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27 王都シグリエル


黒森の南に位置する広大な湿地帯を迂回するように進んだ先、レスタス侯爵領の南西端に近い国境の街から橋を渡るとサンダハル王国に入る。

そこから北西に向かう街道を進むと、次第に上り坂が増え標高が高くなっていく。サンダハル王国とシグルヴァード王国を物理的に分断するキクリ山脈の東の裾野だ。

関所を越えシグルヴァード王国に入ると街道はいつの間にか山間を縫う山道へと姿を変え、馬車と行き違うのが困難なほどの隘路が続いた。

そうして山道を半日ほど進んだところでようやく勾配が下り始め、幾つかつづら折れを曲がったところで急に視界が開けた。


絶景。

圧巻。


眩しいほどの秋晴れの空の下には、遠目にも重苦しいほどに暗い『黒森』がどこまでも広がる。

その魔物の領域を拒絶するように引かれた真っ白な境界線。


「見えるかい?」

「あれが……長城」

「うん。そして……」


リルの指差す先には、遥か遠く、薄らと、しかし一際白く輝く城塞都市の姿。


「……王都、シグリエル、だ」


微かに震える声で、彼女はそう言った。




山道を抜け、石畳の街道を進む。

街道の先には白壁と赤い屋根瓦の瀟洒な建物が並ぶ町並み。それを囲むのは刈り取りを終えた晩秋の田園風景。


「リル、宿を取ろう。このまま王都まで野営というわけにはいかないだろう?」

「ああ、すまない。さすがにリオも疲れが溜まっているか。王都が、見えてしまったから……余計に気が逸って」

「いや、急ぐのはいいし疲れてもいない。ただ、王都に着く前にどこかで一度風呂に入っておいたほうがいいんじゃないかと思って。ほら、小さな町だとフルヴィアが入れないんじゃないかと」


そう、強行軍が過ぎて。

ずっと野営。

せっかく二人旅なのに「部屋が一部屋しか取れなくて……一緒でいいかな?」的なイベントもないんだよ。いやいや「床で寝るなんて駄目だよ……ベッド、半分ずつ、ね?」とか必須だよね?どういうこと?

って、まあ、最速を求めれば自ずとこうなるんだけどね。

リルが眠っている時はタンデム。

リルが手綱を取る時はフルヴィアの負担を減らすために俺は伴走。

フルヴィアが疲れを見せたらその場で短時間の休憩。

おかげで通常二週間の旅程が半分以下になりそうな勢いで進んで来てはいるものの、さすがに一度も身体を洗うことなく王都に帰還ってのはどうなの?うら若き女性としてありなの?っていう話で。


「え?や、あ、そ、そう、だな……って、く、くさいよね?ごめん、わたし……く、くさ」

「いや、俺的にはまだ大丈夫。むしろ、あり。リルの香りが熟成されて、ほのかな酸味がさらに深みを」

「やめて!?へ、変態すぎるよね!?あ、や、ちょ、ちょっと吸わない、え?待って?わっ、腋?腋嗅いでる?ヤダもう、そんなとこ嗅がないでっ!?ひうっ」


可愛すぎるだろう。

匂いを嗅がれると可愛さが増すとかもう……またズボンにポケットと腸詰が生えてきちゃうよ。

ちなみに俺はなぜだか体臭が薄いみたいで、このくらいの期間であれば大して臭くはならないようだ。

え?臭そうな印象がある?臭いのは魔物の血とか毒とか臓物とか排泄物にまみれてる時だけだよ。よくあるけど。

そして体臭がしない代わりに排泄物は猛烈に臭いけどな。猫かよ。猫だな。


「だから髪に顔を埋めないでえぇえっ!」


うん、芳醇。




「エ、エイルリル・トーレアノン殿で?ほ、ほん、とうに?あの」

「トゥンベリ工房長に至急お会いしたい。連絡を。我々もこのまま工房へ向かう」

「は、はひー!」


王都シグリエル。

壮麗なる白亜の城塞都市。

真っ白な城壁はリルのハーフコートの刺繍文様によく似た意匠で飾られ、人々は防衛上どうかと思うくらいに幾つも設けられた城門をさして止められることもなくフリーダムに行き交う。どこのテーマパークだよと言いたくなるような景色だが、リルに言わせれば「敵はこちら側からは来ない」のだからこんなもんでいいらしい。敵は全て黒森からやって来る、ってことね。


賑やかな民間用の門からは随分と離れた軍用の大門の入り口でフルヴィアの手綱を衛兵に渡す。リルがカードらしきものを提示しながら名前を告げると、なにやら慌てふためき出した衛兵は奇声を上げながらどこぞへすっ飛んで行った。手綱も放り出して。


