35 金眼1
「一人で残るだって?オイオイあんまりバカにすんなよ?オレたちゃそんなに役に立たないってか?」
マカ・フェリの言い分はわかる。
正規の部隊が、軍人でもないこんな小僧一人に任せて総員撤退、なんて受け入れられるハナシじゃないだろう。
だけどゴメン。役には立つかもしれないけれども邪魔なんだよね。ゴメン。
「フェリは俺が呪毒に抵抗できるってのは知ってるよな?」
「オ?あ、あぁ、まぁ、ソレは聞いてる、が」
「そもそも毒全般が効かない、ってのは?」
「ハ?え?そうなの?マジで?」
「俺の亜空庫には火竜を殺した毒物が入っている。俺には効かないが、人間はもちろん竜種でも殺せるレベルの毒だ」
「へ?」
「俺の切り札だ。多分、使うことになる」
「イヤイヤ竜種を殺せる毒?ってオイ、なんだよソレ」
毒ガスメロンというのだよ。
「正直なところ、この毒が有効な範囲も効果の持続時間もまるで検証できてない。極力、城塞都市内では使用しないつもりだが……それもどうなるかはわからない。だから……巻き添えになる前に逃げてくれ」
「「巻き添えっ!?」」
猫兄妹の耳が倒れてる。面白い。って、待って!?もしかして俺も感情ダダ漏れな感じで耳が動いちゃったりしてる?全然意識してなかったけど、それ結構恥ずかしくない!?
「リオくぅん……わたくしが遠距離から魔法で援護というのは、駄目れすか?」
「「姫様っ!?」」
「このままでは、終われまひぇん。わらくひ、も」
アヴィのガンギマリ感が凄い。唇の端からヨダレが垂れているのも相まって変な方向にエロ味が増してしまっている。俺、生きて帰れたら絶対オカズにするんだ、この顔。100回くらい。
「ダメだよ。何かの間違いで毒物が弾き飛ばされて近くに着弾したら即死だよ?」
「そっ……」
「しかも臭いよ?臭いもの塗れの人生を送ってきた俺基準でも最強クラスだよ?」
「う……うー」
「……退くべき時は退くから。必ず戻る。だからアヴィは、うニャ!?」
目の前に、アヴィのつむじ。
膝枕なら幾度もしてもらったけれど、こうして正面から密着されるのは初めてだ。
ガンギマリお姫様が顔を上げトロンとした上目遣いで目を合わせる。可愛い。埃塗れでも本当に可愛い。というか、今日はエロい。口元の緩さがエロい。ヤバい。俺のソレがアレでヤバい。
しかしこの娘、外で飲ませたらダメなタイプだな。
エイルリルさんも酔うと可愛さ爆発してヤバかったけど、アヴィは色気が増し過ぎるというか本人のエロスイッチが入ってしまうというか……合コンとか行かせちゃダメな感じですね。持ち帰られそう。というか攫われそう。
「リオふぅん」
「な、何かな?」
「わらくしのお腹に……何か硬いものが当たっているのれす」
不味い。
アヴィは小声で囁いているつもりだろうが、獣人たちには丸聞こえだ。猫兄妹の毛が逆立っている。妹猫は顔が真っ赤だ。……猫顔も赤くなるんだな。
「それは……ポケットの中の腸詰が、だな」
「ポケットに……腸詰を?」
「あ、ああ。時々、生えてくるんだ」
「……美味しそうれす」
「ぐは」
マジ、ヤバい。小悪魔上目遣いがヤバい。一部に血が集まり過ぎて脳貧血になりそうだ。
猫兄妹の顔が凄い。瞳孔が開ききってる。なんか可愛い。
転がされたままのアルヴァが顔だけこちらにグルリと向けて俺の股間辺りを凝視している。怖い。いや、見てるのはむしろアヴィの尻?それはそれで怖い。
「待ってまふ」
「……うん」
「絶対、帰って来てくらさぁい」
「うん」
「約束ぅ?」
「約束、だ」
「……じゃあ、約束のチュー、ちて」
「は!?や、それは」
なんか色々詰みそうだからそれは
「ちて!誰も見てないから、ちて!」
いや、なんでお前ら後ろ向いてんだよ。止めろよ猫兄妹!
