9 リオ・ハドリー
「以上でギルド加入に際しての説明を終わります。質問が無ければこちらの『ギルド規約の説明』と『下級冒険者の制限』それぞれの署名欄にサインをしてください。説明を聞いた、了解した、という証明になりますので不明点や忘れてしまったということがあれば随時質問に来るように」
「……ふぁひ」
「大丈夫ですか?理解できてませんか?あるいはわたしを舐めてますか?」
生返事をしていたらギルド職員のお姉さんにキレられかけた。真剣さに欠けているように見えただろうか。まぁ、欠けているのだが。さすがにギルド規約とかは今更だもんなぁ。決して推測されるお姉さんの年齢からの期待値に胸部の膨らみが達していな「なにか?」なんでもないです。
「いえ、加入手続きはこれで4回目なんですが、ここまで丁寧に説明していただいたのは初めてなので少々驚いたというか」
「4回目……16歳で、ですか?」
「まぁ、いろいろありまして」
「いろいろ、ですか……この説明は規約で定められた最低限のものなのですが。説明を聞かずにサインをしてきたのですか?」
「サインとかしたことないですけど」
「は?」
顔色変わった?なんかヤバい?女性弁護士風スレンダー美女に睨まれると怖いんですけど。クセになりそうでもあるな。
「ここまでの手続きは、冒険者、ギルド職員、双方にとっての義務ですので。参考までにこれまで所属した支部を教えていただけますか?」
「キリーア、フリス、ニルミナで「チッ!」す、ね」
舌打ちされた?
「キーラスの連中はまったく……いえ、ご協力ありがとうございます。それでは……あ、サインもできましたね。これで手続きは完了となりますので、こちらのタグをお持ちください。此度は長続きすることを期待しています。トーレアノンさんとのパーティであれば間違いないかと思われますが、どうぞご安全に活動なさってください、リオ・ハドリーさん」
最後の最後に破壊力のある微笑みキタ!クール系美人のたまに見せる笑顔は反則だよな。
あ、名前なんだっけ?
「ああ、それはシールア・ケイだな。優秀な職員だ」
冒険者ギルドにほど近い、クラムの定宿でもある『種蒔き亭』の食堂で、俺の冒険者ギルド登録とパーティ加入をお祝いしてもらえることになった。「宿」で「種蒔き」とか不穏すぎるだろうと思ったのだが、亭主夫婦に子供が8人いるという話を聞いて納得した。いや、それもどうよ?
「ほんとにパーティに入れてもらっていいんですか?」
「もちろんだ。いや、是非加入してもらいたいのだが……すまない」
エイルリルさんの表情が硬い。
やっぱ駄目かな。
「話していないことがある。わたしには目的がある。クラムとシニスにはそれを納得してもらった上でパーティを組んで助けてもらっているんだ」
「助けて……なんて、僕らの方こそエイルリルさんに助けてもらって……そもそもあなたがいなければ僕らは生きていない」
「アタシも感謝はしてるけど、なによりエイルリルさんと一緒にいるのが楽しいからパーティを組んでいるんですぅ」
「ああ、そうだな、悪かっ……ありがとう。それでリオ、わたしの目的なのだが」
「別に話さなくてもいいすよ」
「……どういう」
「どんな話であれ、あなたが望むのであれば、あなたたちが俺を拒絶しないのであれば俺はパーティに加入する、ということです」
「そう簡単に他人を信用するものではない。わたしは君を利用しようとしている。危険もある」
「いいんですよ、そんなことは。初めてなんですよ。こうして誰かと食卓を囲んで食事するの。孤児院の時は床だったし、冒険者になってからはずっと一人だった。これで十分です。仲間に入れてください。そして早く食事にしましょう」
おなかがすきました。
「良いのか?」
「はい。早く食べましょう」
はらぺこです。なんかよいにおいがしてるのです。
「わかった。今をもってリオ・ハドリーを冒険者パーティ……すっ、す『翠嵐』のメンバーとする」
パーティ名噛んだ?なんでちょっと恥ずかしそうなんだよ。
「ほらよ。どんどん運んでくるからな」
やたらとガタイのいいごま塩頭の男が大皿をテーブルに並べる。亭主のデザライ、冒険者上がりだそうだ。種を蒔きまくった男だ。