「うーん」

「どうしたリオ?」

「いや、今の衛兵って女の人だよね?」

「そうだが?」

「ほら、旅に出る前に俺が知ってたシグルヴァードの女の人ってリルとミルとトーラさんじゃん?」

「……ああ」

「だったらシグルヴァードに来たら美人だらけだと思うじゃない?」

「……」

「そしたらここまで全滅じゃん?」

「全滅……」

「王都に来たらさすがに、って思うじゃん?それでさっきのアレ」

「待てリオ。今更だが失礼が過ぎる」

「いやだって三人ともほら、美乳、巨乳、爆乳なのにさっきのアレ」

「だからやめろ失礼だからというか勝手に格付けするなそれも失礼だろう」

「どうしよう?全部アレみたいのだったらどうしよう?」

「だからアレとか」

「これじゃあ何のためにシグルヴァードまで来たのかわからないよっ!」

「素材を運ぶためだが」


そうだった。


「トーレアノン殿?」

「そうだが……ああ、あなたは」

「ええ、工房のフラネです。ご無沙汰しております。今トーレアノン殿の名を連呼しながら走る衛兵を見かけたので……ああ、誰か大速の手綱を!すみません、お預かりします。これ、放り出して行ったのですか?いや、本当に面目ない。いくら『翠華』の帰還に興奮したとはいえ」


『翠華』?それはあれですか?二つ名というものですか?聞いてませんが?


「い、いや、違うんだリオ。その、二つ名というほど大げさなものでは……あだ名?みたいな」


「え?『翠華』?」「「本当に『翠華』だ」」「よくぞ帰って」「ああ、『翠華』さまぁ」


「……なぁ、フラネさん。『翠華』ってなんだ?」

「おお、ご存知ない?陛下が金眼の呪毒を受け戦線が総崩れになりかけた時、トーレアノン殿がその緑銀の部隊旗を掲げ全部隊にその声を届け鼓舞したのですよ。伝説です」


自意識過剰と思われかねない緑銀の部隊旗ってのもなかなか意外だが、リルが全部隊に届く大声?それはないだろ。


「わ、わたしが選んだわけではないからな!あの旗は陛下が悪ノリして無理やりっ!」

「風に乗せて言葉を届ける伝声の魔法というのがあるのですよ。非常に高度な魔力操作を要求される魔法なので使える者は限られるのですが、それを全方向に飛ばすなど、いやはや語り継がれて然るべき、ですよ」

「いや、ほんと、その……助けてリオ」


真っ赤だな。ほんと萌えるわ。




軍用の大門から王城までの一画は全て軍の施設となっているそうで、フラネに先導されて早足で進んでいると、そこここからリルの名を呼ぶ声が聞こえてきた。もちろん『翠華』の二つ名も。随分と有名人なようで。

そりゃスバンとミルヴァのソールリーク親娘も二つ名持ってんだからリルが持ってても不思議はないよな。

くそっ、あの親娘なら聞けば教えてくれたかも知れなかったのになぁ。

そしたら羞恥責め出来たのになぁ。


「リオ」


真っ赤な顔で振り返るリル。可愛い。


「からかうなよ?からかわれたら、泣くからな!」


ほんと可愛い。


「それで、トーレ、アノン、殿」


先頭を歩くフラネが前を向いたままリルに声を掛ける。いかにも研究畑っぽい小太りなオッサンなので割と必死の早足のようで息切れが酷い。


「戻って来ら、れたと、いうことは、その」

「ああ。手に入れた」

「そ、あ、ああ……ぐぅ」


いや、オッサン泣いたりしたら「ぐべら」ほら、転けた。




「久しいな、エイルリル」


名前呼びだと?いや、いいけど。


「ご無沙汰しております、伯父上。そして……お待たせいたしました」


伯父さんでした。言われてみると伯父さんも銀髪だな。水の属性色だと思われる青が強く出ているけど。そしてだいぶ減ってるけど。


「待たせた?馬鹿が!あれだけ行くなと言ったのに……どれだけ心配をしたと思っている!もしもお前が命を落とすようなことになっていたら、あれの、お前の母の思いは……あれはお前の幸せだけを願って」

「行かなければ……幸せはなかった、ので」

「くっ!それでっ、それでソールリークの親娘はっ!あの馬鹿と娘は、し、死んだということだなっ!?」

「勝手に殺すなよ」


しまった。つい。


「む?お前、いや、君は、そうか、『盗賊』だな?君が運んでくれたのか……ああ、すまない、わたしはフロズ・トゥンベリ。この工房の長を任されている。そしてそこのエイルリル・トーレアノンの母親の兄にあたる者だ。それで、あの親娘のことを知っているということは、もしや討伐にも?エイルリル、こんな可愛い子を危険な討伐に?」


また可愛がられてるよ。シグルヴァード人は俺を可愛がりすぎだと思うよ?


