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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第三章『マルタ城砦』
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(2)再会‐Ein schoner schwarzer Hirsch‐

 黒き森(シュヴァルツヴァルト)はあまり変わっていなかった。

 変わっていたのは、あの日見た戦いの傷痕も綺麗に癒えていたこと。

 そして、シャルルの家だった瓦礫がれきが綺麗に片付けられていたことだった。


「シャルルもいないみたいだな」


「私、好き、ここ、場所」


 シンシアは、黒き森(シュヴァルツヴァルト)に着くとすぐに人格をティアラに交代していた。

 曰く、


『人の隣で並び立つなんざ精神を愚弄されるようなもんですから。私は遠慮してみてみます』


 だそうで、なぜか無性に腹が立ったのだが。


「そう言えばルシフェルが旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)が近くにいたら場所を感じられる人格がある、とかいってたよな。ティアラ、そいつ出してくれ」


「あの子はあまりお奨めはできない。それでもいいなら了承した」


「誰だ!?」


「私、名前、鳴けない小鳥(レジストハート)。私、呼び名、ティアラ。貴方、持つ、熱? 大丈夫?」


 ティアラはそう言って首を傾げた。そして俺の額に手を伸ばしてきた。


「いや、熱はない。お前、普通に喋れるのか?」


 伸びてきた手から逃れる。


「……普通にと言うのが、こういうことならしゃべれない訳じゃない」


「何で、あんな変な喋り方するんだ?」


「私、嫌い、あれ。それだけ」


 よくわからない。

 けど嫌いと言われれば、何も言えない。

 あくまで本人の自由だ。


「誰です? この変なの?」


 唐突だな、ティアラ……じゃないか。びっくりした。もう代わったのか。


「一応名を名乗ってやりますけど、名前では呼びやがらないで下さいよ。私の名はアリス。またの名を『冷笑のアリス』。二つ名を『理解を越えた珍獣アリス』もしくは『世紀末の魔獣アリス』、最近は『未知の幻獣アリス』と呼ばれています。以後お見知りおきをよろしくお願いします」


「お前名前多いな」


 どんだけころころ変わってんだよ。しかも最初の奴以外人扱いされてねえ。


「ちなみに最初の『冷笑のアリス』は自分で呼んでました!」


 なかなかどうして、いやかなりエキサイティングな奴だな、こいつ。ということは最初から人扱いされてないってことか。


「最近のアリス時事ネタです。ずっと末っ子だったアリスに最近やっとシャルルという妹ができました。それで、どんな妹かと思っていたらなんと! 私よりもすっごく大人びやがっていましてね。残念というか何というか。とても複雑な気持ちになりました。ところで私はなぜここに?」


 今さらか。まあいい、話が勝手に戻るならやりやすい。


「まあ私がここにいやがっても、好きにしてくださいってことで、私はどうすればいいんですかね? って、はっ! 頭の中から声がします! 何々……旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)を探せ? 旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)って何ですか!? わからないものは怖いです~! あぁ~なるほどそういうわけですか! わかりました、ティアラ姉さま。アリスに任せて解決です!」


 ティアラが話を済ませてくれるのはありがたいんだが、どうも蚊帳の外ってのは好きじゃない。さっきからアリスのテンションの上がり方が激しいのも気になる。


「それでアリスが働くと、どんなご褒美が貰えますか!? ……え、マジですか!? アリス、大人の階段上がっちゃいますか? わかりました。それでは始めますよ」


 話が……おかしい。意味がわからない。ティアラさん、貴方何言いました?

 アリスは息を吸って、目を閉じた。

 とたん、森の中が急に静かになった気がした。アリスが静かになったからだけではない。

 森の木々のざわめきや、動物たちの鳴き声すら聞こえなかった。


「アリス……?」


 返答はなかった。

 そして、アリスは目を開いた。

 ゆっくりと、光を確かめるように。


「……!」


 アリスの眼球がなくなっていた。

 いや、ある。

 ただ黒いモヤモヤしたものが眼孔から溢れ出すように目を覆っていた。光の中に落ちた影のように、もがくように見えたその闇は、瞬く間に小さくなり、消えた。よく、わからなかった。

