第5話 再会
「下がっていろ!」
今までになく険しい探偵の声。
その気迫に、エリナは思わず身を引いた。
直後、彼女の眼前を弾丸がかすめる。
室内の他のロボットたちも次々と再起動し、不気味な赤い眼をこちらへ向けた。
「チッ……!」
探偵の機械腕が駆動音を立てる。
蒼い光を帯びた刃が空中に残像を描き、放たれた弾丸を次々と弾き飛ばした。
「下がって!」
叫ぶと同時にイザベラが動く。
懐から銃を引き抜くと、迫りくる機体へ迷わず銃口を固定した。
乾いた発砲音が鳴り響き、正確な一撃がロボットの首元を貫く。
火花と共に、敵の眼光が失われていく。
しかし、数に勝るロボットたちは確実に三人を包囲していった。
退路を塞ぐように、赤いセンサーが闇の中で無数に明滅する。
後退する3人の背中がぶつかり合った。
「仕方ない……イザベラ、依頼人を頼んだ」
探偵はそう言うと、羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、武骨で重厚な金属の肉体――。
次の瞬間、全身の装甲が滑らかにスライドし、音もなくその位置を変えていく。
四肢の隙間からは排熱の白い蒸気が吹き出し、黒い装甲の奥に潜んでいた回路が、鮮烈な赤に発光した。
頭部の装甲がわずかに形を変えると、隠されていた高精度センサーが鋭い光を放った。
探偵の姿がブレた、と思った次の瞬間には、包囲網の一角が爆発的に弾け飛んでいた。
猛烈な踏み込みに床が砕け、舞い上がった破片が静止画のように空中に留まる。
そのわずかな合間を縫って、蒼い閃光が奔った。
機械的な駆動音すら置き去りにする速度。
探偵は独楽のような鋭い回転で弾丸の嵐を潜り抜け、最短距離で敵の懐へと潜り込んでいく。
激しい火花が散り、切断された回路からノイズが上がる。
イザベラが銃を構え直すよりも早く、部屋を満たしていた殺意は、冷たい残骸へと変わり果てていた。
最後の一体が、頭部を真っ向から両断されて床に沈む。 立ち込める白い蒸気と、焦げたオイルの臭い。
静寂が戻った室内で、探偵はゆっくりと刀を収める。
瞬きひとつする間に、せり出していたパーツは全て影を潜め、探偵は何事もなかったかのように元の姿に戻っていた。
***
「けがはないか?」
探偵がエリナに手を差し伸べる。
「無事です……それよりも、なんで警備ロボットが……?」
イザベラはロボットの残骸に歩み寄り、内部から何かを引き抜いた。
それを見た彼女の表情が険しくなる。
「罠だった……ということかもしれないな」
その言葉を聞いて、イザベラがエリナの背後に回った。
しかし、エリナは探偵の言葉に気を取られ、その動きに気づかない。
「罠って……どういうことですか?」
「道理で順調すぎると思ったわ」
不意に、エリナの後頭部へ硬く冷たい感触が走った。
イザベラは銃を突きつけたまま、冷徹に言葉を継いだ。
「私たちをここへ誘い込み、まとめて消す算段だったわけね」
「一体何の――」
エリナの弁明を遮り、探偵が鋭く制した。
「何を勘違いしている。俺は彼女が裏切り者だといった覚えはないぞ。」
探偵は視線でイザベラを射抜き、銃を下ろすよう静かに促す。
「思い出してみろ、奴らは俺たちではなく彼女を狙っていた。」
イザベラは困惑した表情を浮かべる。
「そんな……じゃあ、どうしてロボットに“彼ら”のしるしが――」
言いかけて、彼女は思わず口元を押さえた。
「“彼ら”?」
エリナが問い返すが、イザベラはそれ以上何も語らなかった。
「……じきにわかる」
探偵はそれだけ言うと、部屋の奥へと進み始めた。
***
部屋に残された書類やコンピュータ、実験設備の類をひと通り改めたが、手がかりらしいものは一向に見つからなかった。
ふと足元に目を向ければ、投げ捨てられたインスタント食品の残骸が転がっている。
それらは無残に変色し、鼻を突く異臭を放っていた。
「誰かがここに住んでいたのかしら」
イザベラは悪臭に眉をひそめながら言った。
その視線は、異臭の漂うゴミの山から、部屋の最奥にひっそりと佇む扉へと移る。
残された手がかりは、もうあの扉の向こうにしかない。
その扉は、無機質なこれまでの設備とは対照的な木製で、古びた看板には”執務室”と書かれていた。そしてその下に、ひっそりと添えられた名札がある。
『執務室:アルベルト・イアハート』
「……お父さん?」
その名を目にした瞬間、エリナの心臓が大きく跳ねた。
探し続けてきた父の名前。
それが、この忌まわしい施設の奥に掲げられている。
探偵が周囲をスキャンし、ゆっくりとノブに手をかけた。
扉が開いた瞬間、さらに強烈な異臭が一同を襲う。
「うっ……」
嗅いだことのない酷い悪臭に、エリナは思わず口元を覆った。
「一体何の匂い……?」
イザベラも顔をしかめ、ハンカチで鼻を押さえる。
だが、探偵だけは微動だにしなかった。
その視線は、部屋の奥に広がる光景に釘付けになっている。
そして低く、
「......来ないほうがいい。」
とだけつぶやいた。
しかし、エリナは探偵の肩越しにそっと部屋の中を覗き込んでしまった。
そこは本来、落ち着いた風格漂う場所だったのだろう。
壁にびっしりと並んだ書籍に、かつてはふかふかであったろう深緑のカーペット。
――その中央、部屋の主が座るべき場所には、もはや生者の気配を失った「異臭の根源」が居座っていた。
エリナの呼吸が浅く乱れる。
心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響き、視界が明滅した。
(間違いであってほしい)
逃げ出したい本能を抑え、彼女はデスクに突っ伏した「それ」へ歩み寄る。
まず目に飛び込んできたのは、デスクの端で埃を被っていた真鍮のネームプレート。
そこには、先ほど扉で見たのと同じ、父の名が刻まれている。
だが、まだ信じられない。
信じたくなかった。
エリナは震える指先で、デスクの上に置かれていた、端の丸まった一枚の写真をそっと引き寄せた。
そこに写っていたのは、まだ幼く、屈託のない笑顔を浮かべる自分。
そして、その自分を慈しむように抱き上げ、カメラに向かってはにかむ、記憶の中の父の姿だった。
「…………っ」
もはや逃げ場はなかった。
写真の中の優しい笑顔と、目の前の冷たい塊。
その残酷な対比が、エリナの心を突き崩した。
エリナは膝から崩れ落ち、冷たい床に顔を伏せた。
「…………っ、……ぅ、…………」
喉の奥でせき止めていたものが、ひきつった細い吐息となって漏れ出す。
溢れ出る涙で視界が滲み、世界が音を立てて崩れていくようだった。
彼女は自分の身体を抱きしめるようにして、ただ、声にならない震えに身を任せるしかなかった。
時折、彼女が息を呑む微かな音だけが、部屋の中に寂しく響いていた。




