感謝
「気持ちはわかるよ。」
あたしがそういうと、濱本はだろ?というように笑った。
「でもさ。・・・やり方が下手すぎる。」
「下手?」
「そう。君が言う所のストライキをして、どう状況は変わるって言うの?」
濱本の笑顔は変わらないが、目は笑わなくなった。
こいつがこんな表情をするときは、明らかに納得してないって事だな。
「少なくとも、川原のやってることに俺が不満だってことは表明できる。」
「誰に?」
「え?」
「だから誰に対して表明できるの?」
今度は濱本の時間が止まった。口元にだけ薄っぺらな笑顔を残したまま。
「誰にって・・・。」
「多分それって、濱本の自己満足なんじゃないかな。あのね、濱本が無断欠勤した影響って、あたしが兼田部長に意味深なこと言われたのと、あとは濱本の業務査定が落ちたこと。」
「俺の業務査定はどうでもいいけど、澪ちゃんなんか言われたの?」
こいつはそういう奴なんだよなぁ。自分はどうでも良いけど人は心配って。
濱本が小林さんの為に怒りまくってるのはすごくわかるんだ。馬鹿なくらい人の事で怒ってるのはしょっちゅうだ。だけど。だからこそやり方が上手くない。
「あたしもどうでもいいのね。んで、もう一つの影響は。」
今度はあたしが濱本を覗き込む。
「君が来ないことで川原課長が小林さんに『濱本のやる気もお荷物がいりゃぁなくなるわなぁ』って愚痴ったこと。」
濱本の目に怒りが宿ったのがわかる。
いつもうっすら笑ってて、表情の読めない目だけど。これぐらい近けりゃさすがに感じる。
「まじで?」
あたしはこっくりと頷いた。
朝礼後に見かけた風景。
濱本の話を聞くまではいつもの意地悪だと思っていたけど、昨日小林さんにそんなことがあったのなら。
小林さんはもっと重く受け止めてたに違いない。まじめな人だもの。
「あ~~~」
濱本は頬杖付いてた右手で顔を覆うと唸り始めた。
「俺って結局から回りじゃん。ほんと馬鹿みてぇ俺。」
ふっ。なんかこいつ・・・可愛いな。
ふっと思ってその感情にあたしは驚く。
可愛いって!!!それなんか立場逆じゃん!!つか、こいついい年のおっさんだし。
いや。おっさんってことはあたしはおばさんって事になるわけで。
嫌だ。それは嫌だ。
ああ。そんなこと今はどうでもいいんだけど。
「空回りでも良いじゃん。濱本みたいに人の為に怒れるってすげーと思うよ?」
・・・だからそんなに落ち込むな、と。
大きくて長い指に隠れた濱本の目をさらに覗き込んだその時。
「すげぇ?」
濱本が右手を顔からはずした。
近いしっ!なんかすげー近いしっ!
こいつなんか無駄に睫ながいしっ!今関係ないけどっ。
「う、うん。すげー良いと思うよ。」
すると、濱本の目が笑った。ああ、こんな目をしていたのか、こいつ。
「でも、馬鹿って言ったの澪ちゃんだし?」
いや。そうだけどさ。
「やり方が下手って言ったんだよ」
「馬鹿も言ったじゃん。」
「言った。」
「ひでぇ。」
そして濱本はもう一度はじけるように笑った。
「ま。ありがとな。」
なんかわかんないけどお礼を言われて、あたしはやっと濱本の目の中の怒りが消えたことを知った。
そして。
「感謝は誠意で示してね?」
「誠意・・・体で払えって事?」
ちがうっ!!そんなことは言ってないっ!