑している対象が容易に想像できるような形容を言葉にして表している叫び声が聞こえた。


「よくぞ私の部下をひとひねりにしてくれたな!」


 誉めてるのか……?


「意味がわからんぞ貴様」


「よくも私の部下をやってくれたな、このリクルガが相手だ」


 さっきの台詞を無かったことにするつもりのようだった。なかなかすごい奴だ。


「ぬぅ! 貴様、汗がすごいな……。む? よもや同志か?」


「それが多汗体質のことを示しているのであれば、否と答えよう! これは水であり、汗ではない!」


「……なら何故、貴様はびしょ濡れになっている? 貴様バカなのか?」


「っく! 貴様こそ馬鹿と言われて、否と答えられるのか!」


「俺は馬鹿ではない。筋肉だ!」


 馬鹿なやりとりだ。

 俺たちが呆れながら歩を進めると、鬼塚の姿が見えてきた。


「あいつは何をやっているんだ……?」


 鬼塚石平は倒立していた。なして?


「たぶん筋肉の神様が倒立してたんじゃないですかね?」


「まあ、いい。とりあえず、この船を制圧するぞ。アルヴァレイ、敵の数は?」


「はい、敵影5000から10000! みたいに俺が何でも答えられると思うなよ。さすがにそこまでは多くないけどさ」


 アルヴァレイ=クリスティアースはそこまで万能じゃない。


「っちいっ……役たたずめ」


理不尽だった。無茶振りにも程がありすぎる。

 確かに船の大きさで、攻略に使える兵士の上限は多少ならばわかるその辺りの事に詳しい変人もいるらしいが、残念どころか当然のごとく、俺にそんなスキルはない。

 年の近しいそういう知り合いも知らなくはないから世間は狭い。友達かどうかは微妙な線だが。


「鬼塚ぁっ! そこの男はお前に任せた! 足止めだけでいい。(頭はともかく)戦いの腕だけならおそらく強い。気を付けろ!」


 心の声が聞こえた気がした。

 そこの男、赤い騎士甲冑を身に纏い、いかにも業物と言う感じの両手剣を構えた比較的若い男だった。文字通り水も滴るいい男といった感じだ。


「殺すなよ」


 リィラの一言でその赤い騎士甲冑はブチキレた。


「私を愚弄する気か! このリクルガ、このような筋肉ダルマに負けるほど、柔な鍛え方はしておらぬ!」


「愚弄する気も何も愚弄しているんだ、馬鹿め。さっきまでのやりとりでお前は鬼塚と同じタイプとみた。つまり、おつむが残念な戦闘タイプだ」


「待てぃっ!」


「何だ鬼塚、何か不平があるなら言ってみろ」


 超上から目線。


「俺は馬鹿ではない。筋肉だ!」


 リィラはチッと舌打ちして、瞬く間に鬼塚の背後に飛び出した。それと同時にヘカテーがエヴァ、とつぶやいた。


 ドグッ。


「うぉぶっ!」


 鬼塚の背中にリィラとエヴァの足が食い込んだ。

 一瞬の間を置いて、前につんのめる様に吹き飛ぶ鬼塚。

 そして俺の視界から消えた瞬間、鬼塚と馬鹿な会話をやっていた男のものらしい悲鳴が聞こえた。


「うおおおおおお! 私が、私がーっ!」


「ぬぐうぅぅ……テイルスティング~!」


 ザッパーン。


 激しい水音と共に途絶える悲鳴。


「さて、面倒な奴らが消えたところで、周りの雑魚どもを片付けようか」


「あいあいさー!」


 ノリノリのエヴァ。

 その余裕綽々の表情に周りの兵士たちが後ずさった。

 どんなに強かろうが、統制がとれていようが、こうなった時点で勝ちはない。すでに2人の迫力に圧倒されて逃げる兵士までいるのだからどうしようもない。


「ふっ……」


 薄笑いを浮かべると、リィラは瞬歩で前に跳んだ。


「う、うわあ……!!」


 悲鳴すら台詞の後半はあげさせてやらないらしい。

 俺はため息をつくと、物陰からゆっくりと歩き出した。もちろん、右手には短剣、左手には鉤爪を装着して。


「リィラさん、エヴァ」


 敵といえども殺してはいない、そんな頼もしい2人に声をかけると、その2人はニッと口の端をつりあげた。


「俺も手伝いますよ」


「当たり前だ……行くぞアルヴァレイ」


 爽やかな笑顔の3人の周りには、顔を引きらせた兵士たちがいた。







「あらぁ、何をやっとるかと思えば、リクルガのあんさんもやられとるやないの。ほんに手ェのかかる子やなぁ。また、ウチが助けなあかんのかや。世話焼き女房ってのも、大変やわぁ」


 薬袋はまだ、リクルガと別れた高台にいた。城に帰ると言っておきながら、その場に残って船の騒動を見ていたのだ。


「やっぱり心配やねぇ……。なんやかやゆうても可愛い子や。ウチが行かんでも済めばええけど」


 身を乗り出すように、目下の船の甲板に目を遣る薬袋。

 目を遣るといっても、あくまで布で隠された目。本当に見ているのかすら端から見ればわからない。

 しかし、それもそのはず、目隠しなんかしていたら、薬袋とて何も見えないのだ。動きにくいことこの上無いし、白状するならリクルガが飛び込むまで、目の前が崖だと知らなかった。


