33 アヴィの時間
「リッオくーんのー、ネッコみーみはー」
解呪薬の素材待ちの日々、午前はなぜかアヴィの部屋で過ごすことになってしまっていた。
概ね、膝枕。
俺の希望は誰にも訊かれていない。いいけど。
「ツッヤツッヤのー、スッべスッべでー」
「なあ、アヴィ」
「はい?」
「サイドボードの下のアレ、あのままでいいの?」
「サイドボードの下?見えません。二人きりですよ?」
丸見え、って言ってたよね、あのモヤモヤモゾモゾしてるやつ。いいけど。
王都シグリエル到着から早一ヶ月、午前中は甘やかされ、午後は鍛錬、いいご身分なわけである。
「なぁ、アルヴァさん」
『……』
「そんなところでモゾモゾしているくらいなら身体能力向上を目指して鍛えた方がいいんじゃないかな」
『……』
「アヴィの背中を守るとか言いながら、時々振り切られてるよね?」
『ぐっ……』
「俺が初めてアヴィに出会った時も「えへー懐かしいですねー」見失って廊下をうろうろしてただろ?」
『や!それはそのっ』
「陛下と面会した時も部屋を飛び出すアヴィについていけず置き去りになってたよな?」
『うっぐふぅ……ど、どうしたら』
「え?……知らんけど、スクワットとか?」
「あのモヤモヤして伸び縮みしている気味の悪いモノはナニ?」
「あ、お母様。アルがスクワット中なのです」
「アルヴァ?息が荒くて怖いのだけど。退治しますよ?アヴィ、今日はお務めの日でしょう?今回はイェルヘインだから早めに出発をすると伝えておいたはずだけど。早く支度をなさい。アルヴァもさっさと隠形を解いて仕事する!オーリ!マイヤ!ケリ!手伝って!」
ちょっぴりだけどヴィクトリアンメイドっぽいお仕着せのメイドさんたちがなだれ込んでくる。
アルヴァはまだモヤモヤしながらウロウロしてる。使えない。
「あーもー、リオ君の尻尾のお手入れがまだなのに」
「それはわたくしが引き継ぎます。リオちゃんのママであるわたくしが」
引き継ぐんだ。
「イェルヘインですか……」
「ん?行きたくないの?って、イェルヘインってどこだっけ?」
「長城西端の城塞都市です。それより西には砂漠の手前にスラン砦があるだけなので、国民の生活圏としても西端ですね。あの辺りで採れる青い石を敷き詰めた街路が美しい素敵な街なのですが……その、遠いのが」
「あら?旅行気分が味わえる、って、イェルヘインでのお務めはお気に入りだったじゃない?」
「それは……そうですけど今回は……リオ君も一緒に行ってくれたりは」
「ごめん、無理」
「ですよね……」
アヴィのお務めは、国内各地の初等学校と孤児院を訪れること。国中から愛されるアヴィだけあって、どこへ行っても大喜びで迎えられるらしい。
最初にその話を聞いたときに同行をねだられたのだが、いくら頭であそことは違うとわかってはいても、孤児院と名のつく場所に自ら赴くという選択肢は俺にはなかった。
いや、驚くほど人道的で民度の高いこの国が管理する孤児院と、この世の地獄のようなフラマノル孤児院とは、比較するのも失礼なほど別モノだ。それが理解できていて尚、俺のへなちょこメンタルは『孤児院』という言葉に過剰に反応してしまう。
怒りが、抑えられない。
自分が孤児院を訪れる、そう考えた途端に怒りと殺意が溢れた。
アヴィは涙ぐみ、アルヴァは「ちびりました。割とガチで」と呟いて部屋を出て行った。
それ以来、アヴィが強く同行を求めることはない。
え?ついて行くだけついて行って孤児院には行かなければいい?いや、公務だからね。みっともないだろう。ペットじゃないんだから。
「じゃあ、リオちゃん」
「はい?」
「どぞ」
名残惜しそうに振り返りながら部屋を出て行くアヴィを見送る。
王妃殿下に膝枕をされたままで。
これって最低では?
