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≪連載停止→改稿版連載中≫  作者: 立花詩歌
第一章『黒き森』
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(9)闇夜‐Die Nacht des Alptraumes Ⅰ‐

(※)後半は残酷な表現が多々あります。注意して下さい。

 今日の教訓。

 口は災いの元とは古人達もよく言ったもんだよ。この世の個人的なトラブルの内、おそらく8割程度は口から出た言葉が原因じゃないかと思う。残り2割は金銭その他だが、如何せん金は注意と心がけでなんとかなりそうなもんだが、口の方は感情が邪魔をして制御しづらいのだから厄介だ。

 突然ですがクイズです。

 アルペガという動物が目の前にいるとします、ていうかいます。

 あなたならどうしますか?


 この答えを知らないあなたはきっと幸せ者でしょう。

 模範解答:今すぐに世界中の神様に祈りながら、全速力で逃げます。それでもまだ生還できる確率は5割行くかどうか。

 現実逃避はここまでにしておこう。


 おかしい。何がおかしいって、もちろん今俺が置かれている状況がだ。

 突然だったとはいえ、友達の家に来ただけなのに、何で危険指定S(ランク)のアルペガ俺の周りを歩き回ってるんだろう……。しかも3頭も。1頭だけですぐに討伐令が下るような危険な飛獣なのに。

 アルペガに関しては補足説明をしなければならないでしょう。急に口調が丁寧になったのはアルペガを刺激しないようにするためなので、ご容赦を。

 まず白い毛並みの虎を思い浮かべてください。そこに胴体と同じくらいの大きさの鳥のような白い翼、鷹や鷲のような猛禽類の鋭い翼をつけてください。太く鞭のようによくしなる尻尾を根元から2本に分けて生やしてください。最後に頭から尻尾の先までを3,4メートル程度にしてください。

 おそらくアルペガそのものが頭の中にイメージできているはずです。

 ちなみに性格はきわめて好戦的、かつ獰猛。生命力が強く、ちょっとやそっとの怪我じゃききません。飛獣という分類通り空も飛べます。その巨体に似合わず素早くて、とても賢いです。そして、もちろん肉食です。専門家でもあるいは……。

 ただ、世界でも限られた山地にしか生息できず、現在300頭ほどにまで数が減り、絶滅の寸前です。それだけに、目撃情報も少ないのです。はずなのですけれど。

 シャルルは背中に乗ったり、頭や身体を撫でたりしてはしゃいでいるが、アルヴァレイは少し離れたところで正座していた。


「大丈夫ですよ、アルヴァレイさん。皆とっても優しい、いい子たちですから」


 ぐるるるるるるるっ。


 俺には、低く唸って『こいつ誰だ、近づいてみろ。すぐに噛み殺してやる』的に威嚇しているようにしか見えないけどね。


「シャルル、こいつら……この方たちのことはもう分かったから別の家族を紹介してくれ。出来ればもっと可愛い奴を」


 小動物的な奴をよろしくお願いします。


「可愛い……ですか?」


 ぐるぉおんっ!


「いや、そのっ! 確かにアルペガ様たちも十分に可愛らしい」


 ぐぉおおおぉん!


「いえ、とても素晴らしくっ、カッコいいですっ! 勇猛で雄壮でいらっしゃいますです、はいっ!」


 なんで俺は言葉が通じてるのかすらわからない動物に精一杯媚びてるんだろうね。


「それではこちらです、アルヴァレイさん。じゃあね、皆。また後で」


 ぐおぉん。

 ぐるぉん。

 ぐるるるぅ。


 シャルルに対しては甘えたような声出しやがってコイツら……。


 ギンッ。


「なんでもないです!」


 視線だけで人殺せるだろコイツら。睨まれた時、死んだと思ったぞ。


 途中で用を済ませたらしいベルンヴァーユのルーナが合流し、ルーナに乗って、シャルル曰く『すごく可愛い子たち』のところにやって来た。やって来たのだが……。


「シャルルさん……この子たち……そんなに可愛いですか?」

「はい! とっても可愛いです!!」


 この子たちというのはウサギのことだ。ここには4匹いるようだが。

 確かに木の実を頬張っていたり、立ち上がってキョロキョロしているウサギは可愛いと思う。ただし、体長4メートル超えなんてありえない小動物的なウサギでの話だ。


「なんでこの森の動物はこんなビッグサイズばっかりなんだよ……」


 しかも可愛いってのも疑問しか浮かばない。シャルルの美的感覚を疑うね。どこが可愛いんだよ、このやたら目付き悪いガンつけウサギ。しかも木の実を頬張るっつっても、1匹につき木1本分の木の実食ってんじゃねえか。いつかこの森滅びるぞ、こんなんはびこらせてたら。


