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4 大裂谷2


痛みに慣れた。

いや、痛いよ。激痛。これまでの人生で感じた痛みが痒み程度に思えるくらい。

痛いんだけど、ようやくまともに思考できるようには……なった、というか慣れたわけだ。

あのクソ火竜にブレスで吹き飛ばされて、気がつけば身じろぎもできない状態で転がっていた。

谷底から見える狭い空はまだ青く、長く気を失っていたわけではないようだ。

ただ、痛い。あと、臭い。なんだろう?痛みには慣れてきたけど、この臭いは慣れない。無理。

全身を隈なく激痛が襲うなかで、腹の底、魔力器官と呼ばれる辺りにギリギリと異質な痛みを感じる。

アレだ、魔物を倒して魔力を喰った時に痛む辺りだ。

『超順応』、なのかな?

回復力を上げるために無理やり魔力量を増やそうとしてる、とか、そんな感じだろうな。

凄いね、これが『転生チート』というやつか。


うん、俺、転生してた。


多分、意識の表層まで浮かんでこなかっただけで、断片的には前世の記憶が思い出されていたんだと思う。

前世での名前は『ハドリ リオ』だ。

漢字は思い出せない。ただ、自分で『リオ』と名付けた理由はそういうことなんだろうと納得できた。

両親の顔も思い出した。

母親は大企業の創業者とか政治家とかの家系で、プライドが高く癇癪持ちの香水臭い女だった。

父親は見目好いだけの怠け者で、婿養子なのもあって家ではいつも卑屈な態度で見ていられなかった。

離婚するとかなんとか言っていたようだけど、どうなったのかはわからない。

二人の名前は思い出せない。

両親のことが嫌いだったから憶えてないわけではなくて、固有名詞がほぼ全滅。

アイドルグループの推しの顔は憶えているし、脱退して出演したAVの流出映像も鮮明に記憶しているのに、グループ名も推しの名前も全くわからない。

そして通っていたと思しき高校も。最寄りの駅も。

社会科で習ったような地名とか歴史上の人物とかはそこそこ思い出せるんだけどね。

あとは……俺が何歳まで生きたのか、とか、死因とかも、全然わからない。

知りたいのかどうかも今はわからない。


このまま死んだら今世の死因は『クソ火竜のブレス』だけどな!

絶対死ねねぇ!死んでたまるかよ!

生きようと足掻く俺を嗤いやがった。

そもそも不細工すぎて腹がたつ。

竜だよ?ドラゴンだよ?

なんでカバと人間混ぜたみたいな顔してんだよ。

こう、カバの頭部に目だけ人みたいに正面向いてついてんの。しかも三白眼。イラっとする。

俺を殺そうとしたんだから、殺すべきだと思うんだ。

どこぞで死罪になったらしい孤児院の婆アも、俺が殺すべきだったと今は思っている。


痛みのなかでダラダラと益体もないことを考えていたその時、巨大な何かが転がったままの俺の上を一瞬影を落として通り過ぎた。

僅かに動くようになった頸に力を込めて頭を傾ける。

視界の上端に見えたのはあの忌々しい火竜のものと思われる太い尻尾とその付け根付近にある……ああ、わかった。わかりました。道理で臭いわけだよね。

ここ、火竜のトイレじゃん?




ほんと、許さないから。マジで。

人生を賭けてでも奴は倒す。無理でも倒す。

はい。埋まりました。30分前だったら動けなくて窒息してました。

今世の死因が『糞に埋れて窒息死』になるところでした。

いや、なんとか上半身がモゾモゾ動かせるようになってたから如何にかこうにか鼻先を突き出して。

この世で最も嗅ぎたくない類の臭いを胸いっぱいに吸い込みました。

さすがに呼吸できなかったら死ぬよね?順応しないよね?

なんかもっと違うベクトルのチートが欲しかったなぁ。

あともう少しまともな環境で育ちたかったなぁ。

確かにチートのおかげで生き延びてきたけど、チートがないと普通に生きることすらできないって、ナニ?

