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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第二章『ティーアの悪霊』
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(3)悪魔の少女‐Der Teufel erschien‐

 シャルルとリィラの対峙するティーアの山は夜さながらの静寂に包まれていた。


「え……?」


 リィラはシャルルを睨みつけた。

 シャルルはビクッと小動物のように震えて、身を強張らせた。そして、後ろを振り返り、そこに横たわり息絶えている鏃翼竜リンドヴルムの巨体をチラッと一瞥すると、


「ア、アルヴァレイさんが、危なかった……から」


「そっちのデカブツの話などしていない。私が言っているのは、貴様が我が父と同士を殺したあの夜のことだ! 忘れたとは言わせんぞ! 『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』!」


 リィラは叫ぶと、腰にさしている剣を抜いた。


「リィラさん!」


 俺が叫んだその瞬間。

 俺の目の前を霞む何かが横切った。

 思わず反応し身を引いた俺が次に視線を上げた時、鬼塚がリィラを羽交い締めにしていた。

 文字通り、目にも止まらない速さだった。


「何があったか俺は知らん。あの夜の報告書は読んだがな。あの夜本当は何があったかなど、その場にいた貴様らにしかわからんのだ。大義はあるだろうが、まずは落ち着け!」


 そう言った鬼塚は、全てわかっているようだった。 


「大義などどうでもいい! これは私怨だ! 放せ、鬼塚! こいつは……この魔女だけは生かしてはおけない!」


 リィラは吐き捨てた。憎々しげに。苦々しそうに。


「リィラさん、記憶が……」


「記憶か……。ふ、ふふ……アルヴァレイッ。お前にわかるか! 目の前で、父を、同胞(はらから)を、いとも簡単に惨たらしく殺される気持ちが……。臓腑を丸ごと、握りつぶされるような思いがわかるか、魔女め! お前だけは許さない! 今、ここでお前を殺す!!」


 いつ戻ったのか、見当もつかなかった。

 いや、もしかしたら失ってすらいなかったのかもしれない。

 最初から、あの夜を過ぎて目を覚ました時から。全て覚えていたのかもしれない。

 そして、それからずっと、復讐のために陰の無いリィラ=テイルスティングを演じ続けてきたのかもしれない。


「鬼塚! これ以上邪魔立てするようなら、貴様とて切り捨てるぞ!」


 リィラはこれまでに無いほどの剣幕でわめいた。

 何でも大雑把に考えなしに動いていたように見えても、何だかんだいつも冷静でいることができた、彼女がだ。


「腕をへし折らんとわからんか、テイルスティング」


 リィラはぐっと押し黙った。

 鬼塚はいつも馬鹿なことしかしていない。しかし、今はいつになく真面目な表情で、真剣にリィラの怒りを諌めようとしていた。

 それでもリィラは抵抗をやめなかった。

 今鬼塚が手を放せば、躊躇いも無くシャルルの心臓に突き立てるだろう。

 あの夜、目の前で惨たらしく殺されたリィラの父親はあの討伐隊の部隊長だった。彼女が尊敬していた父親の形見となってしまった剣を躊躇無く仇の血で汚すだろう。リィラはそれほどの殺気を放っていた。


「アルヴァレイさん……」


 こわごわと、俺のほうに少し身体を寄せ、リィラの正面から身を逸らした。


「くそっ! 放せ、鬼塚ァッ!」


 リィラは鬼塚の腕を力任せに振り払った。その勢いにバランスを崩す鬼塚。

 その間に、リィラは剣を中段に真っ直ぐ構え、刺突の体勢をとった。

 シャルルはどこか怯えと戸惑い、そして躊躇いを含んだ表情で俺を見た。

 しかしすぐにリィラに向き直り、腰を落として身構えた。


 相手の手の内を探るような一瞬の沈黙。

 そして、リィラが動いた。無駄も躊躇も無い滑らかな殺傷目的の動き。

 ただ真っ直ぐにシャルルの心臓めがけて、矢のような速度で剣を突き出した。

 シャルルは身体をよじるように切っ先を避け、その刃の腹を人外の力で横に押しのけた。弾かれるように吹き飛ぶ剣をリィラは身体を軸にして一回転し、下段を狙って横薙ぎに斬りつける。


