第4話 試される試着室
挙式まで残り1ヶ月。最終の衣装合わせの日がやってきた。
サロンの扉が開くと、楓子の隣には、以前話題に出た親友の里奈が寄り添っていた。
里奈は楓子とは対照的なタイプだ。派手なメイクに、体のラインを強調したタイトなニットワンピース。甘い香水の匂いを漂わせ、サロンの中を見回している。
「わあ、ここが例のサロン? 結構こじんまりしてるんだねえ」
「うん。でも、水指さんが本当に親身になってくれて……。ね、健太くん?」
「あ、ああ……そうだな」
健太は明らかに挙動不審だった。視線は泳ぎ、額には脂汗が滲んでいる。
それもそのはずだ。彼の隣にいる「婚約者」と、その向こうにいる「浮気相手」が同じ空間にいるのだから。
水指は恭しく頭を下げた。
「お待ちしておりました。本日は里奈様も、ようこそお越しくださいました」
「どーも。楓子がどうしてもって言うから、見定めに来てあげたんですぅ。あ、健太くんも久しぶり~」
「……お、おう」
里奈は健太に媚びるような流し目を送ると、楓子に向き直り、猫なで声で言った。
「楓子、楽しみだねえ。私、楓子の花嫁姿見たら泣いちゃうかも」
「ありがとう、里奈。里奈にそう言ってもらえると本当に心強いよ。私、やっぱり少し不安で……」
「なーに言ってんの。楓子はただ、お姫様みたいに笑ってればいいのよ。面倒なことは、周りが『処理』してくれるんだから」
里奈の言葉には、どこか含みがあった。
純粋な楓子は「そうだよね」と微笑むだけだが、水指はその言葉の裏にある嘲笑を聞き逃さない。
(面倒なこと……ね。随分と余裕なこと)
水指は心の中で冷笑し、手元のスイッチに指をかけた。
「では楓子様、早速ドレスにお着替えしましょうか。里奈様とご新郎様は、こちらのソファでお待ちください」
水指は楓子を試着室へと誘導し、厚手のカーテンを閉めた。
通常なら防音性は高いが、今日はわざとカーテンの端を数センチだけ開けておく。音が漏れるように。
楓子が着替え始め、水指がサポートに入る。
そのタイミングを見計らい、水指はポケットの中で合図を送った。
直後。
ソファに座る健太のスマホが、ピロンと鳴った。
画面に表示されたポップアップ通知。
差出人は『里奈』。
メッセージ内容は――『今夜、会える? 健太くん不足で死にそう』。
もちろん、これは水指が雇ったハッカーによる偽装メッセージだ。だが、極限状態の健太に冷静な判断力はない。
健太は驚きと喜びの顔になり、隣に座る里奈の方を向いて、押し殺した声で囁いた。
「おい……! 勘弁してよ」
「え? 何が?」
「とぼけるな。こんな時に送ってこないでよ。だけど、スリルがあっていいね。そんな里奈ちゃん大好きだよ」
「はあ? 何のこと? よくわからないけど、こんなのはどう?」
楓子のすぐそばで里奈は悪い顔で、健太は今日一番の笑顔で手を繋いだ。
その声は、カーテン越しの試着室にいる楓子の耳にも届いていた。
「……え? 健太くん……里奈……?」
楓子が着替えの手を止める。
今だ。
水指は「楓子様、準備はよろしいですね?」と声をかけると同時に、勢いよくカーテンを開け放った。
「ジャン! ご新郎様、いかがですか――あ」
水指はわざとらしく声を詰まらせ、口元を手で覆った。
開かれた視界の先。
そこには、テーブルの下で手を恋人つなぎし、顔を近づけて密談している健太と里奈の姿があった。
まるで、逢瀬を楽しむ恋人同士のように。
「……え」
楓子の顔から血の気が引いていく。
健太が弾かれたように里奈の手を離し、立ち上がった。
「ち、違うんだ楓子! これは誤解で……!」
「ご、誤解って……だって、今……」
楓子の瞳から涙が溢れ出す。その場は凍りついたような沈黙に包まれた。
決定的な瞬間。
ここで、それまで「親友」の仮面を被っていた里奈が、ふう、と面倒くさそうに溜息を吐いた。
「あーあ。だから言ったのに。健太くんが脇甘いからバレちゃったじゃん」
「……里奈?」
楓子が信じられないものを見る目で親友を見つめる。
里奈は悪びれる様子もなく足を組み直し、ソファに深く座りながら嘲るように笑った。
「ごめんねえ、楓子。でもさ、しょうがなくない? 健太くん、楓子といると息が詰まるっていつも泣きついてくるんだもん」
「な……何を、言って」
「楓子ってさあ、温室育ちのお人形さんじゃない? 清らかすぎて、男の欲求とかストレスとか、全然理解してあげられないでしょ。だから私が『慰めて』あげてたの。感謝してほしいくらいよ」
「ひどい……私、里奈のこと信じてたのに……!」
泣き崩れる楓子を見下ろし、里奈は勝ち誇ったように続ける。
「信じる? あんたって本当にめでたい頭してるよね。そういう世間知らずなとこが、昔から鼻についてたのよ。金持ちの家に生まれて、苦労も知らずにいい男捕まえて……全部持ってるあんたから、一番大事なものを奪ってやりたかっただけ」
本性を現した「悪女」の毒舌が、サロンに響き渡る。
健太はオロオロと二人の間を行き来するだけで、何の役にも立たない。
地獄絵図だ。
しかし、水指にとってはこの上ない芸術作品だった。
「……本日は、ここまでに致しましょうか」
水指は静かに、しかし冷徹に告げた。
完全に壊れた関係。修復は不可能。
これでキャンセルは間違いない。
水指はうなだれる健太と泣き叫ぶ楓子、そして開き直って化粧を直し始める里奈を眺めながら、心の中で拍手を送った。
(お見事。素晴らしいものを見させてもらったわ)




