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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第二章『ティーアの悪霊』
19/98

(6)落着‐Das Madchen naherte sich einem Jungen‐

第二章『ティーアの悪霊』編最終話です。

 アルヴァレイ=クリスティアース、リィラ=テイルスティング、鬼塚石平、ヘカテー=ユ・レヴァンスの4人は1つのテーブルを囲んで座っていた。ヘカテーを縛る金色の鎖はまだその拘束が効いているが。

 そして今現在この瞬間、リィラは無抵抗の鬼塚の顔に向かって、思いきり拳を振り抜いていた。


「殴るぞ、鬼塚ぁっ!」


「お約束ですが、もう殴ってますよ、リィラさん」


 こうなったのは鬼塚の言った『妙案』が問題だった。


「ふざけるのも筋肉だけにしろ鬼塚。そろそろいくら私でも我慢ならん!」


 どの辺に我慢があったのか説明して貰いたいものですが、あの2人の間に入りたくはない。

 どうなるかは目に見えて、身にしみてる。


「何で、私と『悪霊』がお前らと共に行かねばならない!」


 そう。鬼塚の妙案。

 それは俺とリィラ,鬼塚の現仮ギルドメンバーに加え、ヘカテーもシャルルを探す旅に同行する、というものだった。しかも、鬼塚の思考がそんなところに墜落した理由も問題だった。