「いや、そのことは後で……それでソールリークの親娘は無事だということか?ならば誰が犠牲に?……エイルリル、何を、やった?」

「何も……伯父上が懸念されるようなことは。スバンは無事です。ミルヴァは呪いを受けましたが中期でとどまっています。二人とも帰国の途についている頃だとは思われますが、おそらくはまだサンダハルまで達していないのではないかと。そして」


リルが真っ直ぐに俺を見つめる。


「此度の金目鰐の討伐、多くの助力を得ましたが、成し遂げたのは彼、リオ・ハドリーです」

「は?な?なん、と?この可愛い子が?」


可愛いもういいから。


「リオは呪毒に抵抗できるのです。いや、慣れる?だったか……いずれにせよリオのおかげで誰も命を落とすことなく金瞳を得ました」


順応、ですけどね。


「俄かには信じられないような話だが……いや、それよりも、リオくん、だったか。本当に、ありがとう」

「いや、ちょっと、頭上げてください。俺はリルのパーティメンバーとしてやるべきことをやっただけなんで。だから、頭を」


ほんと上げて?噴くから!すだれがユラ~っと立ち上がって触手みたくなってるから!あ、駄目、笑う。もう、噴き出します。


「それで伯父上……」


リルの声が震えて


「わたしは……間に合ったのでしょうか?」


蒼白。自分の命を捨てなきゃならない場面でも、そんな顔色にはなってなかったのに。

結構ね、リルのいろんな顔を見てきたつもりだったんだけどね。

こんな顔は初めてだ。

こんな怯えた顔は。


「その、か、彼は……」

「間に合った。ソル・ハールフは、生きている」

「あ……う、うぅ、あり、が……と……いま、す」


泣き崩れるリル。

俺の心は、不思議なくらい凪いでいる。もっと、騒つくところだろう?順応、とかいうなよな。


「リオくん、先ずは金瞳を。奥の部屋に錬金台があるのでそこに出してもらえるだろうか?」


玄関ロビーを出てトゥンベリの後を追う。廊下を進むにつれ、リルのすすり泣く声が遠くなる。


「……ソル・ハールフはエイルリルの恋人だ」

「まぁ……そういうことなんでしょう、ね」


多分、知ってた。ずっと前から。

23歳のすっげえ美人さんなんだぜ?彼氏いないとかないよね?

こんな美女が命を懸けて助けたいってさあ、恋人以外にある?

知ってたよ。

考えないようにしていただけで。


「数日遅れていれば、間に合わなかったかもしれない。本当に、ギリギリだった」

「はい」

「重ねていうが、本当にありがとう。あの子が壊れるところを見ずに済んだ。わたしも、壊れずに……済んだということだな。感謝しかない」

「いえ、リルが自分で掴んだ結果です」

「ふっ……確かに、君に出会えた、それこそが、ということか。フラネ!テルマルク!」


小太りフラネさんはまだ息が荒いな。そしてもう一人、何やらガチャガチャと運んできたのがテルマルクさん?ボッサボサの赤毛に小柄で髭面の……って、ドワーフ?ドワーフ的なナニカ?スバンを圧縮した感じでもあるな。やっぱり臭いのかな?


「フラネは紹介済みだな?テルマルクはスバンの奴が持ち出した採集容器の製作者だ。あれは……使えたのかな?」

「ああ、あの金属の筒ですか?一応、両方とも使えましたが」

「え?は?もしかして金瞳を二つも?」

「いえ三つ。一つは手刀を突っ込んでもぎ取ったので使えるかどうかは……デカいですけどね。ここに?」

「え?あ、ああ、頼む……って、はあ!?」

「「大きい!?」」


金属のボウルに出した大鰐の目玉は、確かにあの採集容器とやらにはとても入らないサイズだった。え?大丈夫?なんか種類違ったりとかする?


「これを……素手で?もぎ取った?」

「ああ、ええ、まあ」


喰われかけながら、とかは言わないほうがいいな、多分。また可愛いのにどうこうって騒がれても面倒だし。


「……うむ、鑑定上はなんの問題もない。非常に高品質な素材だ。すぐに作業に入ろう。リオくん、すまないが先刻の玄関ロビーで待っていてもらえるだろうか?そう時間はかからない」


うん。素材が無事でよかった。とりあえず任務を果たしたと言えるかな。

ホッとした。

ホッとしたら力が抜けて、ロビーに向かう廊下の途中に座り込んだ。


リルのことを想って、胸が苦しくなったわけじゃない。

泣いてなんか、いない。



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