26 ニュー・デイ
「ほ……んとう……に?」
「ああ、もう、大丈夫だ。よく……頑張ったな」
尊い。涙を溢れさせながらひしと抱き合う儚げな美女二人。一人はパジャマ。尊さはいや増すばかり。
混ざっていいかな?むしろ挟まれてもいいかな?
「頑張ったのはエイリーたちだろ。ボクはなんの役にも立たずに寝ているばかりで……」
「それでも……よく頑張った……間に合って、良かった」
ミルヴァさんの病状は落ち着いているようで、仮に急変したとしても解呪薬が届くまでは保つだろうという話だった。
念のためにスバンが戻り次第、馬車で国境の街を目指して移動することで、少しでも早く治療ができるようにはするようだが。
「お隣に行ってノーザおばさんにスバンたちが戻るまでのことをお願いしてくるよ」
そう言って振り向いたリルは、床に座り込んだ俺の髪をワシワシと撫でた。
そんなことをされるのは初めてなので少し驚いた。
「リオはしばらくここでミルヴァと待っていてもらえるかな」
泣き腫らした目をこすりながらハーフコートを羽織ったリルが階段をおりていく。
俺はゆっくりと立ち上がりながらミルヴァさんに声をかける。
「ノーザおばさん、って?」
「あぁ、お隣の奥さんでね、以前から世話していただいてて……そんなことより、リオくん」
「ん?」
「ありがとう、ございます……エイリーを死なせないで、また、会わせてくれて……」
「いや、それはリルが生き残るべくして生き残ったわけで……俺が改まって礼を言われるような話じゃ」
「へえ……今はリル、って呼んでるんだね……そっか。ボクのこともミル、って呼んでくれていいんだよ?……リオくんはさ、人付き合いが得意じゃないのかもだけどさ、もっとこう、強く出てもいいと思うよ。エイリーは俺が死なせないって請け負ったから生きて戻れたんだ、くらいにね。事実、君がいなければボクは……親友も、父親も失っていたんだと思う。そして自分の命も。だからほら、もっと、どやーってしなよ。恩人様に報酬をよこせ!ってさ」
「んなこと言わないよ。俺はパーティの一員としてダンジョンに潜っただけだ。それでミル……や、他の誰かが助かったのなら嬉しいことだけれど……それは結果論だろ?リルやスバンのように助けたい誰かのために潜ったわけじゃない」
「……本当に?」
そう、ただ請われたから……俺になら「できる」と思うから、「できる」俺って格好いいよね?って、そんなノリで
「エイリーを助けたかったから……頑張ったんじゃないの?」
「いや……うん、それは」
絶対に、死なせたくなかった、な
「ボクのことも……助けたい、って思ってくれたり、しなかった?」
思った。思ったよ、そりゃ。
作り笑顔しか見てなかったからね。
今みたいな優しい笑顔が見られて本当によかったと思ってるさ。
薬が間に合うと聞いて安心しすぎて床にへたり込んだのは内緒だ。
そうか。
俺も助けたい誰かのために潜ってはいたのか。
……こんなだから拗らせてる、って言われてしまうわけだ。
「ねえ、報酬は何がいい?ボクにできることなんて知れてるけど」
「……だから、いいって」
「欲しいものが欲しいって言えるようになるのも大事なことだよ?ほら、言ってごらん?何が欲しいんだい?」
「……」
「じゃあ、何して欲しい?」
「何って」
「ん?」
「じゃあ、あの」
「うん」
「……おっぱい」
「……おっぱいかぁ……はい、ペロン」
「!?」
「痩せて萎んじゃったけどね……って、なんで手を合わせているんだい!?拝んでる!?」
「大変良いものを……」
