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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘い水

作者: 大石次郎

今日も浄水器で硬度を調整し、キッチンで水を汲む。こぽこぽと、水筒に溜まってゆく。


最初は1本だったが、とうとう3本になっちまった。


「よし」


水筒に汲んだついでに、コップにも汲んで1杯飲みだす。


こくこく。喉から落ちてゆく。


甘い。懐かしい気がする。


いい生まれじゃなかった。少しでも有利になるよう立ち回って生き残ってきたようなもんだ。


普通にやってこれたヤツは生き残る、とか。大袈裟と思うだろう。


そう甘くはなかったんだよ。


俺は、運はいい方だったが。


「ふぅ」


飲み干した。汚れたモノが薄まったようだ。


貯金の額がもう一桁増えたら、こんな暮らしは終わりにしよう。


もっと、まっとうな、マシな、安全な、そんな暮らしがどこかにあるんじゃねーか?


そんな空想をシンクに水滴が落ちるキッチンで一時していた。


____



···半年に渡る不毛な裁判でストーカー女に罰金と接近禁止命令が下された。ザマァ!


「タケシ君っ、私の全部あげる!!」


「うるせぇ、お前次やったら刑務所だかんなっ? お前なんかただのATMなんだよっ!」


「発言を慎みなさい」


判事に注意されちまったが、とにかく清々したぜ!


_____



「うぃーっ! アカネさんのっ、素敵なとこ見たいよね?! ぅぉいっ、オイオイオイオイっ!!!」


他のホストと連携してコールして、AV崩れの高級ソープ嬢アカネさんに原価は大したことねーバカみたいな値段の酒を一気させる。


勿論これは俺達にも振る舞われる。いい、売上〜。俺は協力してくれる他のホストにちゃんと分配するし、目上のホストにも色々上納してる。


この世で男の嫉妬程、ヤベェもんはないんだぜ!


「タケシく〜んっ、変な子に絡まれて大変だったね〜?」


巨乳を押し付けてくるアカネさん。偽乳でも乳は乳だ。


「いやぁ大したことないッスよぉー。日本、法治国家なんで! ダハハハッッ」


皆、爆笑!! こりゃ半年くらいは使える鉄板ネタだっ。


_____



···休日は鬱気味だ。安定剤と胃薬、肝臓の薬も飲む。髪を下ろし、眼鏡を掛け、地味な格好でホームセンターに行く。味の濃い外食は同伴でうんざりだが、自炊なんかしねぇ。ジムで身体を作らず、女とも会わないで済む日は、ミネラルウォーターとレトルトの粥で完結してる。


好きなメーカーの水と粥はここのホームセンターにしかなかった。小一時間掛けて、ホームセンターと併設のガーデンセンターを徘徊するのは趣味でもあった。


籠に次々と粥とミネラルウォーターのペットボトルを詰め込む。どれも液体で重い。


「チッ」


客前では絶対しない舌打ちだ。同時にストーカー女を思い出しちまった。


田舎の不動産屋の娘で、まともに働いてる様子はなかったが金はあった。


家事はできたと思うが、うんざりだ。テメェは俺の母親か? 金だけ渡されて、親に相手にされなかった、だとか。母親が若い男を取っ替え引っ替えだった、だとか。歴代彼氏のDVだのマルチだの宗教だの、知らねぇ。


サービスのプロの俺なら、全部綺麗に処理して引き受けるとでも思ったのかよ?


ホストはカウンセラーじゃねぇ、病院行けや。


俺が通ってるとこ以外でなっ!


「ん?」


イライラしてると浄水器がセールに出されているのを見付けた。


「浄水器か···」


これで重い水は買わなくて済むか? ウォーターサーバーはなるべく他人を家に入れたくなかった。


これは、いい。


_____



設置は簡単でこんな程度で? と疑わしくなるくらいだった。


最初の何杯か捨て、良さげに見えたのを一口飲んでみた。


「っ! 美味っ!! なんだコレ??」


求めていた味だった。


_____



日々が過ぎた。


浄水器の水が気に入った俺は水筒に入れて店に持っていくようになっていた。


甘い気がするこれは、俺の水だ。


胃や肝臓に変化はないが、安定剤は飲まなくなった。それだけで随分調子がいい。


···ストーカー女の気配はない。アカネさんは薬で捕まり、調子に乗ってた若手が目上の人らにボコられて店を辞め、新しい贔屓客は地下ドル崩れの高級ソープ嬢のミチルさん。