ママが離してくれないから仕方ないんだよ。仕方ないから仕方ないんだ。
「ギヌ軍団長から一本取ったって聞いたわよ?」
「え?いや、あれは」
思いがけない話を振られて思わず顔を見上げ……うん、見えないね、乳で。って、顔が埋まりそうなんですけど。
「二度は使えない手を使っちゃったから。騙し討ちみたいなモンなんだけど」
「なんであれ彼から一本取れたのなら誇っていいのよ?エイダン大隊長が悔しがっていたもの。彼、ギヌから一本取れたことないらしいから。ホントに……すごい子ね」
マカ・フェリに勝ち越すようになるのには然程時間を要さなかった。そのせいなのか、鍛錬を始めて一週間も過ぎる頃にはカヌーズ・エイダンが訓練場に顔を見せ始めた。
盾と片手剣という熊らしからぬ装備のエイダンは、華麗なステップからのシールドバッシュで幾度も俺を吹っ飛ばした。ついでにフェリも吹っ飛ばしていた。
連日吹っ飛ばされているうちに、気づけばいつの間にか全員魔力を使って戦うようになっていた。
俺は陰魔装で姿を隠すことでようやくエイダンとも互角の勝負ができるようになり、エイダンはもちろん俺にも歯が立たなくなったフェリは模擬戦終わりにはいつもズタボロで訓練場の隅に転がるようになった。野良度が上がった。
そして真打登場竜人エイ・ダ・ギヌ。
ギヌを上回る巨体のエイダンが宙を舞い叩き伏せられ、フェリに至っては秒で猫っぽい道端のゴミ的ナニカに成り果てていた。
当然、俺の槍など通用するわけもなくフェリ同様にゴミ化するところであったが、ギリギリ陰魔装が通用してくれたのでなんとか人のカタチを保つことができた。いや、ヤバいってこのオッサン。
アヴィほどはっきり見えてはいないようだが、少なくとも俺の位置を見失うことは一度としてなかった。
そして速い。デカいのに滅茶苦茶動きが滑らかで速い。
熊を放り投げるほどの膂力の持ち主が、スピード特化のフェリより明らかに速いってナニ?こっちが見失いかねないくらいだ。
ちょっと、おかしい。
格が違う。
「どうやったかは訊いていいのかしら?」
「あー、あんまり格好良い話じゃないんだけど。ほら、アルヴァの陰魔装ってムラがあるじゃない?あれを意図的にやれないかと思って練習してたんだよね。そしたら、こう」
伸ばした腕の半ばから消してみる。
「ぴやっ!?」
「身体の一部だけ見えづらくできたんだよね」
「見え……消えてるけど!?」
「それで全身見えてる状態と消えてる状態を切り替えながら……最後に見えてる状態から槍先だけを消してみたんだ。思いの外驚いてくれたみたいでホンの一瞬だけど隙ができた。それでもギリギリ一本かな、ってくらいだったけど」
「……」
「ほら、なんか微妙っていうか、イマイチな感じだよね?」
「なに言ってるのよ……すごすぎるわよ。陰魔装でそんなことができるなんて聞いたことがないわ」
前提として消えなきゃならないわけだから、なかなかハードル高いよね。
「あのヒト……陛下は本気でリオちゃんのことをアヴィの相手として考え始めているわ」
「それ、は」
「彼はアヴィに甘いから。アヴィの願いならなんだって叶えてあげたいと思ってしまうから。金瞳といい火竜の魔石といい、リオちゃんは正に英雄。それに加えて、かのエイ・ダ・ギヌから一本を取った。若干16歳でよ?軍の関係者の間ではすごく盛り上がっているみたいね。リオちゃんは自分の出自とか身分とか気にしているみたいだけど、実力主義のこの国の国民感情としてはなんら問題にならないの。だからリオちゃんがアヴィと一緒になりたいと願うのならば、それに異を唱えることはないわ。……陛下は」
「陛下は、ですか。……王妃殿下は、そうではない、と」
「まだ、ママよ」
そう言って、耳の付け根を優しく指でなぞる。うん、ママだ。
「陛下がわたくしを王妃に望まれた時、反対する声もたくさんあったの。平民だからとか、エルフではないからとか、そんな声もないわけではなかったけれど……一番はね、寿命、なの。同じ時間を生きられないこと、ね」
「人族とエルフ族の……寿命の差。でも、寿命には魔力量も影響するって」
「そう。標準的な人族とエルフ族の寿命の差はおよそ倍。確かに、わたくしは人族としては破格の魔力量を持っているわ。それでも1.5倍に届くかどうかね。もちろん、寿命を全うできるかどうかなんてわからないけど……わたくしが彼より先に老いることは間違いない。……怖いの。老いていくわたくしを見て、彼が心を痛めることが、怖い」
「それが半獣人の俺とハーフエルフのアヴィにも」
「違うの」