「変なこと言わないで下さい。ちゃんとこのくらいの子もいるんですよっ」


 シャルルは頬を膨らませて、手を30センチほど開いて見せた。確かにそれなら小動物サイズ。どう悪く見たってこのウサギどもよりはマシだろう。


「俺、そいつ見たいなー」


 つい棒読みになってしまったのは、それでもなかなかシャルルの感覚を信用しきれない俺の心の現れだった。

 まさかそれは鎌首もたげてとぐろを巻く蛇の高さではないだろうなと。





 キレるぞ。


「シャルル……確かに今までに比べたら、だいぶ低くはなってるけどさ……。普通は高さじゃなくて、長さだよなぁ!」


 鎌首どころか太さ30センチじゃねえか、この大蛇ぁ! まさかとは思ってたけど、本当に常識を知らないのか。


「そうなんですか?」

「ハハハ……いつか『無自覚は人を殺す』って格言にならないかな……」

「可愛いですよ?」

「いい! ソイツを俺に近づけるな!」


 蛇嫌いなんだよ、ちくしょう!

 テラテラ光る皮も不気味だしっ。口開けた時の緊張感なんて一生味わいたくないしっ。子供の頃に蛇がネズミを丸呑みにしてんの見てからトラウマ級の衝撃なんだよ、蛇って!

 とりあえず蛇から全力で遠ざかったそれからも、色々なシャルルの『家族』を紹介されたが、まともに和めたのは数種類だ。後はでかいか鋭いか怖いか、できれば思い出したくもないくらいだ。

 そして、いつも通り日が沈む前にルーナがテオドールまで送ってくれたのだが。


「シャルルがここまで来るなんて珍しいよな。何か考えてるのか?」


 何故かは分からないが、今日は急にシャルルがテオドールまで送ると言い出したのだ。最初もそうだったし、それから何回か黒き森(シュヴァルツヴァルト)に来た時も、帰りはルーナだけでシャルルと別れるのはいつも森だった。


「別に何かあるわけではないです。ただ一時の気の迷いですから」


 なんかまるでそれが悪いことのような言い方だな、それ。


「では、また明日」


 シャルルはルーナの上に(またが)ったまま、角の間から顔を出して、小さく手を振りつつそう言った。


「ああ、また明日な。絶対に母さんに顔出して来いよ。部屋に入る前にな」


 シャルルは嬉しそうに微笑んで、


「はいっ、明日も絶対に来ます。それじゃ帰ろっ、ルーナ」


 シャルルがルーナの頭を撫でると、ルーナはくるるっと鳴いて、身を翻し地を蹴った。そして瞬く間にトップスピード。心配になるほどの速さで表の大通りを駆け、その姿はすぐに見えなくなった。

 相変わらず速いよな、ベルンヴァーユ。


「アルくん」

「はい?」


 突然背後からかけられた声に振り返ると、そこには背が高い、あごひげを生やした男性が立っていた。聞いたことのある声だなと思ったら、ウチによく顔を出す常連客だった。確か運輸業専門の船長だとか言っていた気もする。確か名前は――。


「――ラスクさんでしたっけ?」

「おいしそうな名前だけど、俺の名前はガスクだよ」

「名前覚えるのは苦手なんで、すいませんガスクさん」

「いや、いいさ。たまに間違えられるんでね。大抵何故か皆ラスクだけど」


 何の用だろう。はっきり言って、ガスクさんに話しかけられるような心当たりは全くない。店番ぐらいはしたことあるが、そもそも回数が少ない上、話をしたのもせいぜい1回程度。それも10秒ほどの他愛ない儀礼上の会話だけで中身はない。よってガスクさんとはあまり接点がない。