挙句、糞まみれ。泣ける。


歩けるようになったのは翌日の明け方。

我ながら凄まじい回復力だと思う。

近くに火竜の気配はない。今のうちにと背中から消えた短槍を回収するために付近を探索する。

ちなみに全裸。服は多分、丸焼け。残っていたのは焦げた革のベルトだけ。動くとすぐに千切れた。

見える範囲の身体の表面は、多少は斑らになっているものの火傷は概ね治っているようで、改めて己の回復力に驚く。

ただ触った感じ髪は……また、生えてくるといいなぁ。毛根焼け死んでないよね?あと尻尾はなんかコゲてた。


谷の底は上から想像するよりも随分と大きな空間のようだ。

見渡したところ開口部よりも底の方が広いくらいで、谷というよりも巨大な洞窟の天井が裂けたかのようにも見える。

谷底を流れる小川で身体にこびりついた汚物を洗い流す。

当然のように臭いは取れない。シャンプーとボディソープが欲しい。切実に。

槍を見つけたのはあえて避けていたあの排泄物の山のすぐ近くだった。

俺が埋まってた場所のちょうど反対側辺り。

全裸に槍。蛮族味マシマシ。

いつもは亜空庫に入れてある予備のパンツを今回に限って宿に干したまま忘れてきた。

ちゃんとしようよ昨日の朝の俺。がっかりだよ。

他に亜空庫に入っていたのは、愛用の剣鉈と、孤児院からパクった岩塩と、安い着火の魔道具と、あと小銭。

ちなみに銅貨1枚分すらないこの小銭が俺の全財産。銅銭と鉄銭が数枚。50シルもない。前世換算だとワンコインランチも食べられない。宿代払い込んだばかりだからなぁ。いいもん。使うとこないし。谷底だし。

あと探索中に焼けたエレンテ茸を数個発見。焦げてどうにもならないものもあったけど。

美味かったです。土で汚れて冷たくなっていてもさすが高級食材、って味でした。

最後の晩餐とならないよう、切に願う。




「腹へった……」


谷底に落ちて二日が過ぎた。

水分は小川で補給できる。腹?壊したよ?まぁ、慣れた。もう大丈夫。

火竜の行動範囲は北、上流側は例の便所まで。川上で排泄?竜に衛生観念はないらしい。

南の下流側は途中に遮蔽物が全くない場所があって追跡を断念。俺の隠形が火竜にどれだけ通用するのかわからないからね。

この二日間、他の魔物の姿はなし。火竜の縄張りだからか?

当然、狩って食料にできる獲物もなし。火竜?無理。今は、無理。仕方がないので「今日んトコぁ見逃してやっけどよぉ、覚えとけよぉ、コラ」的心持ちで上流に向かう。


超順応による命を繋ぐための副産物とも言える魔力量の増加は、陰魔装の常時発動によって一日中隠形状態で活動することを可能にした。とりあえず、起きてる間は。

また亜空庫の容量も魔力量に応じて増加したので、以前はありえなかった短槍の収納もできるようになった。

残念ながらステータスがオープンしたりはしないので容量や魔力量にどのくらい余裕があるのか正確にはわからないのだけれども、体感的には「これ、凄いことになってんじゃない?」ってくらいに強化された感はある。

これで属性魔法使える職業なら相当に戦闘力が上がってるんだろうね。

俺?残念。盗賊は無属性だからね。攻撃魔法とかないから。身体強化の強度は上がってると思うけどね。


谷底に落ちる陽が陰ってきた。

この辺りまでくれば、火竜の縄張りも抜けただろう。

ここまで目にすることはなかったが、他の魔物の存在も気にしなければいけなくなったわけだ。

夜になれば明かりはない。遥か上方に薄らと魔輝岩の光が見えるくらいだ。

俺が純粋な獣人種族ならこの谷底の暗闇のなかでも支障なく動けるだろうけど、残念ながら人族よりも多少夜目がきく程度だ。


いやいや、獣人に生まれたかったわけじゃないよ?前世の記憶が戻った今は尚更。

ケモミミは大好物だったけど、この世界の獣人、ほぼ獣の直立二足歩行バージョンだからね。

身体能力は素で高いし、強靭な爪や牙は立派な武装だ。あえて武器を持たない獣人も多い。

当然のように聴覚や嗅覚も優れていて索敵能力は人族の比ではない。

能力的には素晴らしい。

ただね、頭部がほぼ獣。これはちょっと、違和感が半端ない。

前世では犬も猫も大好きだったけど、恋心が育める気はしないのよね。

やっぱりほら、顔とか体とかは人間っぽくてケモミミと尻尾だけついてるような……って俺じゃん!