「あはっ……ごほ、っと……うん、大丈夫。あ、揺れた?揺らす?ほら、って目が充血してきてないかな!?」
「ちょっと……身体強化をフルに……動体視力を……」
「くすっ……バカだなぁ、もぉ……触る?」
「~っ!?」
「ここ、座って……うん、いいよ……う……あ、あっ」
「ご、ごめ」
「ううん、いいよ、好きに……はうっ、う……え?あ、あふっ……」
「……すご……吸い付いてくる……」
「え?ちょっと、手つき……慣れてない?」
「慣れてるわけがない」
「ぷっ……あ、エイリーの胸は……触ったこと、ないの?」
「……一度だけ、服の上から、だけど」
「……へぇ」
「……揉んだ」
「揉んだんだ?触っちゃったとかじゃなくて?」
「うん。一揉み、だけど」
「もしかして、初おっぱい?」
「初おっぱい、でした」
「そっか……ん、あ、もう、摘んじゃ……はう……じゃあ、今日は初生おっぱいなのかな?」
「初生、です」
「そっかそっか、初生なんだね、って本当に奥手なんだねぇ……それじゃさ、トーラのは?あの凶器、というか兵器は」
「兵器って。顔をこう、むにゅーって抱きしめられたことがあるけど」
「それは……随分と幸せそうな」
「スバンの臭いが染み付いていて吐きそうになった」
「ぶはっ!ってなんで親父の臭い!?……むにゅーって、こんな感じかな?」
「……ふぁい……良い、匂いでふ」
「ふふ……あ、や、吸っちゃ……」
「ダメれふか?」
「駄目じゃ、ない、よ?……ごめんね」
「ふへ?」
「身体が動けば、もっといろんなコトしてあげられるんだけどね……」
「幸せれふ」
「そっか……良かった」
「でも」
「ん?」
「身体が動かない女の人の胸をいいようにする男って客観的に見るとどうでふかね?」
「……鬼畜、かな?」
「なぁんでトーラがいないんだよぉおおぉ!?」
アトグリムとの話は割愛。ウザいので。
まとめると、魔石を渡して『大速』を用意させた。以上。
「へえ、これが大速。想像以上にデカいな」
完全に恐竜でした。
なるほどこれは街中は走れない。
全長10メートルくらい?半分くらい尻尾とはいえ、二人乗りにはちょっとデカすぎるだろ。発達したいかにも強靭そうな後ろ脚が目を引く。
シルエット的には随分と小さな頭部も実寸はそこそこな大きさのものだからか頑丈そうな口輪が装着されている。
うん、可愛くはないな。
荷車引いてるロバっぽい走竜のような愛嬌はない。
ただ、なんというか……高級そうな気配は感じる。顔つきも、なんなら俺より品があるような気がする。
ちょっぴり色気もあってメルセデスというよりもマセラティという感じだな。知らんけど。
「この子の名前は『フルヴィア』だそうだ。よろしく、フルヴィア』
おっと。マセラティじゃなくてランチアだったか。
リルに首筋を撫でられて気持ち良さそうだ。羨ましい。妬ましい。
装具に足をかけてフルヴィアの背中に据えられたタンデムシート?に跨る。
「……二階?」
「ふふっ、高いだろう?まぁ、わたしたちなら落ちてもどうということもない高さだし、慣れると見晴らしがよくて気持ちがいいものだよ」
少しだけ低くなった前のシートにリルが腰掛ける。目の前には緑を帯びた滑らかな銀糸。そして真っ白な肌が透ける可愛いつむじ。当然、嗅ぐ。やばい。吸いたい。
「なあ、リル」
「ん?なにかな?」
「思いっきり吸ってもいいかな?」
「なにを!?」
いや、猫とか赤子とか吸うじゃない?
俺はつむじの匂いを吸いたいんだよ。
リルの頭皮の香りを肺の奥底まで届けたいんだよ。
わかるよね?