『共に戦えば、筋肉同士の友情が芽生えるだろう!』


 論理性の欠片もない。

 リィラが怒るのも無理はない。

 鬼塚の"妙案"には明らかに大切な事実が2つも抜けているのだから。


 リィラと俺は互いに相手を騙していたが故に一緒にいる資格がない。

 ヘカテーは"悪霊"ルシフェルの人格を内包しているために危険。


 この2つは明らかに抜けていてはいけない問題だ。


「馬鹿馬鹿しい! 私がそんな資格を持っていると思うか!?」


「うむ、それなんだが。俺の目から見る限り、貴様の筋肉は中々のモノだ。よって資格は十ぶ」


 鬼塚が座っている椅子と一緒に叩き潰された。


「誰が筋肉の話をしているか!? ええい、話が通じん!」


 床に転げ落ち、訳がわからん、とつぶやいて、頭を掻く鬼塚。


「こうすれば、万事解決ではないか。何を躊躇うことがある」


「そうできれば苦労はせんわ!」


 鬼塚が椅子の残骸もろとも、部屋の隅に転がった。

 その時、鬼塚が不敵に笑った。無茶苦茶似合わない。


「む、そうしたいとは思っているのだな? 俺や小僧と共に旅をしたいとは」


「う……っ」


 リィラが目を泳がせる。

 その短い間に鬼塚は復活し、どこからか持ち出してきた椅子に腰かけた。

 性懲りもなく、リィラの隣にだ。


「『悪霊』、貴様はどうなのだ?」


 鬼塚はヘカテーに話を振った。


「一応言っておきますと、私は悪霊じゃありませんからね。悪霊はルシフェルのことですから」


 すました顔でわざわざ訂正してから、ヘカテーはアルヴァレイを横目でちらりと見た。

 そして、鬼塚に向かって、口を開く。


「私はそれも面白いんじゃないかと思ってます」


 いや面白いって、何だかんだルシフェルに似てませんか、ヘカテーさん。


「つまり、貴様は同行してもいいということだな、悪霊」


「ヘカテーです」


 鬼塚が話し合いの場を仕切ってるのを見ていると、なぜだか腹が立ってくる。

 とは言え、このシビアな問題を簡単に考えられる能天気さは、ある意味うらやましい。特に今みたいな状況では。

 その意味では鬼塚に感謝しなければならないだろう。


「さて、お前はどうする、小僧」


「アルヴァレイです」


「気にするな小僧。で?」


「俺は……」


 嘘をついても仕方がない。

 どうせさっき一度失敗したことだ。


「俺としては、リィラさんには一緒に来て欲しいです」


 はっきりと言った。

 リィラは黙っていた。

 そして、黙ったままリィラはテーブルをバンと強く叩いた。


「お前もふざけているのか。私にそんな真似はできん。ただでさえ生き恥をさらし、お前を騙していた私は……私に何をしろと言うんだっ……」


 リィラはうつむいてしまった。


「テイルスティング。お前は小僧に恨みがあるのか?」


 鬼塚は唐突にそう言った。

 それに対して、リィラはばっと顔を上げた。リィラの目は涙に潤んでいた。


「そんなわけないだろう! 私のこの思いは、あの"魔女"にのみ向けられる!!」


「貴様と"魔女"の間の問題に小僧を巻き込むのはいただけんがな」


 鬼塚はそう言い放った。

 リィラは雷に打たれたかのように、よろめき、ゆっくりと後ずさる。

 もちろん鬼塚のこれは極論だ。

 しかし、その言葉はリィラの目の前に小さな1つの逃げ道を作る。妥協の道を作る。


「私は……私は……」


 リィラは心を揺さぶられ、落ち着きを失っていた。

 残念ながら、あの鬼塚の言葉によって。

 と言うかシリアスなシーンでこんなことを考えるのもあれだけど、鬼塚って結局馬鹿なのか馬鹿じゃないのか、どっちかはっきりしない。


「私は、どうすればいい……」


「俺の弟子に」


「死んでも断る」


 鬼塚はまたしても椅子と一緒に叩き潰された。床に転がった鬼塚は、追撃で壁に叩きつけられる。

 リィラのそんな様子を表せるような言葉があった気がする。

 えっと、ああ、そうだ。


「照れ隠」


 顔の横を細身の折れた剣が通りすぎていった。

 凶悪な殺気に口をつぐむ。


「何か言ったかアルヴァレイ」


 カンッという音に振り向くと、リィラの剣が、壁に対して垂直に突き立っていた。

 折れた剣が壁に刺さるなんてことが本当にあるのか?


「いいえ」


 にこやかで自然な笑顔で答えられたのは、ある意味奇跡だった。


「さあどうする?」


 鬼塚は壁に新しいひびを作りながら、リィラに向かって問いかける。部屋の中が緊張で沈黙する。


「私は……」


 リィラは悩んでいるようだった。


『ねぇねぇ、アル君』


 頭の中に声が響いた。

 ハッと隣を見ると、ヘカテーが悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見つめていた。目を見るとその目は、面白そう、と語っていた。

