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【婚約破棄無双】~わざと結婚式場をダブルブッキングしてから裏工作で愛を試し、先に別れた方からキャンセル料をせしめます。真実の愛以外は認めません~  作者: 団田図
第2章【新郎:損得勘定だけのロジカルモンスター】×【新婦:承認欲求の塊であるキラキラ女子】

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第8話 魔女の計算ミス

 挙式まで残り1ヶ月。

 招待状の発送が完了し、本来であれば新郎新婦の期待と不安が入り混じる繊細な時期だ。

 しかし、サロン『マリアージュ・ミラージュ』に現れた高城とエレナに、センチメンタルな空気は微塵もない。彼らが気にしているのは、当日のオペレーションと、メディアへの露出効果のみだ。


 そんな「鉄壁」の二人に対し、水指は第一の刺客を投入した。

「お二人とも、準備は順調ですが……少しお疲れのご様子。本日は、当サロンが契約している特別な『メンター』をお呼びしておりますの」

「メンター? ビジネスコーチか何かか?」

「ええ、ある意味では。人生という名のビジネスを導く、特別な方です」


 水指が合図を送ると、照明がわずかに落とされ、奥の扉が開いた。

 現れたのは、紫色のベールを被り、巨大な水晶玉を抱えた占い師、チャキ由美子だ。


「……見えます。乱れ飛ぶ数字の羅列と、崩壊する摩天楼が……」


 チャキは登場するなり、大仰に天を仰いだ。

 普段のカップルなら、その異様な雰囲気に飲まれるところだが、高城は冷ややかな目でチャキをスキャンした。

「……水指さん。これはどういうアトラクションだ? 僕はオカルトには興味がない」

「まあ、そう仰らずに。彼女の『リスク分析』は、業界でも定評がございますのよ」


 「リスク分析」という言葉に、高城が少し反応した。

 チャキはその隙を見逃さず、二人の前に水晶玉をドンと置いた。

「若き経営者たちよ。あなた方の前途には、輝かしい成功ではなく……破滅の相が出ておる!」


 チャキは水晶玉を撫で回しながら、事前に仕込まれた「不吉な予言」を叫んだ。

「最悪の相性です! お二人の星は互いに反発し合っている。火と油、いや、トングと天狗のような関係だ!」

「……何? トングと天狗……? 語呂だけで喋っていないか?」

「このまま合併(結婚)すれば、互いの運気……すなわち『事業運』が吸い取られる! 私の見立てでは、結婚後半年以内に株価は暴落、一年以内に両社とも倒産するでしょう!」


 倒産。

 経営者にとって最も忌むべきワードを、チャキは突きつけた。

 通常のカップルなら、「えっ、嘘……」「どうしよう」と不安に駆られ、互いに疑心暗鬼になる場面だ。水指も、まずはこれで二人の「損得勘定」を揺さぶるつもりだった。


 室内を沈黙が支配する。

 高城は眉一つ動かさず、懐からスマートフォンを取り出した。

 そして、高速でフリック入力を始めた。

 チャキが「お、恐れをなして震えているのか……?」と畳み掛けようとした、その時。


「……ふむ」

 高城が顔を上げた。その瞳には、恐怖ではなく、純粋な疑問が浮かんでいた。


「その『倒産リスク』の算出ロジックは?」

「は?」

 予想外の返しに、チャキが素っ頓狂な声を出す。

 高城はスマホの画面――高度な確率計算アプリ――を見せながら淡々と言った。

「僕と彼女の事業領域は、ITと美容で競合しない。むしろクロスセルによるアップサイド(上昇余地)が見込めるはずだ。君の言う『運気が吸い取られる』という事象の、統計的エビデンス(根拠)はどこにある? 過去の事例ケーススタディをN数100以上で提示してくれ」