 そんな考えが顔に出たのだろう。ガスクさんは自分から口を開いた。


「ははは、別に用ってわけじゃないんだけどね。さっきここにいた可愛い子って……アルくんの彼女かい?」


 ……なんで俺の周りの大人は、俺とシャルルの関係を勘違いするんだろう。母さんといい、ガスクさんといい。


「シャルルとはただの友達ですけど……それがどうかしましたか?」


「なんだ、お似合いに見えたからからかってやろうと思ったのに」


 性格、悪っ。とは口に出さない。早くあっち行ってくれないかなぁと思っていると、ガスクさんは急に辺りをキョロキョロと見回し、グッと顔を寄せてきた。


「ところであの子が乗ってたのってさ、ベルンヴァーユだよね」


 この人はひげが似合わないなぁ、と無駄なことを考えていた俺は、突然の話題転換に戸惑いつつも、


「えっと……ルーナのことか。はい、そうですよ」


 俺の肯定の言葉に、ガスクさんはあごひげをさする。


「へーぇ」


 ガスクさんはそう嘆息するように呟くと、俺に背を向けて、さっさと港の方に歩いていってしまった。


「何なんだ……?」


 確かにベルンヴァーユを見たと言えば、酒の肴ぐらいにはなるだろう。商業都市とはいえ、ベルンヴァーユの取引は滅多にあることじゃない。見たことのある人間は少ないからな。

 ベルンヴァーユはその性能から捕まえるのが極端に難しく、一度傷つけられると絶対に人になつかない、つまり騎獣にするのは不可能なので無傷で捕らえる必要もある。

 そのために入手困難である上、高価という言葉で表現できないほどに度を超した値段で取引される。要するにベルンヴァーユを買う方は大金持ちで無ければ余裕がなく、売る方は必然的に金持ちになる。ベルンヴァーユは手に入れる――つまり買えるだけの財産があるもしくは捕まえるだけの技術があるということだ――だけで周りから一目置かれるようになるのだ。


「ま、いっか」


 ガスクさんが酒場でどんな誇張を話そうが、俺にはあまり関係ないことだ。酒ってあんまり好きじゃないしな。

 そんなことを考えつつ、店のドアを開けて中に入ると、


「いらっしゃい……ってなによ、アルじゃないの。アンタは裏から入りなさいよね、はいここで正座ー」


 何故か機嫌が悪い母さんに捕まった。


「早く正座、アル」


 暴君だ。この場合、抵抗は逆効果。さらに酷いことになりたくなければ大人しく従い、気が晴れるのを待つしかない。

 気づかれないようため息をついて、俺は母さんの指し示す――ゴミ箱の隣だと!?――場所に大人しく腰を下ろした。


「今日こそシャルルちゃんのことを話してもらうわよ。結局シャルルちゃんって何処のどういう子なの?」


 聞かれたのは数回だったような憶えがあるのは俺だけか。

 まさか何も隠さずに全てを教えるわけにもいくまいて。


 『魔女』

 『獣のような耳』

 『尻尾』


 この3つのキーワードを外しつつ、説明を続けること30分。母さんは一応それで納得したようだった。


「シャルルちゃんってあの居住街ルクスに住んでいるの?」


 母さんはちょっと驚いたような顔をした。そりゃそうだろうな。あそこに住むのなんか、王侯貴族か大富豪ばかりだ。ちなみに俺は黒き森(シュヴァルツヴァルト)の近くと言っただけで、ルクスだと思っているのは都合のいい勘違いだ。


