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断り‐Eine Weltoffnung‐

 タイトルは『断っておきますが』という意味です。誤植じゃないです。

 気軽に読んでください。

 簡単な世界観の説明と物語の最初の一つの事件を書いたものです。

 主人公が出てくるのは第一章からになります。


 世界は理に縛られている、っていう言い方だと悪く捉えられるかもしれないわね。

 貴方達のいるこの世界において、ことわりっていうのはとても重要な意味を持ってる。

 えっと……今の言葉で言えば物理法則だったり人間心理学的な常考だったり、解釈を広げれば常識や法律も当てはまるわね。あまり絶対性は無いけれど。

 原理は世界をした。

 やがて原理の求めた黄金比はあくまでも近似値でしかなかったことを証明するかのように、世界は滅びへと向かっていった。

 それは自然淘汰と同じことなの。極めて自然なことだわ。

 でも世界は新たな黄金比を求めていた。

 空間という同じ水槽の中で隣り合う水面同士に不自然な高低差が生まれたと仮定してみて?

 水は高い所から低い所に流れるのは誰でも知ってることでしょう。

 水面はすぐに平均された同じ高さで静止する。

 それは理によって定められた最も自然な形に成ろうとする当たり前の現象。

 でもできてからあまり時間の経っていないこの世界は最も自然な形、つまりことわりの黄金比が確立してない。

 だから最終的に行き着く先も、私からすれば不自然な近似黄金比。

 だから世界は融合という手段をとった。

 旧暦2048年、つまり世界が生まれてから2048年後――。

 人間の住む『人間界』,神族の住む『神界』,魔族の住む『魔界』。

 この3つの世界は同時に滅びへと向かっていた。

 だから同じ原理の元にある空間に入った世界と融合することで、自らを完成形である黄金比に近づこうとしたのよ。

 融合における初期段階はことわりの共有、だけどその時に起こることは誰でも想像がつくと思うけど。

 つまり相反あいはんすることわり同士の反発現象コンフリクト

 世界は取捨選択を迫られて、片方を切り捨てた。

 美しい比率、正しい組成に近づけるために新たに世界全体を作りかえた。

 人間界にのみ存在する『感情』。神界にのみ存在する『奇跡』。魔界にのみ存在する『魔法』。

 これらはそれぞれ、他世界の住人全てに分け隔てなく浸透した。

 世界の住人にとって変化なんて無くて、『最初からそうだった常識(あたりまえ)』っていうことにされたのね。

 3つの世界の住人はその暦を不自然なほど、自然に受け入れたわ。

 旧暦から新暦への改定すら世界の変化の一部であるように。まるで世界に意思というものがあって、その意思がそこに住む住人の意思を操ったかのように、ね。

 だけど困ったのは切り捨てられたことわりの置場所。

 融合ではなく中身を他の世界に移動シフトしたのなら旧世界に置いてこれるんだけど、世界が自分で選んだ融合だからそうはいかないわけ。

 だから新界に場所を用意した。

 人形ひとがたつまり人の身体を作ってそれを容れ物にしたというわけね。

 普通の人類と同じように意思を持ち、でも普通の人類とは明らかにかけ離れた、異能を持つ存在を私たちは旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)と呼ぶの。

                      ――ロードの言葉の一部より抜粋







 ――触るだけで壊れてしまう。

 だから触りたくないのに、身体が言うことを聞かない。

 夜になるといつもこうだった。

 日没直後から気分が悪くなって、頭がぐるぐるして世界が歪んでいくように視界が曲がり、身体が勝手に動き始める。

 夜なのに眠れない。

 夜だから眠れない。

 むしろ夜になったから目が覚めているようだった。

 意識がはっきりしている中で私の身体は暴れ回り、どす黒い言葉を吐き散らし、血を求めて駆け回る。

 破壊衝動に身を支配され、人を殺してしまうこともあった。

 子供も大人も女も男も若者も老人も、神族も魔族も人間もおしなべて等しくこの手にかけてきた。

 何の罪も無い人たちを殺した時の感触は、朝になっても消えることはなく、その度に自分が恐ろしくなった。

 自分が何なのかわからない。

 世間に疎い自覚はあるけれど、それでも自分と言う存在が異常なことぐらいはわかる。

 いっそ死んでしまえばと思ったけれど、結局それも怖くてできなかった。

 夜の私は、何故か野生の動物は殺さない。

 少なくとも今まで殺したことはなかった。

 『家族』には――一般的な家族とは少し違う――『ラクスレル』つまりラクスレルの森に移り住めばいいと言われたこともあるけれど、黒き森(シュヴァルツヴァルト)から離れる気にはなれなかった。

