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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第二章『ティーアの悪霊』
18/98

(5)旧き理‐Der Inhalt des Madchens‐

――2000年とちょっと前、世界は大きく変わりました。

 もともとこの世界は3つだったんです。

 信じられないはずです。

 私もルシフェルから聞いても信じられませんでしたから。

 でも、事実なのでいずれ信じてください。

 それでですね。その3つの世界にはそれぞれ別の自然摂理がありました。

 たとえば魔界には元々『如何なる状態でも自意識を失わない』という理がありました。

 これは常に正常な意識を保ち続けるというもので、魔族には『眠り』も永久の眠り、つまり『死』すらありませんでした。

 でも、今は魔族もちゃんと眠りますよね。

 そういうことなんです。

 魔界と神界と人間界、三つの世界が融合した時に、相反する摂理は融合できないので片方を選んだんです。

 それで選ばれなかった方が『旧き理』というわけです。

 そして、どこにも存在できなくなった『旧き理』は新界に悪影響を及ぼしかねません。

 だから『旧き理』は『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』として新界に落とされた。

 例に出した魔界の『旧き理』が『崩れぬ自我』と言うんですけど。

 その殻となる『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』。

 それがルシフェルなんですよ――



 ヘカテーはそこまで言って、俺の反応を見るかのように言葉を止め、じっと見つめてきた。

 誰か助けてくれ、話がわからない。

 と泣きつきたいところだが、生憎頼りになりそうなのは自分だけだった。


「で、私はこの身体に元からあった意識、つまりこの身体の本当の持ち主です」


 いろいろとぶっ飛んだ話だった。

 ヘカテーは俺の表情を見て、柔らかく微笑む。

 鎖でがんじがらめにされた女の子が、目の前で微笑んでいるというのは、どこか怖さを覚えてしまう。

 それにしてもかなりきつく締めたから、肌に深く食い込んでいるはずなのだが、痛くはないのだろうか?


「ヘカテーは比較的まともそうだから聞くけど、何で今ごろ出てきたの?」


 最初からそれを聞きたかったのだが、何だかんだ言い出せなかった。


「いきなり呼び捨てですか。別にいいですけど、むしろ嬉しいですけど。それはもちろん、おもし……いえ、よくわかりません」


 微笑んだまま答えるヘカテー。


「ここ数年はルシフェルがずっと表にいて、私も自由にさせてたんですけど……。ほっぺた切られたときに何となく何かを感じたんです。直感と言うんでしょうかね」


 ヘカテーがそう言って、頬に手をやる。

 しかし、そこにはもう傷跡は残っていなかった。

 ヘカテーはその視線に気づいたのか、頬をわずかに赤く染めて、曖昧に微笑んだ。

 罪悪感にも似た恥ずかしさに顔が熱くなり、視線を逸らす。

 しかしそれでも足りず、ついに立ち上がってしまった。


「少しここで待っててくれ」


 誤魔化すように背を向ける。


「もう1人のお姫様ですか?」


 自分もさりげなくお姫様にしやがった。と言うか、あの人はお姫様ではなく騎士だ。


「まあそんなとこ」


 あからさまな誤魔化しに、ヘカテーがくすりと笑う声が聞こえた。


「いってらっしゃい」


 本当に『ティーアの悪霊』と呼ばれた女の子なのだろうか。人格は違うらしいが。


 俺は部屋を出ると、灰色一色の廊下を歩き出す。

 リィラが眠っているのは部屋を2つ挟んで離れた部屋だ。

 そろそろ目を覚ましてもおかしくない、というかそろそろ目を覚まさないと本格的に危ないかもしれない。

 俺が出て行った後、残されたヘカテーは突然頬を紅潮させて、深くゆっくりとため息をついた。





 もう1人のお姫様、もとい元騎士のリィラ=テイルスティングはもう目を覚ましているようで、部屋の中から人の気配がする。。

 俺が部屋に入ると、まず聞こえたのは食べ物を喰い散らかすような音。

 次に見えたのは、部屋の中心にすえられたテーブルの上に山のように積み上げられた食べ物、主に肉類の中に隠れるように口と腕だけを動かすリィラの姿だった。


「何処から持ってきたんですか……?」


「ん? む、お前か……。これは鬼塚が持ってきたんだ。何処から持ってきたのかは知らん」


 訪問者の存在に気づいていなかったようで、声を掛けてようやくリィラは食べ物の山から顔を上げた。青ざめていた顔は血色もよくなり、とりあえず元気そうではあった。

 と言うか、鬼塚は知らない間に何をやっていたんだろう。


「あの……話があるんですが」


「事情はひととおり聞いた。鬼塚からな」


 何をやっていたんだろうなあ!

 あの人ってただのギャグキャラじゃなかったっけ?