「えっ……あ、いや、それは星の巡り合わせですので……宇宙の意思というか……」

「エビデンスが薄いな。定性的な感覚だけで経営判断はできない」


 高城は興味を失ったように視線を切った。

 さらに、隣のエレナも冷ややかに口を開く。

「そうね。それに、仮にその『不吉な予言』が本当だとしても、今ここでキャンセルする方がリスクが高いわ」

「リスクだと?」チャキがたじろぐ。


 エレナは手入れの行き届いた爪を見つめながら、独り言のように言った。

「招待状はすでに発送済み。メディアにも結婚のリリースを打ってあるわ。この段階で破談になったらどうなると思う? 『西園寺エレナは男を見る目がない』『結婚直前に逃げられた女』……そんなレッテルを貼られて、私のブランドイメージは暴落よ」


 高城が頷き、引き取る。

「その通りだ。今キャンセルした場合の違約金および『レピュテーション・リスク(社会的信用の失墜)』と、結婚後に事業が悪化するかもしれないという不確定なリスク。両者を天秤にかければ、答えは明白だ」


 二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。


「結論。このままゴー(進行)だ」

「アグリーよ。……一度結婚して、実績を作ってから『円満離婚』というストーリーを作った方が、ブランディング的には正解だわ」


 二人の思考回路は、完全に「ビジネス」で統一されていた。

 愛が冷めるも何も、最初から愛などない。あるのは「どちらが傷を負わないか」という冷徹な計算だけだ。

 チャキは口をパクパクさせ、助けを求めるように水指の方を見た。


「……というわけだ。水指さん、この迷惑な占い師を下げてくれ」

「失礼いたしました。……私の選定ミスですわ」

 水指は深々と頭を下げたが、その表情は髪に隠れて見えない。


+++


 打ち合わせが終わり、二人が帰った後のサロン。

 チャキ由美子はベールを脱ぎ捨て、ソファに倒れ込んだ。

「ちょっと水指! 何なのあいつら! 可愛げがないにも程があるわよ! 私の占いを『エビデンスがない』で切り捨てる客なんて初めてよ!」

 チャキは悔しそうに地団駄を踏む。

「今回は崩すの無理じゃない? 鉄壁すぎるわよ、あの自己愛カップル」


 だが、水指は静かだった。

 彼女は高城が座っていた席を見つめ、ゆっくりと口角を吊り上げた。


「いいえ、想定通りです」

「はあ? 失敗したじゃない」

「逆ですわ。彼らの行動原理が、完全に『損得』だけだということが証明されました」


 水指は立ち上がり、ホワイトボードに書かれた二人の名前――高城タクヤと西園寺エレナ――を赤いマーカーで囲った。


「彼らは愛や情では動きません。不吉な予言も、感情的な揺さぶりも通用しない。……ならば、彼らが最も恐れるものを提示すればいいだけのこと」

「最も恐れるもの?」


「『損失』ですわ」


 水指の瞳が、狩人の色を帯びる。

「彼らは結婚を『利益を生む投資』だと信じている。なら、その前提を覆してあげればいい。結婚することこそが、彼らにとって『最大のリスク』であり『巨額の負債』になると、数字で可視化して差し上げるのです」


 水指は引き出しから、一冊の分厚いバインダーを取り出した。

 表紙には何も書かれていないが、それが「次の手」であることは明白だった。


「チャキさん、今日はありがとう。最高の前座でした」


 その冷徹な横顔を見て、チャキは息を呑んだ。

 一度の失敗で諦めるどころか、相手の特性を分析し、より残酷な罠を張る。

 その執念と、歪んだプロ意識。

(……ああ、やっぱりこの女、イカれてる。だから惚れるんだけどね。彼女が一度でもダブルブッキング作戦に失敗(両カップルともキャンセルしない)となったら、この業界でのやり直しがきかない。それに、莫大な慰謝料がのしかかる。その凍てつくような覚悟にゾクゾクするのよね)

 チャキはニヤリと笑い、「どういたしまして」と指を鳴らした。


 B組の破壊工作も進んでいるが、まだ決定打には至っていない。

 ダブルブッキングの行方は、いよいよ混沌としてきた。

 だが、水指にとっては、それすらも極上のエンターテインメントに過ぎないのだった。

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