第2話 完璧な仕事と黒い綻び
打ち合わせは順調に進んでいた。
水指が差し出したタブレットには、楓子の雰囲気に合わせたドレスや、会場を彩る装花のイメージ画像が並んでいる。どれも洗練されており、楓子の好みを完璧に射抜いていた。
「わあ、すっごく可愛い! このピンクの芍薬なんて最高かも!」
「楓子様の透き通るような肌には、淡いピンクがよく映えますわ。カクテルドレスはこちらのラインがお似合いかと」
「水指さん、凄いです! 私の思ってること、全部わかってくれてる!」
楓子は目を輝かせ、全幅の信頼を寄せてくる。
水指は穏やかに微笑みながら、的確なアドバイスを続ける。だが、その視線の奥底は、極めて冷静に目の前の二人を観察していた。
この仕事は、表向きは幸福の演出家。しかしその実態は、人間性の鑑定士だ。
ふと、水指の脳裏に、苦い過去の記憶が蘇る。
(……昔は、私もこんな風に純粋に『幸せ』を信じていたっけ)
水指の実家は、地方で小さな結婚式場を営んでいた。
父は「誠実」を絵に描いたような男だった。「お客様の幸せが第一」を掲げ、利益度外視で尽くした。
だが、その善意は仇となった。
理不尽なクレームをつけて料金を踏み倒すカップル。式の直前に一方的にキャンセルし、違約金の支払いを拒否して怒鳴り込んでくる親族。
『お前らの準備が悪いから気分が冷めたんだ! 金なんて払えるか!』
怒号が飛び交う事務所で、何度も頭を下げる父の背中。結局、式場は悪質なクレーマーたちの餌食となり、多額の負債を抱えて倒産した。一家は離散し、全てを失った。
――真実の愛? そんなものは、平和な時だけの飾り物だ。
金銭トラブル、親族の確執、過去の異性関係。ひとたび綻びが生じれば、愛など簡単に憎しみへと変わる。
だからこそ、水指は試すのだ。地獄のようなトラブルを用意し、それでも離れない二人だけが本物だと。そして、偽物は容赦なくビジネスの養分にする。
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意識を現在に戻す。
水指の手元の業務用スマホが短く振動した。画面の端に表示された通知は、裏の協力者からのものだ。
『B組(公務員カップル)、順調。新居の契約完了』
同時進行しているもう一組の獲物も、逃げる気配はない。どちらかがキャンセル料100%を支払うことになる「デスゲーム」は、滞りなく進行している。
水指は視線を新郎の健太に戻した。
彼は楓子がドレスのカタログに夢中になっている間、退屈そうにあくびを噛み殺し、スマホをいじっている。
そして、水指が視線を向けた瞬間、彼は慌ててスマホを伏せてテーブルに置いた。
――画面を下にして置く。通知を見られたくない証拠だ。
さらに、楓子が「ねえ健太くん、どっちがいい?」と尋ねても、「楓子の好きな方でいいよ」と生返事をするばかり。その目は笑っていない。
(……クロね)
水指の鑑定眼が結論を下す。
この男は、楓子自身を見ているのではない。彼女の背後にある資産や、令嬢と結婚するという世間体を愛しているだけだ。
それならば、少し揺さぶってやればいい。
「ところで、お式の招待客リストですが……」
水指は自然な流れで話題を変えた。
「楓子様のご友人で、以前話題に出た『里奈様』も、もちろんご招待されますよね?」
「あ、はい! 里奈は親友なので、絶対に来てもらいます!」
その名前が出た瞬間、健太の眉がぴくりと跳ねた。
水指はその反応を見逃さない。
「でしたら、次回の衣装合わせの際、よろしければ里奈様もご一緒にお越しいただいてはいかがでしょう? 客観的な意見も参考になりますし」
「えっ、いいんですか? 里奈も喜びそう!」
楓子は無邪気に喜ぶが、健太の顔色は明らかに悪くなった。
「いや、友人を呼ぶなんて悪いよ。水指さんにも迷惑だろうし……」
「とんでもございません。ご友人からの祝福は、何よりのスパイスになりますから」
水指は健太の目を真っ直ぐに見つめ、優雅に微笑んだ。その瞳は、獲物を追い詰める狩人のように冷たく輝いている。
「ぜひ、連れてきてくださいね。……楽しみにしております」
健太の引きつった愛想笑いを見届けながら、水指は確信した。
この綻びは、必ず大きな傷口になる。
完璧な仕事の裏で、黒いシナリオが静かに動き出した。