『危ないよ~、お・ね・え・さん♪』


 どこからともなくリィラの頭の中に響いた声。その声に、リィラがシャルルの顔を見た時だった。

 歪んだ笑み。

 人のものとは思えない凶悪な笑みはリィラにのみ見える角度で、ただリィラにのみ向けられていた。

 その奥の犬歯が鈍く光る。


「っ!」


 俺は周りの音全てが消えてしまったような感覚にとらわれた。

 刹那、リィラはさ迷うように視線を落とす。

 その視線の先にあるのは自分の胸、否、そこに生えるように突き立った剣をだ。

 リィラの視線が泳ぐ。

 そして、リィラの腕に残っている半分ほどの長さになった剣の残骸は、虚しくその存在理由を奪われ、地に落ちて小気味よい乾いた音を響かせた。


「……?」


 何がなんだかわからない、という表情で視線を泳がせるリィラ。

 その口からゴボッと咳き込むように血が飛び出した。


「テイルスティング!」


 鬼塚が今まで聞いたことの無いほど、余裕の感じられない声を上げて飛び出し、倒れこむリィラを受け止めた。リィラの胸には刃が深々と刺さり、そこから血があふれ出していた。リィラの瞳は力を失った。


「リィラさん!」


 あまりにも唐突な出来事に足が動けなかった俺も、リィラに駆け寄った。

 リィラは虚ろな目で俺に視線を流した。そして、血だまりとなった口をパクパクとさせて、動かなくなった。


「小僧、死んじゃいねぇがかなりやばい。このままじゃすぐに下まで運んでも間にあわねぇ」


 鬼塚は動かなかった。

 いや、動けなかった。

 ヒューヒューと弱くかすれそうな呼吸の音がリィラの運命を物語っていた。


「シャルル……」


 俺は思わず呼んでいた。

 視界に移るシャルルの小さく細い足。その足は俺の口から漏れた呟きから逃れるように、1歩後ずさった。その拍子にシャルルの踵に当たった小石がカランと音を立てる。

 俺が顔を上げると、目が合った。シャルルの怯える表情が目に焼きつく。

 すぐさま俺から目を逸らし、視線を泳がせるシャルル。


「私。私は……。ごめんなさい……ごめんなさい!」


 シャルルの声が途切れる。

 俺は目を逸らすことなく、シャルルに言った。


「リィラさんを、助けられないのか?」


 シャルルはビクッと震えた。

 血まみれになり、鬼塚の腕の中で息をか細くしていくリィラを見つめる。


「シャルル、助けてくれ……」


 いつの間にか俺は懇願していた。

 たとえリィラを傷つけたのがシャルルとはいえ、リィラを助けられるのはシャルルだけだろうと思ったからだ。

 否、シャルルなら助けられると信じていた。

 いや、それも違う。シャルルが人外の化け物だと認め、その力にすがっていただけだった。

 言い訳にもならない理由を頭の中で何度も繰り返しながら。


「わかりました。やってみます」


 シャルルは静かに緊張した面持ちで、そう言った。

 おそらく、シャルルはそんな俺の心中を察したわけではないだろう。





『ひゃははははっ♪ 傑作! 殺そうとした奴にたすけてくれってなあに!? あははははははっ! 滑稽だね~酷刑だね~。いいよ、いいよ~。君に免じて助けてあげるよ。そっちのほうが面白そうだし』