「え?」
「アヴィはハーフエルフではないの。あの子は……先祖返りのハイエルフなの」
「な……先祖、返り?」
「あの子自身も知らないことよ?国家機密ね」
そんなコト、俺なんかに話すなよ。
「ハイエルフは寿命も長いけれど成長も少し遅いの。アヴィはね、見た目もそうなのだけれど情緒も幼くてね、リオちゃんのこと、ホントに初恋なのよ?」
いやだからサラッとそんなコト
「あの子の生涯……400年なのか500年なのかわからないけれど、その大半をリオちゃんを失った悲しみを抱えて生きていかなければならないのは、とても、辛い、ことだと思うのよ、ね。そして、悲しみの記憶すら薄れていく。それはきっと、とても、とても苦しい。だから」
そうか。
「もしかして、解呪薬の素材が揃った?」
「ーっ!……もう、聡い子ね。今朝、工房長から連絡が、あった、わ」
そう、か。
「……もう一つ。昨晩遅く、長城東端の城塞都市ハーリルから通信がありました。ケルノン商会の先発部隊が到着、その際に炎槍スバンと影刃ミルヴァが2日前にサンダハルとの国境に到着したとの報告があったそうです。ミルヴァは、解呪に成功して順調に回復しているそう、よ」
長城には魔導線通信と呼ばれる前世の電信のようなシステムがある。それにより東西に延びた長城のどこからでも、極めて短い時間で王都へ情報が届けられる。
あの親娘の帰国が魔導線通信を使ってまで連絡するほどのものなのか、とは思うが、とりあえず東に向かえばミルと再会できるかもしれないわけだ。
だからまぁ、アヴィのいない今日、俺はここを去るべきだ、という話だね。
「ありがとう、ママ」
俺はウィールヴァーサ王妃の膝からゆっくりと頭を上げる。
途中、柔らかいそれがタフタフと顔に当たってしまうのは不可抗力なので仕方ない。
「ひぐっ……」
振り返ると涙でダダ濡れで憔悴しきった王妃殿下の表情。
「ご、ごべんな、さ」
「俺はなにも失ってないよ。ママとお姉ちゃんができて嬉しかった。楽しかった」
「あ……ぐ」
「さようなら、王妃殿下」
シグルヴァード王国の主要都市は、そのほとんどが東西に延びる長城に沿って造られた城塞都市だ。
長城の歩廊を使用できるのは軍や公的機関だけ。今回のアヴィのように王族が公務で移動する際にも当然使われている。
俺が歩くのは長城とほぼ平行に走る石畳の街道だ。
片側2車線の広い車道と街路樹の植えられたこれもやたらと広い歩道。
目の前を直立歩行の犬のカップルが歩いていなければ、日本とあまり変わらない風景……いや、ごめん、さすがに無理がある。馬車や竜車に加えて大速みたいな恐竜じみたのまでウロウロしてるもんな。割とカオス。
滞在中にアヴィにあれこれ仕立てられて随分と身なりが良くなった上に、王妃殿下がべそをかきながら「もう、寒いから」と肩にかけてくれた魔物糸で織られたダークグレーに銀糸の刺繍のマントが少々高級すぎて、どこぞの御曹司風コスプレをしているような妙な気分になる。いや、このマント、マジで軽くて暖かいから脱ぐ気はないんだけど、ちょっと恥ずい。
開き直って街道沿いの店で目についた美味そうなモンをガンガン買い込む。金に糸目はつけないぜ、と御曹司ムーブをカマしてみたけど、よく考えるまでもなく御曹司は自分で買い物してまわったりしないよな。ボッチで。
それにしても、城塞都市間の街道沿いにこれだけ店舗だの住居だのが並んでいるというのはセロナルス王国では考えられないことだ。
本当に長城のこちら側では魔物が出ない、そして治安もいい、ってことなんだろうな。まあ、この国にだって、クズもいれば悪人もいるだろうけど、わざわざこの国を出ようとする自分がバカみたいに感じるくらいには、うん、良い国だよ、ここは。
王都の一つ東隣の城塞都市であるエトリアに着いた時にはもう日が落ちていた。途中結構走ったんだけどね。
リルと大速でこの国に来た時には、山道の入り口の街を出た後、街道もなにも無視して王都まで一直線に突っ切って来たし、その後の約一月の間は王都から出ることがなかった。
知らない街は新鮮で、人生で初めて旅行気分を味わえた。
ちょっとお高そうな宿を取り、小洒落たコース料理で腹を満たし、エッチなお店を探して街をうろつき、ビビって入れずに宿に戻って、いつものように眠れない夜を過ごす。
そんな旅の日々ももう三番目の街、そろそろケルノン商会の消息でも尋ねてみるかと思いながら微睡んでいた明け方。
鳴り響く鐘の音。警報。そして拡声の魔道具が繰り返す。
イェルヘインが金眼に襲われた、と。