「お前は被害者だ、私のことは気にするな。あれは、あの『悪霊』の存在は、あの能力は、完全に想定外だったが、どうあがいても、私には何もできない」


「リィラさん、あの夜のこと、いつ思いだしたんですか?」


 リィラは腕組みをしたまま、黙っていた。右手の指が落ち着かない様子で鎧を叩いている。

 そして、リィラは口を開いた。


「あの夜、お前もあの場にいたのか……?」


 リィラは尋ねながらも質問の答えは期待していないというように吐き捨てた。


「……はい」


 すまん、と一言つぶやいたリィラの声が頭の中に響く。

 首筋に触れるひんやりとした冷たい金属の感触。

 それがリィラの折れた剣の刃先だと気づくのが遅れるほどの素早さだった。


「正直に答えろ、クリスティアース。お前はあの魔女の何だ?」


 リィラの眉が鋭くつり上がる。

 目には鬼気迫る光が宿り、刃を直接握る手からは血が流れて震えていた。

 俺はリィラに一瞬の躊躇いすら感じさせないように。


「友達です」


 間髪いれずそう答えた。

 リィラの形のいい眉がピクッと動いた。

 その表情は強張り、その視線は俺をまっすぐに見据えていた。

 緊迫した沈黙が辺りの空気に静寂を強いる。


「あいつは……魔女だ」


「シャルルはシャルルです。シャルルは、あの夜まで『魔女』と呼ばれるようなことは何もしていませんでした」


「何だと……?」


 リィラは眉をひそめた。


「シャルルはそれまで人を殺したことはありませんでした」


「お前……知らないのか?」


 雲行きが怪しくなってきた。


「新暦2041年4月10日、エルクレス神和帝国エルクレイド間国境警備隊、同警備隊警備基地内において在職兵士全員の死亡を確認。同月18日、エルクレス神和帝国ハクアクロア警備隊、同警備隊警備基地内において在職兵士全員の死亡を確認。さらに同月27日、テオドール商人の商隊と思われる一団の全滅を確認。……全てが『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』の仕業と見られている」


「嘘です」


「嘘じゃない、全ての件の被害者が、統制のとれた複数の獣類の牙や爪にかかっていた。中には食われていた奴もいた。そして、アルペガの討伐と称して調査したところ、『魔女』は獣類を使役していた」


「あれはシャルルの家族です!」


「同じことだ! その時点で目標を魔女の討伐に切り替えた。そして、あのザマだ。討伐騎士団はリィラ=テイルスティングを残して壊滅、『魔女』を取り逃がした。私は1人無様に生き残り、生き恥をさらし、父上に汚名を着せ、仲間を無駄死にさせた。私は皆の汚名を灌がねばならないんだ!」


 リィラはアルヴァレイの首筋に当てていた剣をゆっくりとずらし、部屋の隅に投げ捨てた。

 そして、1歩足を退く。


「ふ……ふふふ。そうだろうな。お前は悪くないだろう。私は、卑怯だった。お前を……騙していた。私はテオドールを出た時、お前に力を貸す振りをして、お前を殺そうとしていた。お前から話を聞いた時、シャルルというのはあの『魔女』だとすぐ気づいたからな。しかし、鬼塚に気づかれた。あの鬼塚に止められた。それから1年、確かにお前はいい奴だった。いい仲間だった。鬼塚とお前と過ごしていた時間は心地よかった。復讐のためにお前を騙していた自分が情けなく感じるときもあった。まあお前も私に言わなかったことがあっただろうし、それについてはどうでもいい。だが、私はそれでも仇をとらなければならないんだ。復讐を、しなければならないんだ。それがあの時逃げた私の業だ。あの時生き延びた私の責だ。だから、アルヴァレイ。私はお前とはもういられない」


 結局、リィラの話はシャルルの時と同じ結論に至った。

 俺は話を聞いている間からそうなるだろうなとうすうす感じていた。リィラはそういう人なのだから。


「リィラさん」


「何だアルヴァレイ」


「聞くだけでいいですから。黙って聞いてください。シャルルはあの夜の明け方に泣きました。自分のことを『化け物』だと言って泣きました。シャルルは昼間は普通の女の子なんです。夜になると、化け物になってしまうと言っていました。シャルルは人を殺したことを後悔していました。人を殺した自分を憎むほどに嫌っていました。シャルルは俺に『化け物』の姿を見られてしまったことで、嫌われたと勘違いしていました。俺を拒絶して、姿を消しました」


「夜に化け物になる……だと? そんなことが言い訳になると思っているわけではないだろうな。それにそんなことある訳がな」


 リィラの言葉が止まった。

 何だかんだリィラは頭の回転が早い。

 ただ俺の予想より少しだけ気づくのが早かっただけだ。


「まさか『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』だとでも言いたいのか?」


「知っての通り、シャルルには獣のような耳と尻尾が生えています。これはそうじゃなきゃ説明がつきません」


 彼女が『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』だったとしたら、ありえない耳と尻尾も夜の姿も、理屈なしで一応納得できる。まだ『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』のことをよくわかっていない今は、そういうことも有り得るモノ、として認識できるからだ。