 この場にいる他の誰にも届かない声がシャルルの頭の中で響いた。

 急激に周りが暗転する。意識の奥に追いやられたのだ。暗い暗い夜空のような空間だった。

 そして、入れ替わるように心の奥から何かが出てきた。


『貴女、新入り?』


 よくわからなかった。この何かが何を言っているのかわからなかった。


『可能、貴女、理解、言語?』


 そのもやもやとした何かはシャルルに問いかけていた。


『私、名前、鳴けない小鳥(レジストハート)。可能、貴女、伝達、意思?』


 シャルルは答えられなかった。それよりも恐ろしかった。

 自分の中に何かがいる。

 自分の意識が消える。

 夜になると我を忘れるような自分の中に何かがいる。気が狂いそうだった。


『私、思う、貴女、不可能、伝達、意思。お姉様、作る、奇妙、人格、馬鹿?』


『うっさいわね! 早く表出なさいよ! 反応の無い危ない人になるじゃない!』


『お姉様、好む、喧騒。私、違う』


『シンシアといいアンタといい、主人格(マスター)何だと思ってるのよ……』


 その声はだんだん遠ざかり、シャルルの意識はそこで途切れた。





「シャルル! 早くリィラさんを!」


「私、鳴けない小鳥(レジストハート)。私、可能、治癒、女性。私、要求、貴方たち、義務、守る、沈黙。仮定、貴方たち、不可能、守る、沈黙、私、不可能、治療、彼女」


 鬼塚も俺も押し黙り、それを確認した瞬間、シャルルの右腕がリィラの胸を貫いた。


「え? ちょ……シャルル、何やってっ」


「否、私、"鳴けない小鳥(レジストハート)"。私、要求、貴方たち、守る、沈黙」


 シャルルの右腕が淡い緑色の光を放った。

 その表情は真剣で、全神経をその手に集中しているように見えた。


「私、要求、貴方、排除、剣、折れた」


「え?」


「不可能、貴方、聞く、言葉? 私、要求、貴方、排除、剣」


 俺が動く前に、鬼塚がその鋭い両刃を素手で掴み、そっと引き抜いた。

 鬼塚の手から一筋の血が流れ落ちて、リィラの血だまりに混ざって消える。しかし鬼塚はその痛みに顔をしかめることもなく、リィラの手の中にある柄と隣り合わせて地面に置いた。

 リィラの傷口から流れ出る血が止まった。

 代わりに緑色の淡い光が深く裂けた傷から漏れ始める。


「施術」


「コイツはすげえな……」


 鬼塚から感嘆が漏れる。

 無理もない。目の前で、パックリと避けた肉やズタズタにされた血管が時間を戻しているかのように、元に戻っていくのだ。それどころか穴のあいた服までもが元通りになったのだから。


「完了」


 シャルルが最後に腕を引き抜くと、瞬時にその傷口も塞がった。





『貴女、名前、シャルル?』


 またモヤモヤした何かがどこからともなく現れて、シャルルに突然問いかけた。


「……」


 声が出なかった。だから深く考えることもなく、うなずいた。


『私、理解、貴女。私、好き、貴女』


 モヤモヤした何かは少女の姿に形を変えた。

 大きな帽子を目深にかぶった同じくらいの年の少女。青と黄色を貴重にしたローブマントを着ていた。

 しかし、その表情は大人びて落ち着いた顔をしていた。


「私、第8人格(エイス)。貴女、第13人格(サーティーン)。私、望む、貴女、変化、友達。貴女、原形、他者、記憶。私、同様……」


 少女は少しはにかみ、くるくると手を振った。

 その瞬間、シャルルは元の場所に戻っていた。目の前にはリィラが倒れ、ぐったりしている。


「失血は治せません。危ないことに変わりはありませんから、急いで運びましょう。早く安静にして、血になるようなものを食べさせてあげましょう」


 気がつくと、用意されていたかのような言葉が口をついて出ていた。

 俺が肩を貸そうと、リィラの身体を起こすと、見かねたのか何だかわからないが横からひょいと抱き上げた。いわゆるお姫さまだっこという奴だが、そんな楽しいシーンじゃない。