「本人たちが良ければいいってことなのかしら。シャルルちゃんいい子そうだし。可愛らしい子じゃない? ちゃんと責任持って、大事にしてあげなさいよ」


 いったい何を勘違いしているんだろうね、この母親は。


「俺とシャルルはただの友達だよ?」


 本日二度目のこの台詞に、母さんは信じられないものを見るような目でジトッと俺の顔を見てきた。


「……付き合ってるわけでもない子に毎朝、そんな遠いところから部屋まで来させて起こさせてるの?」

「勝手に来るんだってば」

「シャルルちゃんも可哀想ね。誰に似たのかしら……」

「え?」

「何でもないわ、もういいから、ご飯まで好きにしてなさい」


 そう言うと、母さんはしっしと追い払うような仕草をした。わけがわからない。

 疑問に思いながらも俺は大人しく立ち上がり、母さんの後ろをすり抜けて階段のある廊下に出ていった。







 夜遅く、あと少しで日の出という時間帯。黒き森(シュヴァルツヴァルト)は賑やかさとはほど遠い喧騒に包まれていた。


「ひゃあああああああぁぁぁあ!!」

「うわあああああぁぁぁぁあ!」


 薄らいでいく闇夜の中、数人の男が森の中を転げまわるようになりながら走っている。その表情は各々絶望と恐怖に染まり、怯えで身体の震えが止まらなった。

 ある者はその手に持ったごつい猟銃を夢中で振り回し、ろくに狙いをつける余裕もなく、無意味に引き金を引いている。

 ある者は手に持った手斧を地に投げ捨て、必死に逃げることに集中し始めた。

 ある者は他の者を押しのけて、我先にと前に出ようとする。

 ある者は足にひどい傷を負いながら、その痛みすら気にする余裕もなく、ただ遅まきに走っている。

 そしてある者は地に這い(つくば)り、上から押さえつけられて、断末魔すら残さず肉塊に変わっていった。


 ぐるるるるるるっ。

 ヴォオオオオオオオオッ!


 男たちの耳に入る無数の唸り声や咆哮。それら全てが男たちの心を絶望の闇に塗り変え、後悔の念で満たしてゆく。


「やめろ……やめろぉ……来るなぁっ!」


 そして、最後尾を必死の形相で走る長身であごひげの男は、後ろを何度も振り返りながらそう叫んだ。


「ルーナハ渡サナイ。コロセ。デロ。ヤツザキニシテクイコロセ!」


 低く冷たく、そして静かに森に響く声。

 聞いた者にこの世の終わりを彷彿とさせるその声は、ひとつの大きな影の上にある小さな影から発せられていた。

 そしてその声は、周りの巨大な影たちに男たちの殺害を命じた。その声色に躊躇(ためら)いはく、ただ本心からそれを望んでいるようだった。

 その瞬間、戦闘を走る男の上に巨大な何かが覆いかぶさり、男たちの進路を遮った。


「ぐぅヴぉぉぉぉえ……」


 巨大な何かの下敷きにされた男は、肺を潰され、あっけなく絶命する。

 そして、男たちの周りにいくつもの巨大な影が現れた。


「や、やめろ……来るな、来るな! 来るなぁ! 近づいてみろ……こいつでぶっ飛ばして……」


 声は震え、ごつい銃を持つその手もまともに動いてはくれない。

 そして、大きな羽音と共に男の目の前に降りてきた巨大な影が、手にする銃ごと男の右腕を食いちぎった。

 ブシャアアッと豪快な音と共に噴出する鮮血。


「え……あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! お、俺の腕があああっ!!」


 その悲鳴が呼び水となり、目にもとまらぬ速さで近づいてきた地を這う細長い影が男の左腕に食らいつく。


「ぎゃああああああっ!!」


 男はその場に倒れこみ喚きながらもがく。が、襲撃者の力に勝てるわけもなく、腕がギチギチと軋み――。


 ぶちっ。


 残った腕をちぎられた男は、痛みのショックで失神したのか、動かなくなった。

 が、死ねなかったのは男にとっては逆に不幸だった。

 肉を手に入れた細長い影は、そのまま這いずって闇に消える。


「ヤレ」


 小さな影が発した声に、男の近くにいた3つの大きな影が男の身体に群がり、貪りはじめた。生きたまま内臓をズタズタに引き裂かれ内臓を食いちぎられる激痛に、途中で意識を取り戻した男は声にならない断末魔をあげる。しかし、相手は獲物を前にした野生の獣。瞬く間に男は物言わぬ肉塊に変わっていった。周りの草木に鮮血と肉片を撒き散らしながら。


「ひぃ……」


 仲間の無残な最期を見届けた男たちも次々とその殺戮の饗宴の餌食になっていく。


「あ、ああ……ああああああぁぁぁぁ!」


 影と影の隙を見て、1人の男が逃げ出した。それに続こうとする残りの男たち。

 しかし、最初に逃げた男以外は巨大な影の爪に引き裂かれ、地に落ちる。


「あ……」


 小さな影が突然よろめいた。

 その瞳に映るは惨劇。ただ一方的な殺戮の痕跡。


「あ……あ……」


 小さな影は両手を頭に当て、座り込んでしまった。


「や、あ、ああ……また、いやあああああああああぁぁぁ!!」


 小さな影は、金切り声を上げながら、小さな手で地面を引っ掻いた。

 ガリガリと強く、何度も、何度も。

 夜は、もうじき明ける。

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