 自重しろ。

 そう視線に乗せて送ったつもりだが、ヘカテーは何も気づいていないようだった。


『私が助けてあげるよ、あは♪ ねぇ、助けて欲しい?』


 ヘカテーではなくルシフェルのようだ。


『この空気を一言で変えられるよ♪』


 リィラと鬼塚に気づかれないように、小さく頭を縦に振る。ヘカテー、いやルシフェルはその答えを待ちかねていたかのように表に出てきた。


「やっと出られた~!」


 第一声がこれだった。


「ねえねえ、リィラ=テイルスティング。いいこと教えてあげよっか?」


「黙っていろ。気安く呼ぶな」


 リィラはルシフェルの言葉を一蹴した。

 よく考えれば、話がこんがらがった原因は元々ルシフェルのせいだ。その辺りの事を少なくとも良くは思っていないだろう。


「あ~あ、つれないなあ。ほんと、釣れないなあ♪ 私は親切で言おうとしているのにさぁ~。まあいいや勝手に喋っちゃえばいいんだし。頼まれちゃったし」


「勝手なことを抜かすな、悪霊がっ」


 刺々しい口調が耳に残る。


「私、シャルルちゃんの場所わかるんだけどな~ぁ」


 いきなりかなり重要な情報をカミングアウトしやがった。


「貴様……!」


 リィラはテーブルを叩き割り、身を乗り出した。

 それでバランスを崩した俺は椅子から転げ落ち、石造りの床で背中を強打した。

 普段なら受け身くらいは訳ないが、今の俺はタイミングが悪く、動揺していた。


「ッゲホッ! ど、どういう事だ?」


 立ち上がろうとテーブルの残骸に手をついた瞬間、手の下に違和感を感じ、不用意を後悔した。


 バキッ。


 左肩を強打する。


「あはは♪ アル君、焦りすぎ~。正確に言うなら、『わかることができるかもしれない気分になる人格がいた気がする』ってだけだけど♪ あれ? 怒った?」


 リィラの剣がルシフェルの首のあったところを薙ぎ払った。

 後ろの壁を振り返ると、さっきまでそこに深く突き刺さっていた剣は、跡だけ残して消えている。相も変わらず色々と規格外だった。


「ちょっと! ヘカテーの身体だって言ったでしょ! 本当に斬れたらどーすんのよ! ちょっ……アル君! この牝、人の話通じないの~!? 危なっ、助けて!」


 助けても何も、今リィラに近づいたら切り刻まれてしまう。

 あと人に対して牝って言うなよ、火に油注いでるぞ。

 それとリィラが人の話を聞かないってわかることが仲良くなる最短の方法の入り口だ。諦めも肝心だからな。


「私といれば、シャルルを探すのも簡単になるよ♪ ってちょっとアル君、この牝、だんだん理性が飛んでるーっ!」


 ルシフェルの楽観的な声が焦燥に駆られた悲鳴に変わってゆく。空を裂くヒュッという音が絶え間なく続く。


「はっ、はっ、ふっ、ほっ……」


 荒い息遣いに気づいて振り向くと、鬼塚が筋トレに励んでいた。

 この人はこんな中で何をしているんだろう。この状況がわかってないのだろうか。


「む? 周りが騒々しい気がする……。何かあったのか……?」


 腕立て伏せをしながらそう呟く鬼塚は、すでに覚えていないようだった。


「避けるな、悪霊!」


「避けなかったら、ヘカテー死ぬんだけどーーーーーっ!」


『アル君、アル君。あんな牝……あ、人でも殺しちゃダメなんでしょ? そろそろ止めてあげなきゃ危ないよ? リィラさんが♪』


 頭に響くヘカテーの声。

 つまり、そろそろ止めないとリィラを殺す、ということだろう。

 さっきから薄々感づいてはいたけど、ヘカテーはルシフェルよりよっぽど性格が悪い。

 というよりも性質たちが悪い。


「仕方ないか……」


 まず鉤爪を左手につける。

 次にできるだけ身軽にする。

 剣を右手に持って捧げ持つ。

 神様に無事の生還を祈る。

 現時点、この世でもっとも危険と思われる場所に突っ込んだ。

 とたんに響くいくつもの金属音、それはしばらく続き、やがて止まった。


「何をする」


「人を殺しかけといて、どこの口がそれを言いますか」


「私の言うことには、大人しく従っていろ、アルヴァレイ」


「どこの暴君ですか」


 ちなみにリィラの方は無傷だが、俺はボロボロだ。

 『理不尽な暴君』と言う二つ名を考え付いた。覚えておいてその内出そう。


「何だかんだ、力の差を思い知りますよ。色々と勝ってるところがあるので、別に気にはしませんが」


 身体中がずきずきと痛むが、とりあえずリィラが落ち着いたようなのでよしとする。

 切っ先を見て、ぶつぶつ何事か言っているようにも見えるが、気のせいだと信じたい。


「リィラさん。一緒に来てくれませんか? お願いします」