そんなの今世で俺以外の存在見たことないじゃん!誰得?


……いや、だから、真っ暗で何も見えないって話。怖すぎるって話。

考えました。

あるじゃん?ヒカリモノ。そう、魔輝岩。

ダンジョンでも効果は怪しいながらも魔物避け的に使われてたアレ。今も上の方でほんのり光ってるアレ。

わりと脆いとの評判通り、結構あちこちに塊が落ちてる。……こんなものが落ちてくるって、それはそれでヤバいんだけど。

今これを絶賛拾い集め中。

これをこう、サークル的にだねぇ……ほら、魔輝岩バリア。

近づいてくる魔物も減るし(希望的観測)、少なくとも姿を視認することができる。

これで眠っている間も隠形が維持できていれば夜の谷底も怖くない、ということだね?




「グゥ■■ガ■ッ!」

「痛い!痛い!いだーいっ!!こんのっ!」


隠形、維持できていませんでした。

そんなことくらい予め確認しとけ?できねぇよ。ボッチだし。

「寝るけどちょっと見といて?」とか言える知り合いなんていねぇよ。


多分、口臭で目が覚めたんだと思うんだけど、「臭え!」って思った次の瞬間には大口開けた魔物が飛びかかってきてました。

なんだろう……目の位置とかが、こう、やけに人間っぽくて厭な気分にさせる顔をした巨大なタスマニアデビル?

火竜といいこの谷の魔物は人面寄りのキモいのが集まっているのだろうか?

喉笛を噛み千切ろうと迫る人面タスマニアデビルの顎を、両の手を異臭を発するヨダレまみれにしながら必死で押し留める。臭い。谷に落ちてから悪臭イベントが多すぎる。

懐に入られて槍は使えないし、そもそも手が空いてない。

のしかかる前脚の爪が皮膚を切り裂いていく。マジ痛い。そして結構重い。80キロくらいありそう。

全力で魔物の胴を蹴り飛ばし僅かだが距離をとった瞬間に隠形を発動。相手の視線が逸れた隙に亜空庫から剣鉈を取り出す。

短槍はヤツの腹の下だ。取り戻したいが今は一旦退却、仕切り直しを


「がはっ!」


吐血。膝を突く。毒?

爪か?それとも臭え唾液?

血の匂いで位置がわかったのか、動きの止まった俺を目掛けて魔物が突進してきた。


「ギィ■ギャ■ッ!」


全力で左眼に突き込んだ剣鉈は脳には届かない。頭デカ過ぎんだろ。

痛みに怯んだ魔物と擦れ違うように駆け抜け短槍を掴み、振り向きざまに穂先を残った右眼に向けて突く。


「ビギィー■■ッ!」

「ぐっ……臭えっ!!」


槍に貫かれたまま突進してきた人面タスマニアデビルは、俺にのしかかり押し倒した直後に短く痙攣し事切れた。

垂れてくる大量の臭すぎる涎と血液が俺の顔に……これ、絶対毒だわ。痛いし痺れるしなんか俺、痙攣してるし。


「っづあぁぁっ!」


加えて大量の魔力を喰った痛みが腹の底を襲う。どうやら結構レベルの高い魔物だったらしい。

いやもう、痛すぎるし臭すぎる。こんなんばっかかよ。最低だな、谷底。


痙攣する腕に力を込めてなんとか顔の上から魔物の頭部をどかす。

涎と血に濡れた顔で見上げる先には狭い空。

どうやら夜が明けたようだ。


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