 そして、アリスの身体が崩れ落ちた。

 とっさに腕を伸ばして、その身体を支える。体重なんて無いかのように軽いその身体が俺の腕の中に収まる。


「アリスです!」


 自分の名前を叫びながら目を覚ました。


「危なかったです……筋肉質の山羊があの世に旅立つところに出くわしてしまいました! 大変怖かったです……」


 いつかの何かとリンクしていた。


「で、どうだったんだ?」


「愛しのシャルルさんはいないようですが、何やら別の旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)がものすごい速さで近づいてきていますね。接触まであと1分ほどです。面倒そうなので、私はそろそろ誰かと変わります」


 誰かって誰だよ、ティアラか? 中身がわからないと、少しばかり怖いんですが。


「あれ、アル君。どうかしました? て言うか私、さっきまでルシフェルと無限しりとりやってたのに……」


「お前ら、無限しりとりしかやることないのか……?」


 姿を見る限り、ヘカテーのようだった。

 他に外見が同じ奴いたら別だけど。


「どうかしたの?」


「なんか旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)が俺たちのところに来るってアリスが」


 俺がそう言った瞬間、不意に周りの木々がざわめいた。

 静まり返っていた空気がその喧騒に呑み込まれる。


 ガサッ。


「きゃっ……。あっ……えへへ。怖くなんかないですよ~」


 小さな悲鳴をあげたヘカテーが、飛び退いた後、恥ずかしそうにはにかんだ。柄にもないことを。

 なんて考えてる暇はない。

 もしかしたら、相手は危険な奴かもしれない。そう思った時だった。

 突然、森の奥からそれは現れた。巨体に似合わない素早さに、黒々とした艶のある毛並み。

 頭に生えている細く美しい角や流れるようなその動き。

 そしてその蹄は黒光りしていて、地面をえぐるように目の前で急停止した。


「ル……」


 アルヴァレイの口から呟きが漏れる。


「ベルンヴァーユ?」


 ヘカテーは俺の後ろで尻餅をついたまま、震える声で呟いた。


「ルーナ!」


「ルーナ? あ、そっか。この子がシャルルのえっと……家族なのね」


「ああ、久し振りだな。元気だったか? ルーナ」


 頭を撫でてやると、ルーナは嬉しそうに耳をピクピクと動かした。


「ねえ」


「どうした? ヘカテー」


「アリスが『そのベリーキュートなモフモフが旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)です』って言ってるわよ」


「……………………………………はい?」


 ちょっと待ってくださいよ。ルーナは動物ですよ?

 旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)ってあくまで人型なんじゃないんですか?

 ルーナはある意味俺の常識の最後の砦なわけじゃないですか。

 そのルーナが旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)なんて言われたら泣くよ?

 人目もはばからず、大声で泣きますよ? いや、泣かないけども。


「ルーナ、貴方って人の形になれる?」


 首をかしげるように、もたげるルーナ。

 その仕草は頷くようにも、横に振るようにも見えた。頼むから横であってほしい。

 しかし、現実そううまくはいかない。

 瞬く間にルーナの体は小さくなり、巨体が消えた後には俺と同い年ぐらいの少女が残った。

 毛並みと同じような艶のある黒髪が足下まで伸び、頭の上から突き出た耳と脇腹と腕の間に覗く尻尾は元の姿のそれであり、凜としたその表情はまさにベルンヴァーユを彷彿とさせ、きめ細かい肌の白色は透明感のある光を反射し、無駄な筋肉のない細い身体は、メリハリがついているにもかかわらず華奢な印象を受ける。

 しかし、その姿は元が獣だったわけで、特に何の違和感も感じることなく、堂々と直立していた。

 そのために俺は目を背けずにはいられなかった。

 要するに全裸だったわけである。


「えと…………ルーナ、です?」


 控えめに言ったルーナの目の前でヘカテーに目を潰されかけた。俺ちゃんと目を背けてたのに。







「何故、知らない間に1人増えている? アルヴァレイ、説明してみろ」


 壁際で剣を喉に突きつけられてたら、口を開くことすら許されない。


「言えないならお前はここで脱落だ」


 何からだろう。


「ちょっと待って下さいって!」


 リィラをなんとか突き飛ばして、壁から離れる。

 その間にリィラは体勢を立て直していた。

 俺たちのいるここは、テオドール唯一の外泊施設の一室で、大抵が港から出る商船、客船の乗船者が出港までの日を滞在するために使われている。


「なら説明しろ」


「えっと、こいつはシャルルの家族のルーナで、黒き森(シュヴァルツヴァルト)にいて、実は旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)なんですけど。実はベルンヴァーユなんですよ。シャルルを探してるって言ったら、一緒に行くって聞かなくて、一応止めたんですけれど、結局ついてきちゃったんですね。この説明で納得してもらえましたか? おいちょっと待て、なぜ剣を抜く」


