第11話 潜入
無機質な金属のこすれあう音が部屋に響く。
「...随分と派手に戦ったのね」
シエルはそう言って、傷跡の一つをなぞった。
「まぁな。素人を連れていなければこんなことにはならなかった」
入り組んだケーブルとフレームの内部には、様々な機械構造が見え隠れしている。
その一つ一つには、見覚えのある企業のロゴが雑多に刻まれていた。
時折ドアの向こうから、楽し気なクレアの声と、エリナの叫び声が聞こえてくる。
しかしドアの内側は、ありえないほど静かで、冷えた空気が漂っていた。
「...妙なことを口走らないといいが」
エドワードは施術台の上で、ただ天井を見つめている。
「そんなわけないでしょ。...仮にも私たちは――」
バンッ。
「お姉ちゃんまだー?エリナちゃんが待ってるんだけど!」
部屋の扉が勢いよく開き、クレアが弾丸のように飛び込んでくる。
「「はぁ......」」
二人は示し合わせたように、それぞれの手で顔を覆った。
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施術室の扉が静かに閉められた。
扉の上で「施術中」の文字が、ちらつく光を放っている。
「それで……なんだっけ、エリナちゃん?」
ディスプレイに映し出されたクレアの瞳と、目が合った。
「その……車の……」
思わず目を逸らし、壁に掛けられた車の設計図に視線を逃がした。
「そうだった!エド君の車だったね!」
クレアは立ち上がり、本棚から分厚い一冊のアルバムを持ってきた。
中には、先ほどまで乗っていた黒い車の写真や、車の資料らしき書類がぎっしりと収められていた。
「この子の名前は~EXE君!」
「EXE...?」
エリナは横にあった資料に目を移す。
――あった。「EXECUTER-2500」
「そう!私が一から作ったんだよ!」
クレアが自らを指さし、自慢げな声で言った。
「私たち、ね」
いつの間にか、シエルとエドワードが整備室から戻っていた。
シエルが写真と資料で散らかった机を片付ける。
その横で、エドワードは右手を何度も開閉させていた。
エリナは、エドワードの立ち姿をじっと見つめた。
「ん?」
彼女の視線に気づいたエドワードが振り返る。
「...どうかしたか?」
「あ……いや、その……」
エリナは視線を泳がせながら、言葉を探した。
「よく体型が変わる気がするんですけど……」
エリナは独り言のように呟いた。
「アーマーの影響ね」
銀色のアタッシュケースを手に、シエルが近づいてきた。
「危険そうな依頼を受ける時は、戦闘用の装備を取り付ける」
エドワードが素っ気なく言った。
シエルがケースをエリナの前に差し出す。
「ほら、あなたの装備よ」
開けてみると、中には一丁の拳銃。
エリナが恐る恐る手に取る。
冷たい金属の重みがしかと手に伝わった。
「アシスト付きの完全電子制御式。始めるにはピッタリね」
ケースの中にはまだあった。ホルスター、予備の弾倉、そして小型のインカム。
拳銃をケースに戻し、パチリと蓋のロックを止める。
「...よし、用は済んだ。帰るぞ」
「あっ...はい」
またな、とだけ言い残し、エドワードはガレージを後にする。
その背中を追ってエリナは車に乗った。
エンジンの振動が小刻みな揺れとなってエリナに伝わる。
直後、体が後ろへ持っていかれる感覚。
窓から後ろを見ると、シエルとクレアがエリナたちを見送っていた。
並んだ二人が少しずつ小さくなっていく。
ハイウェイの渋滞は、すでになくなっていた。
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一面の空を覆う雲は、月の光すらも地上へ届かせない。
曇天。潜入には最高の天気だ。
「準備できたわ」
イザベラがトランクを静かに閉める。
エドワードがエンジンを切り、ライトを落とした。
漆黒の塗装をまとった車は闇夜に紛れた。
しばらく歩くと、一つの廃工場が見えてきた。
壁が剥がれ落ち、錆が浮いた、どこにでもある工場。
しかし、門の前、窓の向こう側、屋上には武装した兵士たち。
その光景だけが、この工場に異様な雰囲気を与えていた。
一寸先は闇。
月明かりすら届かない夜の中、エドワードの眼から漏れる赤い光だけが、三人の足元をかすかに照らしていた。
アスファルトのひび割れを踏まないよう、エリナは一歩一歩を確かめながら歩く。
やがてエドワードが足を止めた。
そこは工場の裏口の前、門番からは見えない物影だ。
近い。
兵士の吐息すら聞こえるほど、三人は接近していた。
エドワードが無言で、待機のサインを送った。
〈Celestian Order〉
兵士の服にはそう刻まれている。
やがて、足音が遠ざかった。
三人は息を殺して、闇の中へ踏み込んだ。
古くなったオイルのかすかな匂い。
廊下に積み重ねられた段ボールの陰に身を隠す。
『前方に巡回兵が二名。廊下の突き当りの部屋にも誰かいる』
耳元のインカムからエドワードの声がした。
見ると、エドワードが廊下の先を見据えているところだった。
視線の先、3人の道を阻む二人の兵士は敵が迫っていることも知らず、呑気に談笑している。
廊下にこだまする二人の笑い声。
二人の意識が、廊下の反対側へ移った。
刹那、闇が動いた。
気づいた時には、二人の兵士はすでに床に沈んでいた。
声も、悲鳴も、抵抗の音すらなかった。
「...!」
エリナの口から、息が止まった。
エドワードが静かに立ち上がる。
赤い光が、暗闇の中でゆっくりと瞬いた。
「...行くぞ」
その声は、耳元ではなく目の前にたたずむ機体から放たれていた。
廊下の突き当りにある大きなドア。
エドワードが片手をかざした。
直後、インカムから室内の音が流れ込んでくる。
『順調です。予想ではあと2、3日ほどで――』
『――彼と連絡はとれているのか?』
『ええ。あとは彼の工作が――』
『―――は用意できるんだろうな?』
『もちろん。表向きは奴らよりも――』
ドアの向こうで、椅子を引く音がした。
続いて、革靴が床を叩く足音。
エドワードが静かに手を下ろした。
「戻るぞ」
返事を待たず、彼はすでに踵を返していた。
ドアの開かれる音。
出口までは、遠い。
エドワードが壁際に三人を押し込む。
壁に背を預けたまま、エリナは息を殺す。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
足音はゆっくりと遠ざかり、やがて廊下の静寂に溶けていった。
エドワードが先に動いた。
二人がその背を追う。
やがて、冷たい夜風が頬を打った。
裏口を抜け、闇の中に滑り込む。
三人の足音だけが、静かに遠ざかっていった。




