第6話 最強の最適化カップル
都心の一等地にあるシェアオフィス。全面ガラス張りの会議室から、一人の男が風を切るように出てきた。
ITベンチャー『ネクスト・イノベーション』の社長、高城タクヤ(29)。
無駄のない細身のスーツに身を包み、彼は部下たちに向かって流暢に指示を飛ばした。
「α案はリソースの無駄だ。βで進めてくれ。常にROI(投資対効果)を意識しろと言っているだろう?」
「は、はい! 直ちに修正します!」
萎縮する部下を尻目に、高城はスマートフォンの画面をタップした。
その待ち受け画面が一瞬、周囲の社員たちの目に入る。映っているのは、美容系インフルエンサーとして絶大な人気を誇る西園寺エレナとのツーショットだ。
若い男性社員たちが、羨望の眼差しで囁き合う。
「社長、マジですげえよな。あの西園寺エレナと結婚だぜ?」
「まさに勝ち組だよな。仕事もプライベートも完璧とか、憧れるわ」
その視線を背中で感じながら、高城は口元を緩めた。
(そう、俺は選ばれた人間だ。隣に立つパートナーも、最高ランク(Sクラス)でなければならない)
彼にとって結婚とは、自身のステータスを「最適化」するためのプロジェクトに過ぎない。
彼女を選んだ理由は愛ではなく、自分というブランドの価値を最大化するための、最も効率的な投資先だったからだ。
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後日。
サロン『マリアージュ・ミラージュ』の重厚な扉が開くと、そこには眩しいほどのオーラを放つ二人の姿があった。
高城タクヤと、西園寺エレナ。
まるでファッション誌の表紙から抜け出してきたような二人に、水指は恭しく頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました。お二人のような合理的で洗練されたカップルにご指名いただき、光栄ですわ」
水指の言葉は、完璧な温度感で二人の自尊心をくすぐる。
高城とエレナは満足げに頷き、ソファに腰を下ろした。
通常、ここには「照れ」や「高揚感」があるものだが、この二人にはそれがない。あるのは、ビジネスパートナーと商談に臨むような鋭い眼光だけだ。
「単刀直入に言おう。僕たちの結婚式は、単なる式典ではない。株主総会のようなものだ」
高城が足を組み、指を組んで水指を見据える。
「参列者へのプレゼンスを示し、我々の結合によるシナジー効果を最大限にアピールしたい」
「そうね。私のブランドの世界観を崩さない、『完全映え』仕様でお願いするわ。ライティング、導線、全てにおいて私のビジュアルが一番引き立つように設計して。……アグリー?」
エレナが高城に視線を向ける。
高城は短く頷いた。
「フィックスだ」
愛の言葉ではなく、ビジネス用語で会話する二人。
水指は優雅に微笑みながら、心の中で冷徹に分析していた。
(なるほど。自己愛の塊ね。……これは崩し甲斐がありそうだわ)
一通りの要望を聞き終えると、水指はいつものように「スケジュール調整の演技」に入った。
タブレットを操作し、わざと眉をひそめる。
「……素晴らしいプランですが、お二人がご希望されるハイシーズンは、すでに予約が埋まっておりまして……」
「何だと? 金ならいくらでも出す。最優先で枠を確保してくれ」
「申し訳ございません。先約のお客様もいらっしゃいますので……」
高城が不快そうに舌打ちをする。自分の思い通りにならないことが許せない人種だ。
頃合いを見計らい、水指は声を潜めた。
「ですが……実は一件だけ、仮押さえが入っている『大安』の枠がございます」
「ほう?」
「本来はお待ちいただくのですが……お二人の社会的影響力と、この完璧なプランを拝見して、私も心が動きました。特別に、お二人にこの枠を使っていただこうかと」
もちろん、これは嘘だ。
その日はすでに、別のカップル(B組)が予約を確定させている。完全なダブルブッキング。
だが、特別扱いを好む彼らにとって、この提案は甘い蜜だ。
「悪くない。僕たちのためにリソースを割くという判断、評価しよう」
「ええ。大安なら私のSNSでの投稿も縁起が良くてバズりやすいわ。そこで進めて」
魚がかかった。
水指はすかさず、分厚い契約書を差し出した。
そして、例の「キャンセル規定」のページを開く。
「では、契約にあたりまして重要事項のご説明です。挙式2週間前を切ってのキャンセルの場合、見積もり総額の100%を頂戴いたします」
以前のカップルはここで笑い飛ばしたが、高城は違った。彼は眼鏡の位置を直し、冷静に契約書を読み込む。
「……ふむ。リスクヘッジのための防衛条項か。当然だな」
「ええ。弊社としても機会損失は防がねばなりませんので」
「合理的だ。互いに合意済みの契約を一方的に破棄するのは、ビジネスにおいてはご法度。ペナルティは甘んじて受け入れよう」
高城は迷いなく高級万年筆を取り出し、サラサラと署名をした。エレナもそれに続く。
彼らは信じているのだ。自分たちの「契約(結婚)」が破綻するはずがないと。
なぜなら、それは感情ではなく、損得勘定で結ばれた強固な同盟だからだ。
「契約成立ですわ」
水指はサインされた契約書を受け取り、深く一礼した。
高城とエレナ――通称A組。
そして、すでに同じ日時に予約を入れているB組。
二組のカップルを同じ土俵に乗せ、どちらかが脱落するまで追い込む「愛の椅子取りゲーム」が、今幕を開けた。
「それでは、次回のお打ち合わせでお会いしましょう。……最高の結果をお約束いたします」
水指の言葉に、二人は満足げにサロンを後にした。
彼らが去った後、水指は静かに笑みを深める。
「さあ、証明していただきましょうか。……損得だけで繋がった関係が、どこまで持ちこたえられるかを」