料理は肉度が高い。肉肉しい。香辛料が香る串焼き肉の盛り合わせ、鶏らしき肉をトマトやらと煮込んだもの、匂いがヤバい、だめ、もう、たべる
「いただきます」
旨い。泣く。文明の味がする。
「リオくん、ハドリーっていうんだねぇ?」
食事の邪魔をする地味顔女。
「むぁ?ああ、変えた。前の嫌いだったし。むぐ。俺しばらく喋れないからよろしく。あ、エイルリルさんの目的?なんとなく聞くから良ければ話してくれても、あぐ」
「なんとなくって……まぁ、そうだな、ならば」
テスルダンジョン深層のとある魔物の素材。それがエイルリルさんが求めるものだ。
彼女が俺にパーティへの加入を積極的に勧められない理由の一つがこのダンジョンの不人気ぶりにある。
中級以上の冒険者にとっては、実入りが少ないというか効率が悪いというか、まぁ、稼げないダンジョンなのだそうだ。
そのくせ深層の危険度は高い、と。
でも俺10級ですし。下級冒険者だもの。中級以上がうんたら言われても。
それに危険、って言ってもねぇ。
深層の難易度も「上級が出てくることもある」くらいだそうだ。ソロで大裂谷に比べればイージーとすら言える。
試しに「竜は?」と訊くと「さすがにそんなものは出ない」らしいし。
なんなら俺が一人で隠形使って素材を取りに行く、ってのもありなんじゃないかと思ったんだけど「わたしが自分でやらなければならないことなんだ」ってことだそうで。
あ、なんかラザニア的な重ね焼きが来た。芋と挽肉?うまそう。
もう一つ、エイルリルさんが負い目を感じているのが、目的が達成されれば彼女は冒険者生活を終えるつもりだということだ。
あまりに不義理で無責任だと。
あれか?……嫁に行くとかか?それは確かに気に入らねえな。訊けないけども。
事実上このパーティはエイルリルさんのパーティだ。彼女が抜ければ解散だろう。
モブカップルと3人で継続?いや、それはなんか、ねえ?
「いつか」の話であったパーティの解散が、俺が加わったことで彼女のなかで現実的になってしまったわけだ。
ごく近い将来にこのパーティは解散する。それがわかっていて仲間に誘うのが心苦しいということらしい。
「いや、そもそも冒険者なんて将来とかいつまでとか約束してもしょうがないっしょ。いつ死ぬかわかんないし」
「怖いこと言わないでよっ!」
「そうだよっ!不吉すぎるよ!」
これパエリアじゃん。米じゃん。そしてまさかのシーフードじゃん。うま!
「ちょっと!聞いてんの!」
「そんなことより!ほらエビ!魚!アンド貝!」
「い、いや、そうだけどぉ……」
「こんな内陸の!こんなショボい宿で!海の幸!痛え!」
「ショボい宿で悪かったな」
種蒔き男に殴られた。うん、ごめん。
「海じゃねぇよ。南に湖があってな、って凄え勢いで食ってんな……追加で作るか?」
「お願いします。美味すぎます。あ、俺が払いますんで」
「いや、今日はパーティ資金から出すから心配するな。リオを歓迎するための会だぞ?」
ようやくリラックスした笑顔のエイルリルさん。食べる姿も美しい。
ただ俺、金あるんだよね。
結局ケルノン商会での魔石の売却額は117000シル。まさかの10万超え。人生初金貨が10枚だよ?これだけ持っててゴチになります、ってのも気が引ける。
「そうは言っても……って、あれ?皆んな酒とか飲まないの?」
食欲に脳をヤラレて気づかなかったけど、エールすら出てない。
「ああ、リオが飲むのかどうかわからなかったし、ほら、まだ若いだろ?いや、わたしだってまだ若いが。それに真面目な話もあったしな」
いや、23歳は若いですよ?周りがガキなだけで。気にしてる?
「そんじゃあ飲みましょうよ。酒代は俺が持ちます。そのくらいは持たせてください。親父さん、酒はなにが?」
「おう、エールと芋の蒸留酒だな。あとは多少値が張るが葡萄酒のイイのがあるぜ」
ふっ……「葡萄酒」でエイルリルさんがピクッと反応したのを見逃す俺じゃないぜ。
「ではこれで葡萄酒を」
「おう、って銀貨3枚?どんだけ飲む気だよ……いや、飲むのか……」
なぜエイルリルさんを見つめる?