「そっちじゃないです、えっと鬼塚さんでしたか。こっちです」


 シャルルは、山を下りようと身体の向きを変えて走り出した鬼塚を呼び止めた。

 そして、鬼塚が振り返ると、山の頂上の方を指差した。


「こっちの私の家の方が近いです。下りるより早いですからどうぞ」


 俺は黒き森(シュヴァルツヴァルト)にあるシャルルの家を思い出していた。


 しかし、シャルルに先導されて、少し山を登って着いた場所。

 そこにあるのは巨大な石造りの古城だった。


「すげえな……」


 鬼塚はリィラを抱えたまま、目の前に突然現れた城に再び感嘆を漏らした。


「ようこそ、『ティーアの悪霊』の居城へ」


『いらっしゃい♪ 森に迷いし子羊さんサクリファイス・スケープゴート♪』


 シャルルが振り向きざまに両手を広げて言った言葉。

 いつか聞いた時以上に背すじがぞっとするほど冷たい声だった。







「ふんっ、ふんっ、ふんっ」


 リィラをベッドに寝かせると、鬼塚は話を深く聞いたわけでもなく、そのベッドの横で筋トレを始めた。

 その部屋の中。

 いや、部屋というには少し広すぎるが。その部屋の真ん中にあるテーブルを挟んでシャルルと向かい合うように座る俺。その部屋も城と同じく石造りで、置いてあるものも極端に少なく、どちらかといわず、明らかに殺風景な部屋だった。


「シャルル、ちょっと聞いてもいいかな」


 俺は唐突に、真っ直ぐシャルルの目を見て言った。


「何ですか?」


 シャルルは一拍置いてそう答えた。

 もしかしたら、俺の意図を想像し得ているのかもしれない。


「シャルルが『ティーアの悪霊』なんだよな。実は、色々と麓で話聞いたんだけどさ」


 シャルルは俺の言葉を聞いた瞬間、ビクッと震えて、身体を強張らせた。


「『ティーアの悪霊』は人を殺すって聞いた。しかも、わざと。楽しみだとか暇つぶしとか。昼とか夜とか関係なしにさ」


 それは、夜のシャルルではなくてもと言うことを意味してしまう。

 シャルルは目を逸らした。

 いつもはしゃんとしている耳も力無く、唇を噛んで、必死に何かに耐えているような表情が表にありありと出ている。

 悪いことであろうとなかろうとシャルルは何か隠している。それが簡単に見て取れた。


「……」


 シャルルは口を開きかけて何かに気づいたように止まった。

 俺はシャルルの全身を眺めた。

 ぴくぴくと動く耳。

 可愛らしい顔。

 華奢で、まだ成長過程のような身体。

 時折、後ろから覗くふさふさとした尻尾。

 どこをどうとっても、目の前の彼女がシャルルであることを証明していた。


「また根も葉もない噂なんだろ? 何でちゃんと説明しないんだよ」


 俺がそう言うと、シャルルは目を丸くして、面食らったような顔になった。


「え?」


 シャルルは間の抜けた声を上げた。


「また、黒き森(シュヴァルツヴァルト)の時と同じことになってんだな」


「ちょっと待ってください。何で……? 私は化け物なんですよ?」


「何度も言ってるだろ。それがどうしたよ。シャルルは優しいからな。昼間から人を殺せるわけがない。それに夜になってもそうならないように人の近寄らないティーアに来たんだろ? それに鬼塚のほうがよっぽどいろんな意味で化け物だって」


「筋肉的的な意味なんだろうなぁ!」


 こっちが勝手に話題に掲げといてなんだけど、『的』を2回重ねてまで話に入ってこないでいただきたい。


「でも、その……」


 シャルルはうつむき加減でちらちらとアルヴァレイの様子を窺いながら、何かを言おうとして言いよどむ。

 そして、顔を上げた。


「……殺しました」


 俺は背すじが凍りつくのを感じた。

 今までのシャルルからは感じられなかった冷たさ。

 たった一言の中に、憎悪や侮蔑や怒気が込められているような気がした。

 ただ平淡な声で、つまらなそうに、退屈そうに、突き刺すような鋭さで、言い放った。


「殺しましたよ。何人も何人も何人も何人も! もう数えるのも億劫なくらいに! 人形のように、生きたままその身体を弄びました。切り刻みました。千切りました。さっき成竜にしたようなことを人相手にやってたんです。子供でも、面白ければ殺しました。人を殺すのが楽しみで! 楽しくなくなったらまた殺す! 簡単に! 単純に! そういう人なんですよ!! ルシフェルお姉様は!」


