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通話

『電話に出てください。』


一つ目のメールはこれだけ。


家を出で地下鉄で向かう途中。やっとメールを見る気になって一つ目をあける。

案の定メールも伝言メッセージも全部「濱本史人」の名前だった。


まだ伝言メッセージの声を聞く勇気はなかった。


それでも。

さすがに家を出てしまえば、体が覚えているというのか。自然と会社へ向かうわけで。

習性って怖いよな、なんて思う。


今日は黒のパンツスーツにした。髪もシュシュでまとめて。

本当に今日は目立ちたくない。そして朝礼が終わったら声がかからないうちに逃げ出してやるんだ。


河原課長も濱本も来る喫煙ルームはしばらく立ち入らないでいよう。

・・・ちょっと辛いけど。


わざと少し早足で勢いをつけながら、二つ目のメールを開ける。


『頼むから電話に出て。』


と、いうことは電話してはメールしてって繰り返してたんだな。

申し訳ないけどそのときにはもう、携帯放置してたんだよね。


そして3つ目


『ちゃんと家に帰れてるの?』


4つ目は明け方4時過ぎに来ていた。開けて、びっくりした。さっと見ただけで分かる長文。

・・・携帯メール好きじゃないくせに。


読むのが怖いような気がして、また閉じた。


地下鉄の駅が近づいてきた。

地下鉄に乗る前にはメッセージを空にしておかなきゃ。


あたしの携帯にはメッセージが3つしか残せない。

電波が届きにくい所でお客様から電話が入ったらメッセージ入れてもらう事ができない。


ということは。

聞かないで全部消しちゃうか、聞いてから消しちゃうか。


・・・聞かないで消すことは、出来なかった。


『どこにいる?電話出てください。』


一つ目のメッセージはそれだけ。あたしが店を出てすぐ。

あたしが店の前から直ぐにタクシーを捕まえたその頃。

・・・声を聞くとなんだか胸がずきっとしたような気がした。



『大丈夫?家に帰ったらメールでも良いのでください。』


二つ目のメッセージは、あたしが家について玄関に荷物を放置した頃。

地下鉄だったら家の最寄り駅に着く頃。その頃を見計らってかけてきたんだな。


『・・・ちゃんと家に着いた?これ以上は遅くなるので・・・またメールします。おやすみなさい』


おやすみなさいって・・・平和なこといってるなぁ。


とりあえず聞いた。うん。だから消す。

そして全件削除を押してはいを押したその瞬間。

「着信濱本史人」の文字がディスプレイに表示された。


本日一番話したくない相手だってば。


うわ。どうしよう。キー押しちゃったから・・・出ちゃったよ。

うわうわうわ。どうしよう。


「・・・もしもし?」

スピーカーから濱本の声がする。どうしよう・・・どうしたらいいの?


「もしもし?」


ああ。もう仕方ない。


「・・・はい。」


すっげー嫌々そうな声出しちゃった。


「おはよう。」

「うん。おはよう。」

「昨日はちゃんと帰れた?」

「うん」

「そうか、良かった。」

「うん。じゃあもう地下鉄はいるから。」


それだけ言うと、あたしは地下鉄への階段を下りた。

ここも電波悪いからそれで切れたということにしてしまおう。

そう思いながらボタンを押した。


いつもより一本早い地下鉄に乗ってしまおう。

あいつに・・・出会いたくないから。

昨日の今日で一緒に出勤なんてとんでもないっ。


そう思って急いで改札を抜けたら・・・そこに。


本日一番出会いたくない相手があたしを見つめて立っていた。


「おはよ。」


周りよりも頭一つ高いそいつは、スーツ姿の人々の中でダウンジャケットにジーンズ姿でさらに目立っていた。黒いセルフレームの中の眼は今日は笑っていなかった。


「・・・どうして?」


それに続く言葉はなんだったのだろう?

どうしてそんな格好してるの?

どうしてプライベート仕様なの?

どうして・・・ここにいるの?


「澪ちゃんを拉致りにきた。」

「え?」

「とりあえず流れとめちゃ悪いし・・・行こう。」


そう言われて。

立ち止まってしまったあたしをいぶかしげに眺めながら、よけていく人々にやっと気づいた。


こんな格好でこの時間にここにいるって事は。

こいつは今日は出社しない気なんだな。

だったら、それはそれで気が楽だし。


あたしは濱本の横をすり抜けると、さらに階段を下りた。

あたしは会社に行くんだから。


そんなに急がなくても大丈夫。

今右のホームに入ってきているのは反対方向の地下鉄で。

あたしが乗るのはその2分後に左のホームに来る。


と。その時。

あたしの右腕を掴んだ奴がいた。


「これ乗るぞ」

「なに言ってんの?」


あたしに有無を言わさず、濱本は腕を掴んだまま階段を走り降りると郊外へ向かう地下鉄に飛び込んだ。

それを待っていたかのようにベルは鳴り、扉が閉じた。


「ちょっちょっと。何するのよ。反対乗ってどうするの?」

「だから、拉致りに来たって言ったでしょ。」


なっ。何言ってるんだこいつは。


「あたし次で降りるからね。もう。時間がやばい。」


郊外へ向かうほうの地下鉄とはいえ誰もいないわけじゃない。

あたしは声を抑えながら濱本をにらみつけた。


・・・とりあえず、あたしの右腕を放してよ。


「・・・降ろさない。」

「あたしは会社に行くんです。」

「行かせない。」


ほんとにどうしちゃったのこいつ?


「最後まで話しを聞いてくれるまで、放さない。」


・・・あたしの社会的立場はどうなっちゃうの???











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