「しかし金払いのイイ坊主だな。そういやあ、宿代も随分先まで払ってもらってるが、部屋はクラムの隣でよかったか?」
「嫌ですが」
「ヒドくない!?」
「隣で種蒔きされると気まずいので」
「ぐっ……」
二人とも真っ赤になっちゃって。シニスは実家暮らしって言ってたからな、そりゃあクラムの部屋を使うよな。
ちなみにエイルリルさんは家を借りているそうです。
「おう、それもそうだな。嬢ちゃん結構声がデカ「やめてーっ!」なら他の部屋、用意しとくわ」
「よろしくです」
そうか。声がデカいと。てことはクラムので満足してるってことだよな。よかった、よかった。
「なんかまたムカつく顔してるっ!」
「……僕もなんだかムカつくような……」
二人してこっちを睨みながら文句垂れてるけど、あれだな、怒っても地味だな。
そういえば俺、前世からなんだけど、他人の顔憶えるの苦手なんだよね。
二人とも特徴ないからな……モブいし。
明日会って顔……わかるかな?ちゃんとよく見て憶えておこう。
「「な、なに?」」
仲良いな。
「おう、そんで嬢ちゃんはクラムんとこでいいだろうけど、姉さんはどうすんだ?飲んだら……」
「あ!アタシと一緒に二人部屋でお願いします。空いてます?」
「おう、用意しとくわ」
「わたしなら帰れるが「やめてくださいお願いします」あ……うん」
え?飲んだらヤバい系?
この『種蒔き亭』はごま塩亭主とおかみさんの二人で切盛りしている小さな宿だ。
大通りからは外れた路地沿いにあって目立たない宿だが、宿賃が低めなのもあってここを定宿にする冒険者や商人は少なくないらしい。
小さい宿だけあって食堂もそれなりだが、年季の入った無垢材に囲まれた空間は狭くとも居心地がいい。
今夜の宿泊客の食事は全て終わったらしく、いまは冒険者パーティ『翠嵐』の貸切状態になっている。
「改めて、リオの、すっ、『翠嵐』加入を祝って乾杯を」
「だからなんでちょっと恥ずかしそうなんすかね?」
「うん、なんというか、このパーティ名、大袈裟というか少しその……恥ずかしいだろう?」
ほんのり頬を赤らめるエイルリルさんが素敵すぎる。
あれか?中二病的なアレを感じちゃってんのかな?
「えー、素敵じゃないですかぁ。アタシ好きですよ?エイルリルさんっぽくて」
「いや、それが余計に、こう自意識過剰な感じが……」
3人以上で継続的に活動する場合や、パーティ口座を作る際には、冒険者ギルドからパーティ名を登録するように求められるそうだ。
エイルリルさんはパーティ名を付けること自体が恥ずかしくて抵抗があったようで、ギルドの受付ですったもんだしたらしい。
最後には「もう、数字とか記号とか良いだろう?」などと言い出したものの、受付のシールアさんに「むしろ痛々しい」と言われ撃沈。結局クラムとシニスでシールアさんお薦めの『翠嵐』に決めたそうだ。
シールアさん名付け親かよ。
「ああ、もう、飲むぞ!乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
うん。俺がグラスに口をつけた時にはもう、エイルリルさんのグラスは空いていた。
ワインはそういう飲み方をするものではない、と思うよ。
「ああ、シニス、どうしよう」
「えーと……なにがでしょう?」
「この葡萄酒、美味しすぎるのだが」
空のグラスを見つめながら呟くエイルリルさん。寂しげな面差しに胸が痛む。ただの酒好きダメ人間ムーブが映画のワンシーンのように心を奪う。
「あの……もう一杯」
「どうぞどう「えー!?」ぞって、なんだよ。ダメなの?」
「あんまり飲ませちゃうとぉ……」
「なに?暴れたりすんの?」
「暴れはしないけど……なんていうかぁ……」
「なんていうか?」
「……かわいくなる?」
「……」
「……」
「どうぞどうぞ「おーいっ!?」なんなら瓶で」
「えへへー」
可愛いな、おい!