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Φ≪ファイ≫  作者: RPM
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第3話 出会い(後編)

壁にかかった時計が、静寂を刻むようにカチカチと音を立てていた。

探偵の手に握られた銀色のペンダント。そこに描かれたマークは一見すると目立たないが、異様な雰囲気を放っていた。


「親の形見にシグマーのマーク、か.......」

しばしの沈黙を破り、探偵が口を開く。

「あなたのお父さんとシグマーに何か関係が...?」

イザベラが恐る恐る疑問を口にした。

数々の悪行を働いてきた会社のシンボルマーク、そんなものを持ち出すとはただ事ではない。

イザベラは理由のはっきりしない不安を覚え、無意識のうちに身構えていた。


「......父は、シグマー工業に勤めていました。」

「なるほどね...」

エリナの答えを聞き、イザベラは自分が思い描いていた最悪の想像が外れていたことに内心ほっとした。


一方探偵はエリナとイザベラの会話に興味を持ったようで、手元のペンダントから目を離した。

「父親の仕事は?」

「研究者です。」

「どこの研究所だ?」

「......施設01です。」

探偵はその返答に違和感を持った。

「施設01だと?10年ほど前に爆発事故があっただろう、あの時どうだったんだ?」

――事故が起きた時、生存者は発見されなかったと報じられていた。


「私は小さくてあまり覚えていないんですが......母が言うには父は生きていたそうです。でもそのあとすぐいなくなってしまって......」

「なるほど、その時にこれを残したんだな。」

探偵はペンダントを持ち上げる。

ペンダントが持ち上げられた衝撃でくるくると回転した。


「ん?」

偶然にも、それまで見えていなかったペンダントの裏側が見えた。

そこには蝉の羽のように切れ込みが入っており、内部に何かがあることは明らかであった。

しかし、開けるための装置は見当たらなかった。

探偵が蓋を開けようとしているのを見て、エリナはあることを思い出す。


「あ、それ。ちょっと貸してください。」

彼女がペンダントに描かれたシグマーのマークに触れると、蓋がかちゃりと開いた。

「私じゃないと開かないんです。指紋認証か何かですよね、きっと。」

そう言って、エリナは蓋の内側を探偵たちに見せた。

「随分とハイテクな贈り物だな。」

皮肉めいた言葉を言いながら探偵はそこを覗き込んだ。


蓋の中には小さなランプがあり、そこには冴える(あお)色の光がともっていた。

「これが手紙にあった『碧』?」

イザベラはエリナの手を覗き込むようにして言った。

エリナはうなずく。

「そうだと思います。でも変なところがあって...」

彼女は自分が初めてペンダントを手にしたときを思い出していた。



――――――――――――――――――――

北風が窓をがたがたと震わせる。

部屋の中にはベッドがあり、そこに一人の女性が横たわっていた。

そしてその横には、寄り添うように付き添う少女の姿―――

「...エリナ......」

年の割に弱弱しい声、彼女は誰が見ても重症であった。


エリナはここ最近、母の看病に毎日を費やしてきた。

日に日に弱っていく母親の姿は、その死期が迫っていることを否応なく彼女に実感させる。

そして本人もまた、自らの死が近いことを認識していた。

「もうそろそろ駄目みたいね......」

エリナは母の顔を見つめたまま、言葉を探すように唇を噛む。

「...そんなこと言わないでよ...お父さんだっていないのに......お母さんがいなくなったら私は......っ...」

彼女は目からこぼれる涙を止めることができないまま泣き出した。

「......」

母親もまた、悲しそうに視線を落とす。


小さな部屋に小さな泣き声が響く。

「......あなたに渡さなければいけないものがあるの。」

ふいに母親が口を開いたかと思えば、ベッドサイドにある引き出しの中からあるものを取り出した。

「...ほら、手を出して。」

エリナが受け取ったのは、手のひらに収まるほどの小さなペンダントであった。

「...ペンダント?」

「それと...これ。」

エリナは一つの封筒も受け取った。

封筒を開けようとするエリナを母は引き留めた。

「それを開けるのはまだ早いわ。」

「...?」


困惑するエリナと対照的に、母親は娘の目をしっかりと見つめた。

「今から大事な話があるの。よく聞きなさい。」