 自分自身への哀れみと自分自身への憎しみを込めて、シャルルは渾身の力を込めて叫んだ。


「ちょっ、何言ってっ!」


『ちょっ、何言ってっ!』


「もう嫌です! ルシフェル御姉様。私は……こんなに優しい人を騙したくない! アルヴァレイさん、私は貴方の知っているシャルロット=D=グラーフアイゼンではありま」


 シャルルの言葉が途切れた。

 自分で切ったのではなく誰かにかき消されたような沈黙が流れる。

 そんな中、鬼塚はようやくテーブルの上に顔を出した。


「なんってことすんのよ、あの馬鹿は」


 シャルルは突然、そう罵った。

 刹那、シャルルの姿が揺らぐ。まるで水のように波打った。

 ぐにぐにと、ゆらゆらと、シャルルの形が崩れてゆく。

 耳や尻尾すらいつの間にか消え失せ、金髪も髪先から血のような赤に変わってゆく。

 身体も一回り小さくなり、前髪の奥から覗く気の強そうな目はギラギラとした眼光を放っている。


「あーあ、全部台無しだよ~。せっかく面白そうな感じに話が歪んできたところだったのにさ~。あは♪ でもまあいいか~。こっちもこっちで面白そうかな」


 シャルル、いやルシフェル御姉様と呼ばれた何かは興味津々の眼差しで俺を見た。


「あ、そういえば自己紹介してなかったね。私が『ティーアの悪霊』の主人格(マスター)ルシフェル=スティルロッテ。よろしくね!」


 快活に笑う『悪霊』ルシフェル。


「どういうことだ!」


 俺は声を抑えて叫んだ。


「アル君がさっきまで話してたシャルルは『シャルロット=D=グラーフアイゼン』本人じゃなくて、悪霊の第13人格だったってだけだよ。あ、安心してね。私の『シャルル』はアル君の記憶から作った『コピー人形』だから。外見は魔法で変えただけ。それにしても面白かったなあ♪ アル君が『シャルル』だと思って言ったことぜーんぶ聞いちゃったからねぇ、アハハハッ、アハハハハハハハハハハハッ♪」


「……」


 アルヴァレイは黙ったままでいた。


「何~ちょっとぉ。無視? 怒ったんだ、怒ったんだ? あはっ♪ ねぇアル君、シャルルちゃんに会いたい? 会わせてあげよっか?」


「うるさい」


 何だコイツは。

 人の神経を逆撫でするどころか、鋸や鉈でまとめて削り取っていくような嫌悪感。

 こいつが俺を騙して何のメリットがあるっていうのか。

 わからない。このルシフェルとかいう少女がまったくわからない。

 吐き気がする。

 気持ち悪い。

 世界をまとめてひっくり返したような感覚に襲われる。

 ただただ目の前でにやにやといやらしく笑う少女が不愉快だった。

 俺は拳を握り、顔を上げた。


「アルヴァレイさん……ごめんなさい」


 目の前でシャルルがうなだれていた。

 辛そうに、痛みを必死に堪えるような表情で、唇を噛み、身体を強張らせていた。


「……っ!」


 振りかぶった腕が動かせなくなる。

 この女を殴りたい、そんな俺の意志に反して、その腕は動かなかった。

 この『シャルル』のことを、ルシフェルは人格と言っていた。つまり、この『シャルル』はルシフェルとは別の意識を持っているという事だ。それにこの『シャルル』は俺の記憶から作ったと言っていた。

 だからだろう。

 目の前にいるこの『シャルル』は俺に殴られるような痛みを覚悟して震えているのではなかった。彼女の表情は酷い後悔と激しい自己嫌悪が生み出すものだ。

 俺は腕を下ろした。

 彼女は、『シャルル』は、シャルルじゃなかったとしても『シャルル』だった。

 彼女は、殴れなかった。


「ぷっ」


 唐突に噴き出す声。


「あはははははははははははっっ!」


 再び響き渡る嘲るような、見下すような笑い声。

 『シャルル』は『悪霊ルシフェル』に戻っていた。


「私の能力(ちから)面白いでしょ? 『自己人格操作(セルフ・コントロール)』って言うんだよ。あは♪ 言っちゃったあ。でも、アル君なら良いよ。ぜんぶぜーんぶ教えてアゲルよ」

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