謝罪
「ごめん。お待たせ。」
7時半。
あたしはデフェールに入ると、喫煙席の一番奥で携帯を見ていた濱本に声をかけた。
「遅いから今メールしようと・・・って、何かあったのか?」
濱本はあたしと目が合うと少し眉をひそめた。
あたしはそれには答えずコートを脱ぐと、いつものようにカフェオレを注文し煙草に火をつけた。
そして一息吐き出してから。
「・・・なんで?」
「澪ちゃんがメールもせずに遅れるなんて珍しいし、何か・・・怒ってる気がする。」
「別に怒ってない。」
そう。怒っても仕方ない・・・こいつに。
自分に言い聞かせて、もう一度煙を吐いた。ため息と一緒に。
「そう?」
「ん。」
「ならいいけどさ。」
ビジネス使用の濱本が、じっとあたしの顔を見つめるから。
わざと視線をはずして、鏡みたいになった窓ガラスを見ていた。今度は濱本がガラスに写ってるあたしの顔を見つめる。
・・・今はあたしの目を見ないで。
やっぱり視線は合わせられなくて、運ばれてきたカップに視線を移してカップを口元へ運んだ。
「・・・あち。」
「急いで飲むからだよ。猫舌のくせに。」
濱本が笑った。
「・・・くせにって言うな。・・・にが。」
「澪ちゃん、砂糖入れ忘れてるからな。」
・・・あ。そっか。
あたし・・・なんか変だな。
あんなことでダメージ食らうはず無いのに。
あんな奴にダメージ食らわされたくないのに。
ぼんやりと考えながらまた窓ガラスに顔を向けたあたしに濱本が言った。
「よし。」
・・・ん?
「飲みにいくぞ。」
・・・へ?
やっと正面を見たあたしに、立ち上がりながらもう一回言った。
「飲みにいくぞ。」
・・・普通「飲みにいくぞ」って言ってカラオケボックスに来るものなの?
一口しか飲んでない砂糖なしカフェオレをそのままに、煙草を慌てて灰皿に消して、さっさと行ってしまう濱本を追いかけてきたら・・・。
そこはカラオケボックスでした。
「とりあえず3時間で。」なんて勝手に決めてるし。
「・・・なんでカラオケボックスなのよ?」
「大声出せばすっきりするかなーと思って。ここなら大声出し放題じゃん?」
あたしの前にはジンライム、濱本の前にはウーロン茶。
・・・こいつ全く飲めないんだよな。
「飲めないのに飲みに行くぞなんて言う?」
「いいの。いいの。気分の問題だから。」
まあ、ウーロン茶でも飲むには変わりないよな。
とりあえず、ジンライムを飲みながらあたしはぼんやりと考えた。
「で。何に怒ってるの?」
コの字型のソファに向かい合うように座った濱本が言った。
「別に怒ってないって。」
「怒ってるよ。俺に?それとも他に何かあった?」
「濱本に怒ってるわけじゃない。」
「じゃあ何に怒ってるの?」
わからない。
だから答えられない。
そしてジンライムを飲み続ける。
一杯飲みきったところで、やっと口を開いた。
「兼田部長に聞かれたの。」
「なんて?」
「君と・・・どんな付き合いなんだ?って。」
「濱本とどんな付き合いをしているんだ?」
夕方オフィスに帰ったあたしを会議室へ連れ出すと、兼田部長はいきなりそう言った。
どんな付き合いって・・・
「・・・同僚ですが?」
「そんなことは解ってる。プライベートで会うこともあるのか?」
「何処からがプライベートなのか解りませんが。」
だからそれが何?
「二人で会うことはあるのか?」
何が聞きたいんだろう。
「終業後に喫茶店で話したりすることはあります。」
「そうか。それだけか?」
それだけって・・・なんだ?
「何をお聞きになりたいのかがわかりません。濱本さんは同僚ですし話すことも多いです。」
何か・・・だんだんむかむかして来たんだけど。
言いたい事があるならはっきり言おうよ。
あたしが濱本とどんな付き合いかなんて、兼田部長に会社で聞かれるような事なの?
あたしの覇気に押されたのか兼田部長は少し視線をそらしながら言った。
「澤木・・・。付き合う人間は選べ。」
え?
「付き合うならもっと高め合える仲間を選べ。」
「・・・どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。会社は仲良しごっこをする所じゃない。」
「仲良しごっこをしに来てるつもりはありません。」
濱本とあたしじゃ高めあえないって言いたいの?
仲良しごっこって何?
「誤解を生むようなことはするな。そんな暇があったらもっと出来る仕事があるだろう。」
あたしは兼田部長からじっと眼を放さず、両手を握り締めた。
「濱本に関わってるとろくなことが無いぞ。」
何をもってそんなことを言うの?
「澤木もっと人を見る目を養え。」
言いたいだけ言うと兼田部長は、あたしに目も合わさず会議室を出て行った・・・。
2杯目のジンライムを飲みながらあたしは兼田部長に言われたことを濱本にぽつぽつ話した。
「濱本に関わるとろくなことがない」っていうのは言わなかったけど。
話しているうちにあのときの腹立ちが甦ってきて2杯目はあっという間に無くなった。
今になっても何に腹が立ったのか解らないでいたけど。
「そか・・・。おかわり同じのでいい?」
「うん。」
3杯目のジンライムと2杯目のウーロン茶を注文すると、濱本は組んでいた足を戻し姿勢を正した。
「ごめん。」
「どうして濱本が謝るの?あたし別に濱本に怒ってる訳じゃないよ?」
なのに濱本はもう一度頭を下げた。
「でも、俺が澪ちゃんを巻き込んだ。ごめんな。」