着信
「今日はおやすみですか?ご体調でも悪いのかな?」
お手洗いの個室へ入ると、あたしは濱本にメールを送った。
本当は「何やってんだ!連絡ぐらいしろ!」って送ってやりたいところだが。
ほら大人だから。
会社に私情を持ち込んじゃいけないわ。
大人になれない兼田部長みたいなのもいらっしゃるけどね。うふ。
と。
あたしの手の中で携帯が青く光りながら震えた。
サブディスプレイに表示される「着信中」それに続く見知らぬ番号。
馬鹿っ!今お手洗いだぞっ!
誰か知らないけど場所考えて電話して来いよ。
なんて無茶なこと思いながら、お客様かもしれないと電話を取る。
「・・・はい澤木です。」
「・・・」
「もしもし?澤木ですが・・・?」
「・・・あ~俺。」
は、濱本っ!!!
と叫びそうになって、ここは会社のお手洗いだと気付く。
つか、「あ~俺」って何よ。何そののどかな感じは。
「・・・濱本何やってんのよ。つかなんで無断なわけ?で、何この電話番号」
ひそひそ声で、それでも矢継ぎ早に尋ねるあたし。
「あ~え~と、これは連れんちの電話。」
いや。そうじゃなくて。大事なのはその前の質問だろ。
ああ。それよりも。
「今ゆっくり話せる状況じゃないの。10分後にもう一回電話して。」
なんたってここはトイレの個室だ。
「ああ。了解。んじゃ。」
あたしはトイレを出るとデスクに戻り、鞄とコートを引っつかむと「お客様の所へ行ってきます!」と会社を飛び出した。
・・・あ。ホワイトボードに行き先書くの忘れた・・・。
10分後。
再び「連れんちの電話」から着信が入った。
「はい。」
「あ~俺。なにさっきは事務所だったの?」
相変わらずのんびりしてやがる。
「今日は平日なので普通は会社にいますね。つか、君は何で来てないの?」
あたしはとりあえず地下鉄の駅へ向かいながら尋ねた。
「あ~っと、それを話すと長くなるよ?」
「会社には連絡したの?」
「してない。」
あたしに電話できるんなら会社に先にしろよ。
「兼田部長が連絡しろって」
「ん~後でする」
後にする意味がわかんないんですけど。
「で、あたしへのご用はなに?」
「ご用って言うか・・・澤木さんこの後客と約束はある?」
「時間決めた約束は無いけど?」
営業には決めた約束は無い日もあるのだ。あたしが出来ない営業だからじゃないぞ。
「んじゃ、俺と会おうよ」
・・・はい?
「30分か1時間で行けるからデフェールで待っててくれよ。」
デフェールはあたしが営業の合間に一服するカフェだ。あたしの隠れ家。
濱本も何回か一緒にサボ・・・じゃなくて休憩した事がある。
「なんで?」
地下鉄の入り口に着いたところで立ち止まる。ここの階段は電波が悪いから。
「詳しくはそのときに話すからさ。」
「わかった。んで、何で連れんちの電話なの?」
後で聞けばいいのにあたしはつい尋ねた。
でも、聞いておいて良かった。
「あ~俺ね、携帯ぶん投げて壊れちゃったんだよね。」
ええ~~~~~~~~~っ?
「んじゃ、後ほど。」
ぷち。驚いて二の句も告げなくなったあたしとは裏腹に、濱本はのんびりとそう言うと電話を切った。
携帯ぶん投げて壊したってどういう状況よ~~~?
そして。あたしはデフェールで濱本を待ってるって訳。
かれこれ1時間半は経った。カフェオレは飲みきっちゃったし、いつになった来るのか聞きたいとこだけど。
携帯壊した(壊れたんじゃないだろ)相手に聞くことも出来やしない。
携帯持ってなかった頃の待ち合わせってこんなのだったな、なんて思いながら。
あたしは咥えた煙草に火をつけた。
そしてまた深いため息を煙と一緒に吐き出した時。
「おまたせ~」
濱本が現れた。