アルヴァが顔を背けてる振りをしながら血走った眼で凄いこっち見てるのが怖い。マジでアイツ厭だ。呪竜に投擲したい。
「ちゅるっ!」
アヴィの両の掌が俺の頬を挟む。
華奢な細い指は埃塗れで、やけに冷たかった。
「イヤイヤ酩酊してる姫さんはともかく、オマエ素面だよな?こんな凄惨な現場でよくあんなことできるよな……つーか普通勃たねえと思うよ?って、マァ、何も見てないんだけどな」
「アノ、なんでまだ勃ってるデスか?怖いんですけど。ソノ……何があったのかは見てないデスけど」
見てないアピールが雑だな。
え?しましたよ?キス。した、というかされました、ベロチュー。小さな舌を捩じ込まれて好き放題されました。
そりゃ興奮するよね……萎える気配がないんだよ、マジで。ガチガチ。
脳のナニカを破壊された気がする。
「俺も勃起したまま呪竜と戦うことになるとは思わなかった」
「え……と、笑うところ、かな?」
「さすがに笑えないデス」
俺も笑えないよ?
「アルヴァのツラでも見てたら萎えるかと思ったんだけどなぁ……アヴィがあいつの上に座っちゃってるからついつい視線がアヴィに行っちゃうんだよなぁ……クズが感染るから離れて欲しいんだけどなぁ」
「イロイロ酷過ぎデス。確かにアルヴァはゴミカスではありますが」
ゴミカスて。
妹猫もなかなか酷い。
キスして満足したのかフラフラと俺から離れたアヴィは、何故か俯せで転がるアルヴァの背中にトスンと座った。
真っ赤な顔でモジモジしたりテレテレしたりチラチラこっち見たりエロ可愛さを爆発させている。
そして下敷きになって何故か嬉しそうなアルヴァの顔がキモい。
おかしいな。造形自体はミルヴァとかけ離れているわけじゃないはずなのに。
心根って、大切だよね。
「長城を東へ向かえばすぐにギヌ軍団長と会えるだろう。毒物を使用するって話、しっかり伝えてくれよな」
「……勝算、あるんだよな?」
「ある、っていうか、何故負ける?って感じ」
「「……」」
だから宇宙猫はやめろ。
「俺に呪いは効かない。姿を消して『竜特効』の槍をブチ込むだけだ。負けるかよ」
虚勢?上等だよ。強がってこその男の子だよ。
呪毒のダメージは少なからずある。だけど致命的な状況に陥らなければなんとかなる。
竜種クラスの魔物から完全に姿を消すことは無理。これも運ゲーだな。さすがにアヴィレベルに隠形が通用しないってことはないだろ。
何れにしても即死する事態を避ければ俺の回復力ならどうにかなる。
あとは『竜特効』の特効具合?
これこそ、やってみなけりゃわからないし。
まぁ、やるよ。
やらない選択肢はない。
ムカついてるんだよ。
理不尽な暴力で人が死ぬのを仕方ないなんて思えないだろう?
殺したいんだよ。
あのクソトカゲを殺さないと、きっと俺はどこにも行けない。
光る槍を握り、踵を返した俺は『陰魔装』を発動する。
これでアヴィ以外の視界から消えたはずだ。
歩廊の曲がり角で振り返り、アヴィに小さく手を振ってみせる。
……おや?
なんで皆さんお揃いで俺の顔を見つめていらっしゃる?見えてる?わけないよね?
さりげなく歩廊の反対側に向かって5歩ほど歩いてみる。
……見てるな。これ、見えてるな。え?『陰魔装』バグった!?
皆の元へ戻りながら『陰魔装』のオンオフを切り替える。猫兄妹がキョトンとしている。視線は外れない。マジか。
「見えてる?」
「アー、うん、なんというか、ちょっと見え方が変だけど……いつものようには消えてない、かな」
「ソノ……槍の光が当たっているところが、特に鮮明なカンジ、デス」
槍?
この恥ずかしい槍の光?
……亜空庫にしまってみる。
「「消えた」」
取り出す。
「「見えた」」
……マジか。
て、ことは、アレですか。
この槍を手に持っていると隠形が使えない、と。
え?
俺の最大の武器である隠形が使えない?
え?
デメリット大き過ぎない?
