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【婚約破棄無双】~わざと結婚式場をダブルブッキングしてから裏工作で愛を試し、先に別れた方からキャンセル料をせしめます。真実の愛以外は認めません~  作者: 団田図
第4章【新郎:和菓子の頑固職人】×【新婦:洋菓子の天才パティシエ】

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第18話 職人たちの反逆

 結婚式の2週間前。

 萬之助まんのすけとシエルは、商店街の外れにあるレンタルキッチンを借りていた。

 両親に隠れて試作を行うには、ここしか場所がなかったからだ。


 ステンレスの台の上には、水指から渡された「幻のレシピ」が広げられている。

 二人の表情は真剣そのものだった。これが成功すれば、長年の両家の確執が氷解し、自分たちの結婚も認められる――そう信じて。


「よし、始めよう。分量はレシピ通り、正確にな」

「ええ。お爺様たちの夢、私たちが叶えましょう」


 二人は調理を開始した。

 萬之助は小豆あずきを煮て餡子あんこを練り、シエルは小麦粉を振るってパイ生地を仕込む。

 だが、工程が進むにつれて、二人の眉間には深い皺が刻まれていった。


「……なぁシエル。これ、本当に合ってるのか?」


 萬之助が鍋の中を覗き込みながら、不安げに呟く。

 レシピに指定された水分量は、常識的に考えて多すぎた。煮ても煮ても水分が飛ばず、鍋の中にあるのは餡子というより、泥のような小豆のスープだ。


「私も変だと思う……。バターの量が少なすぎて、生地が全然まとまらないの。これじゃあ、層ができないわ」


「常識ではありえない分量だが、古文書には『あえて常識を捨てよ』と書いてある(水指の捏造)」



 シエルも粉まみれの手を見つめ、困惑していた。

 それでも二人は、常識ではありえない分量だが、古文書には『あえて常識を捨てよ』と書いてある(水指の捏造)。これでいいんだと自分たちに言い聞かせ、強引に作業を進めた。

 そして数時間後。オーブンから焼き上がったのは――。


「……なんだこれ」


 天板の上に乗っていたのは、ドロドロに溶け出した餡子と、膨らまずに硬化した生焼けの小麦粉の塊だった。

 甘ったるく、どこか焦げ臭い、無惨な失敗作。

 口に入れてみるが、すぐに吐き出したくなるような不快な食感だった。


「まずい……」

「そんな……お爺様たちは、こんなものを作ろうとしていたの?」


 シエルがその場に座り込む。

 二人の心に、暗い影が落ちた。

 水指さんのくれたレシピが間違っているのか? いや、あの親切な人が嘘をつくはずがない。

 だとしたら、間違っているのは自分たちの腕だ。やはり、和と洋は相性が悪いのか。僕たちも親と同じように、分かり合えない運命なのか。


 重苦しい沈黙がキッチンを支配する。

 その時、萬之助の脳裏に、ふと父親の背中が浮かんだ。

 毎朝早くから釜の前に立ち、汗だくになって餡を練る、あの頑固親父の姿が。


「……違う」


 萬之助は顔を上げ、失敗作の餡子を指先ですくった。


「親父の餡子は、もっとつやがあって、小豆の声を聞くように丁寧に火を入れていた。こんな……水浸しの小豆じゃなかった」


 その言葉に、シエルもハッとしたように顔を上げた。

 彼女もまた、母親が厨房で生地を折る時の、リズミカルな音とバターの芳醇な香りを思い出していた。


「そうよ……。ママのパイは、もっとバターを贅沢に使って、生地を愛しむように何層にも折り重ねていたわ。だからあんなにサクサクで、人を笑顔にできるのよ」


 二人は顔を見合わせた。

 そこにはもう、迷いはなかった。

 レシピという「文字」に頼るあまり、自分たちが一番大切にしてきた「舌」と「記憶」を忘れていたのだ。


「水指さんのレシピは、あくまで参考だ。……俺たちが信じるべきは、紙切れじゃない」

「ええ。私たちが子供の頃から食べて育った、あの大好きな『親の味』ね」


 萬之助がレシピを裏返し、ペンを掴んだ。

 シエルも隣に並び立つ。


「水指さんのレシピを『改良』しよう。親父たちのこだわりを全部ぶち込んで、本当の『幻の味』を俺たちで作るんだ!」


 職人たちの反逆が始まった。

 萬之助は指定された水分量を無視し、親父譲りの勘で火加減を調整した。

 和菓子職人としての誇りをかけ、小豆一粒一粒が輝くような、極上の粒餡つぶあんを練り上げていく。


 シエルはバターの量を倍増させ、母親譲りの繊細な手つきで生地を折り込み始めた。

 洋菓子職人としての技術を注ぎ込み、空気を含んだ軽やかなパイ生地を形成していく。


「餡子の甘さは控えめに! パイの塩気と喧嘩しないように!」

「生地はもっと薄く! 餡子の食感を邪魔しないギリギリの厚さで!」


 互いに声を掛け合い、互いの領域に踏み込みながら、二つの技術が混ざり合っていく。

 それは、ただの足し算ではない。

 萬之助は洋菓子の緻密な温度管理を取り入れ、シエルは和菓子の素材への敬意を生地に込めた。


 キッチンに漂う香りが変わった。

 香ばしいバターの香りと、上品な小豆の甘い香り。それらが反発することなく、抱き合うように一つになっていく。


 チーン。

 オーブンのベルが、勝利のゴングのように鳴り響いた。

 扉を開けた瞬間、黄金色の光とともに、むせ返るような幸せな香りが溢れ出した。


「できた……」


 そこに現れたのは、美しい焼き色がついた、完璧な『あずき香るパイ饅頭』だった。

 水指の悪意ある「改悪」を、二人の愛と職人魂による「改良」が上書きした瞬間だった。


 一つ手に取り、二人で半分こにして口に運ぶ。

 サクッとした食感の後に、しっとりとした餡の甘みが広がり、バターのコクが全体を包み込む。


「……美味しい」

「うん。これなら……これなら、あの頑固な親たちも唸らせられる!」


 二人は手を取り合い、涙ぐみながら笑い合った。

 決戦は一週間後。

 両家顔合わせの食事会で、この菓子を突きつける。

 水指の完璧な計算が崩れ去ろうとしていることを、まだ誰も知らない。

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