その声は弱弱しいながらも、強い感情がこもっていた。


「それは、お父さんがあなたに残したものよ。」

「お父さんが......?」

「そう、彼はいなくなる直前にそれを私に渡したの。」

「...どうして今...?」

「本当は渡すつもりじゃなかったのよ。あなたを面倒なことには巻き込みたくなかった。」


母は一度言葉を切り、ゆっくりと息を整える。


「でも……私の命もそう長くない。これを渡さなかったら後悔するような気がしてきたの。」

わが子の顔を見上げる。

「それに、あなたはもう自分で考えられる年になった。」

かすかに、微笑んだ。

「これは、お父さんがあなたに託したものよ。

どうするかは……あなた自身で決めなさい。」

「……」

「危ないと思ったら、手放してもいい。逃げることも間違いじゃないわ。」

そういって母親は口を閉じた。


数日後、母親は死んだ。ただ一人の娘に看取られて。

母の死後、彼女は苦悶していた。机の上にはペンダントと封筒。


長い間考えた末に、彼女は封筒を開いた。

中には一通の手紙。

『銀に隠されし碧の光が、汝をその会わんとする者へ導くであろう。』

「何...これ。」

手紙の内容は全く持って意味不明であった。父親からの別れのメッセージなどひとつもなく、ただ古めかしい一文が載っているだけである。


が、彼女は一つのことに気づいた。

――「銀」。

ペンダントは銀色をしていた。

彼女は確かめるように本体を手に取る。

その瞬間、かちゃりという音とともに裏面のふたが開いた。

「えっ……」

中を覗き込むと、赤い光がそこに灯っていた。

――――――――――――――――――――


エリナは、ペンダントを手に入れた時のことを探偵たちに語った。

「最初は青く光っていなかったの?」

イザベラが問いかける。

「はい……そうなんです。」

エリナは少し考えるようにしてから続けた。

「ある時、色が変わっていることに偶然気づいたんです。」

「偶然?」

「はい。最初は気のせいだと思いました。でも……」

「その色の変化が、道しるべみたいなものなんじゃないかって気づいて。それを追っているうちに、いろんな島を渡り歩くことになりました。」


「それでその色の変化を頼りに、ここまで来たということか...」

探偵は何やら考え込んだ様子である。

「つまり、お父さんの行方に関する何かが、この近くにあるってわけね……」

イザベラは碧い光を見つめながら言った。


暫しの思考を経て探偵が口を開く。

「この近くにシグマーの放棄された研究所がある。そこに何かあるかもしれんな。」

「本当ですか⁉」

だが探偵は、まだ依頼を引き受けるとは言っていなかった。

喜びのあまり立ち上がりかけたエリナははっとして腰を下ろした。


「大体の情報はまとまったわね。」

イザベラがいつの間にか書き上げていた依頼書を机の上に置いた。

エリナは息を詰めるように、探偵の顔を見つめる。相変わらず無機質の顔がそこにはあった。


「ちょうど別件がその研究所にあってだな......いいだろう。その依頼、引き受けた。」

「あ...ありがとうございます……!」

彼女は興奮のあまり大声を出していた。

だがそのことに気づかないほど、エリナは舞い上がっていた。


「よろしくお願いします!依頼料ならいくらでもお支払いしますので!」

エリナは探偵の手を掴み、ぶんぶんと大きく振った。その勢いに、さすがの探偵も一瞬たじろぐ。

「その件だが……例の別件で十分に報酬はもらっている。今回は不要だ。」

イザベラが驚いたように、探偵の顔を見る。

だが探偵は、その視線を受け流すように、静かにペンダントへと目を落とした。



「今日はありがとうございました!」

必要な打ち合わせを済ませた後、エリナは事務所を後にした。

軽い足取りで帰ってゆくエリナの背を見送りながら、イザベラは先ほどの疑問を口にする。

「珍しいわね、依頼料をとらないだなんて。」

「思い当たる節があったからな。」

「彼女に?」

「ああ、というかあのペンダントなんだが。あれの内部構造をスキャンして確認した。あれは確実にシグマー製のものだ。しかも世には出ていない。」

「......つまり、"彼ら"と何かしら関係があるってこと?」

「そうだ。」


遠くで、エリナが振り返って小さく頭を下げた。探偵は小さく手を上げ、イザベラも小さく手を振る。


依頼人の姿が完全に見えなくなってから、探偵は低く呟いた。

「彼女は――俺たちの目的を達成する上で、重要な人物になるかもしれん。」

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