「子供の相手は久方ぶり……ほんに、久方ぶりやわぁ」


 その瞬間、薬袋の姿はかき消えるようにその場から消滅した。

 それらしき魔法陣は何もなかった。まるで空間の中に存在する隙間に身を隠したかのように、跡形もなく消え去った。







 船上。

 リィラに殴り倒され、エヴァに蹴倒されて気を失った兵士たちや、腹や脚を押さえて呻いている兵士で甲板は覆い尽くされていた。中には頭に一撃を食らい、悲鳴もあげず昏倒した兵士もいた。

 ちなみに俺は何もできなかった。名誉のために言っておくが、俺が弱いわけではない。俺と対峙していた相手がリィラとエヴァの攻撃の余波だけで、薙ぎ倒されていくのだ。


「あと5人!」


 残っているのは明らかにまだ20人ほどいるが、リィラにとっては20も5も変わらないのだろう。

 その証拠に数秒の後には、名実ともに5人になった。


「これで終わりだ!」


 リィラが5人に向かって、猛突する。

 その時だった。


 どかっ。


「わぷっ!?」


 リィラが転んだ。

 リィラの横で足を少しつきだした体勢で身を低く構えているエヴァ。彼女が、足を引っかけたのだ。


「な、何をする!」


 鼻を押さえたまま、すぐさま立ち上がるリィラ。そしてエヴァの胸ぐらを掴んだ。


「感謝して欲しいわ、今、あそこに行ったら、死んでたかもしれない」


 何かを知っているような口ぶりでそう言ったのは、ヘカテーのようだった。


「お前、何を言って……」


「ウチに気付いたんは、そのお嬢さんが2人目やわ。えらい"外れた"娘たちを連れてはるんですなぁ? 少年」


 突如、女の声がした。

 その声のした方向。船の舳先にその女は立っていた。

 まず目についたのは、胸元を大きく開くようにわざと着崩している着物。

 足の裾も大きく縦に切り開かれ、太股まで覗いている。

 次に地につくほどに長い黒髪。

 そして、端正な顔立ちに見える顔の上半分を覆うような黒い目隠し布。

 その着物の着崩しや、豊満な身体つきが妖艶な印象を醸し出している。


「お前……薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)ね」


 ヘカテーがそう言った。


「あらあら、ウチの名前まで。ほんに驚かせますなぁ。大人しく船でおねんねしてれば、ウチの子らに可愛がってもらえたのになぁ。今からじゃせいぜい使われるだけ。何も気持ちええようにはしてもらえへんよ? 可愛ええお嬢ちゃん」


 怒りと羞恥で顔を真っ赤にするヘカテー。

 そんなヘカテーに追い討ちをかけるように、目の前の女、薬袋は嘲笑った。


「もっともあの快楽も知らんようなウブな生娘みたいやし。無理強いするのも悪くはないなぁ。連れてかえって、めちゃめちゃに壊してやるのはいかがです?」


「貴様、人間の分際で私に勝てるとでも? この『ティーアの悪霊』に!」


 ヘカテーがそう叫ぶと同時に、残っていた兵士たちが怯え震えながら、無様な悲鳴をあげて逃げ始めた。ティーアからかなり離れているだろうこんなところにも話ぐらいは通っていたのだろう。それぐらいの怯え方だった。

 が、薬袋はそんなことは意にも介していないと言うように、クスッと笑った。


「ティーアの悪霊……よろしおす。薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)、小ぶりの獲物でも喜んでお相手させていただきますえ」


「そっちこそ小物のくせに……! シンシア!」


 そう叫んで、ヘカテーは右から左に手を振った。


「またシャバか~なんて暇はないんですね。誰かは存じませんが、何となくボンキュ的な体型がムカつくので消し飛ばします」


 表も裏も理不尽な理屈だった。

 シンシアの周りに展開される巨大な魔法陣。それら全てが見たこともないような複雑な魔法陣だった。


「えらい『理』を持ってても、ウチの前では無駄ですえ?」


 至近距離。

 俺の背後から首に回された細い腕。肩にかかる柔らかな肉圧と、人の身体の温もりを感じた。


「え?」


 後ろから抱きすくめられていた。他ならぬ、薬師寺丸薬袋に。

 目の前の舳先には、すでに誰もいなかった。動く。その気配すら感じなかった。


「少年。にいさんがこの子達のリーダー、ウチには何も隠せへんよ」


「……?」


 特別力をこめられているわけでもない。それなのに、その腕を振りほどけなかった。薬袋はアルヴァレイの頬に顔を寄せた。


「『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』を2人も連れとるやなんて、ウチ、興味出てきたわぁ」


