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【婚約破棄無双】~わざと結婚式場をダブルブッキングしてから裏工作で愛を試し、先に別れた方からキャンセル料をせしめます。真実の愛以外は認めません~  作者: 団田図
第1章【新郎:逆玉狙いの裏切り商社マン】×【新婦:脳内お花畑の資産家令嬢】

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第4話 試される試着室

 挙式まで残り1ヶ月。最終の衣装合わせの日がやってきた。

 サロンの扉が開くと、楓子の隣には、以前話題に出た親友の里奈りなが寄り添っていた。

 里奈は楓子とは対照的なタイプだ。派手なメイクに、体のラインを強調したタイトなニットワンピース。甘い香水の匂いを漂わせ、サロンの中を見回している。


「わあ、ここが例のサロン? 結構こじんまりしてるんだねえ」

「うん。でも、水指さんが本当に親身になってくれて……。ね、健太くん?」

「あ、ああ……そうだな」


 健太は明らかに挙動不審だった。視線は泳ぎ、額には脂汗が滲んでいる。

 それもそのはずだ。彼の隣にいる「婚約者」と、その向こうにいる「浮気相手」が同じ空間にいるのだから。

 水指はうやうやしく頭を下げた。


「お待ちしておりました。本日は里奈様も、ようこそお越しくださいました」

「どーも。楓子がどうしてもって言うから、見定めに来てあげたんですぅ。あ、健太くんも久しぶり~」

「……お、おう」


 里奈は健太に媚びるような流し目を送ると、楓子に向き直り、猫なで声で言った。


「楓子、楽しみだねえ。私、楓子の花嫁姿見たら泣いちゃうかも」

「ありがとう、里奈。里奈にそう言ってもらえると本当に心強いよ。私、やっぱり少し不安で……」

「なーに言ってんの。楓子はただ、お姫様みたいに笑ってればいいのよ。面倒なことは、周りが『処理』してくれるんだから」


 里奈の言葉には、どこか含みがあった。

 純粋な楓子は「そうだよね」と微笑むだけだが、水指はその言葉の裏にある嘲笑を聞き逃さない。

(面倒なこと……ね。随分と余裕なこと)

 水指は心の中で冷笑し、手元のスイッチに指をかけた。


「では楓子様、早速ドレスにお着替えしましょうか。里奈様とご新郎様は、こちらのソファでお待ちください」


 水指は楓子を試着室へと誘導し、厚手のカーテンを閉めた。

 通常なら防音性は高いが、今日はわざとカーテンの端を数センチだけ開けておく。音が漏れるように。


 楓子が着替え始め、水指がサポートに入る。

 そのタイミングを見計らい、水指はポケットの中で合図を送った。

 直後。

 ソファに座る健太のスマホが、ピロンと鳴った。


 画面に表示されたポップアップ通知。

 差出人は『里奈』。

 メッセージ内容は――『今夜、会える? 健太くん不足で死にそう』。


 もちろん、これは水指が雇ったハッカーによる偽装メッセージだ。だが、極限状態の健太に冷静な判断力はない。

 健太は驚きと喜びの顔になり、隣に座る里奈の方を向いて、押し殺した声で囁いた。


「おい……! 勘弁してよ」

「え? 何が?」

「とぼけるな。こんな時に送ってこないでよ。だけど、スリルがあっていいね。そんな里奈ちゃん大好きだよ」

「はあ? 何のこと? よくわからないけど、こんなのはどう?」


 楓子のすぐそばで里奈は悪い顔で、健太は今日一番の笑顔で手を繋いだ。

 その声は、カーテン越しの試着室にいる楓子の耳にも届いていた。


「……え? 健太くん……里奈……?」


 楓子が着替えの手を止める。

 今だ。

 水指は「楓子様、準備はよろしいですね?」と声をかけると同時に、勢いよくカーテンを開け放った。


「ジャン! ご新郎様、いかがですか――あ」


 水指はわざとらしく声を詰まらせ、口元を手で覆った。

 開かれた視界の先。

 そこには、テーブルの下で手を恋人つなぎし、顔を近づけて密談している健太と里奈の姿があった。

 まるで、逢瀬おうせを楽しむ恋人同士のように。


「……え」

 楓子の顔から血の気が引いていく。

 健太が弾かれたように里奈の手を離し、立ち上がった。

「ち、違うんだ楓子! これは誤解で……!」

「ご、誤解って……だって、今……」


 楓子の瞳から涙が溢れ出す。その場は凍りついたような沈黙に包まれた。

 決定的な瞬間。

 ここで、それまで「親友」の仮面を被っていた里奈が、ふう、と面倒くさそうに溜息を吐いた。


「あーあ。だから言ったのに。健太くんが脇甘いからバレちゃったじゃん」

「……里奈?」

 楓子が信じられないものを見る目で親友を見つめる。

 里奈は悪びれる様子もなく足を組み直し、ソファに深く座りながら嘲るように笑った。


「ごめんねえ、楓子。でもさ、しょうがなくない? 健太くん、楓子といると息が詰まるっていつも泣きついてくるんだもん」

「な……何を、言って」

「楓子ってさあ、温室育ちのお人形さんじゃない? 清らかすぎて、男の欲求とかストレスとか、全然理解してあげられないでしょ。だから私が『慰めて』あげてたの。感謝してほしいくらいよ」

「ひどい……私、里奈のこと信じてたのに……!」


 泣き崩れる楓子を見下ろし、里奈は勝ち誇ったように続ける。


「信じる? あんたって本当にめでたい頭してるよね。そういう世間知らずなとこが、昔から鼻についてたのよ。金持ちの家に生まれて、苦労も知らずにいい男捕まえて……全部持ってるあんたから、一番大事なものを奪ってやりたかっただけ」


 本性を現した「悪女」の毒舌が、サロンに響き渡る。

 健太はオロオロと二人の間を行き来するだけで、何の役にも立たない。

 地獄絵図だ。

 しかし、水指にとってはこの上ない芸術作品だった。


「……本日は、ここまでに致しましょうか」


 水指は静かに、しかし冷徹に告げた。

 完全に壊れた関係。修復は不可能。

 これでキャンセルは間違いない。

 水指はうなだれる健太と泣き叫ぶ楓子、そして開き直って化粧を直し始める里奈を眺めながら、心の中で拍手を送った。


(お見事。素晴らしいものを見させてもらったわ)

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