女達の貯金と、いくらかの自分の健康寿命ってヤツを犠牲にして、俺のホスト活動は快調だった。


ただ、やはり安定剤を抜いたからか? 今度は浄水器の水を飲むのがクセになっちまってきた。


ロッカー室で他のホストにツッコまれたりもした。


「タケシ、水飲み過ぎじゃね?」


「そういうダイエットなかったっけ?」


「いや、太ってねーだろ?」


「へへへ」


混ぜっ返しつつ、水筒の水を、


飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む。家でも飲む飲む飲む飲む飲む。ジムでも飲む飲む飲む飲む飲む飲む。


「はぁ〜、美味ぇ。水、美味ぇ···」


その分、元々普段は少食で節制もしている俺は飯があまり食えなくなり、ある日。


「タケシ君?!」


「タケシさんっ」


店でぶっ倒れた。過労と低血糖だった。過労に関しちゃ心外だ。特に仕事増やしたつもりもなかったが···


_____



入院3日目。点滴のお陰で低血糖はあっさり治ったが、過労はいまいち抜けなかった。胃は治ったが、肝臓の数値が戻らない。一応簡単に診てもらったが、特に疾患はなかった。


もう7年ホストやってる。貯金はまだ半端だが、噂も広まったろう。既に裁判でも悪目立ちした。潮時、かもな。

そんなことを思いながら、ホストの後輩のマルオに家で纏めて汲んできてもらった水筒の水を飲んでいた。


そこに勢いよくマルオと店長が、他のホストがふざけて薔薇をやたら飾った個室の病室に飛び込んできたから俺は噎せた。


「ごほっ、ごほっ、店長? マルオ?」


後輩のマルオはなぜか数珠やら神道の棒の先に紙のヒラヒラが付いてヤツやらロザリオやら業務用の塩の袋やらを持ってる。は???


ボクサー崩れの店長は殺す気か? て速さで飛び付いてきて俺の水筒を奪い、マルオは俺に塩をぶっ掛け、数珠とロザリオを首に掛けて神道のヒラヒラでバシバシ叩いてきたっ。


「なっ? イテっ、なんだマルオ?! 店長っ、ドッキリ撮ってんッスか? 俺、こういうの店のプロジェクターで流すの無理なんッスけど?!」


「マルオ、もういい」


「うッス」


店長は水筒の水を洗面台に棄ててから、冷蔵庫に入ってた家の浄水器の水を詰めたキャンプ用ウォータータンクを全て出した。


「タケシ。落ち着いて聞け。直に警察も来るが、先に話させてもらった」


「なん、ですか?? 浄水器、不良品だった? とか?」


「以前からお前のマンションのお前以外の住人から苦情や通報があったそうだ」


苦情? 通報??


「一昨日、管理会社が調査、異臭や異物、の原因を調べる為にマンションの貯水槽を調べたら、例のストーカー女が沈んでいるのが見付かった。お前が水筒を持ってきだした頃、どうも貯水槽の点検業者の男を買収して、蓋を開けさせたらしい。男は海外に逃げてる」


「私の全部、美味しかった?」


濡れた女が絡み付いてきたのを確かに感じた。


「うぁああ???!!!! ごっ、ええぇぇーーーーっっっっ!!!!!」


俺は気配だけの女を振り払い、全てをぶちまけた。


_____



「ごゆっくり」


点検業者の男は皮肉に嗤って、蓋を閉じた。私が最後に見る男に相応しい。


闇の中、先に沈めた重しのロープを手繰って沈んでゆく。底で自分をしっかり縛る。抱き締めるように。失敗した私の人生の最後の成果。


ああ、愛だけで満たされてゆく。


お店以外で私からお金を盗らず、私を殴らず、毎回避妊もしてくれた人。その筋の人達じゃなくて、弁護士に相談してた。


可愛い人。


この人を満たして、私の心は知らしめられる。きっと、それは証明。みんなに教えてあげなきゃ。


あああ。


あああああ。


ああああああ、あああああああ。


全部飲んで。

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― 新着の感想 ―
ホストと客がリアルにいそうな感じで怖かったです。
こっっっっっっっわいわ!?
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