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【婚約破棄無双】~わざと結婚式場をダブルブッキングしてから裏工作で愛を試し、先に別れた方からキャンセル料をせしめます。真実の愛以外は認めません~  作者: 団田図
第4章【新郎:和菓子の頑固職人】×【新婦:洋菓子の天才パティシエ】

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第20話 窓越しの醤油とクリーム

 その日、下町の商店街は、いつもの喧騒が三倍になったような大騒ぎに包まれていた。

 アーケードには『祝・ご結婚! 亀屋&パティスマイリー』という巨大な垂れ幕が下がり、紅白の餅とマドレーヌが道ゆく人々に振る舞われている。


「おい見ろよ! あの犬猿の仲だった親父たちが、肩組んで酒飲んでるぞ!」

「奇跡だわ……。本当にロミオとジュリエットが結ばれちゃったのね!」


 商店街の人々が感涙にむせぶ中、特設ステージでは、紋付袴姿の萬之助まんのすけと、純白のウエディングドレスに身を包んだシエルが、照れくさそうに並んで頭を下げていた。

 長年、壁一枚を隔てて睨み合っていた和と洋の老舗。その境界線が、二人の愛と、職人としての意地によって取り払われた瞬間だった。


 それは、水指みずさし浄呂美じょろみが仕掛けた「デス・ウエディング」が、祝祭へとひっくり返された敗北の光景でもあった。


+++


 それから数日後。

 お祭り騒ぎが去り、商店街にはいつもの日常が戻っていた。


 結婚を機に、二つの店は統合して『和洋菓子店』になったのか?

 答えはノーだ。

 『亀屋』は相変わらず重厚な暖簾のれんを掲げ、『パティスマイリー』はポップな看板を出している。

 互いの「伝統」と「こだわり」を尊重し合い、あえて店は分け、それぞれの味を守り続けることを選んだのだ。


 ただし――変わったこともある。

 店の裏手、二人が引っ越した新居のマンションは一緒だが、職場である店同士の距離感に変化が起きていた。


 午前十時。仕込みの真っ最中。

 『亀屋』の厨房の窓がガラリと開いた。


「おーいシエル! みたらしのタレ煮詰めてたら醤油切らした! 貸してくれ!」


 作務衣姿の萬之助が、隣の洋館に向かって叫ぶ。

 すると即座に、『パティスマイリー』の窓がパタンと開き、コックコート姿のシエルが顔を出した。


「もう、萬之助さんったら! 在庫管理はしっかりしてって言ったでしょ!」

「わりぃ! 今夜マッサージするから!」

「しょうがないなぁ。……はい、醤油! その代わり、こっちグラニュー糖足りないの! 一袋投げて!」

「おうよ! ナイスキャッチ!」


 窓と窓の間を、醤油ボトルと砂糖の袋が放物線を描いて飛び交う。

 かつて罵声が飛び交っていた空間には今、調味料と愛あるやり取りが行き交っていた。

 その賑やかで仲睦まじい姿は、早くも商店街の新たな名物風景となりつつある。


 そして、二つの店の店頭には、ワゴンに山積みされた新商品『あずき香るパイ饅頭』が並び、どちらのレジにも長蛇の列ができていた。

 和の深みと洋の軽やかさ。

 別々の道を歩んできた二つが、互いを尊重しながら混ざり合う、最高傑作だ。


+++


 その様子を、通りの向かいにある喫茶店から眺めている人影があった。

 水指浄呂美だ。

 彼女の手元には、今回の一連の収支報告書がある。

 A組(萬之助たち)からのキャンセル料はゼロ。しかし、裏で動いていたB組の破談によるキャンセル料が入ったため、トータルではしっかりと黒字を確保していた。


「……ふっ」


 水指はカップを置き、口元を緩めた。

 いつもなら、獲物を逃した悔しさが残るはずだ。

 だが今回ばかりは、胸の中に奇妙な清々しさがあった。


「『真実の愛なんて幻想』……そう言い続けてきましたけれど」


 彼女の視線の先で、萬之助とシエルが窓越しに笑顔で手を振り合い、それぞれの厨房へと戻っていく。

 ベタベタと甘えるわけでもなく、互いに背中を預け合う戦友のような、凛とした関係。


「甘いだけでも、しょっぱいだけでもない。……あの『甘辛い』関係も、悪くはないわね」


 水指は伝票を掴んで席を立った。

 ヒールの音を高く響かせ、店を出る。

 彼女はもう振り返らない。この商店街での仕事は終わった。


「さて、感傷に浸るのはこれくらいにして。……次はどんな『幸せボケ』したカップルが、私のサロンを訪れるかしら」


 ウエディングプランナー、水指浄呂美。

 愛の真贋しんがんを見極める彼女の「デスゲーム」は、まだまだ終わらない。

 真実の愛か、それとも偽りの情か。

 それを証明するのは――キャンセル料という名の代償だけなのだから。


第4章 完



ここまでお読みいただきありがとうございました。

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