「まったくわからないが!?」
なんでだろう?不思議だな。
「本当にリオは……リオだな」
リオです。
「ふぅ……簡単にフルヴィアの扱い方を説明しておく。軽く横腹を蹴ってやれば進むし、手綱を引けば止まる。賢い竜種なのでフルヴィア任せでなんの問題もなく勝手に進んでくれる。それにこの辺りの魔力濃度なら丸一日休憩なしでも大丈夫なはずだ。ルートはこの街道をひたすら道なり、だ。明日には遠目に巨大な領都の影が見えてくるだろうからそれを左手に見ながら直進すればいい。そのうちわたしも起きるだろうから」
「え!?寝るの!?」
「もう、無理」
確かに……迷宮氾濫で二の関に逃げ込んだ時ほどではないにしても、二人とももう随分と長い間、まともに睡眠をとっていない。というか、ダンジョンを出てから一泊もしないままにテスルを出立するとは思っていなかった。まぁ、俺は全然平気なんだけど。
迷宮氾濫に巻き込まれ、魔物を斃しまくったことで、リルのレベルはむちゃくちゃ上がったはずだ。いや、この世界にはレベルなんて概念はないけどね、感覚的にはそんな感じなんだよ。別人レベルに強くなってる。
ただ、そこまで強くなっても眠らずに済むわけではないからね、俺と違って。
ん?……ということは、これはあの時、二の関で失った千載一遇の桃色好機の再来?本当に?神はいたということ?エロ神が?
「一応言っておくが二の関の時のように気を失うほどではないからな」
はい。エロ神いませんでした。
「ただ……わたしが落ちないように支えてもらわないといけないから……その、どこをどう、支えるのかはリオの好きなようにしてくれて構わない、ぞ?」
いた!?エロ神いた!?……って、エロ神ってなんだよ。
「え、と……揉むくらいなら構わないが……眠れなくなると困るから、あまり先の方とかは刺激しないでもらえると……」
弱点、ということなのか?先っちょがリルの急所、なのか?そして俺は鼻血なのか!?
「血しぶき!?大丈夫っ!?」
「あ……だいじょぶ……リルの服には……かかって、ない」
『超順応』発動。回復超強化。鼻血強制停止。
「もう大丈夫。止まった。……それで、リル」
「う、な、なんだ?」
「腰のあたりに硬いものが当たっているかもしれないが気にしないでくれ。それはポケットに入れっ放しで固くなった古い腸詰だから」
「え、あ、そ……そうか、うん、気に……気にしないぞ?ポ、ポケットの、腸詰、だもんな?うん、気に、しない」
もちろん腸詰はおろか、ポケットすらないわけだけどな。
そして銀髪の隙間から覗く可愛らしい耳たぶが真っ赤に。というか、つむじまで赤くなってない?紅潮したつむじは匂いも変わるのかな?
「ひぁ、す、吸った?それ、ダメ!吸うのダメ!嗅がないで!ね、眠れなくなるからっ!もぉ……ダメだからねっ?」
いや、可愛くなりすぎだろ。酒、飲んでる?てか、酔ってる時より可愛くなってない?
大速での長旅に晩秋の風は冷たいだろうとアトグリムが餞別によこしたマントでリルを包む。温かい。
そろそろ気力も体力も限界が近いのだろう。急に上体から力が抜けて、くたりと俺の胸に寄りかかるのは緑銀の光を纏う小ぶりな頭。いや、これは嗅ぐって。
「だからスンスンしたら……ラメ、らって……ぷふぅ……」
ぷふぅ?あれ?寝た?寝ちゃった?……そうかぁ、眠ってしまったのかぁ。眠れなくなるとか言った端から眠ってしまうわけだ。
仕方がない。
落ちないようにしっかりと支えなければ。
……。
……。
……。
すっげ……。
やっわ……。
数時間前にミルの胸を揉ませてもらったばかりで今はリルの胸。
なんなの?今日はなんの日?乳の日、ですか?ニュー・デイ?
幸運が続きすぎて揺り戻しで爆死したりしない?
そんなことを思いながら肩越しに覗き見ていた白い谷間からふと目を上げる。
視線の先には、こちらに振り向いていたフルヴィアの横顔。うん、ガン見されてたね。
わかったよ。
行くよ。出発すればいいんだろう?
右足でフルヴィアの横腹を軽く蹴る。
滑るように動き出す。
リルが知らない誰かの名前を呟く。
抱くように胸に回した俺の手の甲に水滴が落ちる。
涎かな?
涎ならいいな。