「だがそれでも、あの『魔女』の罪が消えるわけではない」


「そうですよね……」


 リィラの目には強い意志の光とも言えるようなモノが宿っていた。

 これ以上何を言っても、リィラは何も変わらないだろう。ずっと隠し続けていた復讐のための記憶喪失の演技がバレてしまったのだ。

 俺が探しているのは"友達"で、リィラが探しているのは"仇"だ。

 その"友達"と"仇"が同じなら、それを知った時点で、その2人が共にいる理由はない。いられるはずはないのだ。


「すいません、こっちの我が儘で引き留めようとしたりして」


「ちょっと待て。お前は今、私を引き留めようとしていたのか?」


「え? いや、まあ」


 リィラは何かを含んだ目で見つめてくる。

 何か言いたげな目にも見えるし、信じられないモノを見るような目にも見える。

 1歩後ずさったリィラの反応は少し気になるが、俺にはそれ以上にリィラのこめかみに青筋が浮いた理由が全くわからなかった。

 言動には気を付けていたつもりだったが、何かが気に障ったのだろうか。


「貴様ら、バカなのか?」


「っうおっ!」


 突然現れた鬼塚の巨体に思わず後ずさる。

 あまりに突然で、視界のほとんどがその身体に埋め尽くされた。

 次の瞬間、その巨体が視界から消え失せた。

 視界に残ったのは、足を上げたリィラとその靴底だった。


「ていうか俺……今、鬼塚にバカって言われたか? いや、有り得ないよな……白昼夢なんだよな? いやでも、やっぱり言われたのか。あの鬼塚に……」


 プチショック再来。聞いたような気がするファンファーレが頭の中にこだまする、気がする。


「いきなり出てきて失礼な奴だな」


 リィラに続いて視線を右に移すと、壁に頭を強打し、大きなひびを作っている、鬼塚の姿があった。

 なぜか激しく痙攣している右手が親指だけを立てている。

 この光景、鬼塚以外なら、間違いなく肉塊に変わっているだろう。リィラも鬼塚だから容赦がない。

 手加減は皆無だった。


「で、何の用だ鬼塚。お前、筋肉の神様とやらを探しに行くと言ってなかったか? さっきの説明では」


 そこまで説明してたのか。

 ちょっと待て。そう言えば『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)云々(うんぬん)の話は鬼塚が出てってからのことのはずだ。

 いつ何処でどうやって話を聞いた?


「おぅ! さすがに強かったぜぇ!」


「いたのかよ!」


 ツッコミを口に出すなんてはしたない。


「なんだ鬼塚。お前負けてきたのか。情けない奴だな」


「俺が負けるわけないだろう」


「お前は筋肉の何だよ!」


 さすがにこれはツッコまざるをえない。


「いやいやそれでもなかなかどうして強かったんだ、あのウネウネ!」


 ものすごく外見が気になるが、筋肉の神とかどうでもよくなるぐらいに、この筋肉バカが腹立たしい。主に鬼塚のせいで少し遅れたが。


「で? 誰がバカだって?」


 そうそうそれそれ。

 でもリィラさん。首筋に剣はやりすぎだと思います。気づけば青筋が2本に増えていた。俺の分と、鬼塚の分だ。鬼塚の方は俺の分の2倍ほどあったが。


「ああ、貴様ら2人あぐぶふぅぐるあぁぁっ!!」


 剣の柄が鬼塚の筋肉質の首にめり込んだ。


「リィラさん。さすがの鬼塚でも首が半分に潰れると死ぬかもしれませんよ」


「ああ、すまない。アルヴァレイ。ついうっかりしてた」


 謝る対象を誤っている。


「貴さぅぱっ!」


「今お前は筋肉ならばやってはいけない大罪を犯そうとしているからな? それ以上先に進むと、私はお前を裁かねばならん」


「テイルスティング、お前……筋肉裁判官だったのか!?」


「知るか。何だそれは」


 言葉の上でも、物理的にも、リィラは鬼塚を一蹴した。

エンシェントルーラー……英語の『古代の』と『支配者』を合わせました。

ヘカテー=ユ・レヴァンス……名前は神様の名前。後ろは適当だったんです。今さらながら『灼眼のシャナ』登場の『頂の座』もヘカテーさんだったことに気がつきました。

金の鎖……後々意味を持ってきますが、ヘカテーの一部を封印するために身に着けているものです。

筋肉神……後で出てきます。

筋肉裁判官……後でも出てきません。

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