 それもどうしてなのかもわからない。

 夜の間の私と何か関係があるのかもしれない、でも何となく違う気もしていた。

 昼の間たまに、用もないのに近くの港町テオドールに来てしまうことがあった。

 その時はいつも、まるで自分が何かを探しているかのような感覚にとらわれる。

 私はその感覚に戸惑いながらも、心地よさを感じていた。

 何故かはわからなかったけれど、安心感に包まれているような感覚だった。


 特に人を手にかけてしまった次の日は必ずテオドールに行く。

 たぶん明日も。


 深夜、私は黒き森(シュヴァルツヴァルト)から少し離れた所にある、砦のような建物の前に立っていた。

 砦からわずかに漏れていた動物の血の匂いに過敏な反応をした『私』の背後には、黒き森(シュヴァルツヴァルト)に住んでいる動物たちが追従している。

 そして、砦の中からは警報らしい甲高かんだかい音が鳴り響いてくる。


「『魔女』だーッ!」


 建物の屋上に見える人影がそう叫んだ。


 『魔女』。


 私は昼夜問わず、近隣の街の人たちから『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』と呼ばれている。


 でも私じゃない……。

 こんな私は、私なんかじゃないのに!


「コロセ……」


 『私』がそう呟いた瞬間に、込められた殺気に翻弄された大きな影が翔んだ。


敵襲警報(コードレッド)! 総員警戒態勢、本部への増援を申請す……ぐっ……ギャアァァやめっ……!!」


 瞬く間に屋上に駆け上がったその巨影が屋上の人影にのし掛かる。低い塀のせいでわからないその向こうの惨状は途切れた悲鳴が物語っていた。


「ミナゴロセ!」


 その叫び声と同時に、森の木々の闇に潜んでいた猛獣たちが一斉に飛び出して、砦の窓を突き破り、屋上に上がり、思い思いの場所から砦に雪崩なだれ込んでいく。

 そして『私』もその中の一つ。

 正面の扉を素手で突き破り、向こう側にいた兵士を一蹴する。人を超えた力を受けた兵士は悲鳴もあげずに絶命し、群がった猛獣たちの餌食となった。

 確固たる目的など無く、ただ衝動を満たすためだけの破壊、殺戮。そのきっかけは何の変哲もない血の匂い。

 心で嫌だと叫んでいても、殺したくないと願っていても身体は止まってくれなかった。黒々とした闇に包まれた右腕が、何の躊躇いもなく人の身体を貫通していく。

 私の身体は、飛んでくる魔弾もかき消して、仕掛けられた魔法陣も踏み砕き、次々と人を殺していった。


「うぉわああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ぎゃあああああぁっ!」


 砦の至る所で悲鳴が上がり、爆発音と共に建物全体が軋む。

 そんな中で『私』は奥の扉を吹き飛ばし、中に飛び込んだ。


「今だっ撃てっ!」


 立て込もって待ち構えていたらしい兵士たちが剣を構えていて、放たれた無数の魔弾が『私』に向かって飛んでくる。


「ヤツザキ……」


 魔弾が『私』の身体に当たる直前、身体から流れ出るように広がった闇が魔弾を受け、巨大なミミズのようにのたくって部屋の中にいた兵士たちを横薙ぎに呑み込む。


 バキボギグシャ。


 凄惨な破砕音と共に闇の中から噴き出した赤い液体が部屋中に飛び散った。

 勿論、その大量の血は『私』の全身にふりかかる。

 その部屋の鏡に映る『私』の表情は、血にまみれながらも何の感情も抱いてはおらず、その瞳は虚空のようだった。

 気がつくと部屋の窓からは日が射し込んでいて、私はその部屋の中でへたり込んでいた。しかし部屋の中は昨晩と何も変わらない、固まった赤に塗り潰されていた。


「やだ……やだ……またこんなの……」


 振り下ろした拳が硬い床を割り砕く。

 こんな力なんて要らない。

 私がなんでこんなものを持っているのかも心当たりがない。

 昔のことほど記憶も薄れているのだった。


「私は……何なの……?」





 新暦2041年4月10日――。

 エルクレス神和(しんわ)王国エルクレイド間国境警備隊警備拠点基地内において在任兵士全員の死亡を確認。

 この件に関してはエルクレス側から特別緘口令が敷かれたため、軍内の報告書に詳細を明記することはできない。

 少なくとも、エルクレイドからの軍事行動によるものでないことはすでに確認済みである。

                         ――エルクレス国軍内調査報告書

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