「なあ、リオよぉ」
「……なんだよ」
「もう一度、訊くぜ?勝算、あるんだよな?」
「ある。何故負ける?」
「イヤイヤ隠形が」
「攻撃する瞬間に亜空庫から槍を呼び出せばいいだけだ。問題ない」
嘘です。問題大アリです。亜空庫から呼び出して手に握る度に魔力がゴッソリ吸われます。
俺の魔力の保有量は一線級の魔術士並みだし、魔力の回復量に至ってはそれ以上、らしい。
それでもなお、この量の魔力を度々吸われるのはなかなかキツいものがある。
戦闘中だからね。
怪我の回復が忙しいんだよ。紙装甲だし。
「……まぁ、やる前に気づけてよかったよ」
そもそも呪竜には隠形が通用しない可能性もあるしね。
大丈夫。
これで『竜殺し』の特効がしょぼかったらさすがに撤退だけどな。
いや、それでも俺にはまだ毒ガスメロンが……何個残ってたっけなぁ。
「リオふん」
はい、リオふんです。
「なんろ話ひ?」
うん。君にはずっと俺の姿は丸見えだからね。よくわからないよね。
「アヴィが可愛い、って話」
「でへー」
「王女殿下にその返しはヤバいデス。似合ってないのが更にヤバいデス」
ユラユラと揺れるアヴィを妹猫が支える。
アルヴァの顔を踏んでいるからそんなにバランス悪いんだと思うよ?
「ではフェリ百卒長、王女殿下含め諸々回収よろしく。アルヴァは落として行ってもいいけどな」
「わかった。イヤ、落とさねえよ?つか、いい加減立って自分で歩けよ」
「えっ!?わたし怪我人ですよ?しかも姫様に顔踏まれ中なので立てませんよ?姫様ごと抱っこして運んでくださいな」
「やっぱ落として行くわ」
俺は城塞都市の東に見える長城の監視塔を指差す。
「あの監視塔まで撤退したら合図を上げてくれ。戦闘を開始する」
「……死ぬなよ」
「ああ」
「アッ!」
妹猫?
「まだ勃ってるデス!」
いやソノ報告必要?
西日に照らされる監視塔から、テルマルクの放ったそれと比べると随分と控え目な火球が打ち上げられた。
俺は呪毒の効果範囲に踏み込む。
……キツい。テスルダンジョンの鰐の比じゃない。
思わず膝を突くと、歩廊の上にパタパタと鼻血が落ちる。
落ち着け。
まだ時間はある。
胸壁に身を隠しながら呪竜の様子を窺う。
表面を覆っていた氷の白い膜は無くなっているが、その動きは緩慢だ。
辺りにはまだアヴィの氷魔法の余波を感じる。ここまで気温が低いのは陽が傾きかけているからだけではないだろう。
呪竜がトカゲらしく低温に弱いとかだったらいいんだけどな。
クソ寒い夜明け前に元気いっぱいに城壁乗り越えてきてんだから期待薄だよな。
ならアヴィの魔法で動きが鈍っている今のうちに
ゴッ
20メートル先、俺の歩く歩廊が胸壁ごと吹き飛んだ。一瞬で。
飛び散る瓦礫と粉塵の中に漆黒の鱗を纏った巨大な逆三角形の頭部。
その吊り上がった金色の眼が俺を捉え、呪いで心臓が止まりかける。
城壁が倒壊し始め足元が崩れていくのは感じているが、身体は動かない、まだ呼吸ができない、いや動けよ、このまま生き埋めになる気かよ、動けよ俺っ!
なんなんだよ、このクソトカゲ!
氷魔法の影響を受けているフリをしていた?デカい図体を隠すように縮こまって?そんなもん竜種なんて強者がやるコトじゃねえだろ。
身体が言うことを聞かないまま、沈む歩廊と共に重力に引かれ落下し始めている。
視界の端に黒く光るのは呪竜の爪?
速い。
マズい。
身体を
「ニャぐっ!?」
ギリギリで手元に呼び出した槍は『七三』。
『竜殺し』は無理だ。この状況で大量の魔力を消費するわけにはいかない。
呪竜が振り下ろした爪を『七三』で受け流そうとするが、衝撃を逸らしきれずに身体が弾かれ思わず声が漏れる。
辛うじて動き始めた足先で、落下する瓦礫を蹴り、僅かでも身体を浮かし体勢を立て直そうとする。痺れた腕、既に手元に槍は無い。
追撃が来る。
身を捩り、躱そうと
「んギィッ!!」
激痛。
痛みが切っ掛けになったのか、身体が動き始める。
振り向けば、血を撒き散らしながら宙を舞う、半ばから断ち切られた俺の尻尾。
俺の尻尾?いや、マジで?
大裂谷以来、何度も焼け焦げながらもその度に復活したツヤツヤの俺の尻尾が?
トーラさんの爆乳を弄り倒した俺の尻尾が?
マジでっ!?
倒れ込んで来る胸壁を足場に飛ぶ。
アヴィが美しいと話していた青い敷石の街路に降り立ち呪竜を……『金眼』を見上げる。
……そうか、お前も俺を嗤うんだな。
「すぐに泣かしてやるよ」
亜空庫から『竜殺し』を呼び出し、握る。
忘れてた。
魔力が