「あいつはシャルルの家族だと言っただろう。つまり私のかたきだ」


「ルーナはあの夜、ずっと俺といましたから。ルーナは誰も殺してませんよ」


 リィラは構えた剣を下ろし、ふむ、とルーナを見る。

 その視線に気づいたのか、ヘカテーに話しかけられているルーナもリィラと目を合わせ、ぎこちなく微笑んだ。


「本当にベルンヴァーユなら、その姿を見せてもらおうか。おい、そこのルーナとやら! 今すぐ元の姿に……もがもが」


 急いでリィラの口を塞いだ。


「やるんなら、俺と鬼塚が出てから、服を一度脱いでやってくれ。姿を変える度に服引き裂いてたらキリがない」


 そう言いながらアルヴァレイが廊下に出た30秒後、リィラのかけ声と共に鬼塚が廊下に蹴り出された。

 乱暴に閉められるドアと内側から鍵を閉める音。

 そこまで信用ないのか、俺たち。

 中から聞こえてくる羞恥の悲鳴。

 もちろん、悲鳴の主はルーナだった。


「しまった……、あの2人と一緒にするんじゃなかった」


 後の祭り。

 30分間続いた悲鳴に周りからの目が痛々しくなってきた頃、アルヴァレイたちの入室が許された。

 部屋に入るとルーナは床に座り込んでぐずっていた。


「何したんですか?」


「「身体中触って弄り倒した」」


 2人揃ってハモりやがった。


「トラウマになりますよ!?」


「私は楽しかったからな」


「問題ないです♪」


 コイツら……。ルーナがあまりにも不憫だ。


「…………この人たち……っぐす、嫌いです」


 ルーナはボソッとつぶやいた。


「ルーナ、あの2人にはあまり近づくなよ。それと面倒なことになりたくなければ、あの筋肉ダルマにも近づくな。色々と面倒を引っ張ってくるから」


 しかし、あの2人と鬼塚を除けばアルヴァレイしか残らない。できるだけ早く人に慣れる必要のあるルーナにとって、気安く話せるアルヴァレイは訓練にならない。


「最悪、ルシフェルかヘカテーじゃない時のあいつとなら話してもいいや」


 ヘカテーの身体を指で指し示す。


「……はい」


 すでに身に染みて、体感してしまったためか、その返事は相応の重みを持っていた。

 本人は望んでいないだろうが。


「それでリィラさん。船の方はどうなったんですか?」


「2日後にヴァニパル行きの商船が出る。軍需品とは関係のない民間船だから、敵の軍艦に襲われる心配もないだろう。あと怖いのは賊ぐらいだが、まあ、賊ぐらいなら鬼塚もいることだしな」


 リィラはそれだけ言って、ジトッとした目で鬼塚を見た。

 すでに筋トレの世界に入っている鬼塚に、リィラは嘆息し肩を落とした。鬼塚の存在意義を無理矢理くっつけるような乗船交渉になってしまったことなど、色々悔いているのだろう。

 気持ちがわかるだけに俺は同じ目で鬼塚を見た。鬼塚はそんな視線の中でも、それに気づいていないようで暑苦しい汗を流していたが。


「リィラさん、護衛は鬼塚だけですか? それとも皆ですか?」


「残念ながら皆、正確に言えば、私と筋肉、お前とヘカテーの4人だな。何事もないだろうが、人数が多いにこしたことはない。そう考えての要求だろう。見返りに酒を要求したんだが、断られた」


「当たり前です。護衛が呑んでるなんて、話にならないってことぐらい、いい加減にわかってください」


 理不尽に無茶苦茶だった。

アリス……よくありがちな女の子の名前です。

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