 唇が俺の頬に軽く触れ、思わず右手の短剣を取り落とす。


「アルヴァレイさんから離れろーっ!」


 シンシアの叫び声に呼応するように、全ての魔法陣が瞬いた。


「クライシスカノン!」


 広範囲大規模多角遊撃魔法クライシスカノン。

 新暦300年頃、特別強力な魔法技術を持つマリスと言う王がいた。

 冷酷で残忍なマリスはその優れた魔法センスを駆使し、自ら指揮した魔導騎士団で大陸の半分を滅ぼし、自ら『狂悦死獄(マリスクルーエル)』と名乗った。

 しかし、その覇権もつかの間、腹心の部下だったアゼルが魔物用の封印式を用いて、マリスをある森の大樹に封印した。しかし、マリスは封印の直前にその支配した国全土に向けて、破壊の魔法を撃ったとされている。

 それがクライシスカノンだと伝えられている。

 要するに、古代の殲滅魔法だ。


「大層なオモチャを振り回しとりますなぁ。確かにウチはあんたらの敵どす。でもなぁおいたしたら……あかんえ?」


 気迫だけでヘカテーが一瞬怯んだ。

 しかし、魔法陣は止まらなかった。

 船を取り囲むように散らばり、周りに展開し、船に照準が合う。そして、魔法陣から光の束が顔を覗かせた。

 みるみるうちにその光の束は大きくなっていく。全ての魔法陣で同じように光が肥大していた。


「死にとうなかったら動かんことや。ウチは死人を出したいわけやあらしません。少年、ウチは悪い女や。でも腐った人間になったつもりはないんよ」


 薬袋は耳元でボソッと呟くと、身体を離した。

 首に回されていた腕も引かれた。俺が振り向くと、薬袋の姿はそこにはなかった。薬袋は、物陰に隠れていたルーナのそばにいた。


「ルーナ!!」


「動くな!」


 駆け寄ろうとしたところを一喝される。

 それだけで身体が動かなかった。


「アルヴァレイ! 私が……」


 リィラの言葉は続かなかった。リィラの首筋を這う薬袋の指がその言葉を押し留めていた。


「きれいな肌しとるなぁ。うらやましいわぁ、可愛ええお嬢さん。でも、ちょっとの間大人しくしてなきゃあかんえ? まだ2人も世話やかせがおるんよ」


 リィラの身体が力無く崩れ落ちる。薬袋はその頭を押さえて、そっと横たえた。


「あとはあのアホなお2人……」


 そうか、リクルガとか言う赤い騎士甲冑の男だけでなく、鬼塚まで助けるつもりなのか。

 容易に予想できるアホな2人だ。

 と思っていると、薬袋は既に赤い騎士甲冑と筋肉の塊をその細い肩に乗せて、俺の方に歩いてきていた。


「よう間に合ったわ~」


 いつのまにかルーナとリィラまで俺の近くに寄せられていた。


 バチバチッ。


 その時魔法陣が火花をあげた。


「死んじゃえ~っ!!」


 シンシアは我を忘れていた。


「確かに薬袋も死ぬかもしれないけど、俺らも死ぬから!!」


 俺の叫びも虚しく、魔法陣の近くで光の束がキリキリと収束し、船に向かって放たれた。


「あっ、やばっ……」


 シンシアが今さら我に戻った。

 口に手を当てて、目を丸くして、呆けたような表情でこっちを見ていた。そして、気がついたように甲板を蹴って走りだし、舳先から海に飛び込んだ。


「逃げた……」


 同時に着弾。

 轟音と共に船が傾く。さっきまでたくさんの人が乗っていた船が、数秒間で蜂の巣になり、次の数秒で真っ二つになって、激しい水柱をあげて渦を作りながら、瞬く間に沈んでいった。


「っぷは」


 海から顔を出したシンシアは辺りをキョロキョロと見回した。


「お姉様、みんな沈んでしまいましたけど……。今から助けるって言ったって無茶ですよ。あの渦の中行くなんて自殺行為です。少しおさまってからじゃないと。いえ、何でこんなことになっちゃったのよ、と叫ばれましても、元はと言えばお姉様が、ナンデモナイデス……」


 その様子を俺は甲板から見ていた。

 いや、正確に言えば甲板の一部だ。船が沈んだにもかかわらず、甲板の前半分、俺や倒れた兵士達のいる部分だけが何事もなかったかのように残っていた。


「何をしたんですか……?」


 甲板は浮いていた。

 いや、浮いていると言うよりは、動いていなかった。しかも、その下の海に一点の影も落としていない。まるで何もないかのように。


「あんさんらを助けるために、"外した"だけ。おもしろかろう?」


「? ……ありがとうございます」


「礼には及ばへん。これでおあいこやわ。少年」


「え?」


 意識が急に途絶えた。


「ウチは『悪い女』で『敵』ですえ?」


 薬師寺丸薬袋は嘲笑った。高らかに笑った。

 しかし、ヘカテーがその高笑いに気づくことはなかった。

リクルガ……ただの響きで決めました。

エヴァ=エヴァンジェルレクイエム……英語の『福音』と『鎮魂歌』です。

クライシスカノン……英語の『危機』と『砲』です。

狂悦死獄……恐悦至極の字を変えました。

マリスクルーエル……英語の『悪意』と『残酷な』です。

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