 リィラは大きなため息をついた。


「なぜだ? なぜ私にこだわる」


 どっかで言ったような台詞だった。


「リィラさんは強いですし、一緒にいてもらえると心強いです(バカですが)」


「何を言うかと思えば……」


「それと純粋に一緒に居て欲しいです」


「っくぅ、馬鹿……仕方ない。いいだろう、ついて行ってやるよ」


 最近リィラが理不尽じゃない……。


「そうか! はっはぁ!! やっと弟子入りする気になったか!!」


 鬼塚の巨体が壁をぶち破り、壁の向こうの廊下に消える。


「アルヴァレイ……せめて鬼塚を除いた3人にしないか?」


「奇遇ですね。今ちょうど俺もそう思っていました」


 『鬼塚の戦闘力の期待値<鬼塚の馬鹿による被害』


 世界の根本に根ざす摂理の一端を悟った気がした。

 なんて素晴らしい大小関係式。素晴らしければ必要とされると思うなよ、世界の摂理。


「さて、行くかぁ!!」


 いつの間にか戻ってきた鬼塚は、ものすごい勢いで空を裂き、地面に触れることなく元の方向に戻っていった。







「身体中の筋肉痛が激しいんだが、貴様俺に何をした、テイルスティング」


「日々常々の筋トレの成果が出たのか? よかったな、鬼塚!」


「そうか! よかった!」


 納得してしまった。


「これは大きな一歩の後退だな! 鬼塚! これからもしっかり退化しろ」


「おうよ!」


 承知してしまった。


「む? ちょっと待て……テイルスティング。今、なんと言った?」


 何かに気づくような鬼塚なんて、『筋肉質の百合の花(マッスル・リリィ)』並みにエンカウント率低いんですけど。

 あまりの珍しさにリィラどころか、初対面とあまり変わらないヘカテーまでもが、足並み揃えて五メートル近く後ずさっていた。


「気のせいか……?」


 オチがひでぇ。

 王道ならここで『一歩ではない!』とかの見当違いの方面か、少しひねっても『貴様、俺に命令形か!?』みたいなのを期待して、覚悟していたというのに。

 まさかの『気のせいか?』発言に、5メートル離れた場所で膝をつき、肩を落としている2人に声をかけづらかった。

 鬼塚に振り回された形で城を出た4人。内1人人外1人筋肉1人かろうじて人残り一般人の凸凹デコボコパーティはとりあえずという流れで山を下っていた。


「テイルスティング、次はどこだ?」


「私に聞くなよ、他を当たれ」


「他? 誰に聞けばわかる?」


「筋肉の神様」


 鬼塚はものすごい勢いで山を駆け上がっていった。


「お見事です、リィラさん」


「ふん。お前の常々を思い出しただけだ。そんなどうでもいいことより、アルヴァレイ、次はどこだ?」


「……ヴァニパルですね」


 アルヴァレイはため息混じりにつぶやいた。

 どうせだったら聞き漏らしていて欲しい、と祈りながら。


「ヴァニパル? 海の向こうじゃないか、もうそんなところか?」


「1年もすれば、歩きでもこの大陸ぐらい回れますよ。ただでさえ、一番小さい大陸なんですから」


 再びため息。


「アル君、元気無いねぇ」


 ヘカテーが顔を覗き込んできた。

 今や上半身だけを拘束している金色の鎖に、光が反射して少しまぶしい。


「そう見えますか……」


「そうにしか見えない♪」


 3度目のため息。


「あの辺は後回しにしませんか?」


「効率が悪い。却下」


 取り付く島もない。


「あそこに何かあるの?」


「……クリスティアースがあるんですよ」


 この時の俺は、いつにも増して、険しい表情だったと聞く。







「その鎖、もう外してもいいんじゃないのか? つらいだろ?」


「ああっと、これはいいの。私の罪の重さだから。これは着け続けてなきゃいけないの。私のためにも」


「んな殊勝な奴かお前が。本音は?」


「趣味」


「本音あるのかよ。ていうか趣味って何? 鎖に身体締め付けられる痛みが好きってこと?」


「こっちの方がキャラ作りっぽいでしょ? 身体中を金色の鎖で拘束された可憐な美少女が、戦いの中で攻撃を受ける度に鎖の間の服の布地から破られていくのよ。ピンチになるほど、いい絵になるの。そう考えると興奮しない?」


「しねえよ。お前はヘカテーなのか? ルシフェルなのか?」


「どうしたの? 顔、赤いわよ」







 1年かけて、辿り着いたのはテオドール。複雑な気持ちだった。

ヴァニパル……名前は響きだけです。説明は本文に。

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