誤解
「・・・巻き込むって・・・。」
あたしがそう呟くと同時に、ゆっくりとノックの音がして3杯目のジンライムが届いた。
ちょっとヤバイな。すきっ腹に3杯目。
でも他にすることも無くて、またちびちびと口をつける。
と。テーブルを挟んで向かい合って座っていた濱本が、あたしの隣に来たかと思うとグラスを取り上げた。
「ピッチ早すぎ。」
「大丈夫だよ。・・・多分。」
「多分って何だよ。」
濱本は少し笑ってグラスをテーブルに置いた。
「部長に呼ばれたのはいつ?」
「事務所に戻ったときだから・・・5時前かな。」
あたしが戻ったときは濱本はいなくて。
ホワイトボードには得意先の名前と「直帰」の文字があった。
「何ですぐに言わなかったの?メールでも電話でも出来たじゃん。」
「濱本怒ると思ったから。」
・・・違う。
濱本が傷付くと思ったんだ。
傷つく・・・悲しむ。
「嫌な思いさせてごめんな。」
「嫌な思いっていうか・・・なんで兼田部長にそんなことを聞かれたのか、付き合う人間は選べなんて言われるのかがわからない。あれがどういう意味だったのかわかんないよ。」
あたしはそう言うと、濱本が置いてくれたグラスをまた手にして一口飲んだ。
ぐらりと酔いが回ってきたのを感じたような気がした。
「俺ね・・・KARIYAの担当はずされたんだ。」
「え?」
KARIYAは濱本が開拓してきた新規の顧客でエステティックの会社だ。
うちの会社は広告代理店でCMや雑誌への広告や、イベント企画などを担当している。
「昨日無断欠勤したからって担当はずされちゃったの?」
「そうじゃないよ。」
「じゃあなんで?」
「昨日ね、川原にKARIYAの広報から連絡があったんだ。担当替えてくれって。そうじゃなかったら契約打ち切りにするって。」
「・・・なにやらかしたの?」
あたしはグラスを置くと隣の濱本に体を向けた。
「やらかしたって失礼だな。」
「何も無くていきなり担当替えなんてありえないでしょ。」
「あのね・・・。KARIYAの広報部長がね。」
とても言いにくそうに濱本は続けた。
「広報部長が・・・・彼女だったの。」
ええ~~~~~!!
そ、そうだったの??
「知らなかった。」
人の彼女なんて興味ないし。
年上だとは聞いてたけど・・・KARIYAの広報なんて知らなかった。
「だからKARIYAの契約貰ったって事?」
「違うよ!付き合いだしたのは契約貰った後だ。この2ヶ月ぐらい。」
あ。失礼なこと言っちゃった。
まるで恋愛商法やってるみたいな言い方しちゃったな。
「・・・ごめん」
「別に澪ちゃんが誤ることじゃないよ。川原にも『女たらしこんで契約貰うからだ』って言われたしね。」
・・・すげー言い方だな。
「KARIYAの担当はどうなるの?」
「川原が担当するんだって。今日午前中兼田部長にそう言われた。彼女から川原に来た連絡の内容は、そのあと川原から聞いた。」
なるほど。それで『状況は最悪』ってメールになるんだ。
「ほんとに最悪だね。」
あたしは煙草を取り出すと火をつけながら言った。
・・・ん?ちょっと待って。
それでどうしてあたしは兼田部長にあんなことを聞かれたんだろう?
「で。ここから澪ちゃんに謝らなきゃいけないことなんだけど。」
う。嫌な予感がするぞ。
そこにあたしは関わってるのか。
「彼女が川原に言ったんだよね。『人の物に手を出すような社員がいる会社は信用できない』って。」
「人の物?手を出す?」
意味がわからないんですけど?
濱本は頭をガシガシ掻きながら言った。
「彼女・・・俺と澪ちゃんの事疑ってたらしいんだよ。」
ええ~~~~~~~っ!!!
「何でそういう事になるわけっ?」
「彼女が携帯見てたって言ったじゃん?着信とかメールとか見てたらしくって。」
「メールって疑うようなメールして無いじゃん。『契約がんばれー』とかそんなんじゃん。」
「そうだよ。でも着信とか発信も多くて疑ってみたい。」
いやいやいやいや。
「それは濱本がなんだかんだわからなかったら電話してくるからじゃん!」
後、聞いてくれよーって愚痴もあるしな。
「そのとおりです。申し訳ない。」
「え~。何その誤解。思いっきり濡れ衣じゃない。」
手を出すとかっ。あたし手を出した覚えないしっ。
「う~。ごめん。それでね・・・」
ああ。もうこれ以上聞くの怖いんですけど。
「彼女澪ちゃんの名前も出したらしいんだよね。」
うわ~~。
川原課長がそれ聞いて兼田部長に言わないわけないんもんな~。
やっとわかった。今日の兼田部長の話の意味が。
あたしと濱本が出来てるって思ってたわけだ。
さらに朝の視線の意味もわかった。
うわうわうわうわ。
今日一日そういう目であたし見られてたんだ。
言い方悪いけど「濱本のお手つき♪」みたいな。
うわうわうわうわ~~~。
「何なのよそれっ!!!」
すっげー腹立ってきたっ。